第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ

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疲れてるんです

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「随分と可愛い子に懐かれましたね。」

帰路に着く馬車の窓から妄想トリオ一号(以降、一号)がとても生き生きとした表情で、去っていく馬車に手を振り続けるロランの姿を見ていた。

「……あれは懐かれたの分類に入れて良いのか怪しい。」

「何を仰いますか。殿下は懐かれたのですよッ。あの女性よりも可愛い容姿とあの人懐っこい性格から《社交界の天使》と呼ばれてるロラン様に懐かれるなんていいじゃないですかッ。何で疲れてるのですか!? 何が不満なんですかッ。」

「何でちょっとキレ気味なんだよ!? 俺は君の一応、主人だよね? 」

少し鼻息荒く興奮気味にまくし立てる一号に少し引きながら、今日こなさなければいけない書類を確認する。

第十王子だろうが王太子だろうが、仕事の量は変わらない。……いや、九人分の宿題やら何やらしないから少し減ったか。

でも、それでも少し減った程度。

「………それにしても、よく働きますよね。殿下は。第三妃ロゼリーナ様はよくサボって、私達と駄弁ってましたよ。」

「よく、それで政務こなせてたな。」

「いえ、第三王子自分の息子に投げてましたよ。」

「………俺は周りに回って第三妃の仕事もしてたのか。」

この分だと、第三妃の分だけじゃないかもしれない。もしかしたら、十八人分を俺はこなしていたのかもしれない。

知りたくもなかった事実にドッと疲れた目で一号を見ると、バツが悪そうに一号はスッと目を逸らした。


「ほ、ほら、着きましたよッ。」

ハハハハハッと笑って誤魔化しながら一号は逃げるように馬車を降りるように促す。別に一号を責める気はないって…。


足早に執務室に逃げ帰ろうとする一号を見送り、鍛錬場に向かう。

久々に剣の鍛錬でもしようか……って訳ではない。


ー さて、ティモは言いつけを守っているかな?

予定ではこの時間、ティモは鍛錬場で、騎士団長直々に剣の稽古を受けているらしい。

…という事で、ティモが無理してないから抜き打ち調査をする為に向かっているのだ。決して剣の鍛錬をする為じゃない。

まぁ。どうせ、言いつけは守ってないんだろうなと苦笑いを溢し、鍛錬場に顔を出すと、騎士達が俺の為に道を開けつつも驚愕の顔でこちらを見てる。

その反応はまるで珍獣を見たようなそれ。

…まぁ、五歳で早々に剣術指南から三下り半もらってから鍛錬場なんて顔出さなくなったしな。王宮に隣接してるのに、ここに来るのは約十一年ぶりだから仕方がない。

それはまぁ、置いといて……。



「お前の本気はその程度かッ。ビュッでバッでドドンッだと言っているだろうッ!! 」

鍛錬場の真ん中で、仁王立ちしてそう言い放つ、一体の筋肉ダルマ。

筋肉ダルマはヒョロヒョロではないが、筋肉ダルマに比べると細く、もう限界だと言わんばかりに息も絶え絶えのティモに効果音だけで何言ってるか分からない指導を出す。

何がビュッでバッでドドンッだ。
分かるか!!

この人も相変わらずだなと溜息を一つつき、取り敢えず、脳みそまで筋肉の筋肉ダルマを止めようとするが……。

「成程…。ビュッでバッでドドンッ…。分かりました!! 」

「おう。分かってくれたか。」

パアッと何かを理解したように顔を綻ばせ、コクコクとティモが頷く。
……今ので分かったの!?

ティモは木剣を真剣に構えるが、構え方が鍬を使う時の構え方。
木剣も自然と鍬に見え、鍛錬場に居る筈なのに畑の風景が見え、思わず目を擦った。


「こうですか? 」

木剣をティモの思う、ビュッでバッでドドンッで振るが、俺には畑を耕してるようにしか見えない。木剣の振り方がもう完全に鍬。

「おう。良い感じだ。」

ー ……良いのかよ。


本当にコイツはダメだ。
俺の指導の時もこんな感じだった。
効果音でしか指導してくれなかった癖にコイツが俺に三下り半を寄越しやがったんだよな。

『大丈夫っ。ツェーン王子は守られる方が合ってますよ。ツェーン王子が剣の腕が猿以下でもこの私がお守り致しますので大丈夫!! 』

十一年経った今でも一言一句忘れる事はない。

守られる方が合ってる?
剣の腕が猿以下??
なーにが、私が守るから大丈夫だ。何も大丈夫じゃないわっ。

俺のなけなしのプライドは守ってくれないのか!? 
そもそも、守る所か、言葉のナイフをザクザク投げつけてるよな!!

五歳の俺は大いにショックを受けて、初めて我儘言って、剣の稽古を拒絶した。そして、こんだけ散々人のプライドズタズタにしておいて、俺の護衛騎士になりたいと言ってきた筋肉ダルマアホも拒絶した。

剣や鍛錬場を見るだけで奴の顔が浮かんでイライラしたんだよな…、あの頃は。


そう過去を思い出している間にもティモは鍬のように剣を振りながら身体があっちにフラフラ。こっちにフラフラ。

そんな様子をうんうんと満足げな表情で見やる筋肉ダルマ騎士団長に呆れ、止めようと出て行こうとした瞬間、踏み出した足が何かを蹴った。

それはとても大きく、感触は硬すぎず柔らかすぎず。丸まってプルプルと笑いを堪えて震えていた。

「……何してんの。レナード。」

そう呼ぶとレナードは顔を上げ、こちらを見たが、その顔は緩みに緩み、俺の顔を見ただけで吹き出した。

「ブハッ、ハハハハハッ。す、すいません…。ふふふふっ。ツボに、ブフッ…ツボに入ってしまって。」

「……笑いのツボに入ったというよりは笑い茸食べたみたいな状態だよ。君はティモのお目付役じゃなかったっけ。」

「そ、の件については……ふはっ、面目もなく……くくくっ…。で、ですが、まだ、努力の範囲だと…ふふっ…思いますよ。」

「……とりあえず、一回、外で空気吸ってこい。話はそれからだ。」

蹲ってイカれたように笑うレナードを起こし、外へ出す。すると木剣が空を割く音が止み、「ツェーン!! 」と、俺を呼ぶ元気な声が聞こえて、振り向くとヒョコヒョコとびっこを引きながらティモが手をブンブンと振って、走ってくる。

しょうがないな、と腕を広げると、もう喜びが溢れて止まらないと言わんばかりに身体全体で喜びを表して、腕に飛び込んできてギュウギュウと抱き付く。

「足痛いのに走っちゃ駄目だろ。」

「だって、だって、ツェーンさ、会えて嬉しかったんだもん。」

「喜び方が久々の再会みたいだよ。……朝は一緒だったでしょ。」

「いっぱい、一緒さ、居たいもん。」

へにゃりと幸せそうに笑い、本当に犬みたいにスンスンと鼻頭を俺の首筋につけて匂いを嗅ぐ。擽ったいけど、あまりにも幸せそうだから好きにさせて、よしよしと頭を撫でた。

ティモの髪は撫でてるとツヤツヤフカフカで触り心地が良い。
撫でると少し頰を赤らめて、もっと撫でて欲しそうにソワソワする所も見てて和んで、俺よりティモの方がお兄さんなのに気を抜くとついつい撫でてしまう。

今日も今日とて、色々とストレスがあったから余計、癒しを求めてるのかもしれない。


「ティモ。もっとギュッとしてくれる? 」

どうやら本当に疲れ切っていた様子。
自身で口走った言葉に羞恥に襲われて顔が熱くなる。あ~っ、何言ってんだ、俺!?

恥ずかし過ぎて、顔を逸らそうとしたが、プルプルと震えるティモの両手が俺の頰を包み、俺の顔よりも真っ赤なティモの顔が近付いた。
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