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アンタ、元王子だろ

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『刑受の森』の罪人の町『リンク』。
そこには様々な罪を犯した者が住んでいる。

連続殺人鬼。暗殺者。強盗。密偵。国家反逆者。など。

しかしそんな彼等でも彼等なりの秩序というものがあるようで『リンク』の町は一見すると普通の町と変わらない。

「これはぼったくり過ぎだと思うが。」

「ヘンッ、まだションベン臭ぇ小僧に何が分かるってんだ。俺が丹精込めた米の価値はこんな肉数切れより高ぇんだ。」

元強盗の現米農家の親父と交渉という名のバトルを今、私は繰り広げている。

三日前、リヒトとネズミと仕留め、加工した魔獣の肉。三人分 × 三週間分の米と交換したいのだが、交換出来るのは一週間分だとふっかけて来た。

「それは無いんじゃないのかな? これは美味しいと有名な兎系魔獣の肉だよ? 寧ろ三人分 × 六週間分じゃないかな? 」

隣で大人しくしてたリヒトが親父よりもふっかける。いや、それはふっかけ過ぎだって。

「馬鹿言ってんじゃねぇ!! そんな訳……。」

「兎系のこのモモ肉部位は、焼いただけでも口の中で溶ける程美味しいのにな。残念だね。」

リヒトが「おいしいのになぁ。」とさも残念そうに出した肉をしまう。すると親父はゴクリと唾を飲み、バッとリヒトの腕を掴んだ。

「まっ、待て!!  六週間分は無理だが、五週間分でどうだッ。」

「そうだねぇ。どうしようかな? 」

ニコリと人畜無害な笑みで親父を翻弄する。

お前は一体誰だ。
目の前で元強盗相手にふっかける元第二王子を見て切に思った。


ここに来てもう二ヶ月が経つ。

ふっかけにも刃傷沙汰にも段々と慣れて来た今日この頃。取り敢えずここで生きる術を身に付けようという話になり、リヒトがリヒトなりに頑張った結果がこれだ。

「ッーー。チクショー、六週間分だ。持ってけ泥棒ッ!! 」

ー いや、泥棒はお前だろ。元強盗だろお前。

「ありがとう親父さん。醤油と蜂蜜に漬け込むのもおすすめだよ。」

「……………。」

「やったね。」と、ニコリと戦利品の米を台車に乗せて喜ぶ。

何でこうなったか?
私に聞かないでよ。
私が一番分からないのだから。

剣術も実戦ではまだまだだが、それでも足手まといならないように立ち回りが出来るようになった。こういう交渉は私より余程上手い。

そもそもこの人は優秀なのだろう。
もうそういう事にしておこう。



以前より、王子だった頃より楽しそうにリヒトが歩く。

随分と元気になったと思う。
まあ、寝言ではゲルダの名を呼んでるがそれでも前は向けてると思う。

ー 少しはリヒトの中でリヒト自身の評価が上がっていれば良いが…。

「流石だね、リヒト。」

ニッと笑みを返すと少し遠慮気味ではあるが誇らしそうな表情を浮かべていた。

しかしその表情がふと、とある人物を見つけてスゥッと陰る。私もそのとある人物を視認してリヒトの後ろに隠れた。

「あっ!? シュネーちゃーーんッ!! 」

折角回避しようと隠れたのにそのとある人物は目敏く私を見つけてこっちに大きく手を振りながら走ってくる。

何処にでも居そうなチャラそうな風貌のタレ目気味の青年が私の目の前まで走ってくる。そして何もない手をくるりと回すとシロツメクサと四つ葉のクローバーの小さな花束が現れてスッとそれを私に差し出す。

「シロツメクサの花言葉は『幸運』と『約束』。四つ葉のクローバーの花言葉は同じく『幸運』と『私のものになって』。…真っ白なシロツメクサのように愛らしく美しい人よ。俺が貴方を幸せにすると約束しましょう。俺と結婚前提に付き合ってください!! 」

「……知ってる? シロツメクサのもう一つの花言葉は『復讐』だよ。そんな花にシュネーを例えないでくれる? シュネー困ってるよ。」

差し出された花束をリヒトが笑顔で押し返す。それでもタレ目のチャラ男は引かず、少しボロボロになった花束でリヒトを押し返す。

「シュネーちゃんと俺は赤い糸で繋がってるの。分かる? ビビッと来たんだからね、俺。このむさ苦しい男だらけのこの場所で咲いた愛らしいシロツメクサ。」

「シュネーが怖がるので近付かないでくれる? 行こうシュネー。こんな人に関わる必要はないよ。僕が守るから。」

リヒトはこのタレ目のチャラ男改め、キツネを嫌っている。あまり人の好き嫌いを顔に出さないリヒトだが、キツネに関しては表情も言動も厳しい。

このキツネというタレ目のチャラ男は、結婚詐欺師だ。

ネズミから聞いた話だと何でも結婚詐欺を仕掛けてふんだくるだけふんだくられた貴族の令嬢がキツネを自らの手で刺殺しようとしたらしい。しかし刺される前にキツネが抵抗し、揉み合いになった。結果、ある意味正当防衛ではあるが、貴族の令嬢を殺した事により、ここに流刑になったとか。

私とリヒトが喧嘩したあの日、泣いている私を見てビビッと来たそうで、断るごとに口説いてくる。とても面倒で勘弁してほしいのだが…。

だが……。

何故だろう。
エリアスとフェルゼンとの事を考えるとキツネがとてもまともで正攻法だ。

愛は囁くが無理矢理関係を求めてくる事はしないし、監禁もしない。

何故結婚詐欺師の方がまともなのか。私にはほとほと不思議でしょうがない。


ー 顔の薄皮一枚斬ればもう二度と近付いて来ないと思うんだけどな……。

十分、一人で対処出来そうな相手なのだが、それをリヒトに言うと「シュネーってそういう所が危ういの分かってる? 」と呆れ半分、苛立ち半分の笑顔で怒られる。

そもそもこの前「善処する。」と言った手前、強く出れない。キツネ相手じゃ刃傷沙汰にも暴力沙汰にも発展しないので、リヒトの意志を尊重しなければいけない。

「シュネーちゃん。こんな束縛の強い男、やめといた方がいいって。まだ若い右も左も分からないシュネーちゃんは自身でも分からない内に食われかねないって。」

「結婚詐欺師よく言うよ。右も左も分からないシュネーを取って食おうとしてるのは君の方でしょ。」

キツネはしつこいし、リヒトもピリピリしている。もう面倒だから剣を抜きたくてしょうがないのだが、リヒトが尚も庇うので出来ない。

…それにしても喧嘩してるのに何で私が右も左も分からないの所は同意見なのか。

失礼な。
これでも学生兼騎士で色々経験は積んでいる。そこらの同い年よりは人生経験豊富な筈だ。

気に食わず、ムスッとした表情で二人を追い抜かすと後ろから溜息が飛んできた。

何で溜息をついた!? 
どの辺りに呆れる部分があった!? 
溜息つきたいのは私だ。

「はーぁ、可愛かぁーいいなぁ。生娘みたいで穢れを知らない感じがもう…擽るんだよね。」

「シュネー、本当に危ないから戻って来て。君は、君は全く分かってない。気が気じゃないから僕から離れないで!! 頼むからッ。」

リヒトをチラリと見ると死にそうな顔をしているので、流石に先行するのをやめ、隣に戻った。

何で少し離れるだけでそんな顔するんだか…。

「相手の弱い所を見るとコロッといっちゃうタイプか…。」

キツネが私達をまじまじ見て独り言のように呟く。果たしてこの男は何処までついてくるつもりなのか。

「うわぁ、また絡んでんのかい? 懲りないねぇ、おキツネさんは。」

他の用件で町に来ていたネズミが焼き鳥の串を齧りながらやれやれといったそぶりで屋根の上からこちらを観察している。

ネズミは身軽な奴で、気付くと高い所からこちらを見ている。本人曰く、高い所にいると落ち着くらしい。

「俺は恋の狩人なの。そしてこれは今度こそ運命。今までの子は前座だよ。前座。」

「前座でここに流刑されちゃあ、元もこうもねぇけどねぇ。それにオイラはリヒッちゃんの味方なんでねぇ。あんま野暮はやめてくれや。」

「野暮って何だよ。ネズ公は何でこんな奴にご執心なのかねぇ。隣に美人がいるのに。」

何気なく、不毛な言い争いにネズミも参加しているが、実はネズミとキツネはともに魔獣を狩りに行く狩り仲間。結構仲がいい。

キツネはこんな軽薄ななりに結婚詐欺師であるが、腕が立つらしい。なんでも元私の先輩であるという。とんだ面汚しだ。

「たまにゃあ、口説いてないで仕事したらどうでい? 」

「やーだね。俺は蓄えがなくなるギリギリまで働かない。騎士だってそーゆの嫌だから辞めたのッ。」

働くの嫌ッ!!
大の大人がそう言い切る。
ここに居るって事はロクでも無いと思っていたが、騎士辞めた理由がくだらな過ぎる。真面目なアルヴィンが聞いたら顔顰めそう。

ネズミがやれやれと呆れた表情を作る。そしてチラリと私を見た。

「…シュネッちも行くんだけどなぁー。シュネッち、腕の立つ人に弱いらしいよぉ~。初恋は騎士団長だってぇー。」

白々しく嘘を吐く。
言い回しが何時もの口調より更に感情がこもってなくて誰が見ても嘘だと分かる。

だけどキツネにはそれが相当聞いたらしく、「分かった。行く。」の二つ返事。本気でこの人は何処まで付いてくる気なのか。
ついに狩りまで付いて来た。
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