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学園寮での夕方の散歩は中々忙しいものだった。

夕闇に隠れて学園寮に侵入しようとする不審者達。

貴族や王族とお近付きになりたい目的の素人が不審者の大半だったが、中には暗殺者など裏の世界の者が来る事も少なくなかった。それでも私達が来てからは少しマシになっているらしい。

警備隊長は元傭兵で、貴族の護衛や盗賊討伐を主に生業としていた為、かなり腕が立つ。他の数名の警備員も元傭兵や元自警団員で十分強いので、加勢に呼び出される事はなかった。

「うーん。俺ももっと暴れたい。呼んでくれないかな? 」

戦闘狂は物足りなさそうに私の横を歩く。私よりも高い背で更に伸びをすると体格差が更に増して男としてなんとも言えない複雑な気持ちになる。

シュヴェルトと毎日、寝食ともにしていると自身の身体の細さと発育の遅さが嫌でも目に付く。

同じ量をこなしている筈なのに少し、しか付かない筋肉。160越してから緩やかになっていく、背の成長。全く生えてこない脇毛と下半身の毛。

ご飯をシュヴェルトやアルヴィン達のように爆盛りで食べないのがいけないのだろうか? 
これでも昔に比べれば食べられるようになったのに!?

突き付けられる現実に打ちひしがれているとシュヴェルトがいきなり止まった。

「シュヴェルト? 」

シュヴェルトの視線を追うと木々の影の中に何かが動くのが見えた。上手く気配を消している所から推測する裏の世界の住人だろう。

シュヴェルトとアイコンタクトを取り、影に声を掛ける。

「ここはゴルド・ローゼ学園の敷地だ。速やかに退去願う。」 

私達のここでの仕事は侵入しようとする者への牽制。戦う事や捕らえる事が目的ではない。大抵は声を掛ければ何もせず去っていく。しかし中には…。

キィーン!!

木の陰から飛び道具が飛んでくる。
長い針のようなものをシュヴェルトが剣で叩き落とした。

このように場合によっては戦闘に発展する。やり手の裏の世界の住人だと見つかりそうな時点で引いていく。しかし、血の気が多く、自身の実力を過信しているものはこのように向かってくる。

一直線に黒い風のように黒い装束の男が突っ込んでくる。短剣を抜き、四足歩行の野生動物のように低い体勢からシュヴェルトに向けて振り上げた。

私は咄嗟に男の短剣を剣で受け止めた。受け止められた短剣を男はするりと私の刃の上を滑らし、私の手元を狙おうとする。

男の顔が一瞬ニヤリと嗤った。

ゾワリッと嫌な予感が走り、足で侵入者を蹴り飛ばす。短剣は私の手の表皮を掠めそうになったが、ギリギリ空を切った。

「シュヴェルト。アイツの武器、少しでも掠ったら駄目な気がする。」

「どうしてだ? アイツ、結構腕が立つし、掠らないのは無理じゃないか? 」

男と距離を取り、相手の動向を伺う。

すると蹴られてた腹をさすり、黒装飾の男が突然大声で嗤い出す。先程の短剣をくるくると手で弄び、もう片方の手にサッと針を数本忍ばせた。

「勘がいい餓鬼だなぁ。掠めてたらその綺麗な顔が、毒が巡って苦悶の表情を刻んだのに……。」

そう男がうっとりしてその光景に想いを馳せる。
変態だ。コイツ、変態だ。

シュンッ

二人でドン引きしていると男の持ってた針が飛んでくる。

「本当は第二王子の苦悶な表情を見たかったけど、君でもいいや。」

針に気をとられていると男が一気に距離を詰める。針を避けると男の斬撃が飛んでくる。

掠らないように避けるのが精一杯。シュヴェルトは男が私に短剣で襲いかかりながら投げる針をかわすので忙しく、加勢に入れない。

「ああ、早くッ。早く見たい!! 苦悶に変わる表情を。毒が回ってのたうち回る姿を。身体を痙攣させて絶命する最期をッ。はぁハァ…イイ。想像するだけでイってしまいそうだ。」

男は夕闇に怪しく光る金の瞳を爛々とさせて、気持ち悪い息遣いで下半身のそれをおっ勃たせている。

ゾゾソッと駆け巡る悪寒と嫌悪感を必死に奥にしまい込み、ギリギリの攻防が続く。

二人掛かりだというのに一太刀も入れられない。毒を警戒してというのもあるが、変態の癖に強い。第二王子への刺客と思われるコイツを何とかして止めたいが、本当ヤケに強くて頭にくる。


「あの子の苦悶の顔に染まる顔も良さそうだ。」

ふと、男の視線が違え、その金の瞳に何かを捉えた。剣撃が止み、男がスッと私から離れる。

男が一直線に誰かに向けて走る。

「くそッ、待て!! 」

男を急いで追いかけると寮から少し離れた広場に出た。広場のベンチに一人の生徒が日が沈み、代わりに空に座る星々を眺めていた。

「ゲルダッ!! 」

ゲルダが名を呼ばれて嬉しそうにこちらを見た。しかし、異様な雰囲気で向かってくる黒装束の男を目にし、訳もわからずその場に立ち尽くした。

「逃げろゲルダッ!! 」

鞘を男に投げ付け、妨害する。少し、速度が落ち、距離を詰めたが、行く手を阻むまでには至らない。

ゲルダは男の獲物を見つけた捕食者の目に怯えて、足が竦んで動けない。

男がゲルダに辿り着き、短剣を振るう。

「くそッ!! 」

振るおうと振りかぶった短剣の刃を何とか反射的に伸ばす事の出来た手で無理矢理握る。

焼けるような痛みと赤い血潮が流れ出すが、無理矢理力を込めて握り締め、短剣をごと男をこちらに引き寄せ、炎のよう揺らめく刃で男の片目を斬り裂いた。

「ぐあッ!! あぁぁああーッ!! 」

剣で斬ったとは思えない醜いぐちゃぐちゃに裂かれた目を抑えて男はふらふらと短剣を離す。

後から追いついたシュヴェルトが鞘に入れた大剣で男の腹を思いっきり殴りつけ、男はその場に倒れた。

「…くそッ…餓鬼ィ。よく…も俺の…目を……。ぐちゃぐちゃに…壊して、ぶっ殺してや……る。」

意識が飛ぶ最中、男は最後の気力で片目だけになった金の瞳で最後まで私を睨み付けた。

私はポタポタの血が身体から失われていく中、痛みと何かが身体に回っていく感覚に身震いした。

「シュネー。手が…手がッ!! 」

ゲルダが青褪めた顔で血が滴る私の手を何も出来ずにただあたふたとしている。

ー 毒…がこれ以上まわる前に水で流して…。止血しな…ければ。

そう頭では思っているのに身体がカッと熱くなったり、サッと冷たくなったりを繰り返し、吐き気と鈍い痛みが駆け巡る。

視界が霞む。
誰かが何か叫んでいるが、その声すらも遠い。ついに世界が暗転して、意識は遠く彼方へと消えていった。
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