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『ありがとう』

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何をしてるのだろう、私は。

ポロポロと流れる涙を未だ止められず、罪人であるクジャクに面倒を見られてる。

椅子に座れと気を遣われ。
涙を拭きなとハンカチ渡され、気を遣われ。
お茶を飲んで落ち着きなと気を遣われ。

私が『従騎士』として守らなければいけない主人を罪人がうようよといる外に置いてきて。
私は何をやってるんだろう?

「もう何なのよん。この母性本能と庇護欲を擽る生き物わん。はーぁ、いい男と結婚する前に母性に目覚めるなんてぇ思わなかったん。」

クジャクはそう言って泣く私をあやそうと抱き寄せようとしたが避けた。私のトラウマを粗方さっきの喧嘩で理解したみたいで「わっちは女よん。男じゃないわん。」と何度か抱き寄せようとしたが何度も避けた。

いや、アンタは男だよ。
悪いが、触るな。

やはり、同性に触られるのは無理だ。

勿論、リヒトにも言ったが仕事は別。
仕事と、しなければいけない事と思って割り切ればある程度、触れられる。


「アンタぁ、随分と面倒な男に恋してるのねん。」

「はぁ? 」

はたと馬鹿げた事を言われ、思わず涙が引っ込む。

何だって? 
池の鯉がどうしたって!?

「アンタねん。アンタ達の事情なんて全く知らないけどね。側から見てて、わっちには貴方にとってあの素朴なイケメンがとても大切な人にしか見えないわん。」

「それはリヒトが私の主人だから。」

「ホントにそれだけん? 主人だから全てかけられるのん? 主人だから相手の代わりに泣けるのん? ホントに? 」

クジャクが畳み掛ける。
何でこの気持ちを恋心に落ち着かせようとしてるんだ。

違うって。
そもそも私は恋自体がトラウマと直結して……うっぷ…ほら見ろ。
気持ち悪くなってきた。

そんな私を見て、クジャクは溜息をついた。いや、何故?


「アンタは意地でも認めたくないのねん。まぁ、認めたくなったら何時でも言いなさいん。悩殺出来るように勝負下着とか媚薬とか大人の玩具とか貸してあげるわん。」

「………安心しろ。一生恋しないし、貴方には絶対相談しない。」

そう答えると、さも残念そうな顔で、戸棚から出そうとしたものを引っ込めた。
一体何を出そうと……いや、いい。何も知りたくない。

「まぁ、いいわん。人の恋路に口出すなんて野暮ねん。…仕事の話はネズミから聞きなさいん。」

シッシッと手でもう行きなさいと出て行くように催促する。一応、世話になったのでお礼の意味で、頭を下げると「育ちが良いわねん。ここに来た理由が全然分からないわん。」と怪訝な顔を向けられた。

気持ちは分からんでもない。

私も正直あまりにクジャクとネズミが罪を犯して送られたとは思えない人柄の良さを発揮しているので逆に怖い。彼等が罪人でここが罪人達の町だという事を忘れそうで怖い。足元掬われかねない。

改めて引き締めて、置いて来てしまったリヒトの元に戻る。

正直、心底戻り辛いがこれは私が決めて誓った事だ。
今更投げ出す事なんて出来ないし、したくない。



外に出るとリヒトが気不味そうにこちらを伺った。

おそらく私に色々言い過ぎたと思っているのと泣いた事を気にしているのだろう。しかし自身の命や尊厳を軽んじた事は一切反省してないだろう。

だってリヒトの自己評価はあまりにも低過ぎる。
それが一切分かってない。


思わず溜息が溢れる。

そうだ。
問題は生きのびる事だけではない。そもそもこの人自身が自分を肯定出来ない事、それが一番の問題だ。

私の命で何とか今、命を繋いでいるだけ。それは問題を少し先延ばしにしたに過ぎない。

そして私達は本当はもっと早くしなければいけなかった事をしていない。私は感情に流されて言わなければいけない事を言っていない。

「リヒト。」

「シュネー? 」

リヒトが不安そうな表情を浮かべる。
まるで怒られた小さな子供のようにその姿は頼りない。

「私達はあまりにもお互いの気持ちを知らな過ぎる。今まできちんと話してこなかったから。…さっきのでそれがよく分かりました。だから今日、戻ったらお互い腹割って話そう。過去の事もこれからの事も。」

「……僕は君を傷付けたんじゃないの? だから君は泣いて…。だから僕は…僕は…。」

リヒトは俯く。
まるで全て自身が悪いように。

この人は喧嘩という言葉を知らないのだろうか。あれはただお互いの気持ちが暴走した結果だ。

リヒトだけが悪い訳じゃない。

リヒトはただ純粋に私を心配してくれただけだ。守ろうとしてくれただけだ。


「私は…。私は自分で思っている以上に思っている事をハッキリ言ってしまうタイプかもしれません。しかしこれは性分です。だから、性分だから後で言い出せなくなる前に今言ってしまいます。」

リヒトの手をギュッと握る。
正直ここで言うのはとても恥ずかしい。けど、この言葉は今、いやもっと前に言わなければいけなかった。
だから先送りになる前に今、言わなければならない。

「私を助けてくれて、守ってくれてありがとう。薬で苦しんでいる時もさっきも。ありがとう。」

リヒトの空色の瞳が揺れる。

その言葉に驚いて固まっている。
何を言われたか頭が理解出来ていないように。

きっと言われ慣れてないのだろう。この人は。


「いんやー、シュネッちは若ぇのに随分と大人だねぇ。喧嘩してたのに懐が広いわぁ。」

ネズミがちょっと戯けつつ興味深そうにこちらを見つめる。そんなネズミに頭を下げると少し驚いた表情をしてみせた。

「貴方も私とリヒトを助けてくれてありがとう。これからよろしくお願いします。」

「ありがとう…ねぇ。もしかしたら恩を売って、心を開かせて何か企んでるかもしれないよぉ。」

「それでも筋は通します。ありがとう。」

ネズミはポリポリと頭を掻き、「ありがとう…か。」と小さな声で呟いた。その言葉がとても不思議なもののように素の表情で困惑していた。しかしそれも一瞬で、すぐに道化のような態度に戻った。

リヒトはまだ固まっていた。
しかし手を差し出すとしっかりと握り返して私達は手を繋いだまま、ネズミの寝ぐらに帰った。
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