上 下
75 / 160

過去を想ふ

しおりを挟む

(ミドリ視点)

最初の頃は一人は寂しくて、認めてくれた君に固執した。
君が視界から消えると世界にひとりになってしまったみたいで怖くて、君が居れば心の底から幸せで安心できる。


『ミドリ。』

そう君に名をつけられた時、ボクは君のミドリになった。その日から世界は少しづつただのゴブリンだった頃より色付いて、ボクの君への感情にも名前が付き始めた。

不器用でぶっきらぼうな優しさ。
恥ずかしがり屋で、すぐ赤く色付く頰。
強がりな所も少し寂しがりやな所も全て愛おしい。

預けられた背の信頼に応えたくて強くなろうとした。信頼に応えたいから、この生活を守りたいから気持ちを心の奥底に隠した。

あの瑞々しい桃色の唇も。
冬に空から降る雪のように白い肌も。
すらりと伸びた綺麗な足も。
触れたいと伸びそうになる手を押さえつけて、君に抱く劣情も全て底に何度も沈めた。

想いを押し殺してでも守りたかった君との生活はある日突如軋み始めた。リザードマンとの喧嘩の後君が倒れたあの日から徐々に…。


気絶するように意識を手放し、眠るようになった君。抱き着こうとするのは困るけど見てるこっちまで幸せな気持ちになれたあの幸せそうな寝顔は何処かに消え、苦しそうに身体を縮こめるその姿にただボクは手を握り、看病する事しか出来なかった。

それでも君は苦しいなんて辛いなんて泣き言を言わずに何時でも気丈に振る舞った。不器用で優しい君の事だからきっとボクの事を思っての行動だったのだと思う。それでも苦しくて怖かった。

また失う事も。失う事も怖くて怖くて仕方がないのにボクには君を助けるだけの力も知識もなかった。

無力な自身が悔しかった。憎かった。
ついに白龍様の前で倒れてしまった時も何も出来なかった。


「君はよくやった方だと僕は思うけどねぇ。」

自身の無力さに打ちひしがれ、もう三日も目を覚まさずこんこんと寝続ける君の手を握っているとガウェインさんがミルクたっぷりの紅茶を渡し、そう励ましてくれた。

白龍様に投げ捨てられたコタを助けようとしたら何時の間にかに居た床が落ち葉じゃない立派なお家。その家主のガウェインさんはとても良い人であり、どうしようもない変態でもある。

「ねぇ、ミドリくん。今、君の心の中の僕の評価に余計な一文が入ってなかった!? 」

「……入ってないヨ。」

「ねぇ!! 何で目を逸らしたのミドリくん。酷いッ。こんなに献身的に君達の面倒を見ているのにっ…。」

ワッと泣きを始めるガウェインさんにどうして良いのか分からず、わたわたする。

ガウェインさんはよく泣く。
とんがった長い耳をダランと哀しげに下げ、一日数回は何も口にしていないのにボクの心の本音を察し取り傷付き泣く。本気でどうして良いか分からない。

そして三十秒泣くとチラリと全く赤く腫れていない翠の瞳でこちらを視認し、「ミドリくん…。君はなんて良い子なんだ。」と困り顔で頭を撫でてくる。その後、そこはテキトーにあしらって良いんだよとアドバイスをしてくるのだが、泣いている相手をテキトーにあしらえない。そんなの可哀想だ。


「ねぇ、ミドリくん。嘘泣きって知ってるかい? 」

と、切なげな表情でティースプーンをくるくる回し、何気なく隣に座ってくれるガウェインさん。彼が大概、ボクに話しかけてくる時は気持ちがドン底に落ちている時だとこの三日間でなんとなく感じている。

そんな良い人が嘘泣きなんてする筈がない。

「いや、してるんだよ。ミドリくん。」

そんな良い人を出会った直後にぶん殴ってしまったあの事件がとても心苦しい程に。

「……わかった。僕は君を揶揄うのをやめる。だから、自責の念で落ち込むのはやめて。ホント、君は揶揄っちゃいけないタイプのとっても真面目な子だねぇ!? 」


しんしんと泣くのはやめてと隣で背中をさすりながら紅茶を飲むように勧めてくるその優しさを噛み締めながら思い出すのはここに来た日。

ボク達が突如部屋に現れ、驚いたガウェインさんはガシャンッと高そうなティーセットを床に落とした。そして「あんのッ、クソ龍!! 」と突然ブチギレたと思ったら、コタの唇を奪っていた。

訳も分からず混乱する最中で、はたと頭に浮かんだのは『強姦』の二文字。唇を離し、顔を上げたガウェインさんの腹を殴ってしまったのは記憶に新しい。

『じ、人工呼吸だねぇ。生…命活動が停止、しそうなくらい魔力がすっからかんだったから、…供給しただけ……。酷い…ぐすっ。』

嘘だ…と最初は疑ったが、ガウェインさんの言う通りコタの顔色は良くなった。久々に幸せそうな顔で寝息を立て始めた時は安心したと同時に恩人への暴行という失態に今度はボクの顔色が悪くなったものだ。


スンッと鼻を鳴らし、自責の念に苛まれ、どん底に落ちる心を勧められた紅茶を一気に飲み、コタの真似をして両手で頰を挟むように叩き気合を入れる。頰が痛くてまたちょっと涙がちょちょ切れたがさっきよりは冷静になってきた。

「落ち着いたかい? 」と問われてコクリと頷けば、ガウェインさんは「それは良かったよ。」とニッコリと微笑み、懇切丁寧にコタの状況を教えてくれる。

「彼は異世界から召喚獣として喚びだされた人間でねぇ。今の彼は召喚主からこの世界に存在する為に必要な魔力供給を切られてしまっている状態なんだよ。」

クルクルとティースプーンを弄びながら分かるように噛み砕いて教えられるコタの事。それはコタ本人に説明しなかった事柄もあった。

召喚獣がこの世界に顕現出来るのは召喚主からこの世界で活動出来るように魔力をもらっているから。その供給が切られた場合、普通の召喚獣ならこの世界では確かに死ぬが、この世界に来られなくなるだけで実質、元の世界に強制送還という形らしい。

だか、コタにはそれが適応されず、この世界での死は本当の死に直結している。コタは大魔法使いが召喚陣な書き足した魔法で喚ばれた特殊な召喚獣だから召喚獣であって召喚獣でないのだ。

「彼は使命を持って喚ばれてしまっている。だからそもそも使命を達成しなければ元の世界には帰れない。…でもその使命は一朝一夜で達成出来るようなものじゃない。彼の使命は…。」

コタの使命は世界に変革をもたらす事。
その漠然とした使命にふと違和感を抱き、腕を組んで考えた。

大魔法使いの望む世界の変革したという判定はどの範囲なのだろう?
ほんの些細な変革ならやり方次第では数日は無理でも一年満たずに出来るような気がする。

わざわざそんな大層そうな人が組み込んだものならもっと明確な使命なようなものが気がする。懇切丁寧に説明してもらってるのに大切な所はぼやかされてる気がするのは気の所為だろうか?

そう考えているとふと何時もとは少し違う心の奥まで見ているような強い視線を感じた。
その表情は何処か楽しんでいるような期待しているような感情が乗っていて、何時もの笑顔より心の底からのものに見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...