寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ

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番外編

外伝 雪の降る地で③

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ふわりと雪のように白い髪がテーブルの上に広がっている。

連日遅くまで続く事務作業に疲れたまだ俺よりも遥かに若い上司がテーブルの上で伏せて寝ている。

『白百合の騎士』と呼ばれているその人は寝ている姿すら魅入る程美しく、思わずゴクリと唾を飲んだ。

触れたい衝動に駆られて頰に触れようと手を伸ばすと寝息が止まり、白く長い睫毛の下からアメシストの瞳が覗いた。

「……私は何分落ちてた。」

「三十分は寝ていたのではないでしょうか。」

「そう…、世話を掛けた。起こそうとしてくれたのでしょう? 」

まだとろんと重い目蓋を擦り、こちらに少し微笑む。その無防備な姿からは何時ものシャキッと自身より歳上の騎士達を纏める姿からは想像出来ない程、可愛らしさと色香が漂ってくる。

この方が上司として赴任してきて人妻だと知った時、何人の騎士が枕を濡らしたか。それでも諦めずにこの方に劣情を抱くものは多い。

ー この方は夜、フリューゲル公爵の前でどんな表情をするのだろう。

密かに未だ劣情を抱いている一人である俺はそんな想像をして、想像の中でこの美しい方を穢す事しか出来ない。

「眠気覚ましのコーヒーをお持ちしますね。」

「ありがとう。お願いするよ、シューゲル。」

欠伸を噛み殺して書類に目を落とすシュネー。その真剣な姿もしっかりと目に焼き付けてコーヒーを淹れに部屋を出る。

「はぁ…。本部長の補佐に任命してくれるなんて、何て役得なんだろう。待っててくださいね、俺のシュネー。」



フワッと噛み殺せなかった欠伸が口から漏れる。

ここ連日は最後の膿出し作業の山場で、事務作業に縛り付けられている。

ー リヒトに会いたい。

ここ連日のリヒトとの二人きりの時間はたったの数分。ちょくちょく、『従騎士の誓い』をたてた私の身体を心配して会いに来てくれるのだが、足りない。喪失感と甘えたい衝動が爆発しそうで自分でも怖い。

「これなら毎日抱き潰された方がマシなんじゃ……。」

そんな普段の自分から言わせれば恐ろしい呟きが一時間に三回は口から出てくる。

仕事が忙しすぎてほっといたら腰まで伸びてしまった髪。邪魔だからこれもそろそろ切りたいのだが、リヒトが忙しい仕事の合間をぬって優しい手付きで髪を触り、器用に編み込んでくれるので何だか切り辛い。

『シュネーの髪は本当に雪みたいで綺麗。』

そう髪の一束、一束に口付けを落としながら丁寧に編み込んでくれるあの手付きが癖になり、ついこんな長さまで伸ばした自分もいる。

リヒトが口付けしてくれた髪を一束取り、唇を寄せて……。

「シュネー様のお髪は何時見てもお綺麗ですね。」

「うわぁッ!? 」

何だか寂し過ぎて間接キスでもしようかとアホな事をやろうとした瞬間、いきなり天井から燕尾服をキッチリ着込んだ男が降ってきた。

人の醜態を狙ったように降ってきたこの男は私のテーブルの上に甘いお菓子をドッサリと置き、何処から持ってきたのか分からないティーカップに何時淹れたのか分からない紅茶を注いだ。

真っ赤に染まった私の顔をそのドS顔で存分に堪能して、懐から一日に一回届く奴からの手紙を私の前へ置く。

「ルノ……。頼むから天井に忍ぶのはやめてくれ。」

「シュネー様は無茶をなさるお方ですから、こうして陰ながら見張っていないと何時倒れるのか心配で……。」

そう憂いの表情を顔に貼っつけるルノ。
しかしこの表情を、言葉を、全てそのまま意味で受け取ってはいけない。こう心配しているんだと情に訴えて私にこの執事ルノの言動を肯定させようとしているに違いない。

甘いお菓子の匂いを必死に遮断して、しょうがないのでフェルゼンから送られてきた手紙の封を開けると毎日言葉を変えて送られてくる謝罪文が顔を出す。

チラリとルノを見やる。
ルノはニコニコと笑みを浮かべて私が手紙を読むのを待っている。毎回、手紙を読み終わるまでルノは決して帰らない。

「読めばいいのでしょう…。読めば。」

「はい、出来れば返信のお手紙も頂戴したい所ですが。」

「それは期待しないで。」

溜息をつき、手紙を読む。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

拝啓、シュネー・フリューゲル様。

寒い土地で身体の弱かった貴方が風邪を引いて身体を壊していないか僕は毎日心配で夜も中々眠れません。

貴方を傷付けてしまった僕が言える事ではありませんが、僕は貴方に誰よりも幸せになって欲しい。その為ならこの命さえも捧げる覚悟があります。

許してとも会いたいとも言いません。
しかし、出来るのであれば罪を償う機会がもう少し欲しいです。

~~~~~~~~~~~

ここまでは普通の謝罪文だ。
いや、…まあ、フェルゼンからしては普通の謝罪文。だが、何時もこの後から雲行きが怪しくなってくる。

~~~~~~~~~~~

僕は考えました。
どうすればこの罪を償えるか。
どうすれば貴方の役に立てるか。

僕は昔、東の最果ての国に男でも子を授かる事の出来る秘術があると聞いた事があります。貴方と結ばれ、存分に愛し合ったあかつきに、草根かき分けてでも見つけようと思っていましたが、今こそその秘術を見つけ出す事が貴方の役に立てるのではないかと考えました。

あの男に貴方が孕まされる事は胸が引き裂かれる程辛いですが、貴方似の可愛い子孫をこの世界に残せるのであれば僕は本望。これが僕にかせられた罰になるでしょう。

僕は東の最果ての国を目指して明日旅立ちます。貴方が貴方似の可愛い赤子を胸に抱いている夢を見て、明日に備えて万全の態勢で旅に出たいと思います。

フェルゼン・ハーストより

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

手紙の内容に思わず頭を抱える。
一言で言えば恐ろしい。

何だ東の最果ての国の男でも子を授かる秘術って!?
何処の十八禁の夢小説だよ、怖いわッ!!

しかも手篭めにしたら本気で孕ませようとしてたって!?
怖ッ!!

寒気が止まらず、飲む気のなかったルノが淹れた紅茶を思わず飲んだ。それを見てルノはご満悦。

「これも如何です? このガトーショコラは頭が甘く満足のいく出来になっています。きっと食べたら美味しさのあまり卑しいメスのように甘い声をあげてしまう事必見です。」

「……その恐ろしい言い回しをやめろ。そしてフェルゼンを止めてこい。」

そうキッと睨むがルノは慈愛の満ちた笑みでティーカップに紅茶を注ぐ。

「貴方の伴侶も聞いたら喜ぶと思いますよ。妊娠中と子育て中は仕事も堂々と休めますし、その間貴方をベッドに繋ぎ止める事が出来ますしね。」

「リヒトをお前達鬼畜と一緒にするな…。そして男は妊娠出来ない。私は妊娠しない。」

「子持ちになったらさっきみたいな輩が手を引くと思うのですがね。何故あんな輩をお側に置いているのですか? 」

チラリとルノが扉を見やる。
扉の向こうからは芳しいコーヒーの香りがする。

「……シューゲルには置いているんだ。気の利く部下でね。」

「……成程。では、気の利く部下の仕事を取らない為に今回の給仕はこの辺りで諦めましょう。…そういえば、膿出し作業は順調ですか? 」

ルノがニンマリと人の悪い笑みを浮かべる。溜息をつき、ガトーショコラを一口放り込むと口の中に少しほろ苦いコクのある甘さが広がる。

「ライフ男爵の家にアルヴィンという信用の置ける男に潜入してもらってる。きっと彼ならライフ男爵の闇を炙り出してくれるよ。」

「随分と信頼してるのですね。」

「…まあね。背中を預けられる大事な友だよ。」

芳しいコーヒーの香りが扉から遠ざかる。
溜息をつきたくなったが、ガトーショコラとともに飲み込んだ。ペンを取り、不要になった書類の裏に手紙をしたためる。

「眉唾ものの秘術なんか探しに行かなくていいから仕事しろって伝えて。」

「慈悲深いお言葉ありがとうございます。……存分にボロ雑巾になるまで主人をお使いください。」

「私をお前達鬼畜と一緒にするな。」

ルノは書類の裏に書いた書体もテキトーな文面を丁寧に折りたたみ、懐に嬉しそうにしまい、扉からではなく天井を開けて出て行こうとした。が、「あっ。」と声を上げて何故か戻ってきた。

「シュネー様の伴侶。この屯所の外で貴方に会いに来たエリアス様と一触即発してましたよ。あのカスターとかいう魔獣もまじえて三つ巴です。」

大変ですねと他人事のように告げて、天井に戻っていく。

いや、見たなら止めてくれよ。
それか手紙より先に言ってくれ。


恐る恐る窓から外を覗くとリヒトとエリアスとカスターが寒々とした笑みを浮かべて牽制し合ってる。

何時になったらエリアスは諦めてくれるのか。

「養子取るんじゃ駄目? 本気で子の一人二人生まなきゃアイツは諦めてくれないのか!? 」

溜息が止まらない。
リヒトと結婚して三年と数ヶ月経つ。
『従騎士の誓い』も二度して、結婚もしているのに以前とは違う方法でアプローチが酷くなってる。

本人はあまり追いかけて来なくなった代わりに行く先々で薔薇の花束が追いかけるように送られてくる。

最近では人に近付かれたり、触られたりするより薔薇が怖い。

「勘弁して。」

諦めてリヒトの元に向かう為に部屋から出ると芳しいコーヒーの香りは扉から完全に消えていた。
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