寄るな。触るな。近付くな。

きっせつ

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なんちゃって男爵令嬢は自重しない①

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「……大丈夫か? 」

チュンチュンッと小鳥の囀りが聞こえる穏やかな朝。ベットから起き上がるろうとしたらそう言ってアルヴィンが私をベットに押し戻した。

「何故アルヴィンがここに? 」

と寝ぼけ眼でそう言ったら、アルヴィンに笑われた。

「…同室だろ。」

ー どうしつ? …同室。あっ、同室!! 

ふわふわと寝ぼけていた頭がその言葉に覚醒して、ブワッと顔が赤くなる。

そうだった。
昨日から騎士団の寮に住み始めたんだった。王都にある騎士団の寮の方が家から通うより学園に近く、尚且つ来年見習い騎士になるからって。学園と見習い騎士の仕事の両立の為にと騎士団長に押し切られたんだった。本当にこの世界の騎士及び騎士目指してる奴は人の話を聞かない。



「…顔が赤い。休んだ方がいい。」

「察して。勘弁して。寝ぼけてたの。それが恥ずかしいの。察してッ。」

そうか、とアルヴィンは私に布団を掛ける。起こしてくれる気がない。

いや、私は起きるぞ。今日も学校だ。今日こそシュネーの為に友達を作らねば。

「日課の素振りとランニングを終わらせて学園に行くから起きたい。身体は怠くないから大丈夫。」

「…自分の顔見てから言え。青いぞ。」

溜息をつかれ、手鏡を差し出される。
手鏡には少しやつれた私が映っている。きっと寝るまでヴィルマのいうこの世界の話をもう一度考えていたからだろう。

・ヴィルマは前世の記憶がある。
・この世界はBLゲーム『花咲く学園で君と…。』の世界。
・シュネーはゲームの攻略対象の一人。
・……ヴィルマは私と主人公をくっつけたがっている。

信じ難いがおそらくヴィルマは嘘は言っていないだろう。誰にも言った事のない、私とシュネーしか知らない私のトラウマを知っているから。そもそもかく言う私も前世持ちなので彼女の言う前世が戯言だと否定は出来ない。

だからといってこの世界がゲームだとかBLだとかは信じたくない。特に私が攻略対象で私が男と……これ以上は駄目だ。ウップ…。

そして昨日の晩、吐き気を催しながら考え至った結論が「BLだろうが乙女ゲームだろうがファンタジーものの世界でも私に恋愛は無理。何かあったら全力逃走。国外だろうが逃げてやる。」でした。

やはり私の中では逃げるが勝ちが主軸として根付いてしまってる。何年もトラウマの権化エリアスに追い掛けられていたので逃げる事が体に染み込んだのだろう。


ジトッとした目でアルヴィンが私を見下ろしている。

確かにアルヴィンの言う通り顔色は悪いが幼い頃は日頃からこんな顔で生活してたし、何も問題ない。寧ろ、入学式の次の日に休む方が問題だ。友達作りっていうのは初めが肝心。下手に今日休んだらクラスでグループができ、休んだ私は孤立する可能性がある。
学校は絶対行く。

そんな頑なな私を前にアルヴィンはついに根負けした。

「……学校行っていいから日課はやめとけ。」

「わかったよ。」

また一つ溜息をついて諦めたようにアルヴィンはそう言ったが、やはり今私を起きさせる気はないようでアルヴィン自身の布団も更に上乗せしてきた。

「……学校だけならもう少し寝てていいだろ。寝ろ。」

「別に怠さも吐き気もないのにな。」と溜息ついたら、デコピンを食らった。何故?

アルヴィンに監視されながら目を閉じると意外にもスッと深く眠りに落ちた。アルヴィンはそんなシュネーを見てまた溜息を一つ、ついた。



わたくしはね。実は主人公のライバルキャラですのよ。」

「………はぁ。」

高らかにヴィルマはそう宣言した。
周りの視線を感じながら私はこのなんちゃって男爵令嬢から逃げ出すか思案する。

昼休みの学食。
人がごった返す中、彼女は私を見つけ出し、私の真ん前に座った。昨日の今日で会いたくはなかった。ヴィルマが知っているこの世界のこれからのシナリオは実に気になるが、それを差し引いても会いたくなかった。

だってヴィルマは私を主人公と……うっぷッ、これ以上は飯が不味くなる。


わたくしのゲームでの立ち位置は攻略対象で、第一王子の『友人』の一人、アーバイン伯爵家の嫡男、カール様の婚約者。」

ー 攻略対象で婚約者って、人の婚約者に手を出すのか主人公…。

「っで、わたくしは主人公に婚約者に奪われそうになって、わたくしは自身のボスである侯爵令嬢のクリスタ・シャルロッテ様に助けを求めるの。」

「…いや、ライバルキャラなんだよね。全然、戦わないし、嫌がらせも牽制もしないんだ。」

「ヴィルマは弱くて奥手なのよ。」

ー ………弱くて、奥手。

ヴィルマが大衆の面前で堂々と側から見たら頭のおかしいと思われる前世の情報を話出す。正直、さっさと食べて置いて行きたいのだが、ツッコミどころ満載でつい茶々を入れてしまう。取り敢えず、このなんちゃって男爵令嬢が弱くて奥手な訳がない。

「クリスタ様は、悪役令嬢枠なんだけど凄くいい人で、取り巻きのヴィルマの為に主人公に嫌がらせや邪魔するのよ。」

ー 悪役とは…。ライバルキャラとは……。

ヴィルマは楽しそうにご飯そっちのけで私に話し掛けてくる。何故か何時の間にかに流されて一緒に食事してる。そもそも先程の話だとヴィルマは婚約者がいる筈。男と二人で食事なんて(学食だが)浮気してると思われないか?


「ヴィルマー!! 」

食事を持って上級生らしき少年がヴィルマ目指して掛けてくる。ヴィルマを見つけて嬉しいのかはち切れんばかりの満面の笑み。ヴィルマも会話を中断して「カール。」と彼の名を呼んだ。

「ヴィルマッ、最新刊出来たか? 待ちきれなくて来ちゃったよ。」

「勿論、出来てますわ。後で感想お願い致しますわ。」

ヴィルマは懐から取り出した分厚い冊子をカールに渡す。

カールはもらうと「おお。」っと感嘆の声をあげ、ペラペラと中身を確認する。おそらくこのカールがヴィルマの婚約者な筈だ。だが、このヴィルマに会いに来たというより冊子をもらいに来たようなので別人のカールの場合もありえる。

ゴホンッとヴィルマが咳払いする。

「シュネー様。こちらはわたくしの婚約者、カール・アーバインです。」

「………そう…なんだ。」

カールがヴィルマの紹介を聞き、ハッと冊子から顔を上げる。

頭が冊子の事でいっぱいでこちらの姿が見えていなかったようだ。表情が驚きの色に変わり、何故か何度も冊子と私の顔を交互に見ている。

その冊子には何が…。
いや、何も知りたくない。
嫌な予感する。

「初めまして、カール・アーバイン殿。シュネー・ハーストと申します。たまたま、貴方の婚約者とは席が一緒になっただけなので他意はありません。私はこれで失礼します。」

「えっ…、ちょっと、待って!! 」

流れるように挨拶して流れるように言い訳して流れるように視界からフェードアウトしようしたら止められた。なんちゃって男爵令嬢とは違い、慎ましく私の服の裾を掴み制止する。

「別に君だったらヴィルマと一緒に居ても気にしない。寧ろ、友人として一緒に居てあげて欲しい。」

私より背の高い男が蜂蜜色の大きな瞳でウルウルと上目遣いで懇願してくる。おそらく兄と同い年の筈だが何だか幼い。
私より背が高いのに。

何故こんなにもヴィルマを友人として私に推してくるのか。彼が大事そうに抱えてる冊子と何か関係あるのだろうか。
その冊子には一体何が……いや、やっぱ知らない方がいいかもしれない。
心の衛生の為に。

「カール、心配しなくてもシュネー様とわたくしはもう友人よ。だからきっとこれから冊子の出版速度も向上するわ。」

「そうか、良かったぁ。続きが気になってしょうがないんだもん。」

ヴィルマが男友達のように私の肩を抱いてニンマリ嗤う。両手で口を隠してカールは嬉しそうに笑い、満足したのかスキップしながら帰って行った。
もう仕草が全て女子のそれだった。

「……ついでにゲームのカールはね。周りに女装癖を隠しているのよ。偏見を恐れて、言えないでいるんだけど、主人公がカールの女装をたまたま目撃して褒めるの。自身の姿を認めてくれた主人公にカールは惚れるのよ。」

「………。」

「でもね。わたくしのカールはね。わたくしわたくしの私物で女装させまくってたから抵抗がないの。寧ろ、隠す所か女子力の塊よ。年々、わたくし色に染まってく。」

恐ろしい。
その一言に尽きる。

自重を知らない。前世持ち、この世界のシナリオを知る暴走気味のなんちゃって男爵令嬢。きっと彼女に足を掴まれれば深い沼の底に引き摺り落とされて、もう出てくる事は叶わないのだろう。

明日の我が身。
きっとあのカールの姿は他人事ではない。

満足気にカールを見送るこのなんちゃって男爵令嬢を見て、身震いする。やはりこのなんちゃって男爵令嬢に関わると非常にまずい。カールのように調教されかねない。
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