第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ

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暗躍

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ふわりと明かりに照らされて、ドレスの花が会場に咲く。

会場の上からその光景を眺めているとティモが呑気に「お花畑みたいで綺麗ですね。」と、笑う。

これからこの華やかな会場の真ん中で最初と最後の計二回も二人だけで、踊らなければいけないというのにティモは楽しそう。

ティモの着る海のように濃い青のタキシードには銀糸で刺繍が施されている。

正装のティモはピシッとしていて、平民には見えず、何処かの令息のような気品を感じる。
しかし、それは衣装のお陰だけでなく、第一妃曰く、血を吐くような努力をティモが逃げずに続けたからに他ならない。

ティモは何時だって真っ直ぐに誠実に環境がどんなに変わっても曲がらず生きている。
誰が相手でも誠実に真剣に向き合って、全力で頑張ってくれる。


「ティモ。ありがとう。」

「な、何さ、急に。」

ここまで俺の我儘に付き合ってくれた事に感謝すると、ティモは耳まで真っ赤にして、目に見えて照れる。

ついに恥ずかし過ぎて顔まで隠し始めたティモ。
可愛くて、つい、頭を撫でるとギュウギュウと抱きついてきた。

そんなティモの耳元である言葉を囁いた。
するとティモは囁かれた言葉に目をこれでもかと見開いて驚き、表情が凍った。

「ツェーン。…ちょっと待って。どういう事? 」

「レナードに手配してもらってるからティモは何も心配しないで。ティモにはもう絶対迷惑掛けないから。」

「迷惑なんて思った事さ、ないッ。何で? 何で島さ、帰れなんて言うの!? 」

ポロポロと泣き出してしまったティモの涙を拭こうとしたが、ティモはそれを拒絶して泣きながら俺の手を掴んだ。

『このお披露目会が終わったらすぐにトロッケ島に帰って欲しい。』

我ならがかなり勝手なお願いだという事は分かっている。
しかし、それでも今回は泣いてもぐずっても譲る事は出来ない。


『お披露目会に乗じて、刺客が王宮内に紛れ込むつもりです。お気を付けて。』

水に漬けたら現れた文字にはそう記されていた。


元兄王子達はどうやら強硬手段に出るらしい。
俺を失脚させて、自身が王位に返り咲く算段なら色々と根回ししたり、なんやらして時間を掛けてやるべきなのだが、うちの元兄王子達は、皆、せっかち。とにかく、俺を王位継承権一位から引き摺り下ろしたいとみえる。

下手したら打首になるので俺を殺すまではしないとは思うが、その俺以外の誰かに危害を加えないという保証はない。
そして、もし俺を脅すなら最初に人質に取られるのはティモだろう。


俺達はフリのつもりでも周囲からはティモは公認の婚約者。
平民で男という高いハードルを飛び越えてまで、結婚したい大切な相手だと思われているだろう。

もう俺の我儘にこれ以上ティモを巻き込む事は出来ない。
ティモの優しさに甘えてここまでズルズルと来てしまったが…。

「ティモをこれ以上、俺の我儘に巻き込む訳にはいかないよ。…きちんと責任は取るよ。ティモが侍従としてまた働けるように交渉もするから。」

「別においは侍従になりたいから侍従さ、なったんじゃないッ。おいは…、おいは約束さ、果たす為に。一緒さ、居たいからっ……。なのに…やっとさ、一緒なのに。何で? …何で。」

「ごめん。」

本当はもっと早くティモを避難出来れば良かったが知ったのが当日だった事もあり、用意が間に合わなかった。なのでお披露目会の帰りの貴族達の馬車に紛れて逃げてもらう予定。心配なので一号も付ける。

「ごめんね。ティモ。」

泣かせるつもりはなかった。
上手く説得して送り出すつもりだったのに、上手い言葉が出て来ない。
正直、ティモ以外にきちんと人と関わって来なかったから俺は俺が思う以上に口下手なのかもしれない。


「…分かった。」

ぐしぐしと涙を服の裾で拭うと、覚悟を決めたような強い光を称えた瞳がこちらを見た。

その姿に少し違和感を抱いたが、その違和感に思考を巡らせる前にティモの手が差し出された。

「終わったら帰るんなら、お披露目会さ、続行でしょ? 」

そうニッコリと笑うが、その目元は赤くなってしまって痛々しい。
罪悪感が押し寄せて、逸らしそうになった視線を無理矢理ティモに合わせて頷き、差し出された手を取った。


拍手とともに会場の中央に向かう。
視線が降り注がれる中、ティモはとても堂々としていて、ダンスもよっぽど俺より上手かった。

五年前。夜の海に誤って転落した俺を助けてくれた程、泳ぎも上手かったからティモは身体を動かす事が得意なのだろう。
剣術もレナードの報告では上達が早いと聞いた。


あれ程、泣いていたのにティモはその後、一切泣かなかった。
自ら出席者に挨拶に行ったり、忙しなく動き回っていた。


「本当にティモ様を島に帰して良いんですか? 」

お披露目会の幕引きのダンスも終わり、出席者が帰り始めた中、不機嫌な表情を隠さず、一号が食って掛かった。

元兄王子達が何かしようと暗躍している事は、妄想トリオとレナードには話した。

「ティモを危ない目には合わせられない。」

「そうですね。それは私も賛成です。しかし、別に帰さなくても国王陛下や城の衛兵達にきちんと話を通せば、島に帰すよりも安全ですよ。それなのに貴方はこの件は内密にしろとおっしゃる。……その上、自身の身が一番危ないにも関わらず、唯一の護衛である私をティモ様に付けるときた。」

一号の眉間に深い皺が刻まれる。
ブワリと滲み出る怒りをヒシヒシと感じながら、ただ何も言わず、怒りが収まるのを待つ。そんな俺を一号はチラリと見ると、スッと目を逸らして、怒りを全て逃すように長く息を吐いた。

「………貴方はもう出来損ないと後ろ指差されていた第十王子じゃないんですよ? 向けられる怒りも悪意も何もかも全てを飲み込む必要などないし、貴方は貴方をもっと大切にするべきだ。」

そう吐露すると一つ溜息をつき、眉を下げ、笑みを作った。

「私は貴方の侍従兼護衛で、貴方は私の主人です。命令がおかしいと思えば意見はしますが、基本的に貴方の命には従います。……貴方が断固としてその命を下すならその命を遂行するまで。。」

悲しげに笑っていたかと思えば、今度はニッコリと笑顔のままヒクヒクと眉を痙攣させる。

言葉を紡いでいる間に怒りがぶり返した様子。
あれ?…『今は』ってなんだ??

何か引っかかったが、大人しく引いて、ティモの護衛についたのでホッと胸を撫で下ろした。





ティモが乗った馬車を窓から目で見送り、護衛も消え、手薄になった自身の部屋でゆっくりとお茶を注いだティーカップを手に取った。

スッと背後から手が伸び、首筋にひたりと冷たい刃があてられた。

「……別に脅さなくても大人しくするよ。」

ティーカップを静かに置き、両手を上げると窓に映った男の顔に怪訝な表情が浮かぶ。
どうやら、あまりにも落ち着いた俺の態度が引っかかるらしい。

「俺の兄達に雇われて、攫いにきたんでしょ? 」

「………。」

「ダンマリか。…やっつけの計画にしては、情報を漏らさない仕事出来る闇社会の人間を雇えたんだ。」

「…………。」

確か無一文で追い出されたのにどうやって俺を攫う為の資金をかき集めたのか?
そこはとても疑問だが、探しに行こうと思っていた相手が態々お金払って俺を運んでくれるって言うんだから探す手間も省けるってもんだ。

一号を俺から外したのはティモの安全の為と俺を攫いやすくする為。
さぁ、さっさと俺を元兄王子達の下へ連れてってくれ。

本当に大人しく助けを求める声すらあげない俺を前に沈黙を守っていた男が困惑の色を浮かべる。

「………何故、そんな落ち着いていられる。」

「命は取らないだろ? 」

「何故、そう言い切れる。」

「暗殺だったらさっさと俺の首を今、掻っ切ってるだろ? ……それに兄達はせっかちの上、ヘタレな部分があるから人を殺す度胸なんてないよ。」

男は解せないと言わんばかりの顔で頭を掻きながら懐から薬品の匂いが染み込んだ布を取り出し、俺の鼻と口にあてた。

「変な王子だ。……攫うついでに痛めつけておけと言われてたが、興が削がれた。」

空気を吸い込んだ瞬間、引きずり込まれるように深い眠りに落ちた。
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