上 下
64 / 131

王都組②

しおりを挟む
俺にはこの世界で大っ嫌いな人間が三人いる。

一人は自身だけが虐げられ傀儡としてしか生きられないと諦めた男。

もう一人は俺達と同じで幸せにはなれない側の人間なのにそれでも足掻こうとする男。

そしてもう一人は……。



傀儡が人間になろうとした。

ゲルダという男に惚れ込み、幸せにはなれないと分かっていた筈なのに足掻こうとした。まるであの気に入らない白髪の男のように決められた運命から逃れようと足掻く。

だから傀儡は廃棄された。
壊れた人形がゴミ箱に捨てられるようにあっさりと操り手に逆らったら傀儡は捨てられた。

当たり前の事だ。
分かりきっていた事だ。

傀儡は傀儡にしかなれない。
糸を切られたらもう終わり。

それなのにあの白髪の男は本当に頭にくる。自身の運命だけでなく、傲慢にも傀儡の運命にも待ったをかけて。

今思えば最初から気に食わない男だった。俺よりも二つも下な癖に俺よりも多くのものを持っていた。


初めて会った王宮の温室にエリアスに魅入られてやって来た白い髪と青白い肌の小さな少年。

悪魔エリアス狂人フェルゼンに魅入られた哀れな何の力も持たない子羊。

破滅の未来しかない少年。
俺とリヒトと同じ、逃れられない運命を辿る者。

あの馬鹿な王子はどうせ俺をリヒト自身を宰相が操る為の『糸』だと思っていただろう。

正解だが半分不正解。
その『糸』だって宰相の前では傀儡にすぎない。

幼い頃から俺が思い通りに動かないと宰相は責めた。「お前は本当にワシの息子か? 」と何度も責め立てられた。

一人称を『俺』と使うだけで容赦なく頰を叩かれた。

俺は宰相が怖い。
実の血縁である筈のあの人がこの世界で一番怖い。

だから宰相が求める傀儡でなければいけない。そうでなければ生きていけない。

家では宰相媚びへつらい。
外では気位高く誰にも揺らがない優秀な時期宰相でいなければならない。



「くそッ、あの白騎士めッ!! 」

宰相が酒を煽り、荒れている。
第二王子の処断の日もあの白髪の男に一杯も二杯も食わされて荒れていた。今日は極刑の日だから邪魔な傀儡と白髪の男が消え、上機嫌かと思いきや、また一杯食わされたらしい。

空の酒瓶が俺の横を通過し、壁に叩きつけられて粉々に砕けた。

「レオノールッ!! それを片付けておけッ!!! 」

「はい…お父様。」

早く片付けないと宰相が更に機嫌が悪くなるので、割れた酒瓶の破片を手で拾い上げる。破片が刺さり、指からは赤いものが流れたが、それでも拾い続けた。

「愚鈍な奴め。それでもワシの息子かッ!! ワシの考えを読み取り、もっと事前に動けんのかッ!!! 」

「申し訳ございません。お父様。」

手が震える。
酒瓶の破片に映る俺の顔は情けない表情をしていた。

あの白髪の男も何度かこんな顔をしていた。でもあの白髪の男は自らに鞭を打ち、自身にとって恐怖の化身である筈のフェルゼンに向かいたった。

怯えて震えて終わりでなく、怯える自身に打ち勝って立ち向かっていた。

ー そういう所が気に食わなかった。

立ち向かうだけの力も権力もない癖に、自らの力で切り開く。

諦めようとは一切しない。
どれだけボロボロになろうが貫く。
強い意志を持ったムカつく男。


俺にないものを全て持っている男。
平然と人を惹きつけ、運命を捻じ伏せていく男。
俺の欲しいもの全て持っている男。



「よー!! レオノール。久し振りだなッ!! 」

ニンッと能天気な笑みを浮かべながら能天気な男がいきなり、家に現れた。

挨拶がわりにバシバシッと人の肩を叩き、あまりに声がデカくて煩いので何事かと思って出て来た宰相に「お邪魔してまーす。」と声を掛けたアホ。

ー 何で急にッ!!

宰相の機嫌が更に悪くなり、俺は慌ててシュヴェルトアホを引っ張って俺の部屋に逃げ込んだ。


「なっ…なっ、何してんだこのアホッ!! 」

俺がブチ切れているのにこのアホは「宰相、顔が赤かったぞ。熱があるんじゃないか? 」と的外れな心配をして来た。

しかもくつろげとは言っていないのに勝手に人のベッドの上に座り、「お前も来いよ。」と言わんばかりに自身の隣を叩く。

ー ここは俺の部屋だそ、自由人!!

そう苛立ちを込めてキッとシュヴェルトを睨んだが、腕を掴まれ無理矢理隣に座らせられた。

お前は昔っからそういう奴だな。あー、ムカつく。
 

『お前如きが話し掛けるな。』

そう昔あまりに馴れ馴れしく話してくるからキツく拒絶した事があるのだが、

『いや、俺はめげるって事知らないからそんなの気にせず行くよ? 』

とケロっとした顔で言われた時はどうしたものかと頭を抱えた。こう言えば大体のアホは俺から離れていくのにコイツは…。


思わず溜息をつく。

コイツは一度こうと決めるとそれが達成されるまで諦めない。そして態々ここに来たという事は俺に何かをさせる気だ。

「……帰りなさい。」

「なぁ、相棒達助けたいから宰相がやった悪事の証拠くれない? あ、出来れば手伝って欲しい。無実の罪を晴らす為にさ。」

「馬鹿だ馬鹿だとは思っていましたが、アンタは本当にどうしようもない馬鹿だッ!! 」

何言ってんだコイツ!?
宰相の悪事ってもしかして宰相がリヒトを陥れた事を知っているのか? この能天気なアホが!?

そしてそれが分かっていたとして黒幕の息子に助けを乞うって。
何考えてんだコイツはッ!?

あまりにアホ過ぎて頭がクラクラして来た。
能天気なアホが真剣な眼差しで本気で助けを乞うている。
アホッ!!

「何で私がそんな事…。」

「よろしく頼むな!! 」

「……何故、助ける前提でオマエの頭は回ってんだッ!! ふざけんな!!! 」

何なんだコイツは!?
キラキラと絶対俺が受けてくれると信じ切った目を向けてくる。

いや、だから、何で俺が助ける前提なんだ!?

必死に沸騰した頭を冷やす。
馬鹿か。アホに感情的になっても意味がない。
落ち着け、俺。

「宰相が……父がリヒトを陥れたとして、何故、俺が実の父を裏切らなければならないんだ。」

コイツはアホでも人の気持ちを汲めない奴ではない。きちんと落ち着いて話せば分かる筈。

するとキョトンとシュヴェルトがさも「えっ、何で? 」と言いたげな顔を浮かべた。
そしてうーんと無い頭を捻る。

「でもさ、レオノールを大切にしてくれない父親に味方する必要ってある? 」

シュヴェルトが曇りのない瞳でさも不思議そうにそう言った。その目はまるで全てを見透かしているように澄んでいて、心臓がドキリッと跳ね上がった。

「だってさ。こんな重っ苦しい空気の家さ、俺はヤダよ。しかもお前が怪我してんのに誰も何もしないじゃん。そんな冷たい奴らをレオノールが庇う必要あんの? 」

「これは痛いよな。」と眉間に皺を寄せて、俺の手を壊れ易い物を扱うように優しく触る。自身でも忘れていた酒瓶の破片を拾った時に付いた傷を丁寧に出したハンカチで包む。

ー 昔からお前はそういう奴だよ。

初めて会った時もお前は人好きの笑顔であんな陰謀渦巻く『友人』関係の中でも何時だって笑ってた。

仲良くする気なんてないのに。
お前も手駒の一つで傀儡の王子を守る為に選ばれたおもちゃの剣。

でもそれすら分からない…いや、分かる気がないお前は真っ直ぐで。
俺の嫌味すら通じず、あまつさえ…お前は…。


「だから何だッ!! 大切にしてもらえないから父を裏切る? 父に逆らってまで彼奴等を助けろと? 俺が? 何故? 」

強く手を握り込むと血が傷口から滲み出す。

そうだ。
俺に何のメリットもないじゃないか。寧ろ破滅に自身で向かうようなものだ。

そもそも俺は二人が大っ嫌いなのだ。
それなのに大っ嫌いな二人を何で俺が助けなきゃならない。特にあのシュネー・フリューゲルを何故俺が?
お前が大好きなあの男をリスクを賭して俺が助けなければいけない。

「そんなに相棒が好きかッ!! それならお前もお優しいお前の相棒様と同じで『従騎士』になれば良かっただろうッ。」

あのシュネー・フリューゲルがシュヴェルトの腕の中で泣きじゃくる姿が記憶から掘り起こされる。あの後、シュヴェルトはよくシュネー・フリューゲルに付き添うようになった。

大事に大事に傷付かないようにシュネー・フリューゲルを守るように。

「おう!! 俺は相棒が大好きだ。だから力になってやりたい。俺は相棒を信じてるから今は近くで守るよりこっちで早く帰れるようにしてやりたいんだ。」

淀みなく、ハッキリとそう言い切る。

お前は本当にシュネー・フリューゲルが大好きだよな。
シュネー・フリューゲルといる時のお前は俺といるより幸せそうで。

それがまたムカつく。


「俺は手伝わない。俺はお前の相棒が嫌いだ。そんなに助けたいなら…。」

思わず、フンッと鼻で笑う。
自分で自分が馬鹿馬鹿しくて。

もういい。
そもそも叶わない恋だ。
だったら……俺自身の手で滅茶苦茶にしてやる。アイツに負けるくらいなら自分の手で…。

「なら俺を抱いてみろよ。出来ないだろ? だってお前は相棒が好きだもんな? 」

これでお情けで抱いてくれるならそれでもいい。

幻滅して去っていくならそれももう構わない。俺の欲しいもの何でも持ってるアイツに負けて泣くくらいなら。俺が怖い宰相にも歯向かえてしまうアイツにこれ以上負けるくらいなら。

「おー、それでいいなら幾らでも。」

ー は?

満面の笑みでシュヴェルトが一考する事もなく、簡単に了承する。

「相棒達ともたまにやってるからラクショーだぞ。」

ー え!?

ポカンと開いた口が塞がらない。

えっ? 俺を抱けるのお前?
シュネー・フリューゲル達ともたまに抱き合って…え?
そんな…騎士団はそんなただれた関係なのか!?

呆然としているとシュヴェルトは俺をグッと引き寄せ………ベッドに組み敷かれる事なく、ただ包み込むように抱擁した。

「おー、よしよし。」

ポンポンと背中を優しく撫でる。まるで子供をあやすように。

ー そうじゃないわッ!!

状況が上手く飲み込めず、呆然とされるがままにあやされる。

は?……え? 何でこうなった…。

ーーーーーーーーーーーーーーー

なんちゃってキャラ紹介

レオノール・シルト
宰相の息子。時期宰相と言われているツンデレ眼鏡っ子。

シュヴェルト・デーゲン
騎士団長の息子で次男。いい奴だがアホ。

宰相
ラスボス。色々やらかしちゃってるオッサン。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

第二王子の僕は総受けってやつらしい

もずく
BL
ファンタジーな世界で第二王子が総受けな話。 ボーイズラブ BL 趣味詰め込みました。 苦手な方はブラウザバックでお願いします。

元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。

くまだった
BL
 新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。  金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。 貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け ムーンさんで先行投稿してます。 感想頂けたら嬉しいです!

ゲームの世界はどこいった?

水場奨
BL
小さな時から夢に見る、ゲームという世界。 そこで僕はあっという間に消される悪役だったはずなのに、気がついたらちゃんと大人になっていた。 あれ?ゲームの世界、どこいった? ムーン様でも公開しています

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

宰相閣下の絢爛たる日常

猫宮乾
BL
 クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。

処理中です...