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 「ただいま、聖子!」

 「秋彦さん……」



 唐突に開かれた扉の向こう側には、満面の笑みを浮かべたあの人が立っていた。



 「お腹減っただろう?
お弁当買って来たよ。
あ~あ…酷い顔だね。
さ、早く顔を洗って服を着ておいで。」



 彼の声は穏やかで……
私はほっと胸を撫で下ろした。
 彼も鬼じゃないんだ。
 私の実の妹に酷い事なんてするはずがない。
あれは、私への脅しだったんだ。
そう気付くと、涙が込み上げ、私はそれを懸命に堪えながら着る物を身につけた。




 「ここのお弁当、本当に美味しいね!」

 「え……ええ……」

 今日は食べるものをもらっていなくてお腹はすいてる筈だったけど、もうそんな感覚はなくなっていた。
ただ、あの人の機嫌を損ねないようにとそれだけを考えて、私はお弁当を口に運んだ。



その時、不意に家の電話が鳴った。



 「聖子、出て。」

 「えっ!?良いの?」

いつもは彼が出てからじゃないと出ちゃいけないことになっているのに…
おかしいとは思いいながら、さすがに彼も昨夜のことをやりすぎたと思って、少し私の機嫌でも取っているのかと考えた。



 「はい。あ、お母さん…
あの……昨夜はごめんなさい。」

 電話は母さんからだった。
 昨夜のことを心配してかけてくれたのかと思ったけど、そうではなかった。
 母の話を聞くうちに私の心臓は早鐘を打ち出した。



 「そ、それで、希美は…希美は大丈夫なの!?」

 声の震えを懸命に堪え、私は母さんに訊ねた。



 「そう……それで……あ」

 私の持つ受話器を不意に彼が奪い去った。



 「お義母さん、どうしたんです!?
 何があったんですか?
……はい……はい……はい……」

 私は、その場に座りこんだまま何も出来ずにいた。
 今、聞いたばかりの母の話が頭の中をぐるぐると何度も回る。



 希美が家の近くにある神社の石段から転げ落ちたのだという。
 希美は最近ダイエットのために夕方近くの神社まで走っていたらしく、その長い石段の一番上から落ちたとのことだった。
 手足を骨折する大怪我ではあったものの、幸い、頭は強く打たなかったために命には別状はないとのことだった。



 「はい、わかりました。
はい…はい…聖子のことはご心配なく…
では、どうぞお大事に……」



 電話を切ると、あの人は何もなかったように席に着き、食事を続けた。



 「……秋彦さん…まさか……」

 「希美ちゃん、誰かに背中を押されたらしいよ。」

 「あ、あなた……!」

 「……大丈夫だよ。
 僕だとは気付いてないみたいだから。」



 目の前が真っ暗になった。
 私があんなことをしたばっかりに、希美を酷い目に遭わせてしまった。
いや、彼は希美を殺すつもりだったのかもしれない。



 (……この人は狂ってる……!)



 「聖子、早く食べなさい。」

 「……はい。」

 恐怖と希美への罪悪感から、彼に逆らう気力は一気に失せた。



 私はもう二度と彼には逆らえない。
これからは、なんでも彼の言う通りにしなくては…
そうでないと、今度こそ希美が……

食べながらぽろぽろと涙がこぼれた。
それは、私の最後の涙だった。

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