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刑受の森

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薄暗い森を二人で歩く。
森の中ならチキチキと鳥の囀りでも聞こえてきてもいい筈だが、辺りはシンと静まり返っている。

その代わりに時折、何かの視線を感じる。獲物を品定めするような視線。

剣の柄に手をやり、リヒトの隣にピタリと守るようにつく。

広い薄暗い森の中で何処まで逃げれば逃げきれるのか。リヒトの体力は続くか算段しながら視線の方向を注意し、進む。

「何かいる? 」

「走る用意はしてください。剣は護身用です。自身の身を守る以外に貴方は抜かなくていい。」

薄暗い茂みの中から灰色の毛並みがのぞく。灰色の立派な鬣を携えた獅子系魔獣がこちら目掛けて駆けてくる。

ー いきなり獅子系か。

リヒトを蹴り飛ばし、剣を抜く。
剣は火花を上げながら向けられる鋭い牙を無理矢理流しながら口を引き裂く。獅子はそれでも怯まず、更に噛み付こうと牙を向ける。

ー これは下手に逃げると隙を突かれて殺されかねない。

「リヒトッ!! 木に登れッ!! 」

「でもッ。」

「早くっ!! 」

ビリリッと手が痺れて剣が手からすっぽ抜けかける。重い攻撃を両手できちんと剣を構えても受け流しきれない。

ー ここに来て手の傷が仇になるか。

流石に一撃一撃が重すぎる。
無理矢理受け流すだけでジリ貧だ。

魔獣討伐は何時も私が受け流し、シュヴェルトやアルヴィンがトドメをさしていた。一人で討伐した経験はない。

ー 想像以上に辛いな。死ぬ訳にはいかないんだが…。

トドメを刺しはぐねていると獅子の目を一矢の矢羽が貫いた。

うぉぉぉぉッ!!

突如、森全体から雄叫びが聞こえ、こちらを取り囲むように山賊のような身なりをした男どもが現れた。

ー 何だ!?

男どもは武器を振り回し、獅子系魔獣を威嚇する。

「オマエらッ。今日のメインディッシュは獅子の肉だ。活躍出来なかった奴に肉が回ると思うなよッ!! 」

男どものリーダーらしきガタイの良いスキンヘッドの男が「ヤレッ!! 」と手で合図を出す。その瞬間男どもが一斉に獅子系魔獣に襲いかかる。

何が何だか分からないが、取り敢えず向かってくる牙をさばく。獅子系魔獣の足止めをしていると男どもが次々と獅子系魔獣に剣を立てて、命を削っていく。やがて獅子系魔獣は男どもにめった刺しにされながら地面に倒れた。

私は男どもから距離を取り、木に登ろうとしていたリヒトを背中に庇った。

状況はよく分からない。
だが、ここに『刑受の森』に人がいるという事はそれは…。それはここに送られた罪人達だ。

ー 噂も当てにならないな。

魔獣と戦うのは想定内だ。
だが、こんなにも罪人がこの森で生き残っているなんて。

ガタイの良いスキンヘッドの男がこちらに近付いてくる。警戒し、リヒトを背中に隠しながらスキンヘッドの男を睨む。

「おいおい、随分と毛色の違う新人じゃねぇか。二人とも若えし…。関係は護衛と主人かね? 随分と健気に庇うじゃねぇか。」

スキンヘッドの男とその仲間が囲む。

囲まれた。
逃げ道はない。

剣を構え、「近付くな。」と殺気を込めて睨むが、スキンヘッドの男はそれを見て大笑いした。

「ハッハハハ、随分と度胸のある番犬じゃねぇか。良い殺気だが、まだまだ可愛いもんだな。中々良いじゃねぇか。」

男どもが更に距離をつめてくる。
まるで私達を捕まえて連行しようと…。いや、連行する気か。

「オマエ、気に入った。付いてきなッ。俺様が面倒見てやる。」

「怪しい奴に付いて行くなっていうのは常套句でしょう。」

「拒否権はねぇ。ここでは俺様がルールだッ!! 五体満足の主人にこれからも仕えたかったら大人しく付いてきな。」

スキンヘッドの男は笑いながら住処に帰ろうと歩き出す。逃げようと隙を探すが、男どもにリヒトの腕を掴まれて逃げるに逃げれなくなった。それに…。

ー 意識を保てッ!! 気持ち悪くても耐えろッ!!!

男どもに囲まれて気持ち悪くなってくる。何とか自身を鼓舞して立っているが、この空間がキツイ。

触ろうと男どもが手を伸ばしてくるが叩き落とす。リヒトを掴んでいる手も剥がしたいがスキンヘッドの男が掴んでおり、スキンヘッドの男のぶっとい腕が中々剥がせない。

「シュネー。」

「気を抜かないで。相手は罪人だ。」

やがて一つの小屋に着く。
小屋に着くと男どもの数人は獅子系魔獣の残骸を持って厨房らしき所に入っていった。

小屋の中でスキンヘッドの男は所定位置と思われる椅子に座り、そして私達に小屋の真ん中に置かれている低いテーブルの前に正座するように命令する。

「俺様はこの『刑受の森』の中に町を築き、罪人達のリーダーをしているディーガだ。ここでは俺様が絶対だ。俺様に逆らう奴はここでは生きてはいけねぇ。」

ディーガが指で「持ってこい。」と部下の男に合図する。すると木のコップに並々と注がれたら透明な液体が私達の目の前にそれぞれ置かれる。

「獅子系魔獣に臆せず、俺様にも向かってくるオマエを気に入った。特別に二人とも俺様の直属の部下にしてやる。それは俺様の仲間になるものが必ず飲む通過儀礼だ。飲め。」

透明な液体が外から入る夕陽に照らされて赤みを帯びる。

いきなり連れてこられて罪人の仲間になれ…か。そしてこの『刑受の森』ではコイツに逆らうと生きていけない。

生き残る為には獅子系魔獣を倒すだけの戦力を持つコイツの下にいた方が生き残れるだろう。だが……。

チラリと入り口を見つめると男どもが立ち、逃げないように塞いでいる。窓の方も厨房の方も同じ状態。

罪人達を束ねるディーガ。
そしてディーガも勿論罪人だ。
もし部下になったらどう扱われるか分かったもんじゃない。そもそも状況が分からない状態で事を進めたくない。もう少し情報が必要。

「ここの事教えてもらっても良いだろうか? 何分、今日来たばかりで何も知らない。少しばかり…。」

「俺様がルールだ。」

情報を聞き出そうとしたが、有無も言わさずそう言うと剣を抜いて、リヒトの首に当てた。リヒトの顔が引き攣り、それでも怯えまいと口を強く結ぶ。

「オマエらが何も考える必要も知る必要もない。ただ俺様の言う事を聞いていれば生かしてやる。整った主人の顔に傷なんか付けたくないだろう? 番犬。」

トントンっと木のコップの縁を叩く。
「飲め。」と。

透明なこの液体は確実に水ではない。
そして嫌な予感がヒシヒシとする。
これを飲んではいけないと。

「この二つのコップが飲み干され、空になればいいのか? 」

「そうだ。さっさと飲め。」

覚悟を決めて目の前に透明な液体を飲み干す。そしてリヒトが手に取ろうとしたコップを奪い、自身の口の中へと流した。

「シュネー!? 」

「ほぅ、主人の分も飲んだか。忠犬だねぇ。」



ディーガはリヒトから剣を離し、怪しい液体を飲み、俯くシュネーの顎に指を滑らせ、弄ぶ。

「一杯でも強力だってぇのに、二杯も。今日の夜は随分と楽しめそうだ。」

「何をッ。さっきの液体に何を盛って!! 」

「強力な媚薬さ。オマエら、見目が良いからペットにするには丁度いいだろ? …夜は長い。ゆっくり楽しもうぜぇ。オマエは回さず俺様が直々に壊してやるよ。」

「シュネーッ!! 」

リヒトがシュネーに必死に呼び掛けるがシュネーは返事を返さない。ディーガは弄んでいた指でシュネーの顎を固定し、顔を近付け……。
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