寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ

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番外編

外伝 雪の降る地で⑨

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「流石『白百合の騎士』様。」

「フリューゲル公爵と夫人が居ればここは安泰だな。」

ふわふわと冷たい雪が舞う中、町は活気溢れてる。皆、口々に今の指導者達に期待を寄せている。

ライフ男爵の一件で『白百合の騎士』とフリューゲル公爵の人気は更に爆上がり。俺は良い事だと思うのだが、本人達は苦笑いを浮かべていた。

「いや、アルヴィンとネズミの手柄でしょ。何で私が……。」

「僕はこれ以上目立ちたくない。これじゃあ、シュネーとおちおちデートにも行けない。」

公爵になろうが、北方騎士団本部長になろうがそこら辺は変わらないらしい。 

いや、指導者は目立ってなんぼだろ。
顔が売れないと支持されないだろうが。


「まあ、二人らしくて良いんでない? 」

カラカラとネズミが笑いながら隣を歩く。
そう他人事のようにこのネズミは言うが、この男は今回の一件で目立った方が良かった筈だ。

きちんと今回の件が評価されればまだ、お前を蔑むゲフリーレン領の奴等の評価も少しは変えられただろうが。

そう思わず溜息をつくとネズミが俺を引っ張って「まぁ、飲もうって、景気良く。」とネズミ行きつけの酒場へと誘う。

「後からシュネッちとリヒッちゃんも来るから先に飲んでよーや、アルヴィンや。」

そうカラカラ笑いながら連れてこられた酒場。その酒場を見て思わず顔を顰めた。

そこはライフ男爵邸潜入時にネズミを連れて入ったネズミを馬鹿にした客のいた酒場だった。

「……帰るぞ。」

「まぁまぁ、そー言わずに。」

俺は二度と入りたくないのにネズミは楽しそうに俺を引っ張って酒場に入る。

何でお前はそんなに楽しそうなんだよ。嫌味言われた所だぞ。普通嫌だろ。


すると酒場には案の定、ネズミに嫌味言った客がいて、酒場にいた全員が一瞬こちらを見て、目を丸くした。

しかし次の瞬間、一人の客がネズミの背中を叩いた。

ー 言葉の次は暴力か。

客に掴みかかろうとした瞬間、ネズミがニンッと笑ってその客の肩を景気良く叩いた。

「よぉ!! 元気にしてたかい? 兄ちゃん。」

「俺たちゃ、ちょー元気だよ。おかげさんで。今日は俺が奢ってやるよ、そっちの赤髪の兄ちゃんも。」

「そりゃあ良いねぇ。後二人来るんだけど、全部出してくれっかね? 」

「おいおい、俺にたかる気かよ。」

「一人は『白百合の騎士』さんよ。」

「えっ、なら絶対俺が奢る。全部奢ってやらぁ。あの美人さんならシャンパンでもなんでも。」

何だかまるで飲み仲間のような会話が目の前で繰り広げられる。この光景を見て、周りはとても楽しそうに笑っていて、「ネズミさんが来ると何だか場が楽しくなるね。」と皆んながネズミを快く迎え入れる。

一体これはどう言う事だ。

困惑してるとネズミはカウンターに座り、隣に座るように誘った。

「……お前、何をした。」

「最初に言っとくがねぇ。オイラは何もしてないんでい。以後黙秘。」

そうネズミがちびちびと酒を舐めながら説明を拒絶するとバーテンダーと客がカラカラと笑った。

「そりゃあ、言えないよね。あんな熱烈なキスを俺達の前でかまされてさ。」

「……は? 」

「出てったのに、いきなり鬼の形相で兄ちゃんが酒場に乗り込んできて俺の胸ぐら掴んで『コイツはやり方は間違ってたかもしれないけどお前等の為に悪事に手を染めたんだぞ。』って怒鳴った時はありゃあ、怖かったなぁ。」

「そうそう、『俺はお前等が何言おうがコイツの味方だ。文句があるならかかってこい。』って、あの言葉にはおじさんも痺れたね。」

「………はぁ?? 」

口々に客達はあの日の後の事を語る。

その言葉を繋げるに俺は「いいって!? 」と嫌がるネズミを引きずって酒場に乗り込んで派手に喧嘩をしてネズミを擁護した上で、「いや、もう止まって兄ちゃん!! 絡み酒!? 」と止めるネズミに「うるせぇ。」と何度も唇を重ねて止める度に黙らせたらしい。

チラリとネズミを見やると何だか肩をプルプルと震わせて俯いていたが、急にあっははーと高笑いを始めた。

「いやぁ、アルヴィンは酒飲むとキス魔になるんだねぇ。駄目だよぉ、オイラ以外の人にゃあそんな事しちゃあ。こりゃあ、男らしく責任取ってもらうかねぇ。」

顔を顰めると「冗談。冗談。」と笑い続けるので頭にきて、ネズミの胸ぐらを掴み、俺の飲んでたアルコール度数高めの酒をネズミの口に流し込もうと………。

「いや、流石にそりゃ、ネズミさん死んじまうって!? 」

「駄目だろ。酒弱い人にそれ流し込んじゃ。」

とバーテンダーと客が必死に俺に纏わりついて俺を止めにかかる。

止めるな。
俺はコイツに酒を流し込まなきゃ気が済まない。酔い潰してやる。


「ア、アルヴィン!? 何してるの!! 」

シュネーとリヒトが合流したようで二人して客達とともに俺を止める。
止めるな!!

「ネズミ、お前、アルヴィンに何した!? 」

「何でオイラが悪いって決めつけるのシュネッち。オイラ、ある意味被害者よ!? 」

「ネズミが何かしたのなら僕が謝るよ。……その、ほら、アルヴィンは僕にシュネーの事で色々思う所があるんでしょ。聞くから……、聞くから取り敢えず止まって!? 」

「リヒッちゃんまで……。オイラ、泣くよ!? オイラが被害者なんだってぇー。」

リヒトの言葉に「そういや、コイツにも言いたい事は山程あるな。」とネズミの胸ぐらから手を離した。そしてリヒトの胸ぐらを掴み、テーブル席へと引きずっていった。



「っで、シュネッちは何で水なの? 」

テーブル席でアルヴィンにこってり絞られているリヒトをサラッと無視しながらネズミはまたちびちびと酒を舐める。隣では客がシャンパンを奢ってくれるというのに断って水を飲んでいるシュネーが座っている。

「リヒトから飲むなと止められてる。」

「シュネッちもお酒飲むと醜態晒す系なの? 騎士はそんなんばっかなの?? 」

「いや。ただ飲むと顔がすぐ赤くなって、眠くなるから外では飲むなって。」

「…うん。それは飲んじゃあ駄目だねぇ。確実に気があると勘違いされてお持ち帰りされちゃうねぇ。」

チラリとシュネーの横顔を見やると出会った頃よりも大人びていて、歳を取る度にこの若人は綺麗になっている。

これはリヒトも気が気じゃないなと内心、リヒトに同情しながらちびちびと酒を舐める。

また度数の強い酒がアルヴィンのもとへ運ばれていく。チラリとアルヴィンを見るとだんだんリヒトの胸ぐらに手が伸びているように見える。

ー そろそろまずいかもしれないねぇ。

周りからしたら全然酔ってないように見える。アルヴィンの顔にはあまり表情が浮かんでいないので、余計酔ってるか分からない。普段からあんな感じだ。

でも、あの日のアルヴィンの顔には感情が溢れていた。ネズミの為に怒っていた。


「アルヴィンは男前だねぇ。」

「何だ急に……。まぁ、剣の腕も私より立つし、頼れるカッコイイ奴だよ。友人の私から見ても。」

「あっ、リヒッちゃんの胸ぐら掴んだ。酒流し込もうとしてる。」

「えっ!? …いや、ちょっと待ってアルヴィン!! 」

ついにリヒトの胸ぐらを掴み出したアルヴィンを止めにシュネーが走る。そんな若人達をネズミはちびちびと酒を舐めながら見つめた。



「因果応報? 何が因果応報だ。だったらコイツ等がお前を貶すのはおかしいだろ!! 」

何時もあまり感情を出さず、喋る方ではないアルヴィンが饒舌にそうキレて客の一人の胸ぐらを掴んだ。

オイラは酔っ払ってふらふらする脚で必死にアルヴィンを止めようとするがこの絡み酒の酔っぱらいは止まらない。

「いやいやいや、散々店の外でベロチューまでオイラにかましたキス魔でその上、絡み酒ってどうよ!? ちったぁ、止まってくれよ、若人。オイラ気にしてないって!! 」

「うるせぇ。また塞ぐぞ。」

「横暴すぎやしないかい? ファーストベロチューはヤマネコに取られたけど、オイラの純情を返して!! 流石のオイラも反応に困るんでい。」

「猫猫って、大体何だ猫って!! そこから洗いざらい吐け!! 」

「誰か…。誰か、この兄ちゃんを止めてっ!? 」

また度数の強い酒をバーテンダーに頼んで、喉に流し込むアルヴィン。
えっ!? まだ飲むんでい!?

何だか喋らないと無理やりまた、酒を流し込まれそうなのでしょうがないからオイラの冤罪の経緯とヤマネコの話をした。

「……それでやっとゲフリーレン伯爵を罪で検挙した時にオイラ、シュネッち達に無理言って会ったんでい。っで、ヤマネコ、いや、『仔猫ちゃん』の話をしたら、野郎覚えてないってさ。」

喋ってると思い出して溜息が出そうになる。
侍従達の話だと『仔猫ちゃん』はゲフリーレン伯爵の不貞の末に出来た息子だったらしい。しかしゲフリーレン伯爵は息子だと認めず、ペット扱いだったとか。それでも愛されたかった『仔猫ちゃん』は奴に散々利用された上で使い捨てられ、オイラが殺した。

それなのに一切ゲフリーレン伯爵の記憶に『仔猫ちゃん』は残っていなかった。

「あんまりだろぉよ。」

努力の形は間違っていたが、それでも愛されたくて認められたくて生きていたと考えると一気にオイラの中でヤマネコへの見方が変わった。

『僕を見て。僕を……忘れ…ないで。』

あの最期の言葉があの表情が頭から離れなくなった。忘れないとは言ったけどそれが常に離れなくなった。


「お前馬鹿だろ。」

また度数高めの酒を喉に流し込んでこの横暴な赤髪の兄ちゃんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「ソイツはお前を落とし入れたんだろ。本当はさっさと忘れてもバチなんて当たんないだろ。」

「……兄ちゃん、シビア。」

ケッと何時も真面目な赤髪の兄ちゃんの柄が悪くなっていく。酒入ると人格変わるの?

ふと、酒の匂いがむわんとオイラを包み、ほんわかと身体が暖かくなる。

「お前に覚えてるだけで報われてるだろ、ソイツは。こんなにお前に想われて。」

何だか視界が霞む。
オイラを力強く抱き締めるアルヴィンの肩に雨がポツポツ降ってる。

ー 雪や霰ばっかでこの土地はほぼ雨なんて降らないってぇのに。何でこんなに雨が降るんだろう。

悲しくもないのに止めどなく流れ出る感情に柄になく戸惑った。何でオイラはオイラより結構歳下の男の腕の中でこんな大人らしからぬ醜態を晒してんだか…。

何だか暖かくて今まで感じた事のない程心が満たされて溢れ出して止まらない。
誤魔化し笑いを浮かべたいのに何時も貼っ付けられる笑顔すら貼っ付けられない。

オイラは今どんな顔をしてんだろう。



アルヴィンがシュネーの頑張り虚しく、リヒトの口に度数高めの酒を流し込んだ。場はかなり騒然としているが、気にせずネズミはちびちびと酒を舐める。

「まぁ、しょうがないからアルヴィンの絡み酒はオイラが付き合ってやるかねぇ。」
 
アルコール中毒で死なないといいな、と溜息をつき、しょうがないので加勢する為に若人の中に飛び込んだ。
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