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消えないトラウマと学園と

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それは約束の日。
いや、完全に安寧がぶっ壊されると約束された最悪な日。

春の暖かな日和に見守られ、行きたくないゴルド・ロゼ学園に入学します。




白い花びらがハラハラと空を舞う。
学園中に咲き誇るこの花は何処か懐かしく、寂しい気持ちにさせられる。

同じ新入生達は「流石ゴルド・ロゼ。」とだと称賛し、その美しさに魅入っていた。

ー 何だろうな。綺麗だとは思うんだけど。

エリアスに居る学園に行くのがきっと堪えているのだろう。そう思い直し、進むと花吹雪の中に誰かが立っていた。

何故だか、とてもその人に何か言わなきゃいけない気がした。ずっと言えなくて喉に突っかかっている筈の言葉を掛けなければいけない気がする。
その言葉すら思い出せないのに。


花吹雪の奥で黄金色に輝く髪が風に揺れ、なびく。物思いにふけり、花びらに手を伸ばすその人。

その顔には何時もの笑みとは違い、深い悲しみの色が浮かんでいる。

「リヒト殿下。」

声を掛けるとリヒト王子はこちらに気付き、笑みを浮かべた。「また後で。」と手を振り、去っていく。

「何か、さっきの表情ヤダな。」

顔も思い出せない誰かと先程とリヒト王子の悲しい顔が重なり、顔をしかめる。そしてその奇妙な想いを頭から追い出す為にフルフルと頭を振った。

これからトラウマの権化エリアスが待っているというのにこれでは先が想いやられる。
私はシュネーを守らなきゃいけないのに。



「っで、何で入学して当日にそんなに疲れてるんだ? それじゃあ、先が思いやられるぞ相棒。」

学園のカフェテラスのテーブルに突っぷす私をシュヴェルトが突く。テーブルを囲むはリヒト王子と『友人』達。絶対気を抜いてはいけない所で私はもう既に限界を迎えていた。

「うっぷ…、別に疲れては。」

「……いや、体調を崩す程、疲れてるよね。ごめんね。今日は呼ばない方が良かったね。入学お祝いは後日するね。」

「…お気遣いなく。寧ろ…呼ばな…うう、吐く…。」

オロオロとリヒト王子とシュヴェルトが心配している。レオノールはやれやれと馬鹿にするように鼻で笑う。

「心配しなくて良いですよ、リヒト。そいつは十人斬りして疲れてるだけですよ。ホント、顔だけ良いと大変ですね。」

「十人斬り? 」

「ええ、入学早々十人振ったんですよ、コイツは。ホント嫌味なヤツです。何でコイツなんか好き…。」

「ウプッ。」

「何で好きって言葉で更に顔色悪くなるんですか…。」

好きで十人斬りしたんじゃない。
好きで吐き気催してるんじゃない。
そもそも、ほぼ話した事の無いお前が私の何を知ってんだ!!

そうこの陰険メガネレオノールに言ってやりたいが、何分気持ち悪い。エリアスはとても嬉しそうに妖艷な笑みでこちらを覗く。

くそう。
コイツの視界から抜け出したい。だが、気持ち悪くて今立ったら吐く!!

コイツだけがトラウマだと思っていたのに、もっと深刻だなんて思いもしなかった。



入学して早々、何度も校舎裏に呼び出された。揃いも揃って何度も校舎裏。どんだけ校舎裏にみんな思い入れが強いのか。いや、そんな事どうだって良い。

男女問わず呼び出された。
皆、頰を染め「一目惚れです。」とか「ずっと遠くから眺めてました。」とか言うのだ。

シュネーも十一歳だ。
恋の一つも経験してても良い筈と口を開こうとした瞬間、ブワッと嫌な汗が噴き出した。

付き合うという事はあの行為も付いてくる。

『君もおいでよ。』

生々しく、あの日のあの言葉が耳元で再生される。あのおぞましい情景がまるで目の前で起こっている事のように再生される。

「大丈夫? 」

心配して女の子が腕に触れた。

ー 嫌だ!! 触らないでッ。近寄らないでッ!!

思わず心配してくれたその女の子の手を叩き落とそうとしていた。すんでで止めたが、上気した頰、私を好きだというその姿に震えと吐き気が止まらない。

「…ごめん。」

そうお断りを入れて、フラフラとその場を後にした。そしてやっと落ち着いたと思ったらまた呼び出される。それの繰り返し。

もう校舎裏も二度といけない。
私の中でそこもトラウマの一部となってしまった。



「結局、友人も作れなかったな…。」

「明日、頑張れば良いって。」

ポンポンッと背中を優しく撫で、シュヴェルトが慰める。

今の私は一年の中ではボッチだ。
私に貴族で同年代の友達はいない。何故なら交友会であるお茶会でエリアスと死にものぐるいの鬼ごっこをしてたから。
作る暇もなかった。

ー アルヴィンがいればなぁ。

エリアスがいる手前何となく友達の名前を呼びたくないので心の中でボヤく。アルヴィンは平民の為、十一歳から入学は出来ない。

基本、貴族の学校なので平民は入学出来ないが、騎士になった者と頭が良い者は十四歳から入学が認められている。

『…十四になるまで待て。』

ボッチで入学だと嘆いてた私にそう彼なりのフォローをしてくれた。少しだけ口角を上げて不器用に笑い掛けてくれた。

でも、十四まで待てって。
三年間お前はボッチだと言われてる様にも聞こえるよな。
…いや、善意の筈。考え過ぎだ。

ー 恋が出来ないなら。せめて友達だけでも。

ガバリッと立ち上がると少し気分が悪かったが、吐く程ではなかった。

「ちょっと、友達作りに行ってきます。」

「えっ!? いや、顔色悪いよ!! 」

「行ってきます…。」

「リヒト、もうコイツはほっときましょう。」

「俺、付いて行こうか? 」

リヒト王子達が心配する中、ニンマリとエリアスが笑みを浮かべ、手を差し出す。

ー コイツ、絶対邪魔する気だ。

気持ち悪いけど全力で走った。
エリアスを巻くた為に。

舐めるなよ。
私がどんだけお前の所為で走ってきたと思ってんだ。

何とか撒いて、校舎にまだ残っている同級生を探す。リヒト王子に放課後呼び出されてから結構経つがせめて一人は見つけてゲットしたい。

「シュネー…ハースト様? 」

「うん? 」

呼ばれたので振り返ると女の子が一人立っていた。パクパクと鯉の様に口を開け、何かに驚きながら。

「あなた、シュネー様!? 」

「えっと…、そうです? 」

ー 誰?

シュネーの言葉にブワリッと女の子の目に大粒の涙が伝う。いきなりの涙に虚を突かれ、「へ? 」と、変な声を上げて狼狽えてしまったが、自身も紳士の端くれ。状況が分からなくても女性にハンカチを差し出す優しさを忘れてはいけない。

しかし女の子はハンカチにも目もくれず。ガシリッと私の肩を掴んだ。

「シュネー様が…、シュネー様が立ったぁッ!! 」

「ちょっと何言ってるか分かんないよ。なんだか分かんないけど落ち着いて!! 」

「シュネー様がッ、うわーんッ!! 」

「ちょっ!? 」

令嬢とは思えない鼻水垂らした顔で私に抱き着き、肩に顔を埋める。鼻水がッ!?

「おお、神よ!! 」と、泣きながら興奮して女の子は叫んだ。女の子は泣き止むまで離してくれず、私の肩は鼻水で濡れた。
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