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第一章 王子とロバ耳と国際交流と

29、ファルハの王子

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その鳶色の瞳にドッと心臓が変な鼓動を刻み、泣いていた事を忘れて、胸のあたりを抑えた。

何だろうと首を傾げたが、少年の手が目尻に触れ、驚いてビクリッと身体を震わせる。
そんな僕の姿に苦笑を浮かべて僕の涙をその少年の手が拭った。

「びっくりさせて、ごめん。綺麗なロイヤルブルーの瞳が赤くなってるのが痛ましくて」

「…だれ?」

「俺は君と同じ2年生のルトゥフ・ファルハ。肩書きはレーヴ帝国の西、ファルハ王国の王子…かな」

ファルハ王国。
モアナの所属している同盟国の中にはいない名前の国。
じゃあ、同盟国外かと結論を出して、ハッと口に手を当てる。

「同盟国外って事は大王じいちゃんも行った事がない国っ!」

「え?…えっと、そうだね。君たちからしたら同盟国外の国かな。……君のお爺さんが来てるかどうかは知らないが」

その言葉に嬉しくて思わず、鼻歌を歌う。
笑顔を作ったまま目に見えて固まるルトゥフの手を取り、ぶんぶんと握手する。

「僕の名前はラニ。モアナ王国の一応、王子だよ」

「え?あ、ああ、知ってるよ」

「うちの大王じいちゃんね。よくふらっと旅に出て同盟国内の事をお土産話で聞くからある程度知ってるけど、同盟国外の国の事は全く知らないんだよ」

「へ、へぇ…。……ん?ちょっと、待て。君のお爺さんってモアナ大王の事だよね。大王がそんなふらっと旅に出ていいの?」

「平民として、友達の国内(同盟国)を旅してるからお供付けなくても大丈夫ってよくじいちゃんが言ってる」

「そう…いう問題か?」

ついには作っていた笑顔が剥がれ、困惑するルトゥフ。
うん。分かってる。大王じいちゃんの理屈がサフィールさん達からしたら迷惑な事は。

あはは、と笑ってそこは誤魔化し、好奇心のままに知らない国の王子ルトゥフをまじまじと見る。

ルトゥフの姿は同盟国内では見ない日焼けとは違う浅黒い肌でなんかカッコよくて、彫りは深い。前世の記憶で見た事のあるアラビアンナイトの世界から飛び出してきたような姿だ。

初めて見るその姿に感動してロバ耳がふよふよ揺れる。
好奇心がくすぐられて楽しくてニコーッと笑い掛けると、ルトゥフは顔を赤くして、サッと顔を逸らした。

「き、君はさっきまで泣いてたね。何故、泣いていたのかな?」

「え?…あっ、その、僕はどうやら皇子…いや、フィルバート皇子を失望させちゃったみたいで。流石にここ数ヶ月一緒だったから、なんか悲しくて」

「そうか。それは悲しいな」

「うん。でも、泣いたらちょっと、気分が落ち着いたから…うん、大丈夫。まぁ、なんとかするよ」

「……切り替えが異常に早い。こ、これがモアナ」

ついにはポロッと本音が出たようでルトゥフは慌てて口を抑えた。
さっきからルトゥフの言動に演技めいたものを感じてたので、素で接しられてなんだか嬉しい。

「僕の事はラニでいいよ。僕もルトゥフって呼んでいい?」

「え?…う、うん…あっ、いや、…ゴホンッ。い、いいぞ」

もう一度演技に徹しようとしたルトゥフだけど、動揺が勝って演技しきれてない。それがなんだかおかしくて面白くて笑みが溢れる。

涙が止まらなかったのが嘘のように気分は新しい友達を手に入れてモアナの空のように晴れやか。
やっぱり、楽しいのが一番。

「美人がこんな人気のない所で泣いていては危険だ。俺が教室まで送って…」

「僕は平凡顔だから大丈夫だよ。大丈夫。一人で帰れるよ」

「いや、全く平凡顔では…」

「美人っていうのは他国の王様に一目惚れされて嫁いだ伯母さんの事を言うんだよ。僕の顔はモアナでは何処にでもいる顔だよ」

「それは国全体の顔面偏差値が高いだけでは…」

「ルトゥフは褒め上手だねっ!」

「………ははっ」

何かを諦めたようにルトゥフは笑う。
ルトゥフはかなりジョークが上手いよう。
だって、僕が美人なんて笑っちゃうよ。

僕は美人じゃない。
モテた事もないし、女の子からは告白してないのに「ラニは弟にしか見れない」とフラれた事があるくらいモテない。

でも、大丈夫。僕は将来、大王じいちゃんみたいに立派な髭の生えたこんがり肌のワイルド系な大人になるんだ。
喉仏もその内、ぽっこり出るし、背だっていっぱい伸びるんだっ!


グッと希望を込めた拳を握って頷く。

きっと僕はそんな大人になれる。
だから一人で教室まで帰れる。皇子の事だって泣いてないで自分でなんとか出来るんだ。
なんたって、僕は美人じゃないし、いつかはワイルド系な大人になるんだから!


「ラニラニはやっぱり、一人で教室に帰れないんだね」

突如、聞こえたその言葉と共にグッと握った拳がガッと掴まれ、ルトゥフと二人で振り返る。
そこにはいつの間にかシルビオが立っていて、感情の読めない笑顔を浮かべていた。

僕は絶望し、ルトゥフはビクゥッと僕以上に驚いて後退っていた。

「シ、シルビオ…。な、何で??」

「リュビちゃんがラニラニを泣かせたと自己申告に来てね。…ラニラニを泣かせて、同級生達に反感を買ったって…ね」

「それは自己申告なの?逃げてくるのが目的じゃないの??」

「そうだねー。でも、結果的に人通りの少ない校舎裏に隠れる危機感の薄い王子様を捕獲出来た訳だから俺としてはどっちでもいいぢゃん。結果が大事だからねー」

「ちょ、ちょっと寄り道しただけで、僕は一人で帰れ…」

「さー、お兄サンと帰ろーか。はぐれないようにちゃんと御手手は離しちゃダメだよ」

「帰れるよ。僕、帰れるよ!?」 

ズルズルとシルビオに引きずられていく時、シルビオとルトゥフの視線がかち合った。その瞬間、シルビオはキッと睨み、ルトゥフはサッと目を逸らし、萎縮するようにその身を小さく縮こませた。

「ルトゥフは僕を心配して来てくれただけだよ?」

「そうなんだー。…へぇ。ファルハ王国の王子がモアナ王国の王子を心配…ね」

ズンズンと大きな歩幅でシルビオが僕を引き摺っていく。
僕を引きずっていく、シルビオの紫紺の瞳は凍てつくような冷たさを纏っているように見えた。

繋がれた手に力が入り、ギリギリと絞まる手の痛みに顔を顰める。

「痛い…」

「え?あ、ああ…、ごめんね」

どうやら無意識だったようで慌てて手の力を緩めて、申し訳なさそうに笑う。
何時もの余裕そうなシルビオがこの時、緊迫感を纏っているように見えた。

「シルビオ?」

「ラニラニ。フィルっちは簡単に人を見限るような人じゃないよ。リュビちゃんの戯言は気にしないで大丈夫だから」

「ざ、戯言」

心配で声を掛けてみたけど、シルビオはいつも通りの笑顔を浮かべて、自身の忠誠を誓っている主人の話へと話を戻す。

浮き彫りになるシルビオのリュビオへの扱いの雑さが多少気になるが、まぁ、リュビオだから仕方ない。

「皇子は僕の事、嫌いになってない?」

「んー。嫌いな相手の世話はフィルっちでも続けないぢゃない? フィルっちは対人関係は不器用ぶきっちょな所があるからねー。そう見えただけでしょ。その上、人見知りな所もあるから昔はよく俺の後ろに隠れててね。何度、蹴り出した事か…」

「扱いが雑だね」

「そう? 俺はフィルっちが最高の皇帝になるって信じてるからねー。その程度は卒なくこなしてもらわないと」

「僕が皇子なら即逃げるよ」

「残念。俺はフィルっちしか仕えないからラニラニが皇子だったらとしたら仕えないカナー」

「うん! 最近のシルビオは僕の扱いも雑だねっ!」


何となくだが、シルビオもあのお茶会の一件で僕に何かを諦めた気がする。
ロケット事件辺りからダメな子扱いされていた気がするが、目に見えてダメな子扱いされてる。
本心を隠す気がない。


だが、大切な事なので、もう一度言おう。

僕は一人で教室に帰れるんだ。
僕は決して買い物中、気になるものに目移りしていつの間にかフラフラと居なくなってしまうお子ちゃま枠じゃない。

そう教室に戻るまでシルビオにも抗議した。だが、シルビオは残念な子を見る目で「そうだねー。出来るんだね。偉いね」と、心にもない言葉であしらうだけだった。

違うもん。
僕、本当に帰れるんだもんっ!
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