81 / 131
因縁は忘れた頃に
しおりを挟む
夜。
ネズミの寝ぐらだった場所が燃えていた。轟々と周りの木々を巻き込み、燃え行くそこを遠くから眺めながらホッと胸を撫で下ろす。
ー 用意周到だ。喰えないネズミだよ。
新たな新居の寝ぐらから上がる炎と煙を何処か他人事のような光景に感じつつも、ネズミの手腕に舌を巻く。
『家、捨てる。北東、崖、近く、茂み。マタタビ、目印。寝ぐら。』
サラサラと手相占いを装い、手に示された新たな寝ぐら。その寝ぐらの中には二ヶ月分の食料が備蓄されている。
『今度は二ヶ月後に。』
あれは二ヶ月、ここに籠り、敵をやり過ごせという事だろう。きっとあの病室にも敵がいたのだ。だから手相という回りくどい形で私達に指示を出した。
「ディーガが動き出したのだろうか。」
一応、追っ手が付いてこないようにクジャクの家の裏通路から町を出て、ここまで逃げてきたが安心は出来ない。
ー もし、この場所が見つかりそうなら……。
あえて、敵の前に躍り出よう。
狙いの相手である私が出て行けばリヒトを追うものはいない。『従騎士』である為、リヒトから離れれば耐え難い喪失感があるが、それでも仕方がない。
どうせ、私は殺されはしない。
そもそも狙いが私なのであればリヒトを危険に晒しているのは私だ。
大いに立ち回って、暴れてやろう。
ただで喰われる気は毛頭ない。
「シュネー。」
リヒトが私を抱き寄せて睨む。
今にも噛み付きそうな程食い入るように見る目が何だか怖い。
「離す気はないからね。君がどんなに嫌がろうが、君が傷付く事を君が選ぶなら監禁だろうが、何だろうがするからね。」
「……私は今、ディーガより貴方が怖い。その場合全力疾走で逃げ切ってやりますよ。」
「でも、君は僕から離れられないでしょ。」
「ホント、性格悪いよ。どうしたの!? 」
段々と性格が悪くなっていく主人に抱き締められる。その体温と小花のような匂いはとても安心感があるのだが、今直面している問題を考えると頭が痛い。
二ヶ月、二人でここに籠らなければいけない。
二人きりで。
この何考えてるか分からない主人と。
ー これは軟禁に近いのではないだろうか。
雲隠れだから自らここにいる。
意志はあるし、出ようと思えば自由に出れる。ディーガに見つかる事を良しとするなら。
「シュネー、そろそろ寝よう。」
「…何でここにきても布団が一式しかないんでしょうね。下着も服も燃えたので、ここにあるもの着なきゃいけないし。下着は例によって今着てる一枚しか無いし。まさか、妖精さんがいないのに今日も下着なしか…。」
何でここまで来てもネズミに弄ばれているのか。いや、助けてもらってるのだから文句は言えないけど。ネズミの家が私の所為で燃えてしまってるからこれ以上文句言えないけど。
諦めて今日もリヒトと同じ布団で就寝する。
◇
燃え盛る赤黒い炎。
暗闇の中、女のように白い肌を炎の光が照らし出す。
その顔は屈辱に染まっている。
「やってくれたのぉ。ドブネズミッ!! 」
怒りに任せて、木の幹を叩く。
しかし木の幹はびくともせず、その白い手に血が滲むだけだった。
そんな姿を見て、一人の黒装束の男は自身の欲望に想いを馳せる。
ああ、あの血の滲む傷口に毒を塗りつけたら、この女顔の男はどんな表情を浮かべて愉しませてくれるだろうか。
毒に苦しむ表情を思い浮かべるだけで黒装束の男の下半身は火がついたように熱くなる。
このまま屈辱の表情に顔を歪めるこの男を本能のまま毒漬けにしてその最期を愉しむのは簡単だ。だが、目前の前菜より目の前に転がり込んできたメインディッシュの方が今は大事だ。
赤い炎に照らされて暗闇の中で光る金の隻眼。片目は何かに引き裂かれたような傷痕とともに潰れており、その無くなった片目を愛おしそうにゆるりと撫でニンマリ嗤う。
「何時か。ここを抜け出したら真っ先に食ってしまうおうと思っていた獲物がまさか自ら舞い込んでくるか。」
どう甚振ってやろう。
あの手に付けた傷よりも更に深く消えない傷であの白い肌を彩ってやりたい。今度こそ、作り出した毒で狂っていく様をこの目に焼き付けたい。
標的を殺さず痛め付ける為だけという心踊らない依頼で忍び込んだ学園寮。
そこに現れた若く、血の色が似合いそうな程真っ白で美しい騎士。
あの騎士を毒漬けにして飼おう。
この目の傷の分まで追い詰めて、狂う様を、慟哭の涙を啜りたい。
そう思うだけで自然とむくむくと先走るムスコがおっ勃つ。
ー まあ、その前に主人の依頼を片付けて、それからゆっくりと…。
アオオォォオオオンッ!!
夜の森に空気を揺らすような遠吠えが響く。その遠吠えにヤマネコの手下どもはブルリッと震えた。
「何だ? 」
黒装束の男はヤマネコの手下どもの怯えざまに訝しげな表情を浮かべた。
ただの狼の遠吠えだ。
大の男達が何を震えているのか。
するとそんな黒装束の男に手下どもは「おいおい。」と溜息をついた。
「知らないのか兄ちゃん。『血染めの狼王』を。」
ー 『血染めの狼王』?
黒装束の男が首を傾げると手下どもは「まじかよ、兄ちゃん。」と呆れ気味にまた溜息をついた。
「最近、この森を荒らしている狼系魔獣さ。普通の狼より一回り大きいくらいの大きさなのに獰猛な奴でよ。何故か髪の色素が薄い人間を狙って襲うんだよ。うちの奴も何人もやられててよ。」
「そうそう栗毛のあの忌々しい悪魔め。前足に昔仕留めた人間のものだろう血に黄ばんだ布が巻かれててよ。その布に剣を当てちまった俺の仲間をよ。散々甚振って食っちまったんだよ。」
「あー、怖い。怖い。」と大の男がブルブルと震え上がる。たかが魔獣に情けない。
しかし…。
「髪の色素の薄い人間か。あの騎士にも当てはまるな。急がないと横取りされかねない。」
あの白髪を赤く染めるのは俺だ。
黒装束の男は見えない敵にフンッと鼻を鳴らしながら夜の闇の中に消えていった。
ネズミの寝ぐらだった場所が燃えていた。轟々と周りの木々を巻き込み、燃え行くそこを遠くから眺めながらホッと胸を撫で下ろす。
ー 用意周到だ。喰えないネズミだよ。
新たな新居の寝ぐらから上がる炎と煙を何処か他人事のような光景に感じつつも、ネズミの手腕に舌を巻く。
『家、捨てる。北東、崖、近く、茂み。マタタビ、目印。寝ぐら。』
サラサラと手相占いを装い、手に示された新たな寝ぐら。その寝ぐらの中には二ヶ月分の食料が備蓄されている。
『今度は二ヶ月後に。』
あれは二ヶ月、ここに籠り、敵をやり過ごせという事だろう。きっとあの病室にも敵がいたのだ。だから手相という回りくどい形で私達に指示を出した。
「ディーガが動き出したのだろうか。」
一応、追っ手が付いてこないようにクジャクの家の裏通路から町を出て、ここまで逃げてきたが安心は出来ない。
ー もし、この場所が見つかりそうなら……。
あえて、敵の前に躍り出よう。
狙いの相手である私が出て行けばリヒトを追うものはいない。『従騎士』である為、リヒトから離れれば耐え難い喪失感があるが、それでも仕方がない。
どうせ、私は殺されはしない。
そもそも狙いが私なのであればリヒトを危険に晒しているのは私だ。
大いに立ち回って、暴れてやろう。
ただで喰われる気は毛頭ない。
「シュネー。」
リヒトが私を抱き寄せて睨む。
今にも噛み付きそうな程食い入るように見る目が何だか怖い。
「離す気はないからね。君がどんなに嫌がろうが、君が傷付く事を君が選ぶなら監禁だろうが、何だろうがするからね。」
「……私は今、ディーガより貴方が怖い。その場合全力疾走で逃げ切ってやりますよ。」
「でも、君は僕から離れられないでしょ。」
「ホント、性格悪いよ。どうしたの!? 」
段々と性格が悪くなっていく主人に抱き締められる。その体温と小花のような匂いはとても安心感があるのだが、今直面している問題を考えると頭が痛い。
二ヶ月、二人でここに籠らなければいけない。
二人きりで。
この何考えてるか分からない主人と。
ー これは軟禁に近いのではないだろうか。
雲隠れだから自らここにいる。
意志はあるし、出ようと思えば自由に出れる。ディーガに見つかる事を良しとするなら。
「シュネー、そろそろ寝よう。」
「…何でここにきても布団が一式しかないんでしょうね。下着も服も燃えたので、ここにあるもの着なきゃいけないし。下着は例によって今着てる一枚しか無いし。まさか、妖精さんがいないのに今日も下着なしか…。」
何でここまで来てもネズミに弄ばれているのか。いや、助けてもらってるのだから文句は言えないけど。ネズミの家が私の所為で燃えてしまってるからこれ以上文句言えないけど。
諦めて今日もリヒトと同じ布団で就寝する。
◇
燃え盛る赤黒い炎。
暗闇の中、女のように白い肌を炎の光が照らし出す。
その顔は屈辱に染まっている。
「やってくれたのぉ。ドブネズミッ!! 」
怒りに任せて、木の幹を叩く。
しかし木の幹はびくともせず、その白い手に血が滲むだけだった。
そんな姿を見て、一人の黒装束の男は自身の欲望に想いを馳せる。
ああ、あの血の滲む傷口に毒を塗りつけたら、この女顔の男はどんな表情を浮かべて愉しませてくれるだろうか。
毒に苦しむ表情を思い浮かべるだけで黒装束の男の下半身は火がついたように熱くなる。
このまま屈辱の表情に顔を歪めるこの男を本能のまま毒漬けにしてその最期を愉しむのは簡単だ。だが、目前の前菜より目の前に転がり込んできたメインディッシュの方が今は大事だ。
赤い炎に照らされて暗闇の中で光る金の隻眼。片目は何かに引き裂かれたような傷痕とともに潰れており、その無くなった片目を愛おしそうにゆるりと撫でニンマリ嗤う。
「何時か。ここを抜け出したら真っ先に食ってしまうおうと思っていた獲物がまさか自ら舞い込んでくるか。」
どう甚振ってやろう。
あの手に付けた傷よりも更に深く消えない傷であの白い肌を彩ってやりたい。今度こそ、作り出した毒で狂っていく様をこの目に焼き付けたい。
標的を殺さず痛め付ける為だけという心踊らない依頼で忍び込んだ学園寮。
そこに現れた若く、血の色が似合いそうな程真っ白で美しい騎士。
あの騎士を毒漬けにして飼おう。
この目の傷の分まで追い詰めて、狂う様を、慟哭の涙を啜りたい。
そう思うだけで自然とむくむくと先走るムスコがおっ勃つ。
ー まあ、その前に主人の依頼を片付けて、それからゆっくりと…。
アオオォォオオオンッ!!
夜の森に空気を揺らすような遠吠えが響く。その遠吠えにヤマネコの手下どもはブルリッと震えた。
「何だ? 」
黒装束の男はヤマネコの手下どもの怯えざまに訝しげな表情を浮かべた。
ただの狼の遠吠えだ。
大の男達が何を震えているのか。
するとそんな黒装束の男に手下どもは「おいおい。」と溜息をついた。
「知らないのか兄ちゃん。『血染めの狼王』を。」
ー 『血染めの狼王』?
黒装束の男が首を傾げると手下どもは「まじかよ、兄ちゃん。」と呆れ気味にまた溜息をついた。
「最近、この森を荒らしている狼系魔獣さ。普通の狼より一回り大きいくらいの大きさなのに獰猛な奴でよ。何故か髪の色素が薄い人間を狙って襲うんだよ。うちの奴も何人もやられててよ。」
「そうそう栗毛のあの忌々しい悪魔め。前足に昔仕留めた人間のものだろう血に黄ばんだ布が巻かれててよ。その布に剣を当てちまった俺の仲間をよ。散々甚振って食っちまったんだよ。」
「あー、怖い。怖い。」と大の男がブルブルと震え上がる。たかが魔獣に情けない。
しかし…。
「髪の色素の薄い人間か。あの騎士にも当てはまるな。急がないと横取りされかねない。」
あの白髪を赤く染めるのは俺だ。
黒装束の男は見えない敵にフンッと鼻を鳴らしながら夜の闇の中に消えていった。
10
お気に入りに追加
687
あなたにおすすめの小説

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

最愛の夫に、運命の番が現れた!
竜也りく
BL
物心ついた頃からの大親友、かつ現夫。ただそこに突っ立ってるだけでもサマになるラルフは、もちろん仕事だってバリバリにできる、しかも優しいと三拍子揃った、オレの最愛の旦那様だ。
二人で楽しく行きつけの定食屋で昼食をとった帰り際、突然黙り込んだラルフの視線の先を追って……オレは息を呑んだ。
『運命』だ。
一目でそれと分かった。
オレの最愛の夫に、『運命の番』が現れたんだ。
★1000字くらいの更新です。
★他サイトでも掲載しております。

モブ兄に転生した俺、弟の身代わりになって婚約破棄される予定です
深凪雪花
BL
テンプレBL小説のヒロイン♂の兄に異世界転生した主人公セラフィル。可愛い弟がバカ王太子タクトスに傷物にされる上、身に覚えのない罪で婚約破棄される未来が許せず、先にタクトスの婚約者になって代わりに婚約破棄される役どころを演じ、弟を守ることを決める。
どうにか婚約に持ち込み、あとは婚約破棄される時を待つだけ、だったはずなのだが……え、いつ婚約破棄してくれるんですか?
※★は性描写あり。
左遷先は、後宮でした。
猫宮乾
BL
外面は真面目な文官だが、週末は――打つ・飲む・買うが好きだった俺は、ある日、ついうっかり裏金騒動に関わってしまい、表向きは移動……いいや、左遷……される事になった。死刑は回避されたから、まぁ良いか! お妃候補生活を頑張ります。※異世界後宮ものコメディです。(表紙イラストは朝陽天満様に描いて頂きました。本当に有難うございます!)

【完結】家も家族もなくし婚約者にも捨てられた僕だけど、隣国の宰相を助けたら囲われて大切にされています。
cyan
BL
留学中に実家が潰れて家族を失くし、婚約者にも捨てられ、どこにも行く宛てがなく彷徨っていた僕を助けてくれたのは隣国の宰相だった。
家が潰れた僕は平民。彼は宰相様、それなのに僕は恐れ多くも彼に恋をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる