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リヒト視点

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僕は娼館の路地で生まれた。
誰からも祝福される事なく、産んだ母も僕を産んですぐ死んだ。

捨て置かれる命だった。
黄金色の髪で生まれなければ路地で果てる命だった。


黄金色の髪は王家の血筋の者の証。
僕を拾った娼館の主人は僕のネタで王家にゆすりをかけた。

娼館の主人は元々母が娼婦として身体を売っていた店の主人だった。子を身籠って、女としての価値が下がったと判断して母を店から追い出した人だった。

国王は自身の不義を隠す為に大金を積み、僕を買った。宰相は隠蔽と国王の不義を揺さぶる材料として独占する為に娼館の主人を消したみたいだが。

国王は僕を自身の子供としてみてはいなかった。それでも買った分、国王の血が流れている分、王子として僕は生きる事になった。

路地で生まれた子供が王族になるなんてお伽話のようだが、実際はそんな素敵なものなどではない。

王子として生きる事は許されたが、国王の不義の子にして下賤の生まれの僕に幸せなどない。
自由などない。


宰相は幼い頃から僕を傀儡の王とする為に僕という人形を磨き上げようとした。

第一王子よりも多くの知識を第一王子よりも多くの才を。秒刻みで組まれた王になる為の教育。少しでも出来なかったり、逃げ出そうとしたら容赦なく鞭で叩かれた。

「貴方は王にならなければならない。貴方は王として民を導かねばならない。貴方が少しでも失態すれば民は貴方の所為で苦しむのだ。」っと。


友人レオノール』という傀儡を動かす糸を僕は五歳の時に付けられた。

レオノールは宰相の息子。
宰相が僕を問題なく操る為の糸として付けられた。僕が宰相の意図を無視しないように付けられた糸。

他にも『友人』が二人付いた。
一人は別口で僕を傀儡にしたいものと宰相が傀儡の王を守る為に引き入れたいと考えて入れた将来有望な騎士候補。

七歳になると宰相の協力者のシャルロッテ侯爵の娘と婚約した。こちらも僕をつつがなく操る為だ。


僕は傀儡。
ただ操られる為に生まれてきた王子。

僕は僕として息をしていい場所は世界の何処にもありはしない。でも僕はとうにそれでいいと諦めていた。諦めて受け入れていた。

しかしそんな傀儡でも一つだけどうしても自らの意志で好きなものがあった。

それが雪の日だ。

ふわりと白い綿毛のように曇天の空から舞い降りるそれは見ていると何故か心が温かくなった。

触れば冷たく溶けるのに。
それでも何故か心はそれを温かいと感じる。

不思議な感覚。
生まれた頃からある説明のできないこの感情。

それは全く知らない『誰か』を彷彿とさせる。その『誰か』が隣で寄り添って包んでくれているような温かさをくれる。

その『誰か』を全く知らないのに姿すら記憶にもないのに僕はそれを見て、ホッとするのだ。

今思えばそれがあるから僕はこんな世界でそれでも命を絶たなかったのかもしれない。



降り積もったばかりの新雪のように白い髪が温室でふわりと揺れる。

エリアスに遠回しに呼べと言われて呼んだその子は僕が好きな雪のような少年だった。

今まで白に近い髪は何度も見てきたが、ここまで見事に真っ白な髪はいなかった。人の髪を見て、何だかずっと会いたかったような気分になったのは初めてだった。

その子は僕と違って自身の意志をきちんと持っていて、芯の強い子。僕を忌み嫌っている第一王子にも意見が言える強い子だ。

雪のようなその子に会いたくて、シュヴェルトに会いに来たと噓付いて、抜け出したら恐ろしい事になる教育からも抜け出した。

その子といる時間は雪の中にいるように穏やかだった。

でもその子は僕の現状を知らなくても何となく分かっているようで、野生動物のように絶妙な距離を取る。



その日は好奇心に負け、お忍びで城を出て街に出た。その日は雪が降っていて、雪降る街を見てみたくてつい抜け出した。

しかし初めて歩いた王都で僕は迷子になってしまい、帰れなくなってしまった。

困りに困り果てた時、濡羽色の髪の君が現れた。

その子は僕の周りにいる人間と違って僕を利用する為に近付いたり、逆に距離を置いたりする事をしない子だった。

平民で僕の身分を知らないからかもしれないが、ゲルダは僕をきちんと僕として見てくれた。

第二王子でも傀儡でもない僕自身を。


身分を明かしても態度は変わらず、ゲルダの側にいてくれた。

初めて僕を見てくれる人。
初めて僕といてくれる人。

笑顔がとても無邪気で可愛くて、ずっと見ていたくなる。

初めての恋だった。
初めて誰かを愛したいと思った。

でもゲルダも初めての恋をしていた。それは僕にではなく、雪のようなあの子。

僕の初恋はした時から既に失恋していた。でも僕が好きな雪のようなあの子とゲルダが結ばれて幸せになるならそれでも良いと思った。

だって僕の未来は闇の中にあるのだから。あの子だったらお先真っ暗な僕とは違い、ゲルダを幸せにしてくれる。

何度もゲルダを助けたあの子なら。そう思ってた。

だからゲルダが失恋した時、僕は大いに驚いた。そして僕の恋が実った時は大いに動揺した。

だってこんな僕が選ばれる筈がない。

でもゲルダは選んでくれた失恋の傷からかもしれないが、それでもこんな僕を選び、ともに幸せになりたいと言ってくれた。

初めて僕は僕の人生を生きようと思った。ゲルダの為に、僕の為に。

何度も愛を確かめるように唇を重ね、華奢で少し骨張った身体に何度も僕の証を刻んだ。

身体を重ねて愛を深めて、僕達はお互いを確かめ合い、絆を深めた。

君となら強くなれる。
君となら暗い未来も明るいものへと塗り替えられると思っていた。



「雨か…。」

冷たい雨が降ったその日。
君は少し出掛けてくると正装に身を包み、何処かへ出掛けた。

その日はシャルロッテ侯爵と婚約破棄について話す約束をしていて忙しかったので、「いってらっしゃい。」と何も不審に思わず、送り出してしまった。

「雪にならないかな。ああでも、シュネーは雪掻き大変だからヤダッて言ってたな。」

遅くなっても帰ってこない君を待ちながらそんな呑気な事を思っていた。
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