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恋ってタチが悪い

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「あーあ、今日、シュネーちゃんは森の中かぁ。リヒトの野郎と。」

クジャクの部屋でお茶を啜りながら口を尖らせて外を眺める。クジャクはそんないじける部下にやれやれと呆れつつもお茶菓子を出した。

「アンタもしつこいわねん。本当に今回は本気なのん? キツネ。」

キツネはお茶菓子を齧りながらニッコリと笑った。

「恋って一時の病でしょ? どんなに愛し合っていたって病が治ればその時の事はあの時あんな事あったなぁーみたいな想い出になるか、記憶から消え失せるか。片方が病にまだ罹ってても結局は治ってしまったらそれは終わり。あんな想って想われてなんて今だけ。なら、俺だってチャンスはあるでしょ。」

「そうかしらねん? 」

「そうだよ。」

キツネはお茶菓子を頬張っていたがやがて瞳が一点の床のシミを真剣に見つめていた。

「シャーラだって最初はあんな一心に俺を見つめて、俺を想ってくれたよ。」

「シャーラって誰よん? 」

「俺の元婚約者。幸せにしたくて頑張って騎士になったのに貴族と結婚した尻軽。愛より金だってさ。」

「あー、ヤダヤダ。」とキツネが苦笑いを浮かべる。床のシミを踏み潰すかのように何度も踏む。

「タチが悪いんだよ、恋って。病みたいに個人差があってさっさと治る奴と治らない奴がいる。こっちがまだ完治出来ずに引き摺って、貴族に八つ当たり紛いの結婚詐欺までしてさ。俺を刺しに来た女がまた俺からシャーラを奪った貴族の妹でやんの。ホント、人生って変に上手く出来てるよ。久しぶりに会ったシャーラは俺を軽蔑の目で見てたなぁ。」

「……アンタ、酔ってるん? 何時もは自分の過去話なんてしないでしょん。」

グイッとキツネがお茶を喉に流し込む。
まるでお酒でも煽るかのように。

「『アンタってそういう人よね。』だってさ。お前が俺の何を知ってるってんだ。捨てたのはお前じゃないか。俺をそう変えたのはお前じゃないか。」

「何? 傷心なのん? それはわっちに襲って欲しいっていう新手のアピールなのん? 」

「美人で可愛い子が好み…。」

「あんら、ドンピシャじゃないん。」

「何処が!? 」

はたとジリジリと妖しい雰囲気を醸し出して近付いてくるクジャクに気付いて我に帰る。そしてブルリッと身震いをした。

「お、俺は……本来は無類の女の子が好きで…、男なら、男ならタチが良いかなーなんて、…ハハッ…向いてないっすよ…ネコなんて……。キツネ…イヌ科だし。」

「安心おし。アンタ、才能あるわん。才能なくてもわっちが引き摺り出してあげるん。ちょいとムラムラしたからお尻を諦めて献上なさいん。」

「抱くならシュネーちゃん。抱かれるなら、抱かれるならせめてネズミが…うん、ネズ公で!! チェンジ!! 」

「……ネズミが情事に興味がないの知ってての人選ねん。ネズミならこの状況でもすんなり逃げてくわよん。アンタと違ってん。」

身体で慰めてあげるわん、と近寄ってくる自分よりタッパがある『リンク』一の実力者。

ー 俺は何故この性欲の塊のような男にクダを巻いた!? こーゆー手のはネズ公が聞いてくれないからつい…か。

じゃあ、これはネズ公の所為?
という謎の結論に達したキツネ。

だが、問題はそこじゃない。
どうやってここから逃げ出すかだ。


こんな時にふと、初めて会った時に見たあの子の泣き顔が浮かぶ。

あの野郎の為に雪で出来てるんじゃないかってくらい真っ白な睫毛にも水滴を付けて、ホロホロとアメシストの瞳から雫を流す。久々に見た自身の為に流したものでは純粋な涙。つい、その涙に魅入った。

ー あの子がシャーラだったら『刑受の森』に流刑されるあの日、罵声じゃなくて俺の為に泣いてくれたのかな? 

そんな馬鹿な事を想いながら。
恋は愛は一時の病。
それはよくキツネは理解している筈だだった。

初めて出会った時からあの子の心は意外に単純に出来ていた。全てがあの野郎の為にその心が動く。

笑うのも泣くのも絶望するのも幸せになるのも全部一挙一動があの野郎の為。
ただ真っ直ぐにあの野郎だけを見つめている。


ー ああ、そうか。俺は羨ましいんだ。

あのアメシストの瞳に映るあの野郎がとても羨ましくて妬ましい。だから余計に認めたくない。奪ってやりたい。あの優しくあの野郎を見つめるあの瞳に俺を……。


「なーぁ、クジャク。」

「あーら、諦めたん? 」

ポタリと頰を温かなものが伝う。
シャーラに罵声を浴びせられても出なかったものが顎まで流れて溜まり、床に一雫落ちた。

「やっぱ、恋って…タチが悪いわ。」

顔は笑みを作っている筈なのに涙が止まらない。やはりこんなものは病でしかない。


クジャクからギラギラとした捕食者の目が消えた。それはしょうがないものを見るような少しの憐れみと同情、そして俺には測り得ない感情がのっていた。

クジャクが何か俺に声を掛けようとして口を開く。しかし、その口が言葉を紡ぐ瞬間、地響きのような雄叫びと誰かの断末魔が響き渡った。

外では罪人達は逃げ惑っていた。
あるものは足を引っ張り合いながら。あるものは友人を助けながら。それでもひとしくその命は刈り取られる。

突如町に現れたヒヒ系魔獣の軍団によって。
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