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フェルゼン・ハースト

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一週間とても暇だった。

出歩くのも禁止。
面会謝絶にもなった。

エリアスが来そうになったり、なんちゃって男爵令嬢ヴィルマが来そうになったので私の心労を考えて面会謝絶になった。

心配された身体の異変も無し。
逆に気味が悪かったが、もう会わない奴の事を考えてもしょうがない。

やっと検査入院が終わるその日。
ついに病室から出る事が出来ると内心はしゃいだが、「病み上がりだから。」と何故か兄に姫抱きされて馬車まで運ばれた。

「足、怪我してないんだけど。」

と抗議したが、「五日寝込んでたんだよ。」と諭され、却下される。結局、家に着いても歩く事を許されず、姫抱きで久々に自身の寝室に帰ってきた。

ベッドにやっと降ろされた瞬間、ここまですれ違った人の顔を思い出し、羞恥心が襲ってきた。

病院で何度もすれ違い見られた。
馬車に乗る前も。皆んな驚き二度見してた。私達の姿を。

そして屋敷の人た……あれ?

その時ふと疑問が湧いた。
家に着いてからはそういえば誰とも会っていない…と。

貴族だから勿論居る筈の侍従達も、母にも父も会っていない。

「皆んなは? 」

疑問を兄にぶつけてみると兄は優しく微笑んで私の頭を撫で、耳元で囁いた。

「侍従達はちょっと休んでもらってるんだ。父上と母上は隠居したよ。僕、五日前に伯爵家を継いだんだ。今はフェルゼン・ハースト伯爵だよ。」

ちょっと意味が分からない。

兄がハースト伯爵を継いだのは喜ばしい事だが、何故侍従達が一斉に休みをもらい、父と母が隠居しているのか。

五日前にハースト伯爵を継いだのなら引き継ぎやらで忙しい筈だ。

従者達も父も母もそんな忙しい時期に隠居や休み?
あり得ないだろう。
ちょっとじゃなかった。
全然理解出来ない。

「何も心配する事はないよ。シュネーはゆっくりおやすみ。」

額に優しく口付けして兄は私の部屋から出て行く。ガチャリと扉を閉め、外から鍵を……閉めて?

「……私の部屋、内鍵だけだった筈だけど。」

ダラダラと冷や汗が吹き出す。
脳裏に『監禁』という言葉が浮かび上がる。

『君は僕の花嫁。シュネー監禁・近親相姦エンド』

図書館で聞いたバッドエンドの一つがヴィルマの声で脳内で再生される。兄のフェルゼン悪役令息で、ゲームのシュネーを監禁して……。

「そんな馬鹿な事あるか。あの温厚で天然が入った兄上がそんな……そんな事。」

「ない。」と無理矢理言い切って、部屋の窓に手を掛ける。しかし、以前屋敷に帰ってきた時と違う錠に代わっており、開け方が分からない。

「リフォームしたとか…?」

『監禁』という言葉がまた頭に浮かんで必死に「きっと居ない間にリフォームしたんだ。学業と騎士業でなかなか家に帰れなかったし。」と理由を付けてその言葉を否定する。

兄はとても優しい人だ。
病弱で何も出来ないシュネーを文句も言わず、率先して看病してくれた。何時も優しくのほほんとして、ちょっと鈍感な所があって。シュネーは少しでもそんな優しくほんわかとしている兄を支えたくて、受けた優しさを返したくて勉強を頑張っていた。

「そうだ。エリアスとは違う。ちょっとブラコンが過ぎるだけだ。」

窓だって換気したいから開け方教えてと後で言えばいいだけだ。

簡単な事だ。
扉の鍵は……いや、きっと内側からでも開く筈。

何だか起きている事が億劫になり、布団を深く被り、雑念と意識を飛ばす。気付けばこんこんと寝ており、外は真っ暗。

自身が思っていた以上に疲れていたらしい。皆んなが揃いも揃って休めと言ったのもこういう事だったのかもしれない。



ガチャリッと部屋の鍵が開く。

兄が「夕食を食べよう。」とニッコリと私を当たり前の様に姫抱きする。

一歩も歩かせる気がない。

そもそも幾ら筋肉が付きにくく、背も伸びにくいと言ってもそんな簡単に持ち上げられる程軽くない。

そんなに軽々しく持ち上げられたら男としてのプライドが……。

ー 下ろして。私、歩く。

そんな想いも虚しく、椅子まで運ばれた。兄も大概人の話聞かない系の人間でだ。

席に着くともう既にテーブルにはディナーが用意されていた。

病人扱いなのでてっきり粥あたり出されると思っていたが、がっつり肉料理。メインの肉料理は片手でも食べられるように既に切り分けられている。

そして流石に料理人は休みではないようだ。少なくとも一人くらいはこの屋敷に居る。私と兄の二人きりじゃない。

少しホッとしてパクリと切られたお肉を頂く。味が染み込んでいて口の中でほろほろ身が解けて美味しい。

「美味しい? 作った甲斐があったよ。」

「……作った? 」

兄が美味しそうに食べる私を満足そうに頬杖ついて見守る。

えっ、何!?
作った!?  兄上が?!

「料理人は……。」

「料理人も休暇中。」

やはりこの広い屋敷に私と兄、二人しか居なかった。

「何故? 」と聞きたいが何だか怖くなってきて聞けない。いや、優しい兄がそんなヴィルマが言っていたように『監禁』して『近親相…うっぷ…』して弟を『妻』として『囲う』なんてある訳ない。

兄は何時ものように慈愛の満ちた目で私を見ている。

そう。そうだよ。
こんな優しい目で弟を見れる人がそんな事する訳がない。


「僕、婚約する事にしたんだ。継いだし、そろそろ身を固めなければいけないしね。」

「そうですか。おめでとう御座います、兄上。」

ほら、婚約するってさ。
やっぱり兄はヴィルマが言っていたような人じゃない。きっと可愛いお嫁さんをもらって二人で仲睦まじく暮らすんだ。ちょっと抜けてる兄だけどきちんとそういう所は私が知らなかっただけで考えていたんだ。

安心して顔が綻ぶ。
ああ、よかった兄は兄だ。


食事中なのに兄が席を立ち、私の無事な方の手を握る。幸せに満ちた顔に不覚にもちょっとウルッときた。

「ずっとこの時を待ってた。シュネー、婚約しよう。」

「……は? 何…言って。」

涙がスッと引っ込む。

は? 何てっ!?
なんか言い間違えてない兄上?

「あ、兄上…その、誰と婚約するんですか? 私も会ってみたいなぁー、なんて。」

目が泳ぐ。

そう、そうだよ。
聞き間違い。きっと他に想い人が。
可愛い彼女がいる筈だ。

兄が困ったものを見るような目で微笑む。そして私の唇にふわりと優しく口付けをした。

「十四になるまでずっと待ってたんだ。ずっと…ずっと、君の兄として。十八になったら正式に結婚しよう。」

腰に手がまわり、引き寄せられる。
必死に理解する事を拒否する頭がパンクしかけてる。

唇に当たったものは何?
兄上の唇だと思ったのは気の所為?

「本当はもっとゆっくり外堀を埋めていくつもりだったんだけどね。シュネーがあんな糞の為に命投げ出すんだもん。しかも三回も体張って助けたんでしょ? 路地裏で一回。学園の剣術の授業で一回。この前ので一回。」

スッと空気が冷たくなる。
兄の目に怒りと嫉妬が浮かんでいる。
腰に回していない方の手で私のぐるぐる巻きの手を掴む。

「シュネーの綺麗な白い手にこんな消えない傷を負わして。全部僕のモノなのに。あの糞は。」

「兄…上? 」

「大丈夫。もう君を傷つけさせないから。僕の隣に居れば誰も君を傷つけさせない。触れさせない。」

「やっ、…んっんん!?  」

噛みつくように兄が私の唇を奪う。さっきよりも長く深い口付け。ざらりと舌が私の唇を撫でて、上唇と下唇の間をこじ開け、侵入してくる。

「ふ…んっ、…ふ。」

驚き、距離を取ろうと手で押したが、腰だけでなく後頭部にも手が回されて、完全に身動きが取れなくなった。

「は……ん、ふ…。」

長い長い濃厚な口付け。
歯並びを撫で、上顎を撫で、舌の下に入り込み下顎のヒダさえも丁寧に兄の舌は撫でた。最後は私の舌を絡めとり、クチュクチュと舌が絡まる音が口内で響く。息が出来なくて、苦しくて涙がちょちょぎれるまでそれは止まらない。

「はぁ…ハァ…ゴホッ。うっ、グスッ…ハァハァ…うっ。」

やっと長い口付けから解放されるが、腰から手が離れる事はない。流れた涙を吸うように兄が頰に口付けを落とす。

エリアスと兄が私の中で重なる。

怖い…。怖い。
離してッ触らないで。
嫌、嫌だ。

私の怯えきった表情を見ると兄は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「僕のシュネーにこんな深い心の傷を付けやがってあの淫乱クズ。大丈夫だよ、シュネー。僕が何度でもそれこそ孕んじゃうじゃないかって程愛してそんな傷、埋めてあげる。」

「…何で、知っ…。うっ…ウップ。」

「シュネーの事なら何だって知ってるよ。十四になって大人として身体が出来上がるまでのびのびと育つように出来るだけ近過ぎず遠すぎずな距離を保って見守ってたけど。何時だって僕の目にはシュネーしか映っていないよ。大丈夫だからね。これからは隣でいっぱい、いっぱい愛してあげる。」

兄は笑う。
心底幸せそうな笑みで。
私の下腹部を撫でて。

サーと血の気が引き、逃げ出そうと怪我した手に血が滲む程抵抗した。しかし、あっさり抑えられて、また長く深く濃厚な口付けが私を襲った。
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