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雨に溶けて

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ここ三ヶ月、ずっとリヒト王子、ゲルダチーム vs クリスタ、レオノールチームの口論バトルが学園で繰り広げられている。

クリスタはなんちゃって悪役令嬢ながらもゲルダに嫌がらせをする。

ゲルダの足を引っ掛けて転ばせたり(折角成功したのに引っ掛けといて謝りかける)、教科書を隠したり(隠すと言っても少し高いロッカー上に置くだけ。女性のクリスタにしたら少し高いロッカーだが、ゲルダは頭一つ分小さいロッカーなので意味がない)、金切り声で嫌味を言ったり(ただの事実。裏切られた婚約者として当たり前の事しか言ってない)。

果たしてこれは本気で嫌がらせする気があるのだろうか? 
アンタ本当、悪役令嬢向いてないよ。

寧ろ、あまりに健気に悪役令嬢やろうとしてて見てるこっちが辛くなってくる。

何だろう。
リヒト王子達には幸せになってほしいがこの悪役令嬢を応援したい。

思わずそう思って、「頑張れ。」と声掛けてガッツポーズ送ったら「ありがとう。」とガッツポーズが返ってきた。

やっぱ、ただの良い人だ。



「まぁ元々、クリスタ嬢は第一王子が好きだって言ってたしなぁ。強く出れないんだろうな。」

シュヴェルトがご飯中にテレビでも見るように例の修羅場を見て、呟いた。

「父のシャルロッテ侯爵にリヒトとの婚約をゴリ押しされて婚約者になったけど、お互い友達未満の付き合いでさ。その上、クリスタ嬢は風貌と口調からはキツイ印象受けるけど、根は優しいからな。」

何気なく自身のメインディッシュのお肉を切り分け、私のやっと食べ終わった皿に乗せる。それをやりながらする話じゃないよね、ソレ。

そして『友人』だからやはりリヒト王子の婚約者とは知り合いか。

どうやらリヒト王子よりもクリスタを心配している様子。寧ろリヒト王子よりもクリスタの方を随分理解していらっしゃる。

「心配だな。クリスタ嬢は二の腕にいい筋肉付いてるんだ。もし、今の状況に心が疲れて、体力も落ち、あのいい筋肉が落ちたら…勿体ない!! 」

「……そんな事だろうと思ったよ。やはり色気よりも筋肉か。後、女性相手に流石にそれは…。」

予想を裏切らない脳筋は爛々とクリスタもとい、クリスタの二の腕の筋肉を心配そうに眺めている。お前はそういう奴だよ。

まだ赤く傷跡の残る動きの悪い手で皿を押さえて、足されたお肉を口に運ぶ。ほぼレアの状態のそれは噛むと口の中で血が滴る。

「これ、生過ぎるよ。」

「美味しいだろッ!! もっと肉食べろッ。食べないと手の怪我治んないぞ!! 」

「もう要らないって!! 」

ほぼレアというか表面に少し焼き目が入っただけの生肉がまた皿に細かく切られて盛られていく。皿が生肉の血で赤く染まってく。

気遣い余計なお節介が辛い。
そして遠くでバトルをクリスタとともに繰り広げている筈のレオノールの突き刺すような視線を感じる。

一体、何なんだよ!!
何でそんなに睨むんだ!?
私はお前に何をしたんだ?
やはり、ハースト家除籍の一件が尾を引いて…。

シュヴェルトがレオノールに子供のようにニカッと笑いかけるとレオノールが睨むのを止め、フイッとそっぽ向いた。

ホントに何なんだ。



「ちょっとお手洗い行ってくる。」

レオノールが面倒臭くなったのと生肉から逃げ出す為に席を外す。シュヴェルトには悪いがこのまま、てらっと教室に戻ろう。

私はもうあの生肉を食べたくない。



廊下を歩いているとふと、空き教室の方からハンカチが風に乗って流れ、床に落ちた。

ー 何で誰もいない筈の空き教室からハンカチが飛んで来るんだよ。怪しい。

何だか嫌な予感がした。
私はハンカチをガン無視してそそくさと空き教室の前を後にしようとした。出来るだけ空き教室の入り口から距離を取ったつもりだった。

だが、

突如、空き教室から飛び出してきた男生徒数名に囲まれた。男生徒達は何故か私を囲み、触ろうと手を伸ばしてくる。

ゾワリッと悪寒が全身を駆け抜け、震えと吐き気が押し寄せてくる。その恐怖に何とか対抗する為に、剣を掴もうと腰に手をやった。しかし学園内なので私は剣を持っていなかった。

「シュネー。落ちてるハンカチは拾わなくては駄目じゃないか。」

男達の合間から奴が落ちていたハンカチをヒラヒラと振る。ニンマリと妖艶な笑みを浮かべて、私の髪をさらりと触る。

「ッツ!? 触っ…んな…!! 」

払い落として逃げようとしたが男生徒達に身体を掴まれ身動き出来ない。エリアスが私を抱き寄せる。

「やっと邪魔な狸が居なくなったのにずっとシュヴェルトやあの平民騎士達が張り付いてるから中々捕まえられなくて気を揉んだね。シュネーは焦らすのが上手いね。」

耳元でそう囁かれると恐怖と嫌悪感でクラクラと頭が意識を手放しそうになる。

私が動けずにいると男生徒達をエリアスは「邪魔だ。」と帰し、空き教室へと私を誘おうとする。


「うりゃあッ!! 」

空き教室に連れ込まれそうになった時。
誰かが猛スピードでエリアスに突っ込んできた。

その何かにぶっ飛ばされたエリアスは「ぐあっ!! 」と苦しそうな声をあげ、私もろとも廊下に倒れた。

「シュネー、こっち!! 」

誰かは私の手を取り、無理矢理立たせると私を引きずるように走り出した。

そんな誰かの顔を見て私はつくづく恋っていう奴は人を変えるんだなとピンチだった事も、手を握られている事も忘れて思った。

力強く私の手を取り、走るゲルダの姿を見て。



「シュネー、大丈夫? 」

逃げに逃げ、学園寮近くの広場まで行った所でやっとゲルダが止まった。ゲルダはゼェゼェと息を上げながらもそう私の顔色を心配していた。

「大丈夫、ありがとう。助かったよ。」

そう声を掛けると、とても嬉しそうに誇らしげに笑っていた。

「やっとシュネーの役に立てた。」

「…侯爵子息に喧嘩売ってしまう結果になったけどね。ごめん、私の所為で…。」

「ううん、大丈夫。俺、もう臆さないし、誰にも負けないから!! 」

ブレのない強い瞳が私を見ている。

今まで可愛らしいイメージがあった。しかし今はとても男らしく堂々として見える。女顔で可愛らしい風貌は変わっていないが。

「強いな。ゲルダは。」

「シュネー程強くないよ。ただ覚悟を決めただけ。」

「……いや、十分私より強いって。」

ー トラウマから抜け出せない私なんかよりもずっと。


ゴーン、ゴーン。

授業開始のチャイムが鳴る。
ゲルダは「間に合わないよね。」と諦めて、ベンチに腰を下ろした。私もその隣に腰を下ろしてスゥッと息を吸った。

新鮮な空気が肺を満たして、不安を押し流していく。

隣でゲルダが青い空を見上げる。
愛おしそうにその空の色眺めていた。

「俺、リヒトの事を愛してる。だからさ、リヒトの為にもっと強くなりたい。リヒトが世界一幸せになれるように。」

「世界一って大きくでたね。」

「だって、世界一幸せにならなきゃ、リヒトはもと取れないもん。」

ふわりと優しげに笑う。
その目は愛しい誰かに向ける目だけど愛や恋がトラウマな私でも何処かそれが尊いものに見えた。

そしてその目に少し憂いを乗せて私を見つめた。

「世界一はリヒトだけど、シュネーにも俺は幸せになってほしい。今はダメでも何時か誰かに恋して愛して愛されて、笑っているシュネーを何時か見たいんだ。」

「……善処するよ。」

「肯定じゃないんだ。まあ、……今はしょうがないよね。」

自分達が幸せだけ考えてればいいのに…と、このお人好しに溜息をついた。主人公だったから関わりたくないと思っていた相手は私の幸せを切に願ってくれていた。



それから五ヶ月。
リヒト王子とゲルダが学園をよく休むようになった。ヴィルマが言うには重要なイベントが発生していて、それの結果でどのエンドに行くか決まるらしい。

「卒業式。リヒト王子達の卒業式にはハッピーなエンドが見れるわよ。ハッピーエンドの一つの『花咲く学園で見つけた最愛の君へ』が最高で、卒業式の後にそのまま学園で結婚式を……。」

ヴィルマは鼻息荒くそう語っていた。
途中から聞くのが面倒臭くなる程。



ザァーザァーと雨が降る。

追いかけてくる足音を消すように強く雨音が響く。

濡羽色のその髪を艶やかに濡らして、ゲルダは走る。一枚の書面を服の中に隠し持って。

ー 俺が、俺がリヒトを助けなきゃ

しかしそんな想いも虚しく。
後ろから伸びた追っ手の手に肩を掴まれる。

「離せッ!! 」

掴まれた手を払いのけようとした瞬間、胸に熱が走った。

胸に吸い込まれるように刺さった剣は身体を貫き、ゲルダの口からは大量の血が零れ落ちた。地面に落ちた血は水溜りで花が咲いたように赤く広がったがそれも空から落ちた雨粒達と共に溶け合い、排水溝へと流れていった。

追っ手はゲルダの胸から剣を抜いた。剣を抜かれたゲルダの胸からは血が吹き出し、ゲルダはそのまま水溜りの中に倒れた。

追っ手は倒れたゲルダから書面を奪い取ると「平民ごときが王子を誑かし、我々を邪魔するからだ。」と吐き捨て、雨の中へと消えていった。

身体から血が抜け、雨がゲルダの体温を奪う。

ゲルダは朦朧とする意識の中、空に手を伸ばした。

「おね…がい。リ…ヒトを助け…て。幸…せを…。」

涙すらも雨に混じって消えていく。
願いも全てが無に還る。

空に伸ばした手が地面に吸い込まれるように倒れた。その緑の瞳にはもう光を映す事はなかった。
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