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生きて欲しいから

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蝋燭の灯りがゆらゆらと燃えている。

蝋燭一本だけが柔く照らす小さな部屋の中、私とリヒトは正座で布団の上で向かい合っていた。

布団も客間も一つしかないとネズミに押し込められて、今に至るが、まあ、腹割って話すにはある意味丁度いいかもしれない。ただ……。

もじもじと思わず居心地が悪くて、足を動かす。

別にリヒトと二人が気まずくて居心地が悪い訳ではない。その…着てる服がちょっと……いや、だいぶ落ち着かない。

ネズミが寝巻きにと貸してくれた服。リヒトは普通の洋装の寝巻きなのだが、私に貸してくれたのは浴衣だった。いや、貸してくれたのに文句なんて言うべきでは無い。しかし、…この浴衣の正式な着方が…その…。

下着は履かないらしい…。
浴衣に直で…その…心許ない。
下着を履いてない違和感が…浴衣の少し薄い布地が…。

『あの子』のいた世界で夏に見かけた女の子達は下着を付けてなかったのだろうか?
よく、そんな心許ない格好で外を歩けるものだ。私には無理。


「シュネー…その、本当に今日はごめん。僕の事心配してくれたんだよね。ありがとう。」

「私こそごめんなさい。」

きちんと向かい合って話すのが初めてなのでヤケに緊張する。
後、やっぱり服が…浴衣が…。

部屋には私達の声以外一切の音がなく、元々狭い部屋が部屋を包む暗闇でもっと狭く感じる。隣の部屋にはネズミがいる筈なのだが、一切気配を感じない。

気を遣っているなら止めて欲しい。
静か過ぎて一層話辛い。

意を決してリヒトの顔を見やると意外にもリヒトは真っ直ぐに私を見つめていた。
こういうの苦手そうなのに。

「僕は…僕はずっと卑しい生まれから国王にも疎まれて、…城では僕の居場所は無かった。…宰相は僕を傀儡の王とする為に厳しく教育した。………身体には消えない傷がいくつも残ってる。」

ポツポツとリヒトが自身の今までの話をし始める。

きっと言葉に出来ない出来事も多くある筈だ。きっとこの言葉はリヒトの全ては語れない。でも掻い摘んだ話だとしても内容はとても聞いてるこっちが苦しくなってくるものだった。

「『友人』もシュネーは薄々分かっていたと思うけど…、僕を操る為、傀儡の僕が他に壊されない為に付けられた者達で、僕に心許せる友はいなかった。」

「シュヴェルトは? よく抜け出して会いに来てたでしょう。少しは……。」

「あれは君に会いに来てただけなんだ。君が騎士団の鍛錬に参加するまで僕は一度も騎士団の屯所には行った事ない。」

「はい? 」

ー 何て?

思わずポカンっとだらしなく口を開けた。

んっ? あれ? 
暗い話がおかしな方向に行き始めた……。

「前にも言ったけど、シュネーを見ていると雪を見ているみたいで落ち着くんだ。」

「髪の色の話じゃなかったですっけ? まさか私の髪をわざわざ見に…はぁ? 」

「出会ってからずっと僕にとって君は何故か特別だった。何故か僕の心を支えてくれる雪の日のように。……君は僕と距離を取りたかったみたいだけどそれでも僕は君を見ているだけでよかった。」

「…………。」

なんだかこっちが聞いてて恥ずかしくなってくるような事をサラッと私の目をきちんと見て言い切る。

私に会いに来てた?
特別?

ちょっと待って。
話を聞くにリヒトがこういう性格になってしまった一因、私にもあるんじゃ……。

「その……あの頃は自分を守るので精一杯で……いや、すみません。」

「えっ、いや別にシュネーを責めては…。君だって大変だったんでしょう。その、エリアスやフェルゼンの事で…。………今度は君の話を聞かせてよ。」

気にしないでとリヒトが笑う。
もう次は私の話か…………。
やはり、まだゲルダの話はしたくないか。

「私は…まぁ……うん。喧嘩で言ってた事が大体の私の人生。エリアスとも関わりたくなかったし、最初は私が関わっていた人のほとんどと関わりたくないと思ってたな。」

「そうなんだ…。」

「まあ、今は良かったと思って…うん、大体は思って…る。」

「言い切れはしないんだね…。」

私の言葉にリヒトが苦笑いを浮かべて私の髪に手を伸ばす。
そう…言い切れないのが悲しい所。

年々、トラウマが酷くなってる。
今思えば会えてよかったと思う人もいれば一生会わなくてよかったと思う人もいる。まぁ、人間関係ってそういうものか。


私の話を聞きながら私の髪をくるくると指で弄ぶ。やめろと言いたい所だが、さっきの話を聞いたのとあんまりにも嬉しそうに触るものだからつい、許してしまう。

「ただまぁ、私もずっと貴方に思う所はありました。幸せになって欲しいと思ってた。貴方には不思議な、自身でも測り得ない感情を抱いている。正直、それが何なのかは一瞬分かった気もしたのにまた、分からなくなりました。ただ……。」

髪を弄ぶ手をギュッと手で祈るように包み込む。少しでも伝わって欲しいと祈りを込めて。

「生きていて欲しいんです。貴方に生きて欲しいと私は心の底から望んでいるんです。」

握ってるリヒトの手が震える。
その顔には困惑と苦悶の表情が浮かぶ。それ程この人にとって生きる事は辛いのだろう。

「何故? 命を、君の全てを懸けてまで……。何故、こんな価値のない僕を。」

「私には懸ける価値があったのでしょうね。だから『従騎士の誓い』も成立した。だから……。」

それ以上の言葉を飲み込む。
きっとこれ以上続けた所でリヒトはその言葉を受け取ってはくれない。それ程、今、リヒトにとってリヒトの命の、存在の価値は低い。


「これからの話をしませんか? 」

苦しい表情を浮かべるリヒトの手を再度優しく包む。

ゆっくりでいい。焦らなくていい。
この『刑受の森』からはまだ出られないのだから。まだこの関係は始まったばかりなのだから。

「正直、納得は出来ませんが。貴方は処断されてやっと、今まで苦しめられたものから解放された。だったら、好きに生きてみてもいいんじゃないでしょうか? 」

「好きに…? 」

「まだ、苦しいかもしれませんが、それでも今、貴方は自由だ。貴方は何を望みますか? 貴方は私に何を求めます? 」

ゆらりとリヒトの瞳が揺れる。

包んでいた手に更にリヒトの手のもう片方の手が添えられる。望むのもまだ難しいのだろうかと思ったが、意外にも揺れるその瞳には意志がのっていた。

「なら…、なら僕にも君を守らせて。君は僕の『従騎士』だから嫌だろうけど、僕は君を死なせたくも苦しめたくもないんだ。僕も強くなるから君の後ろじゃなくて横に居させて。」

「……無理しないなら善処します。貴方もどうやら『リンク』の戦力に加えられてるみたいですし。」

「それと……。」

「それと? 」

ふわりとリヒトの手が私の首筋に伸びる。そしてあの紋様をするりと撫でた。

「ッんあっ。」

ビリリと電気が走ったように首筋から甘い刺激が走る。手で撫でられただけなのに身体が熱い。この前より酷くなってる。

「君は嫌だと思うけど、触りたいんだ。触れていると満たされるんだ。」

優しく何度も撫でられて頭がクラクラしてくる。足が先程よりも、もじもじと動く。居心地が悪いのではなく熱を逃がそうと。

「……ほ。」

「ほ? 」

「他の事じゃ駄目ですか。」と言い掛けたが、言葉をしまう。

私は未だにあの行為自体を嫌悪してる。

だが、別に首筋を触るだけなら行為には…。ああ、でも催淫効…。うう、でもそれでこの人がひと時でも満たされるなら……。最後までやらな……うん。

頭の中で必死に私と私が葛藤してる。
断るのも受け入れるのもどちらも私には難しい。

ー でも、それを了承したらこの人の心は少しでも軽くなるのだろうか? 私が受け入れたら……少しは。

『一週間に一回は触らせてあげてぇよ。リヒッちゃん頑張ったぢゃん!! 』

よりにもよって、ネズミの言葉が私の頭の中に浮かぶ。余程この時の私は血迷っていた。

「い……。」

「い? 」

「一週間に……一回だけ…なら。」

その答えにリヒトが嬉しそうな表情を浮かべて、私を抱き寄せた。そのあまりに幸せそうな姿に判断は間違いではなかったのかもしれないと一瞬でも思った私を殴りたい。

「ふっ……んんんッ!? や、ひゃんッ……ちょっ!? …リヒ…あッ…やぁあッ!! 」

私の首筋の紋様をざらりと舌でゆっくりと舐め、時折チュッと口で吸い、甘噛みする。そこまで激しいものだと思ってなかった。

てっきり手で触れるくらいだと。ちょっと口塞いでちょっと疼きを我慢すれば終わる事だと思ってた。

それが最初の後悔。

人肌恋しいんだとか。 
ゲルダがいなくなったから寂しいんだとか必死に正気になって考えると随分悲しい理由を付けて拒否しなかった。

だから私が…ん? 
それ、私が埋めるものなのだろうか。いや、…気付いたら何かが終わる。
私の何かが終わってしまう。

だから受け入れ続けた。
何が終わるんだか自分でも分からないのに。それを考える事も拒絶するように。 


そんな葛藤を抱きつつ、一週間、二週間、三週間、それが続くに連れて私の何かが変わっていく。


熱に浮かされて、痺れるような甘い疼きに堪え性のない身体が首筋を甘噛みされただけで感じて吐精した時は軽く絶望した。

その上で一番自身で許せない事は、何時の間にかにリヒトの手が首筋だけでなく、私のつるりとしたあの部分に伸びたというのに…。拒否することもなく、寧ろだらしなく強請るように足を自ら開てた自分がいた事だ。

トラウマはどうした!?
お前はここに何しに来た!?

私は血迷ったあの時の私を殴りたい。
あの時血迷わなければこんな事にはならなかった。
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