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毒使い

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「あっ、シュネーちゃんだぁ。」

久々に会ったキツネが嬉しそうに駆け寄ってくる。しかし私に手を伸ばす前にリヒトに阻まれて、いい歳の癖にプクッと頰を膨らませる。

「またお邪魔虫か。」

「邪魔は君だよ。シュネーが怖がるから近づかないで。」

「うるさいなぁ、余裕のない男は。…あー、二ヶ月も君を見かけないから心配したよシュネーちゃん。まさか最近巷を騒がす毒殺魔に毒盛られたんじゃないかって、気が気じゃなかったんだから。」

「毒殺魔? 」

ふとその単語に悪寒が走る。
手に残る傷痕がヒリヒリと疼くような感覚。

ー なんだろう。嫌な予感がする。

キツネは私が話題に興味を持った事が嬉しいのかノリノリで話を続ける。

「そうそう、急にさぁ、黒い装束の男がすれ違ったと思ったら急に身体がくらりと重くなって。そのまま泡吹いて死んでいくんだって。それを見て嗤いながら黒い装束の男は去っていくの。それも白昼堂々、クジャクも困っててさ。俺も駆り出されてんの。」

黒い装束の男。毒。

その言葉がやけに引っかかる。
そして手の傷痕が痛む。

ー まさか…な。

あの学園寮で出くわした金の瞳の暗殺者の顔が思い浮かぶ。

確かアイツはここに送られた…。あ…、そうだ、居るんだここに。

「リヒト…。今すぐ帰ろう。」

「えっ? いや、僕は構わないけど。」

「キツネ。もしソイツと交戦するなら決してソイツの持つ武器を一皮でも掠めてはいけない。近距離戦はやめた方がいい。中距離、長距離の武器を使える人間に任せた方がいい。」

「えっ? シュネーちゃん、ソイツ知ってんの?? 」

キツネがアドバイスだけして帰ろうとする私に食って掛かる。

そりゃあ、知ってるよ。
ソイツをここに送った一人は私だからね。

キツネを撒いてさっさとリヒトと新たな寝ぐらに目指そうと歩き出した時、視界に黒いものがチラリと入った。

「へぇ、覚えてくれてたんだ。」

隻眼の金の瞳が三日月のように細まってこちらを見ていた。

ー 何故、暗殺者の癖に忍ばないのか。


もう直ぐ太陽は真上に登る。
本当に白昼堂々ソイツは現れた。

くるりと毒の塗られた針を手で弄びながらまるでそこに居る事が当たり前かのように立っていた。

「アレ? 第二王子も一緒に? 俺、あの日、宰相の依頼で聞き分けが悪い、悪い子の第二王子を毒で少し黙らせる為に遣わされたんだよね。殺す気ないのに捕まっちゃってさ。」

リヒトを見てソイツはコロコロと嗤う。

何だよ。
オマエも宰相側だったのかよ。
そこから始まっていたのかよ。

諦めて剣を抜き、間合いを取る。
すると「おっ、俺の目をダメにしてくれた危ねぇ剣じゃん。」と何がおかしいのか爆笑する。

リヒトがそれを見て、剣を抜こうとする。しかしそれを制し、キツネに「やるぞ。」と目で合図を送る。

「リヒト。クジャクに増援を頼んで。さっきの話しは聞いてたでしょ。」

「だけど!! 」

「早くッ!! 」

リヒトは渋っていたが、やがて走り出した。黒装束の男がリヒトを追わないか警戒したが、黒装束の男は私から目を離さない。

「安心してよ。君しか見てないから。」

「気持ち悪い。」

「ふふ、俺はずっと気が気じゃなかったんだけどなぁ。君は騎士の鑑のような騎士だからなあ。」

挨拶代わりに毒の染み込んだ針が飛んでくる。それを避けるとこちらを見ていた筈の黒装束の男がキツネ目掛けて凶刃を振るう。

「うわっ!? ちょちょっ!! これ、掠っちゃ駄目って無理でしょ!? シュネーちゃーん。」

泣き言を吐きつつもキツネは中々上手く刃を交わす。
アレはほっといても大丈夫だ。

後ろに回り込み、剣を振るおうとしたが、その前に針が飛んできて飛び退く。黒装束の男はくるりと身を捩り、今度はこちらに刃を向ける。

「俺が一番心配してたのは俺がここを出る前に君が死ぬ事。」

黒装束の男の刃が絶えず、襲ってくる。

やはり刃を払うので精一杯。
キツネも飛んでくる針を避けるので精一杯で加勢に入れない。

学園寮の時と同じだ。

「君は全然分かってないね。」

怪しく黒装束の男が嗤う。
ぞわりとその気持ち悪い嗤いに寒気が走る。
距離を取ろうと後ろに下がると私の横を矢が通り抜け、黒装束の男の足元に刺さった。

「援軍が来たわよん。」

屋根には弓を持った罪人達。
そして悠然と道の真ん中を歩いてくる際どいドレスと斧を持ったバケモ……クジャク。

「セェーイ!! 」

クジャクが雄叫びを上げて、斧を振るう。

斧は黒装束の男の胴体目掛けて振るわれる。しかし黒装束の男は猫のように身体が柔らかく、上体だけ後ろにバク転の要領で反らせ、その勢いのまま足を振り上げ、クジャクの顎に喰らわせようと蹴り上げる。

クジャクは顔を反らし、黒装束の男の足をかわす。しかしもう片方の足も黒装束の男は振り上げる。その足の先には小さな刃が付いていた。

ー マズイ。

刃がクジャクに届く前にその足を斬り落とそうと剣を振るった。
しかし斬り落とす為に振るった筈の剣は足を斬り落とす事はなかった。

代わりにガキンッと金属と金属がぶつかり合う音が響く。

ー 鉄の脛当て!?

剣を受け止めたその脛当ては刃で切れたズボンの布の中から顔を出し、太陽の光を受けて黒く怪しく光る。

しかしその光より怪しく恐ろしい光を宿す金の瞳。不意を突いて助太刀に入った筈の私をその目はしっかりと見ていた。

「俺はさ。今まで仕事上、色んな騎士を見てきたよ。職を放棄して逃げるもの。凶刃に立ち向かうもの。その身を呈して守るもの。でもさぁ……。」

身体を反らし、全ての足を振り上げた黒装束の男が器用に片手を地面に付き曲芸師のように片手で逆立ちの態勢を取った。そして地面に手を付いてない方の手には針が握られていた。

「毒だと分かってても凶刃を掴んだ奴は居なかったな。」

左膝に痛みが走る。
黒装束の男の針が左膝に刺さっていた。

左膝から身体に何かが廻る。
急いで針を抜いたが、ガクンと左膝が言う事を聞かなくなる。

「君はね。結構、剣士としていい線行ってるんだ。だけど人の為に身を呈して動けてしまう酔狂な人なんだよ。それが君の最大の弱点。君が死ぬ理由。」

立とうと右足に力を入れるが右足すらも言う事を聞かない。
何度も土を蹴ろうともがくのに足の感覚がなくなっていく。

「だから俺が戻る前に君が死なないかずっと冷や冷やしてた。ホント、安心したよ。」

足だけでなく身体全体に力が入らない。誰かが私の名を呼ぶが、それもまた遠い。



「あー、良いね。何時ものと志向の違う毒だけど、ゾクゾクするよ。」

黒装束の男はヒョイッと毒に身体の自由を奪われたシュネーを軽々と持ち上げた。

「アンタ!! まさかこのままその子連れてこうって言うんじゃないでしょうねん? 」

「そのつもりだけど。」

「舐めないで頂戴ん!! 」

クジャクがシュネーを取り戻そうと斧を振るったが、黒装束の男は軽くその斧を交わし、ピュイッと口笛を吹いた。

すると遠くから馬が人を引き飛ばしながら駆け、黒装束の男目掛けて跳んてくる。黒装束の男はシュネーを抱えたまま、馬に飛び乗り、戻ってきたリヒトの前を通り、駆け去っていく。

「シュネー!! 」

リヒトは何度もその名を呼んだが、シュネーには届く事はなく、森の中へと消えていった。
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