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王都組⑩

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キィンンッ!!

フェルゼンが振り下ろしたケーキ用のナイフとレイピアがぶつかり合う。

突如現れた男はフェルゼンを殺気の帯びた目で睨み、巧みなレイピア捌きでケーキ用のナイフを叩き落とす。

「お嬢。お下がりを!! 」

じゃれよだれよあなたーッ!! じゃましにゃいでぇしないで。」

どう見てもただの護衛とは思えないレイピア使いの男がクリスタを庇う。貴族などが使う剣技とは全く違う蛇の動きのようなレイピア捌きがフェルゼンを襲う。

「出てくると思ったよ。」

フェルゼンは身動き一つしない。
避ける気がないように。


ダァンッ!!

鈍い音が響き、地面にレイピア使いの男の頭が叩きつけられる。

磨き上げられた綺麗な黒い革靴が頭をカチ割るかのように尚もレイピア使いの男の頭を地面にめり込まそうと踏み付ける。

ふわりと黒い燕尾服が揺れる。

ニンマリとドSの顔を貼り付けたその男は十分レイピア使いの男の頭を踏みつけるとするりと自身のタイを解き、レイピア使いの男を海老反りにして、そのまま手と足を一纏めにそれで結んだ。

「来るなと言った筈だが? 」

「ご冗談を。貴方のような変態、監視無しに野放しに出来るとでもお思いで? 」

ハースト家の執事、ルノが燕尾服を正して主人に傅く。

フェルゼンをその姿は敬っているように見える。が、これはどこまで本心なのかわたくしにはもう分からない。

ー ハースト家、ヤベェ。

だが、言える事があるならばその一言に限る。

フェルゼンはきっと人でなしだ。ルノは何だろう…。取り敢えず常人じゃないし、執事でもねぇ。

「それにしても王家の影の一族が落ちたものですね。こんなに簡単に伸びるとは…。」

「現当主になってから一気に腐ったんだろうな。あの当主、娘以上に頭お花畑だしな。」

「王家の影の座はハーストがもらってしまいます? 」

「正直全く興味がない。まぁ、シュネーの為なら仕方ない…か。」

目の前ではルノがグリグリとレイピア使いの男を足で踏みながら、シャルロッテ家乗っ取りの相談をフェルゼンとしている。

シャルロッテ家って王家の影だったんだ…。
で、王家の影って何!?
何その設定!?


「何ボサッとしてるの? ほら、あの糞…ゲルダ・ファーデンを殺害したレイピア使いはその男でしょ? 」

「びっくりする程展開が早いよ…。もっと交渉とか…さ。しかも何であんなカオスな状態から……えっ? もう僕、分かんないよ。」

わたくしだって分からないわよ。ただ思う事は………。」

チラリとクリスタを見やる。
完全にぶっ壊れた哀れな侯爵令嬢が泣いている。

果たして、この令嬢をここまで追い詰める必要があったのか…。
いや、ここまで追い詰めたからこそ慌てた護衛が…、いや、何だろう、もう分かんない。

「ねぇ、この鬼畜のどの辺に夢見てたのよ…。クリスタ様。」

ぐすんっと泣いてたクリスタの涙が止まる。そして頰が真っ赤に染まる。

「それはね…。」



「ねぇ、何で君はこんな所で身を縮めているの? 」

父に王子達と懇意になってこいと送り出された王宮のお茶会で、心の弱いワタクシは重圧に負けそうになって庭園に隠れていた。

そんなワタクシを見つけ出して手を差し出してくれたフェルゼン。

「疲れてしまったの。」

「へぇ、それは困りましたね。」

優しい彼は柔らかく微笑み、しゃがむワタクシを優しく引き上げて……。

「フェルゼン様ぁ!! シュネー様がまた熱を出されたそうです。」

「グッ!? 」

引き上げる寸前でその言葉にフェルゼンは手を離した。ワタクシは思いっきり地面にお尻をぶつけた。

「な、なにすんのよ、貴方ッ!! 」

「アー、スミマセン。しかし、弟がピンチなものでして。」

「それでもおかしいでしょ!? 淑女に対してこの扱い……むグッ!! 」

フェルゼンは侯爵令嬢であるワタクシの顔を不細工に変形させる程強く掴み、引き寄せた。

初めて殿方に顔を触られ、しかも口付けが出来そうな程顔が近い。彼の長い灰色がかった睫毛がワタクシの肌に当たりそう。

そう思うと怒りを忘れて胸が高鳴る。

「僕は忙しい。クリスタ様はお利口ですから分かりますよね? 」

ひゃいはいっ。」

フェルゼンはそう脅しをかけるとワタクシを掴んでいた手をハンカチで拭き、そのハンカチをワタクシの目の前に捨てていった。

それは侯爵令嬢にしていい扱いじゃない。

初めてだった。
あんなにぞんざいに扱われたのは。皆、ワタクシを褒めはせど、貶しはしない。ワタクシを一番に扱ってくれる。

落ち込んでいたら励ましてくれはせど、あんな…扱い。

トクンッ

胸が高鳴り、顔が火照る。

「結婚するならあんな王子様がいい。物語に出てくるような優しいだけの王子様より。」

だけど現実は物語のようにはいかない。ワタクシが婚約する事になったのはお人好しで優しいクセが弱いというより全くクセがない王子様。



クリスタがまるで甘々な恋物語を語るようにフェルゼンとの出会いを語る。

しかしわたくしとカールは頰を染め、うっとりしながら自身の性癖を語るクリスタに絶句していた。

「せめて悪役演じてなじってもらおうと思ったのに、リヒト様とゲルダときたら全く、ワタクシに反撃してこないのよ。あんなに…、頑張ったのに……リヒト様もゲルダもお互いを庇いはすれど貶してくれないの。……酷い。」

そう悪役令嬢やってた真相を語ってワッと泣く、クリスタを見て、わたくしの中の友人歴十年のクリスタ像が崩壊していく。

優しく正義感溢れるクリスタはドMだった。

「貴方以外にワタクシを罵倒出来る方はいないと…。いえ、貴方の罵倒でないとワタクシは心踊らないと今日、分かりましたわ。一生、貴方に罵倒される幸せに溢れた生活を送れないなんて…耐えられない。だから、その手で慈悲をッ。」

先程飛ばされたケーキ用のナイフを拾ってまたフェルゼンに渡そうとする。

泣いてた理由それ!?
貴女が憧れてた幸せな結婚って!?

フェルゼンが面倒臭そうにケーキ用のナイフを受け取り、ルノに渡す。

「飼い殺すか。」

「没落させるよりそちらの方がスムーズにシャルロッテ家を掌握出来そうですね。」

ハースト家の悪魔達が愉快そうにニンマリと嗤う。



その後、クリスタはハースト家に回収されていった。

回収される時、十年間の友情からクリスタを助けようと声を掛けたが、その今まで見た事のない幸せそうな笑顔にわたくし達はスッと伸ばした手を下ろした。

ハースト家が介入してからは何ともスムーズに事は進み、レイピア使いの男から更にシャルロッテ侯爵が立てた計画を引き出した。

何と証拠として処断の時に上げられた間者もシャルロッテ家が捕らえたもの。しかもその間者、元々シャルロッテ侯爵と繋がっていて、裏切られかけたから処断の時に使い捨てたそうな。


三ヶ月後には完全にシャルロッテ家はハースト家に落とされた。

表向きはクリスタがシャルロッテ侯爵を初の女侯爵として継いだのだが、裏の事実上シャルロッテ侯爵はフェルゼン。

………………。
何じゃこりゃ!?

何がどうなってこうなったのか。
未だにわたくし達は理解出来ない。いや、理解したくない。

ただ言える事はドSとドMの考える事はわたくし達には到底理解が及ばない。

カールがあの事件シャルロッテ家の乱以降、シャルロッテの名前を出すだけで怯えるようになってしまった。ので、もうわたくしもこの事は忘れる事にした。

うちの可愛いカールには刺激が強過ぎた。

ーーーーーーーーーーーーーーー

なんちゃってキャラ紹介

ヴィルマ・イーリス
友人を腐女子仲間を失った、なんちゃって男爵令嬢。前世の記憶持ち。「王家の影って何? 」と再度質問したけど誰も答えてくれなかった。

カール・アーバイン
ヴィルマの婚約者にして男でも女子会に参加できる猛者。

フェルゼン・ハースト
弟のシュネー以外に容赦がない鬼畜。シュネー以外に興味はない。

クリスタ・シャルロッテ
リヒトの元婚約者だが、ローレンが好きと思わせてフェルゼンが好きという何だか面倒臭い侯爵令嬢。取り敢えず男の趣味は悪い。王家の影についてはまぁ、そういう王家を影から支える悪を背負う一族です。

ルノ
オカン属性は出てくる気配がないハースト家の執事。ドS 。

レイピア使いの男
ゲルダ・ファーデン主人公を殺した実行犯。普段はクリスタを陰で護衛してる。
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