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大切なのは
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久々に出た外は湿っぽい匂いがした。
ラヨネが旅立ってからも降り続いた雨は地面をゆるませ、歩くたびにくっきりと靴の跡が残る。茂みを通れば残った雨露で服が濡れる。
空は煌々と堂々と晴れているのに地上はまだ通り過ぎた筈の雨に支配されているようにじめじめしていて陰気に感じる。
「スカッとしねぇな。」
靴に纏わりつく泥を億劫に思いながらわしわしと頭を掻く。今日はモモの住処を訪ねつつ人族領付近にある崖の辺りを散策する予定だった。しかし、こんなに道がぬかるんでるんじゃ崖の方はかなり地盤がゆるくなってんだろうな。下手すりゃあ崖崩れに巻き込まれて落ちるかもしれない。
「崖から落ちんのはもう勘弁だな。」
あれはかなり痛かったと溜息をつき、はたと首を傾げた。
「俺、崖から落ちた事あったっけ? 」
全く記憶にないのにまるでさっきまで落ちた事のあるような自身の口ぶり。何か忘れているようなもどかしい感じがして必死に思い出そうとするがそうすると頭がズキズキと痛む。
『アイツが、アイツが悪いんだ。俺は悪くない。』
ズキズキと痛む頭の中でそう誰かが発狂乱に叫ぶ。
『アイツが生意気だからいけないんだ。』
割れるような頭の痛み。
遠のいて行く意識の中で小さな手が青空を仰いでいた。
「コタの旦那。」
突如、プニプニと柔らかく大きな手が肩を覆うように掴み、ハッと意識が現実に戻ってくる。振り向くと狼野郎との喧嘩の後から行方不明だった舎弟がこちらを見て、首を傾げていた。
「どうしたと? 」
「……それはこっちの台詞だ。お前今まで何してた? 」
頭の痛みもさっきまで考えていた事も遥か彼方へと消える。
それは何か思い出さなければいけない事だったような気もするが今大切なのはこの目の前にいるモモ。コイツを何が何でも引き摺って医療の事だけは信用出来るあの変態の元に連れて行く事。それが最優先。
どうやらこのモモ。
ラヨネに後で聞いた話によると俺が狼野郎と喧嘩している最中に目の焦点が合わなくなる程危ない状態だったらしい。
腕を掴んで「いくぞ。」と引っ張るが地に根が張ったようにモモはびくとも動かない。
「モモ。お前は一回、腕の怪我を診てもらうべきだ。」
「大丈夫と。自分、もう元気とよ。」
「…お前があの変態を苦手なのは知ってる。あの変態が何かしようとしたら全力で沈めるから大人しく診てもらえ! 」
説得して連れてこうとするが、モモは元気だとニコニコ笑って決してその場から動かない。
モモは結構頑固な奴だ。
一度決めた事は曲げない所がある。
モモの頑固な部分がここで発動したかと思いもしたが、ニコニコと笑うモモの笑顔に何処か違和感がした。
モモは感情豊かな奴で何時だって感情のままにコロコロと表情を変える裏表のない奴。心の底からの楽しい、嬉しいを表現したような気持ちのいい笑い方をするのが俺の舎弟のモモだ。しかし、今のモモの笑い方からは感情を感じられない。
「モモ…。お前、本当にモモか? 」
そうモモに問えば、モモは不思議そうに首を傾げた。別に俺も目の前にいるのは他の誰かではなくモモだとは思っている。だが、やはりいつもと様子が違う気がする。
「可笑しなコタの旦那。自分は自分とよ!! 自分ば自分じゃなかったら何に見えるとぞ? 」
疑いの目を向けるとモモは何言ってるんだと言わんばかりに豪快に笑い始める。何時ものモモっぽいその姿に気の所為かと首を傾げるがやはり何か納得がいかない。ざわりと胸の中で疑念が広がる。
「それよりコタの旦那に見せたいものがあるとっ。」
まだ拭えない疑念に気持ち悪さを感じているとモモがそう声を上げ、ガシッと俺の腕を掴んだ。そのまま「早く。」と思いっきり引っ張られ、躓きそうになりながらもなんとか引き摺られないようにモモの歩幅に無理矢理合わせる。
「おい。モモッ。」
「コタの旦那ば、欲しいの見つけたと。でも、早く行かないと無くなると? 」
「欲しいもの? 」
「欲しいものと。」
「まさか、白龍の奴を見つけた…のか? 」
呼び掛けても一切振り返らず、ズンズンと人族領の方へと進んでいくモモ。一体何を見せたいのか。俺が欲しい白龍の情報かと問うた瞬間、横からでよくは見えなかったがニンマリと笑った気がした。
「あい。白龍と。人族領ば国境で見たとよ。早く行かないと飛んでいってしまうと。」
今まで一切、尻尾の先すら見せなくなっていた白龍。
初めて掴んだ奴の情報にやっと前に進む事が出来ると心から安堵した。
約束を違えずに済むかもしれない。
ミドリを孤独にする事もラヨネに「おかえり。」と言えるかもしれない。そう思うとずっと心の中で自身でも気付かずに降り積もっていた不安が少し溶けて行くような気がした。
だが…。それでも。
ラヨネが旅立ってからも降り続いた雨は地面をゆるませ、歩くたびにくっきりと靴の跡が残る。茂みを通れば残った雨露で服が濡れる。
空は煌々と堂々と晴れているのに地上はまだ通り過ぎた筈の雨に支配されているようにじめじめしていて陰気に感じる。
「スカッとしねぇな。」
靴に纏わりつく泥を億劫に思いながらわしわしと頭を掻く。今日はモモの住処を訪ねつつ人族領付近にある崖の辺りを散策する予定だった。しかし、こんなに道がぬかるんでるんじゃ崖の方はかなり地盤がゆるくなってんだろうな。下手すりゃあ崖崩れに巻き込まれて落ちるかもしれない。
「崖から落ちんのはもう勘弁だな。」
あれはかなり痛かったと溜息をつき、はたと首を傾げた。
「俺、崖から落ちた事あったっけ? 」
全く記憶にないのにまるでさっきまで落ちた事のあるような自身の口ぶり。何か忘れているようなもどかしい感じがして必死に思い出そうとするがそうすると頭がズキズキと痛む。
『アイツが、アイツが悪いんだ。俺は悪くない。』
ズキズキと痛む頭の中でそう誰かが発狂乱に叫ぶ。
『アイツが生意気だからいけないんだ。』
割れるような頭の痛み。
遠のいて行く意識の中で小さな手が青空を仰いでいた。
「コタの旦那。」
突如、プニプニと柔らかく大きな手が肩を覆うように掴み、ハッと意識が現実に戻ってくる。振り向くと狼野郎との喧嘩の後から行方不明だった舎弟がこちらを見て、首を傾げていた。
「どうしたと? 」
「……それはこっちの台詞だ。お前今まで何してた? 」
頭の痛みもさっきまで考えていた事も遥か彼方へと消える。
それは何か思い出さなければいけない事だったような気もするが今大切なのはこの目の前にいるモモ。コイツを何が何でも引き摺って医療の事だけは信用出来るあの変態の元に連れて行く事。それが最優先。
どうやらこのモモ。
ラヨネに後で聞いた話によると俺が狼野郎と喧嘩している最中に目の焦点が合わなくなる程危ない状態だったらしい。
腕を掴んで「いくぞ。」と引っ張るが地に根が張ったようにモモはびくとも動かない。
「モモ。お前は一回、腕の怪我を診てもらうべきだ。」
「大丈夫と。自分、もう元気とよ。」
「…お前があの変態を苦手なのは知ってる。あの変態が何かしようとしたら全力で沈めるから大人しく診てもらえ! 」
説得して連れてこうとするが、モモは元気だとニコニコ笑って決してその場から動かない。
モモは結構頑固な奴だ。
一度決めた事は曲げない所がある。
モモの頑固な部分がここで発動したかと思いもしたが、ニコニコと笑うモモの笑顔に何処か違和感がした。
モモは感情豊かな奴で何時だって感情のままにコロコロと表情を変える裏表のない奴。心の底からの楽しい、嬉しいを表現したような気持ちのいい笑い方をするのが俺の舎弟のモモだ。しかし、今のモモの笑い方からは感情を感じられない。
「モモ…。お前、本当にモモか? 」
そうモモに問えば、モモは不思議そうに首を傾げた。別に俺も目の前にいるのは他の誰かではなくモモだとは思っている。だが、やはりいつもと様子が違う気がする。
「可笑しなコタの旦那。自分は自分とよ!! 自分ば自分じゃなかったら何に見えるとぞ? 」
疑いの目を向けるとモモは何言ってるんだと言わんばかりに豪快に笑い始める。何時ものモモっぽいその姿に気の所為かと首を傾げるがやはり何か納得がいかない。ざわりと胸の中で疑念が広がる。
「それよりコタの旦那に見せたいものがあるとっ。」
まだ拭えない疑念に気持ち悪さを感じているとモモがそう声を上げ、ガシッと俺の腕を掴んだ。そのまま「早く。」と思いっきり引っ張られ、躓きそうになりながらもなんとか引き摺られないようにモモの歩幅に無理矢理合わせる。
「おい。モモッ。」
「コタの旦那ば、欲しいの見つけたと。でも、早く行かないと無くなると? 」
「欲しいもの? 」
「欲しいものと。」
「まさか、白龍の奴を見つけた…のか? 」
呼び掛けても一切振り返らず、ズンズンと人族領の方へと進んでいくモモ。一体何を見せたいのか。俺が欲しい白龍の情報かと問うた瞬間、横からでよくは見えなかったがニンマリと笑った気がした。
「あい。白龍と。人族領ば国境で見たとよ。早く行かないと飛んでいってしまうと。」
今まで一切、尻尾の先すら見せなくなっていた白龍。
初めて掴んだ奴の情報にやっと前に進む事が出来ると心から安堵した。
約束を違えずに済むかもしれない。
ミドリを孤独にする事もラヨネに「おかえり。」と言えるかもしれない。そう思うとずっと心の中で自身でも気付かずに降り積もっていた不安が少し溶けて行くような気がした。
だが…。それでも。
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