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あげますよ
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「リヒッちゃんって、好きな相手をとことん甘やかしたいタイプかい? 」
ネズミが苦笑いを浮かべて食卓を見る。
肉じゃがに甘い卵焼き、甘辛味噌の魚のちゃんちゃん焼き、豆の甘煮。毎度毎度リヒトが料理を担当すると甘い味付けのものが食卓に並ぶ。
私は甘い味付けのものが好きだから構わない。だから今まで気にはなってたが気にしなかった事。今その問題にネズミは耐えかねてメスを入れている。
「オイラ、別に作ったものに文句を言いたかぁない。だけどよぉ。オイラ、甘い卵焼きよりだし巻き卵が好きなんでぃ。塩辛い魚も食べたいし、甘煮より漬けもんが食べたい。塩分が…塩分が足りないんよ、リヒッちゃん。」
「十分塩分は入ってるよ。それにあまり塩分を摂り過ぎるのも身体に良くないよ。…ネズミ、たまに味噌炙っただけのものでそのままご飯食べるよね。摂り過ぎたよ。」
「糖分こそ摂り過ぎだとオイラは思うんでい。毎日毎日砂糖砂糖。終いにゃ、口から砂糖が出ちまうよ。」
二人が珍しく言い合いをしている。
しかも、ネズミに言われて終わりじゃなく、対等な勝負。
「シュネッち!! シュネッちだって、流石に毎日甘々じゃあ辛いってもんだよなぁ。ねっ、ねっ!? 」
と、思ったらこっちにも飛び火してきた。私を巻き込むな。
「シュネーにはいっぱい栄養を取って、頑張って貰わないと。……後、機嫌取りも兼ねて。」
「………なんか食べるの怖くなってきた。」
何を頑張るのか。何の機嫌取りか。
正直、聞きたくない。
…きっと好きなものしっかり食べて護衛頑張ってね事だよ。きっと。
「成る程。美味しいものを食べさせて美味しく食べる為…か。シュネッちは存分に食べて良いからぁ、明日はだし巻き卵がいいんでい。」
「ふざけんなよ。」
気分を悪くしながらもパクリと魚を口に運ぶと甘辛味噌が食指を刺激する。
私がここ何ヶ月は料理していた筈なのに何故かリヒトの料理スキルが上がってる。
何故だ。なんか複雑だ。
足元ではピタッと身体をくっ付けながら『血染めの狼王』が肉を食べている。
最近、くっ付いて来なくなったから飽きてくれたのかと思ったらまたくっ付かれている。
スリスリと足に身体を擦り付けてくる姿が最近とても愛らしく感じてきてしまった。「飼おうかな。」なんて冗談で零したらリヒトが必死な形相で「これも作戦なの分かってる? コイツは油断させてあわよくば僕から奪おうとしてるんだよ。」と止められた。
犬、結構好きなんだけどな。
『血染めの狼王』を見るとお腹一杯になって満足そうに微睡んでいる。つい、頭を撫でたくなってしまいたくなるが、やるとリヒトが不機嫌になるので面倒。だが、解けかけている前足の汚い布が気になる。
ー 結び直すくらいなら。
『血染めの狼王』の前にしゃがむと『血染めの狼王』が微睡むのをやめて嬉しそうにこちらを眺めている。
「これ、結び直していい? 」
「ワフッ!! 」
うんっ!! お願いっ、と言いだけな感じだったので、解けないように固結びで結び直す。
ー そういえば、任務の時に親を失った子犬に簡単な手当てだったけど、布巻いてやったな。
あの子犬は果たして今も生きているだろうか。それとも淘汰されたか。
「ほら、出来た。」
少し不恰好になってしまったがもう取れそうにない程固く結んだのでまぁ、良いだろう。
『血染めの狼王』は何度も何度も結び直されたそれを見て嬉しそうにブンブンと尻尾を振る。瞳には喜色が浮かび、人食いの魔獣なのになんだか可愛い。
油断して頭を撫でようと手を伸ばすと押し倒されてマウントを取られる。その目は爛々としていて捕食者の目、そのもの。しかし、捕食者と言っても食物連鎖の方じゃなくて……。
「……どけ。」
「ワフッ? 」
「何言ってるんだか分からないって顔するな!! 叩っ斬るぞ!! 」
「シュネッち…。帯剣してないのにどぉやって叩っ斬んの? 」
ネズミに指摘されてはたと思い出す。あ…、剣、部屋に置いてきたんだった。
「いや、怪我した手も握力が戻ってきたんだ。体術だって、体術だってこちとら騎士団仕込みのが…。」
「その体術はマウント取られて抑えられても使えるの? シュネーって力押しのタイプじゃないよね。」
「「………。」」
暫し、リヒトと見つめ合う。
リヒトは私を見て苦い表情を浮かべている。「僕、君に忠告したよね? 」と言いたげな顔で。
「……助けたらご褒美くれる。」
「仕事代わるとか、家事当番代わるとかそういう事ですかね。」
「「………。」」
また暫し見つめ合う。
段々と『血染めの狼王』の腰が揺れてきて怖い。が、そのご褒美とやらも怖い。家事や仕事で是非とも手を打って頂きたい。
「シュネーはどっちが良い? 」
「な、何が…。」
「僕とかその犬か? 」
「何が!? 」
ネズミが哀れなものを見るような視線をこちらに寄越す。お前が助けてくれてもいいんだぞ。
まだ何も決まっていないのにずるりと私を『血染めの狼王』から引き上げて抱き込む。地味に怖かった私はちょっと震えながらリヒトに身を寄せると『血染めの狼王』が魔獣の癖に舌打ちした。
魔獣って舌打ち出来るんだ…。
「さて、ご褒美の話なんだけど。」
チワワより睨めない癖に黒い笑みを浮かべてリヒトが背中を撫でる。撫でる手つきはとても優しいのでホッとするのだが、その笑顔が不吉。そしてネズミが私に合掌しているのがムカつく。
お前、リヒト側だよな、何時も。
「まずは一緒にお風呂に入って考えようか。」
「一緒にお風呂に入るのがご褒美じゃダメですか。」
「これから毎日入るからダメ。」
ー ま、毎日!?
何だかあまり聞きたくなかった言葉だったのでなかった事にして首を傾げたが、「毎日だよ。」と念押しされた。
ネズミを見やるがまだ合掌してる。助ける気ゼロだな、知ってた。
「いや、でも、…リヒトはお風呂長いから逆上せてしまうし……。」
「シュネーは早すぎるんだよ。きちんと洗わなきゃダメだよ。今日から生活を見直そう。」
「朝弱い人に言われたくないよ。その言葉。」
生活を見直す?
別に夜更かしも朝寝坊もしてない。
食べ過ぎる訳でも食べない訳でもない。
心底不服そうな顔を浮かべてやるとリヒトが溜息をついた。
「シュネーは自身の事を顧みないから限界でも突っ走ってくでしょ? 僕には君の主人として恋人としてそれを改善する義務がある。」
「こ、恋人。」
「シュネッち。何故そこに引っ掛かんの? 恋人じゃないのにヤる事ヤるってただれた関係、お兄さん、看過出来ないよぉ? それとも、もう式挙げる? 」
「いや、だってゲルダ……。」
「「何故そこに戻る!? 」」
何故か私は二人に呆れられている。
リヒトが頭を抱えてる。
いや、だって好きでしょう?
最近寝言で言ってないけど、あんなに好きだったんだから。
「シュネー…。いや、それは僕が悪いね……。」
髪を優しく梳きながらより一層抱きしめる。
「僕は確かにゲルダもまだ好きだ。」
「リヒッちゃん、サイテー。二股!? 」
「そうですよね。」
「…シュネッちは二股掛けられて何ホッとしてんの? 」
ネズミはドン引きしているが、私は正直ホッとしている。
だって、ゲルダは命を懸けてまでリヒトを愛していたんだ。それをさっさと忘れるんだったら流石に殴る。不義理にも程がある。
「でも、シュネーも愛してる。元々特別だったし、もう離したくない。きっとゲルダと添い遂げられなかった分、かなり君に依存している。」
「重い。」
「……やっぱり殴らせて下さい。」
重い。
とても重い。
我関せずスタイル筈のネズミが「逃げる? 」と目で聞いてくる。かなり主人を殴るのに抵抗はあるが、致し方ない。そう拳を振り上げようとした瞬間、唇を奪われた。
長い深い口付けじゃない軽い口付け。
空色の瞳が熱を帯びている。
「けどゲルダの代わりなんかじゃない。君が愛しくて愛しくて堪らないんだ。色んな君の姿を知るたび、夢中になっていく。強い部分も弱い部分も。強情な所も流されやすい所も全部。愛してるんだ。」
耳まで真っ赤に染まってそれでもその瞳は揺れる事なく私を見つめる。
ー ダメだ。まともに顔が見れない。
そう顔を逸らそうとすれば顎の下を指でなぞられ、変な声が出そうになった。思わず抗議しようと顔を戻すとまだその瞳は私を見てる。
「結婚前提で恋人になってくれない。」
ー 重い。
これを受けると私はこの人と結婚するのか……。
いきなりハードルが上がった。
だが、正直……なぁ。
ー 多分、この人以外と恋仲になるの無理かもしれない。
未だ、トラウマは健在。
ネズミにもまともに触れらない。吐き気を催す。
それにリヒト以上に愛せる相手なんていない。離れる気も毛頭ない。しかし、いきなり結婚か…。
悩んでいると視界で空色の瞳が悲しげに揺れる。「僕じゃダメ? 」と言わんばかりに。
「わ。」
「わ? 」
分かりましたよ、といい掛けて押し黙る。それで本当にいいのか、オマエは。
流されてないか?
最近のこのパターンで色々押し流されている。今は無くなった一週間のアレも然り、目覚ましの口付けも然り。なんか最終的に折れる感じで今、ここに至ってる。
でも…………。
それも全部…………。
はぁーーーと長い溜息をついて唇を重ねる。私より柔らかいリヒトの唇の感触がやっぱりとても気持ちいい。
「シュネー? 」
「あげますよ、全部。『従騎士』になった時から大体全て捧げてますけど。だからもう今更だ。欲しいなら何度だって誓います。騎士の誓いだろうが結婚だろうが『従騎士の誓い』の効力より劣りますけどね。………ただ。」
「ただ? 」
ただでさえ熱い顔が更に火照る。
何だか恥ずかしくて瞳が潤む。
「結婚は。夫婦になるのは冤罪が解けてここから出れたらでお願いします。…………それまでは…その、夜の営…うぅっ、営みは…程々に。」
夜の営みは当分控えてくれと言いたかったが、それはそれで後が怖くて言えなかった。抱き潰されて護衛出来ませんでしたは困るので控えて欲しいのだが、それはそれで何だか寂しいし、そしてやはり後が怖い。
顔が熱い。
何だろう恥ずかしい。
最近こんなのばかりだ。
ホトホトと空色の瞳から雨が降る。
しかしそれは悲しみからではなく、感極まって。抱き潰されるんじゃないかって程抱き締められて、内臓出るかと思った。
「あーもう、大好き。可愛い。一生離さない。ここから出たらすぐ結婚しよう。二人でゆっくり長閑な所で暮らそう。こうやって二人で料理したり、家事したり、平凡に。」
「一番大切な部分を忘れないで下さい。程々の辺りを。程々ですよ。程々。」
「うん、程々ね。結婚したら毎日抱き潰していいんだね。」
「………もう既に選択を間違えたかもしれない。」
何時かはこの『刑受の森』を出たいと思っていたが、今は何だか出たくない。何だっけ。最初の方、「君は自身を顧みない所があるから生活から見直そう。」って話、してなかったっけ?
身体大事にしろって言ってた人が抱き潰すの? 矛盾してない?
「お二人さん。オイラを忘れないでぇ。やり取り見てると何だかおめでとうとは言い辛い。そしてオイラを忘れちゃダメ。」
ネズミが苦笑いを浮かべて甘いと文句言ってた卵焼きを食べる。
何だろうね。
もう、ネズミが居ても気にならないんだよ。生活の一部なんだよね、ネズミの存在も。
そんな事を思っているとニヤリとネズミが嗤った。
「で? ご褒美はどうなったの、リヒッちゃん。さっきとは別口なんだろう? 出し巻き卵で、手ェ打つよぉ。」
「分かった。じゃあ、早速お風呂に入ってくるから後片付けお願い。」
「……おい、いい加減にしろ。何気なくなぁなぁになった事を掘り返すな。」
このままでは風呂に直行で連れてかれるともがいて逃げようとしたが、その下で私が脱走してくるのを捕食者のような目で待つ、『血染めの狼王』を見て、固まった。
四面楚歌。
まさにその言葉が頭に過ぎる。
詰んでるのか…。私はもう、詰んでるのか!?
ネズミが苦笑いを浮かべて食卓を見る。
肉じゃがに甘い卵焼き、甘辛味噌の魚のちゃんちゃん焼き、豆の甘煮。毎度毎度リヒトが料理を担当すると甘い味付けのものが食卓に並ぶ。
私は甘い味付けのものが好きだから構わない。だから今まで気にはなってたが気にしなかった事。今その問題にネズミは耐えかねてメスを入れている。
「オイラ、別に作ったものに文句を言いたかぁない。だけどよぉ。オイラ、甘い卵焼きよりだし巻き卵が好きなんでぃ。塩辛い魚も食べたいし、甘煮より漬けもんが食べたい。塩分が…塩分が足りないんよ、リヒッちゃん。」
「十分塩分は入ってるよ。それにあまり塩分を摂り過ぎるのも身体に良くないよ。…ネズミ、たまに味噌炙っただけのものでそのままご飯食べるよね。摂り過ぎたよ。」
「糖分こそ摂り過ぎだとオイラは思うんでい。毎日毎日砂糖砂糖。終いにゃ、口から砂糖が出ちまうよ。」
二人が珍しく言い合いをしている。
しかも、ネズミに言われて終わりじゃなく、対等な勝負。
「シュネッち!! シュネッちだって、流石に毎日甘々じゃあ辛いってもんだよなぁ。ねっ、ねっ!? 」
と、思ったらこっちにも飛び火してきた。私を巻き込むな。
「シュネーにはいっぱい栄養を取って、頑張って貰わないと。……後、機嫌取りも兼ねて。」
「………なんか食べるの怖くなってきた。」
何を頑張るのか。何の機嫌取りか。
正直、聞きたくない。
…きっと好きなものしっかり食べて護衛頑張ってね事だよ。きっと。
「成る程。美味しいものを食べさせて美味しく食べる為…か。シュネッちは存分に食べて良いからぁ、明日はだし巻き卵がいいんでい。」
「ふざけんなよ。」
気分を悪くしながらもパクリと魚を口に運ぶと甘辛味噌が食指を刺激する。
私がここ何ヶ月は料理していた筈なのに何故かリヒトの料理スキルが上がってる。
何故だ。なんか複雑だ。
足元ではピタッと身体をくっ付けながら『血染めの狼王』が肉を食べている。
最近、くっ付いて来なくなったから飽きてくれたのかと思ったらまたくっ付かれている。
スリスリと足に身体を擦り付けてくる姿が最近とても愛らしく感じてきてしまった。「飼おうかな。」なんて冗談で零したらリヒトが必死な形相で「これも作戦なの分かってる? コイツは油断させてあわよくば僕から奪おうとしてるんだよ。」と止められた。
犬、結構好きなんだけどな。
『血染めの狼王』を見るとお腹一杯になって満足そうに微睡んでいる。つい、頭を撫でたくなってしまいたくなるが、やるとリヒトが不機嫌になるので面倒。だが、解けかけている前足の汚い布が気になる。
ー 結び直すくらいなら。
『血染めの狼王』の前にしゃがむと『血染めの狼王』が微睡むのをやめて嬉しそうにこちらを眺めている。
「これ、結び直していい? 」
「ワフッ!! 」
うんっ!! お願いっ、と言いだけな感じだったので、解けないように固結びで結び直す。
ー そういえば、任務の時に親を失った子犬に簡単な手当てだったけど、布巻いてやったな。
あの子犬は果たして今も生きているだろうか。それとも淘汰されたか。
「ほら、出来た。」
少し不恰好になってしまったがもう取れそうにない程固く結んだのでまぁ、良いだろう。
『血染めの狼王』は何度も何度も結び直されたそれを見て嬉しそうにブンブンと尻尾を振る。瞳には喜色が浮かび、人食いの魔獣なのになんだか可愛い。
油断して頭を撫でようと手を伸ばすと押し倒されてマウントを取られる。その目は爛々としていて捕食者の目、そのもの。しかし、捕食者と言っても食物連鎖の方じゃなくて……。
「……どけ。」
「ワフッ? 」
「何言ってるんだか分からないって顔するな!! 叩っ斬るぞ!! 」
「シュネッち…。帯剣してないのにどぉやって叩っ斬んの? 」
ネズミに指摘されてはたと思い出す。あ…、剣、部屋に置いてきたんだった。
「いや、怪我した手も握力が戻ってきたんだ。体術だって、体術だってこちとら騎士団仕込みのが…。」
「その体術はマウント取られて抑えられても使えるの? シュネーって力押しのタイプじゃないよね。」
「「………。」」
暫し、リヒトと見つめ合う。
リヒトは私を見て苦い表情を浮かべている。「僕、君に忠告したよね? 」と言いたげな顔で。
「……助けたらご褒美くれる。」
「仕事代わるとか、家事当番代わるとかそういう事ですかね。」
「「………。」」
また暫し見つめ合う。
段々と『血染めの狼王』の腰が揺れてきて怖い。が、そのご褒美とやらも怖い。家事や仕事で是非とも手を打って頂きたい。
「シュネーはどっちが良い? 」
「な、何が…。」
「僕とかその犬か? 」
「何が!? 」
ネズミが哀れなものを見るような視線をこちらに寄越す。お前が助けてくれてもいいんだぞ。
まだ何も決まっていないのにずるりと私を『血染めの狼王』から引き上げて抱き込む。地味に怖かった私はちょっと震えながらリヒトに身を寄せると『血染めの狼王』が魔獣の癖に舌打ちした。
魔獣って舌打ち出来るんだ…。
「さて、ご褒美の話なんだけど。」
チワワより睨めない癖に黒い笑みを浮かべてリヒトが背中を撫でる。撫でる手つきはとても優しいのでホッとするのだが、その笑顔が不吉。そしてネズミが私に合掌しているのがムカつく。
お前、リヒト側だよな、何時も。
「まずは一緒にお風呂に入って考えようか。」
「一緒にお風呂に入るのがご褒美じゃダメですか。」
「これから毎日入るからダメ。」
ー ま、毎日!?
何だかあまり聞きたくなかった言葉だったのでなかった事にして首を傾げたが、「毎日だよ。」と念押しされた。
ネズミを見やるがまだ合掌してる。助ける気ゼロだな、知ってた。
「いや、でも、…リヒトはお風呂長いから逆上せてしまうし……。」
「シュネーは早すぎるんだよ。きちんと洗わなきゃダメだよ。今日から生活を見直そう。」
「朝弱い人に言われたくないよ。その言葉。」
生活を見直す?
別に夜更かしも朝寝坊もしてない。
食べ過ぎる訳でも食べない訳でもない。
心底不服そうな顔を浮かべてやるとリヒトが溜息をついた。
「シュネーは自身の事を顧みないから限界でも突っ走ってくでしょ? 僕には君の主人として恋人としてそれを改善する義務がある。」
「こ、恋人。」
「シュネッち。何故そこに引っ掛かんの? 恋人じゃないのにヤる事ヤるってただれた関係、お兄さん、看過出来ないよぉ? それとも、もう式挙げる? 」
「いや、だってゲルダ……。」
「「何故そこに戻る!? 」」
何故か私は二人に呆れられている。
リヒトが頭を抱えてる。
いや、だって好きでしょう?
最近寝言で言ってないけど、あんなに好きだったんだから。
「シュネー…。いや、それは僕が悪いね……。」
髪を優しく梳きながらより一層抱きしめる。
「僕は確かにゲルダもまだ好きだ。」
「リヒッちゃん、サイテー。二股!? 」
「そうですよね。」
「…シュネッちは二股掛けられて何ホッとしてんの? 」
ネズミはドン引きしているが、私は正直ホッとしている。
だって、ゲルダは命を懸けてまでリヒトを愛していたんだ。それをさっさと忘れるんだったら流石に殴る。不義理にも程がある。
「でも、シュネーも愛してる。元々特別だったし、もう離したくない。きっとゲルダと添い遂げられなかった分、かなり君に依存している。」
「重い。」
「……やっぱり殴らせて下さい。」
重い。
とても重い。
我関せずスタイル筈のネズミが「逃げる? 」と目で聞いてくる。かなり主人を殴るのに抵抗はあるが、致し方ない。そう拳を振り上げようとした瞬間、唇を奪われた。
長い深い口付けじゃない軽い口付け。
空色の瞳が熱を帯びている。
「けどゲルダの代わりなんかじゃない。君が愛しくて愛しくて堪らないんだ。色んな君の姿を知るたび、夢中になっていく。強い部分も弱い部分も。強情な所も流されやすい所も全部。愛してるんだ。」
耳まで真っ赤に染まってそれでもその瞳は揺れる事なく私を見つめる。
ー ダメだ。まともに顔が見れない。
そう顔を逸らそうとすれば顎の下を指でなぞられ、変な声が出そうになった。思わず抗議しようと顔を戻すとまだその瞳は私を見てる。
「結婚前提で恋人になってくれない。」
ー 重い。
これを受けると私はこの人と結婚するのか……。
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だが、正直……なぁ。
ー 多分、この人以外と恋仲になるの無理かもしれない。
未だ、トラウマは健在。
ネズミにもまともに触れらない。吐き気を催す。
それにリヒト以上に愛せる相手なんていない。離れる気も毛頭ない。しかし、いきなり結婚か…。
悩んでいると視界で空色の瞳が悲しげに揺れる。「僕じゃダメ? 」と言わんばかりに。
「わ。」
「わ? 」
分かりましたよ、といい掛けて押し黙る。それで本当にいいのか、オマエは。
流されてないか?
最近のこのパターンで色々押し流されている。今は無くなった一週間のアレも然り、目覚ましの口付けも然り。なんか最終的に折れる感じで今、ここに至ってる。
でも…………。
それも全部…………。
はぁーーーと長い溜息をついて唇を重ねる。私より柔らかいリヒトの唇の感触がやっぱりとても気持ちいい。
「シュネー? 」
「あげますよ、全部。『従騎士』になった時から大体全て捧げてますけど。だからもう今更だ。欲しいなら何度だって誓います。騎士の誓いだろうが結婚だろうが『従騎士の誓い』の効力より劣りますけどね。………ただ。」
「ただ? 」
ただでさえ熱い顔が更に火照る。
何だか恥ずかしくて瞳が潤む。
「結婚は。夫婦になるのは冤罪が解けてここから出れたらでお願いします。…………それまでは…その、夜の営…うぅっ、営みは…程々に。」
夜の営みは当分控えてくれと言いたかったが、それはそれで後が怖くて言えなかった。抱き潰されて護衛出来ませんでしたは困るので控えて欲しいのだが、それはそれで何だか寂しいし、そしてやはり後が怖い。
顔が熱い。
何だろう恥ずかしい。
最近こんなのばかりだ。
ホトホトと空色の瞳から雨が降る。
しかしそれは悲しみからではなく、感極まって。抱き潰されるんじゃないかって程抱き締められて、内臓出るかと思った。
「あーもう、大好き。可愛い。一生離さない。ここから出たらすぐ結婚しよう。二人でゆっくり長閑な所で暮らそう。こうやって二人で料理したり、家事したり、平凡に。」
「一番大切な部分を忘れないで下さい。程々の辺りを。程々ですよ。程々。」
「うん、程々ね。結婚したら毎日抱き潰していいんだね。」
「………もう既に選択を間違えたかもしれない。」
何時かはこの『刑受の森』を出たいと思っていたが、今は何だか出たくない。何だっけ。最初の方、「君は自身を顧みない所があるから生活から見直そう。」って話、してなかったっけ?
身体大事にしろって言ってた人が抱き潰すの? 矛盾してない?
「お二人さん。オイラを忘れないでぇ。やり取り見てると何だかおめでとうとは言い辛い。そしてオイラを忘れちゃダメ。」
ネズミが苦笑いを浮かべて甘いと文句言ってた卵焼きを食べる。
何だろうね。
もう、ネズミが居ても気にならないんだよ。生活の一部なんだよね、ネズミの存在も。
そんな事を思っているとニヤリとネズミが嗤った。
「で? ご褒美はどうなったの、リヒッちゃん。さっきとは別口なんだろう? 出し巻き卵で、手ェ打つよぉ。」
「分かった。じゃあ、早速お風呂に入ってくるから後片付けお願い。」
「……おい、いい加減にしろ。何気なくなぁなぁになった事を掘り返すな。」
このままでは風呂に直行で連れてかれるともがいて逃げようとしたが、その下で私が脱走してくるのを捕食者のような目で待つ、『血染めの狼王』を見て、固まった。
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