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崩壊

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異変に気付いたのは町を見渡せる高い丘に出た時だった。


昨日のリヒトとの初デート? の時に出くわしたヒヒ系魔獣の軍団を探して、私達はネズミとカスターニェ(長いので以後カスターに省略)とともに森を散策していた。

走る事は出来ないがもう普通に歩けるようになったネズミの知識とカスターの嗅覚でヒヒ系を追っていたが、居た痕跡はあれどヒヒ系は見つからない。

「早い段階で何とかしたいねぇ。おそらく、いんや間違いなく、ヤマネコの仕業でい。」

どうやらリヒト達が崖から滑落した原因になった棍棒を持ったヒヒ系魔獣もヤマネコが仕込んだものだとの事。

ネズミの読みではあれは試験的なもので今回の軍団を作り上げる前の前座ではないかと予想している。

ー 嫌な予感がする。

そもそも魔獣に武器を与えるって発想が怖い。そして私達を以前けしかけた所を考えると、魔獣を意のままに操ろうと考えてそうだ。

騎士仲間に聞けば誰もが「そんな事出来る筈が無い。」と一笑するだろう。

魔獣とは獣より知能を持ち、獣よりも上位の存在。人には厄災になりかねない生物達の事。

群れで行動する魔獣は格上のものに従う。しかしそれも同じ種族間での話だ。そもそも一人の人間に、魔獣から比べたら弱い種族である人間に魔獣が従うかと言われたら否と答えただろう。ここに来るまでは。

隣で甘えるように身体を擦り付けてくるカスター。間違いなくこの『血染めの狼王』と呼ばれた魔獣は私やリヒトが格上だからこうして慕っている訳じゃない。これは特殊な例だが、だからと言って例外だと切り捨てるのは躊躇われる。

「僕達を襲わせた時みたいな方法で何かしようとしているのかな? 」

リヒトがカスターを私から引っぺがしながら首をひねる。

「匂いかなんかを付けて。…でもあれだけの数を集めてまるで何処かに攻め入るみたいに。」

その言葉にヒヒ系の痕跡をいじっていたネズミの表情が陰る。

軍団は結構な数だった。
ざっと見て二十は居ただろう。

その軍団全てを町に誘導する?
あの数を操りきれるのか?
そもそも、もし匂いだとしてどうやってそこまで誘導する?

パンパンッとネズミが手を叩く。

「うーん、ヤメヤメ。これ以上誘導方法を考えてもしょーがないんでい。結局憶測から抜けきれないんよぉ。」

ネズミの言う事は一理ある。
ヒヒ系の操り方なんて分かった所であまり意味がない。それよりもそれを使って何をしようとしているかが重要だ。

「このまま痕跡を辿ろう。」

そして痕跡を辿れば辿る程、最悪な想定が確証へと変わっていく。

「『リンク』を襲う気だ。」

ヒヒ系の痕跡は『リンク』の町に近付く程強く残っていた。そして町を見渡せる高い丘に出た時、ネズミの表情が固まった。

「先手を…取られたねぇ。こりゃあ。」

町は一見何時もと変わらない長閑な風景に私とリヒトは見えた。しかしよく見ればまだ日が落ちていないのに人の姿が見当たらない。閑散としている。

「でも静かだよ。人もだけどヒヒ系も見当たらない。」

「静かすぎんの。…まさかこんなに早く動き出すとはねぇ。」

町の建物などは壊れてはいない。
一見すると人が居ないのが妙だが、それ以外は何時もと変わらない。

「町付近に行ってみます? 」

そう町の方向に足を向けようとしたがカスターが私の服を引っ張り、行く手を邪魔する。

「それはやめといた方がいいんでい、シュネッち。罠の匂いがプンプンするんでい。」

ネズミが険しい顔で町を見る。

「もしもの時はオイラの寝ぐらの一つで集合になってんよ。そっちに行こう。」

そう手招きされ、ネズミの寝ぐらの一つに向かった。



初めて地獄を見た。

寝ぐらに着くとむわんと鉄の匂いがした。狭い寝ぐらの中で男達の呻き声、鳴き声、苦痛な叫びが響く。

床が見えない程人が横たわる中をカッコウが上手く飛び越えながら駆け回って治療をしていた。

「これ……は。」

リヒトがその光景に絶句する。
少し吐き気を催して、それを必死に堪えていた。

「いたい……。いた…い。」

「死にたくない…。死に…たくない。」

「かぁちゃんッ。いてぇよ、いてぇよぉ。死にたくないッ。死にたくないよぉ、かぁちゃん…かぁちゃん。」

ここにいるのは人を殺したり、人を貶めた罪人達だ。この『刑受の森』には死ぬ為だけに流刑された。
それでもやはり彼等も血の通った人間で、この世に生きる為に生まれてきたのだと考えると耐えられず唇を噛んだ。


「こっちだよ。シュネーちゃん。」

客間の入り口の前でキツネが手招きをして私達を呼ぶ。その頰には深い獣の爪痕が刻まれていた。

「ヒヒ系に町を襲われたんだろぅ? 」

「そうさ、急に群れが流れ込んで来てこのざまだよ、ネズ公。…町民も戦力もかなりやられちまったよ。逃げるので必死だった。」

何時もチャラチャラしているキツネの顔に険しいものが浮かぶ。

「町はディーガに占領された。……クジャクが……。」

キツネが言い淀む。
その唇からは血が滲んでいる。
少し震えた手で客間の扉を開け放った。


荒い息をあげ、一人の男が布団の上で、倒れていた。その男は右足と左腕が途中から無く、巻かれた包帯から血が滲んでいる。

「クジャク……。」

この『リンク』の統率者。
ディーガと対等にやり合える『刑受の森』の頂点の一人だった。

「死なれては困るので尽力はします。」

クジャクの治療に戻ってきたカッコウが真剣な眼差しで包帯を替える。そしてともに入って来た男の腕に針を刺した。

「血が足りなくてね。一か八かで輸血する。」


治療の邪魔にならないよう部屋の外に出たが、居場所がない。治療の手伝いをするべきかとも思ったが、私達のやるべき事はそれではない。

「台所は? 」

「台所も怪我人が寝てんよ。」

「オイラの部屋もいっぱいだろうねぇ。外かねぇ。カスターも待ってるしねぇ。」


外に出るとカスターが守るように周辺を警戒していた。どうやらこの周辺はカスターのおかげで安全のようだ。

「さぁて、どうすんかねぇ。このままじゃあジリ貧でい。クジャクがあのざまじゃあ、当分再起は計れない。」

そう辛い現状を言いつつも、ネズミは落ち込むキツネの肩に腕を回し、「男前になったぢゃんか、おキツネさん。」といじっていた。キツネも少し落ち着いたようで「元から男前だよ。」と言い返していた。


しかし……。
キツネの動揺。
ネズミの町を見る険しいあの表情。
それはこの状況が彼等にとっても異常事態だという事物語っている。

「これは…今までなかった事態? 私達が来る前にはこんな事はなかった? 」

ー 私の所為? 

キツネの瞳が揺れた。
キツネは何も答えず、目を逸らした。しかし、その態度が全てを物語っている。

ー 私の所為なのか…。この状況は私がディーガに狙われてるから。

口を開こうとした瞬間、ネズミがそれを遮った。

「シュネッち。憶測でものを語るのは良くないんでい。別にお前さん等が来る前だって抗争は何度もあった。今回はそれが少し規模が大きかっただけ。」

「だけど…。」

「リヒッちゃん。シュネッちの口塞いで。……考え過ぎは良くないんよ。それにオイラ達は罪人でい。人殺しの集団でい。そんな奴等に心を裂く必要はないんよ、シュネッち。自業自得なんだから。」

ネズミが何時もと違い優しい表情で私に語り掛ける。確かにここにいるのは人殺しの罪人達だ。だが……。

それでも生きているじゃないか。毎日を必死にあの町で普通に生きていたじゃないか。元がロクでもない奴等でも……。

「シュネー。」

ふわりとリヒトの腕が私を包むように抱き寄せる。リヒトの体温が暖かくて、背中から伝わるリヒトの心音が心地よくて張り裂けそうな心が何とか形を保つ。

「リ…ヒト。私…は。」

「君は何でも背負い込み過ぎだよ、シュネー。それに理由が何であれ、それをやったのはディーガ達だ。悪いのはディーガだ。君じゃない。」

「だけど…。」

「うん。そう割り切れないのは僕も分かるよ。僕は未だにゲルダの死は僕の所為だと思ってる。」

「違うっ!! アレは宰相がッ!! 」

振り向くと空色の瞳が私をしっかりと見つめていた。ふわりと優しく唇と唇が重なる。きちんと息が出来るようにゆっくりと優しく口付けを重ねる。

「僕を見て、シュネー。僕だけを見て。」

優しい手付きでリヒトが私の頭を撫でる。何時の間にかに強張っていた身体から力が抜ける。ポスンッとリヒトの胸に頭を預ける。

「落ち着いた? 」

「そう…ですね。護衛としてはこの様自体失格ですが。」

「十五歳にそこまで完璧にやられちゃあ、僕の立つ瀬がないよ。それにきちんと甘えられるようになったのが君の一番の成長だよ。」

まだ撫で続けるので段々、恥ずかしくなってきた。が、リヒトの腕の中がとても心地よくて、そもそもリヒトが離す気がないので中々腕から出れない。

そんな姿にネズミが少し苦笑を浮かべつつも、「お似合いだよ。ホント。」と弄ってくる。キツネは複雑そうな表情を浮かべてフイッとまた目を逸らした。



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