寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ

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因縁は忘れた頃に

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夜。

ネズミの寝ぐらだった場所が燃えていた。轟々と周りの木々を巻き込み、燃え行くそこを遠くから眺めながらホッと胸を撫で下ろす。

ー 用意周到だ。喰えないネズミだよ。

新たな新居の寝ぐらから上がる炎と煙を何処か他人事のような光景に感じつつも、ネズミの手腕に舌を巻く。

『家、捨てる。北東、崖、近く、茂み。マタタビ、目印。寝ぐら。』

サラサラと手相占いを装い、手に示された新たな寝ぐら。その寝ぐらの中には二ヶ月分の食料が備蓄されている。

『今度は二ヶ月後に。』

あれは二ヶ月、ここに籠り、敵をやり過ごせという事だろう。きっとあの病室にも敵がいたのだ。だから手相という回りくどい形で私達に指示を出した。

「ディーガが動き出したのだろうか。」

一応、追っ手が付いてこないようにクジャクの家の裏通路から町を出て、ここまで逃げてきたが安心は出来ない。

ー もし、この場所が見つかりそうなら……。

あえて、敵の前に躍り出よう。
狙いの相手である私が出て行けばリヒトを追うものはいない。『従騎士』である為、リヒトから離れれば耐え難い喪失感があるが、それでも仕方がない。

どうせ、私は殺されはしない。
そもそも狙いが私なのであればリヒトを危険に晒しているのは私だ。

大いに立ち回って、暴れてやろう。
ただで喰われる気は毛頭ない。

「シュネー。」

リヒトが私を抱き寄せて睨む。
今にも噛み付きそうな程食い入るように見る目が何だか怖い。

「離す気はないからね。君がどんなに嫌がろうが、君が傷付く事を君が選ぶなら監禁だろうが、何だろうがするからね。」

「……私は今、ディーガより貴方が怖い。その場合全力疾走で逃げ切ってやりますよ。」

「でも、君は僕から離れられないでしょ。」

「ホント、性格悪いよ。どうしたの!? 」

段々と性格が悪くなっていく主人に抱き締められる。その体温と小花のような匂いはとても安心感があるのだが、今直面している問題を考えると頭が痛い。

二ヶ月、二人でここに籠らなければいけない。

二人きりで。
この何考えてるか分からない主人と。

ー これは軟禁に近いのではないだろうか。

雲隠れだから自らここにいる。
意志はあるし、出ようと思えば自由に出れる。ディーガに見つかる事を良しとするなら。

「シュネー、そろそろ寝よう。」

「…何でここにきても布団が一式しかないんでしょうね。下着も服も燃えたので、ここにあるもの着なきゃいけないし。下着は例によって今着てる一枚しか無いし。まさか、妖精さんがいないのに今日も下着なしか…。」

何でここまで来てもネズミに弄ばれているのか。いや、助けてもらってるのだから文句は言えないけど。ネズミの家が私の所為で燃えてしまってるからこれ以上文句言えないけど。

諦めて今日もリヒトと同じ布団で就寝する。



燃え盛る赤黒い炎。
暗闇の中、女のように白い肌を炎の光が照らし出す。

その顔は屈辱に染まっている。

「やってくれたのぉ。ドブネズミッ!! 」

怒りに任せて、木の幹を叩く。
しかし木の幹はびくともせず、その白い手に血が滲むだけだった。

そんな姿を見て、一人の黒装束の男は自身の欲望に想いを馳せる。

ああ、あの血の滲む傷口に毒を塗りつけたら、この女顔の男はどんな表情を浮かべて愉しませてくれるだろうか。

毒に苦しむ表情を思い浮かべるだけで黒装束の男の下半身は火がついたように熱くなる。

このまま屈辱の表情に顔を歪めるこの男を本能のまま毒漬けにしてその最期を愉しむのは簡単だ。だが、目前の前菜より目の前に転がり込んできたメインディッシュの方が今は大事だ。

赤い炎に照らされて暗闇の中で光る金の隻眼。片目は何かに引き裂かれたような傷痕とともに潰れており、その無くなった片目を愛おしそうにゆるりと撫でニンマリ嗤う。

「何時か。ここを抜け出したら真っ先に食ってしまうおうと思っていた獲物がまさか自ら舞い込んでくるか。」

どう甚振ってやろう。
あの手に付けた傷よりも更に深く消えない傷であの白い肌を彩ってやりたい。今度こそ、作り出した毒で狂っていく様をこの目に焼き付けたい。


標的を殺さず痛め付ける為だけという心踊らない依頼で忍び込んだ学園寮。

そこに現れた若く、血の色が似合いそうな程真っ白で美しい騎士。


あの騎士を毒漬けにして飼おう。
この目の傷の分まで追い詰めて、狂う様を、慟哭の涙を啜りたい。

そう思うだけで自然とむくむくと先走るムスコがおっ勃つ。

ー まあ、その前に主人の依頼を片付けて、それからゆっくりと…。


アオオォォオオオンッ!!

夜の森に空気を揺らすような遠吠えが響く。その遠吠えにヤマネコの手下どもはブルリッと震えた。

「何だ? 」

黒装束の男はヤマネコの手下どもの怯えざまに訝しげな表情を浮かべた。

ただの狼の遠吠えだ。
大の男達が何を震えているのか。

するとそんな黒装束の男に手下どもは「おいおい。」と溜息をついた。

「知らないのか兄ちゃん。『血染めの狼王』を。」

ー 『血染めの狼王』?

黒装束の男が首を傾げると手下どもは「まじかよ、兄ちゃん。」と呆れ気味にまた溜息をついた。

「最近、この森を荒らしている狼系魔獣さ。普通の狼より一回り大きいくらいの大きさなのに獰猛な奴でよ。何故か髪の色素が薄い人間を狙って襲うんだよ。うちの奴も何人もやられててよ。」

「そうそう栗毛のあの忌々しい悪魔め。前足に昔仕留めた人間のものだろう血に黄ばんだ布が巻かれててよ。その布に剣を当てちまった俺の仲間をよ。散々甚振って食っちまったんだよ。」

「あー、怖い。怖い。」と大の男がブルブルと震え上がる。たかが魔獣に情けない。

しかし…。

「髪の色素の薄い人間か。あの騎士にも当てはまるな。急がないと横取りされかねない。」

あの白髪を赤く染めるのは俺だ。

黒装束の男は見えない敵にフンッと鼻を鳴らしながら夜の闇の中に消えていった。
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