王子様の耳はロバの耳 〜 留学先はblゲームの世界でした 〜

きっせつ

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第一章 王子とロバ耳と国際交流と

16、狂気と好意は紙一重

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近づいてその金色のものを手に取る。

それはシンプルだが見るからに上質そうな金色のロケット。シルビオが大切そうに見ていたロケットだ。

気を遣って相手を待たせないように手早く用意してたから落とした事にも気付かなかったんだろう。

大切そうにしてたから早く届けてあげようかとシルビオを追って足を向けようとして、はたと気づく。

あっ!
これ、エレンとくっつけるチャンス?
エレンにシルビオの落とし物だとそれとなく渡して貰えば距離は縮まるかな。

「んー?でも、ロケットって言えば中身の定番は想い人の写真だよね。中身はエレンだったりするのかな…」

もし中身がエレンでロケットを渡したエレンが中身を見てしまったとする。
BLゲームの世界観だったら「こんなに俺を思ってくれてるんだ。嬉しいっ…」って、なるのだろうか?

僕だったら自分の写真が友人に肌身離さず後生大事にされていたらその事実を受け入れられるか分からない。僕は友人とは適切な距離がいい。


人のものを勝手に覗いてはいけない。
そう良心が訴えるが、そこが心配で仕方がない。
家族やペットの写真であれ!と切に願って数センチだけ開けて…。

「………え?……は??」

混乱して、中身の写真を二度見した。

ロケットの中に入っていたのは少し古い写真。
その中では4、5歳くらいの少年が可愛いテディベアを抱っこしてる姿が映っている。

白黒で髪の色も目の色も分からない。
シルビオの弟さん?…とボケたい所だが、その少年の漂わせる雰囲気と面影を僕は知っている。


強気で眼力のある瞳。
口をへの字に結び、「俺は本当はこんな写真撮りたくないんだからな?」と言いたげな不機嫌な表情。
嫌々にしては何処かちょっと嬉しそうに少しだけ広角が上がっている。

「な、なんて分かり易い…」

小さい頃でも、写真の中でもツンデレ全開なその人を僕は知っている。
気付きたくなくても数ヶ月関わっただけで分かってしまう。


「なんで皇子の写真?」

止めとない困惑と素朴な疑問。

皇子は皇子だから騎士団長の息子であるシルビオが仕えるのが当たり前なのは王子(笑)の僕でも分かる。
シルビオ(ついでにリュビオも)がかなりの確率で皇子と一緒にいるのも未来の臣下だからだというのもなんとなく分かる。

だけど、なんで小さい頃の写真?
なんで自身の主人の写真を肌身離さず後生大事に持ってるの?


「なーにしてるのかな?ラニラニ」

そう背後から声がして、ビクリッと身体が跳ねる。

振り返るとそこにはさっき女の子たちとお茶に行った筈のシルビオが感情の一切読めない笑みをニコニコと浮かべていて、思わず顔が引き攣った。

「……ごめんなさい」

「なんで謝るの?ラニラニは謝らなければいけない事をやっちゃったのかなー?」

「落としたロケットの中身を勝手に見ました。ごめんなさい」

「そっかー。ラニラニは素直に謝ってエライねー。エライ、エライ」

にぃーっこり笑ったままシルビオが僕の頭を撫でる。
とぉーっても優しく笑顔で接しられてるのにロバ耳は緊張でピンッと張り詰め、苦笑いが止まらない。

「そっか。そっかー。見ちゃったかぁ。鍛錬の時もずっと茂みにいたよねー」

「あ、あはははっ。……ごめんなさい」

「いやー。気にしてないヨー。可愛い事してるなーって思っただけだよー」

「あはっ、あははは。……も、もうしません」

「いや、別に気にしてないから全然してもいいよー。ラニラニなら許しちゃう。ラニラニは特別だからねー」

見ていた事が最初からバレていた事で軽く頭がパニック状態。
シルビオはシルビオで言ってる事も表情も優しいのになんか怖い。理由は分からないけどなんか怖い。

引き攣った笑みのまま表情が固まる。
今すぐロケットを渡してこの場から戦略的撤退をしたいのに体がヘビに睨まれた蛙のように動かない。何故だ。口は動くのに…。

「と、特別…」

「うん。フィルっちの将来に欠かせない存在だからねー」

「はははっ…。ぼ、僕、王子だけど、将来漁師だよ?皇子の将来には役立てないと思うよ…」

「そんな事ないぢゃん。謙遜謙遜」

「ははははっ…。いやいやいやいや…。ほら、僕王族でも末端だから国をどうこうするようか発言力はないよ」

「そうだネ。ないかもね」

「ちょ、直接的にも間接的にもないから」

「あははっ!謙虚だねー、ラニラニは」

「あはっ、あはははっ……」

何故だろう。
今、恐ろしい程に重過ぎる何かを期待されている気がする。


あれ??何故、こうなった!?
エレンとシルビオをくっ付けよう作戦から何がどうなってこうなった?!!


にぃーっこり笑ったままシルビオは僕からロケットを受け取り、ロケットを持っていた僕の手を握る。

「さぁー、ラニラニはそろそろ教室に戻ろっかー。フィルっちが移動教室に行った後からラニラニが居ないって心配してたよー」

「へ、へぇー。そうなんだ。ちょっと今まで新聞部に捕まってて。…で、でも自分で帰れるよ?僕、自分で帰れるから!」

「そうだねー。でも、送るよ。俺、こんなんでも騎士の端くれだからね。要人をひとりにできないぢゃん」

「で、でも、女の子たちとの約束があるよね!!ほら、学園内なら何も危なくないから大丈夫!行ってきていいよっ」

「大丈夫っ!彼女達と俺は受講してる授業まで一時間くらい空きがあるから。それに彼女達は少し待たせたくらいでめくじら立てる子達じゃないからね。それに新聞部に捕まったんでしょ?秘密がある以上危なくは全くないよね?…さて、これで納得?」

「………うぅ。帰れるよぉ。帰れるって!」

最初から拒否権なんて存在しなかった。

全く振り解けない手と圧のあるニコニコ笑顔。
僕の意思は全く尊重されず、お子ちゃまみたいに御手手を繋いで誘導され、みんなに注目を受けながら自身の教室に戻る羽目になった。

「ラニラニは良い子だね。ラニラニはフィルっちのもう弟のようなものだからいっぱいフィルっちに甘えて良いんだよ?」

「いえ…。そんな事は…」

「ラニラニは俺にとっても可愛い弟みたいなもんぢゃん。…卒業してもずっとこの国に居てくれていいからね?帰っちゃうの寂しーしね」

「お家には帰してください。ボク、オ家大好キ」

強制送還送迎の間も感情の読み取れない笑顔を浮かべながら側から見てると好意的な話題を振ってくるシルビオ。だが、その言葉の節節に全く好意的ではない何かを感じて僕はずっと顔が引き攣っていた。


「シルビオ様とラニ王子は仲がいいのね」

「お手を繋いで、まるで本当の兄弟みたいだ」

シルビオと僕が笑っているから雰囲気は一見和やかに周りには見えるらしい。
見守るような周囲の温かな眼差しはこの時の僕には辛かった。


「おいっ。どこに行っていた?…べ、別に心配してたんじゃないからな。心配して待ってた訳じゃわないからな?」

教室に着くと皇子がまだ居た。

シルビオに強制送還されてきた僕を見つけると、ホッとした表情を浮かべたかと思うとあからさまにツンッとした態度を取る。

そこでやっとシルビオの握っている手の力が緩み、何時もならちょっと面倒だなと思うツンデレ発言に安堵を覚えた。

「……な、なんで涙目なんだ」

「うぅ…。うわぁーんっ!」

「な、何故泣く!?ど、ど、ど、どうした?!」

「あー。ラニラニ、新聞部に捕まってたんだってサー」

「大問題じゃないか!!…余計な事言わなかったか?」

「笑顔が…。笑顔がッ!」

「え、笑顔がどうしたんだ??」

状況がいまいち飲み込めない皇子と、僕の涙をサラッと新聞部の所為にしつつ、報告もこなす抜け目のないシルビオ。

一見、面倒臭いツンデレだが、案外感情が分かり易い皇子と、笑顔なのに感情が読めず、本当は何を考えてるのか分からないシルビオ。

僕はシルビオから逃げるように皇子に飛びつき、泣きついた。
面倒臭いツンデレより感情が分からない方が厄介で怖いっ。裏がありそうな優しさより多少捻くれていても純粋なお節介の方がいい。

「な、な、な、な、な!!?ど、ど、ど、どどうしたッ!?!え?え???」

何故。シルビオが皇子の写真を肌身離さず後生大事に持ってたのかはわからない。
だけど、シルビオについて言える事は……。


「あははっ。フィルっち動揺し過ぎぢゃん。そーゆー時は泣き止むまでやさしく甘えさせてあげるのがオニーサンの役割だよー」

「こ…れは甘えてるのか?俺には怯えて目の前の藁に必死に縋っているようにしか見えないのだが…」

「それが頼られてるって事ぢゃん。ヨカッタね。オニーチャン」

「そうなのか?…ま、まぁ、やぶさかではないが」

案外、まともに状況把握をしていた皇子にシルビオが笑顔で余計な事を吹き込む。

皇子には普通のいつも通りの笑顔だったが、僕と目が合った瞬間、またあの感情の読めない笑顔で口に人差し指をつけた。


…シ、シルビオについて言える事は僕が関わっている攻略対象の中で一番怖いという事。

この怖い男の暴いてはいけない何かに僕は触れてしまったんだろう。
それだけはあの笑顔から分かりたくないけど分かる。

「なんで…。なんで、真っ当な攻略対象が居ないんだ!! 誰!?こんな狂ったキャラ設定ぶっ込んだのは?」

「な、なんの話だ??」

「うーん。さぁ?取り敢えず、お菓子でも与えとけば落ち着くんぢゃん?」

「な、成程!クッキーなら丁度、持ってるぞ!!」

絶対、この世界の作成者は狂っている。
どうやって、こんなのを攻略しろというんだ。

初っ端から出鼻をくじれて、心折れても、だけども甘いものは美味しい。
差し出されたランドグシャなるクッキーを泣きながらヤケクソに頬張った。
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