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本編

殿下からの書簡

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あの舞踏会の日から数日経った、放課後ーーー。

いつも通りエドマンドの部屋を訪ねた私を待っていたのは・・・何と、爺やだった。

「申し訳ありません・・・フレイヤ様。爺が不甲斐ないばかりに・・・とんだご迷惑をお掛けしていた様で・・・。」

わざとらしく白いハンカチを目元に運ぶ爺やの瞳には・・・勿論、涙など流れていない。
私が思っていた以上に爺やは策士だったのだ。油断は出来ない。

恐らく爺やが謝罪しているのは・・・遡る事二週間前に起きたあの裏庭での一件の事であろう。

私は爺やの文字通り涙ぐましいパフォーマンスに最早呆れを通り越して、尊敬の念を抱いた。
エドマンドと爺やと私の3人だけなのであれば・・・嫌味の一つでも返してやる所なのだが・・・

(とてもじゃないけれど・・・そんな無礼な事出来ないわ・・・!)

何故なら、エドマンドと向かい合って座っている目の前のお方は・・・エドマンドの父親であり、素晴らしい功績を数々残して来たーーー・・・

何を隠そう・・・ハイネス公爵様だからだ。

「いや・・・の所為では無い。元はと言えば、エドマンドが無理難題を言ったのが悪いのだからな。」

(爺やの名前って・・・〝マトン〟だったのか。初めて知った・・・。)

公爵様の言葉はご尤もだ。
二週間前の裏庭の件は・・・確かに爺やの伝達不足感は否めないが、勝手に爆発したのは私の落ち度だし・・・。
そもそもの話で言うと、〝私を王立学園に入れたい〟なんてのはエドマンドの我儘な訳で、
それを確実に叶える為の最善の策を爺やは講じただけで・・・何ら咎められる所は無い。のだけど・・・

(エドって昔から爺やには無茶苦茶言うもんだから・・・今回の事で、文句の一つでも言っちゃったのかしら・・・?)

「ええ・・・。爺やだけが悪いとは思っていません・・・契約書には家紋が押されていましたからね。父上同罪ですね。」

エドマンドの物怖じしない返事に、逆にハイネス公爵様の方が押され気味だ・・・。

「エドマンド様・・・。あの件は私が悪いのです。これ以上お二方を困らせるのはどうか・・・。」

見兼ねた私がそう間に入れば、エドマンドもため息一つで何とか続きを飲み込んでくれた。

「フレイヤ嬢、感謝するよ。これでようやく本題に入る事が出来るからね。」

片手を上げて私にそう言葉を掛けて下さった公爵様に深々とお辞儀をする。
今や私はハイネス家の使用人なので〝嬢〟などと付けて頂く必要は無いのだが・・・訂正するなど恐れ多い事だったのでそのまま聞き流した。

「東の隣国へ交換留学されていらっしゃるラファエル殿下経由でね・・・、今朝、急ぎの書簡が届いたのだよ。」

(東の隣国で交換留学・・・という事は、カリム殿下とラファエル殿下で交換留学されていらっしゃるのね・・・)

「エドマンドよ・・・お前、カリム殿下に何と言ったのだ?」

頭を抱えながらそうエドマンドの方を覗き見るハイネス公爵様に・・・私も含め、エドマンドも心当たりが無かったらしく首を傾げてしまっている。

「何も・・・?そもそも、カリム殿下とは入学した際に挨拶へ伺った位で・・・そんな接点は有りませんよ」

(・・・え。でも、ベルダの話ではカリム殿下は親友だと思っているらしいけど・・・?)

これはもしや・・・カリム殿下の一方通行なんじゃ?と嫌な考えが過ぎったが、今はそれ所じゃないので面倒事は後回しにする事とした。

「嘘を吐くな!!!では、何故この様な書簡が私の元へ届くのだ・・・?!」

ハイネス公爵様がテーブルへと叩きつける様に置いた書簡は・・・確かにラファエル殿下が発行したものらしく、この王立学園の入学許可証にも押されていた王家の紋章が有った。

「・・・?」

感情を露わにする公爵様の態度に未だ疑問のエドマンドは、その書簡を広げようと手に取った。

「これは・・・!なるほど。」

書簡の中身が死ぬほど気になったが・・・関係の無い私が見て良い代物では無い為、視界に入らぬ様にわざと下を向いてその時を待っていた。

「父上、これは私では有りません。フレイヤです。」



「・・・え?!私・・・ですか?」



(そんな訳あるか!!!私は、カリム殿下とはお会いした事すら無いんだぞ!!!)

「何と?!フレイヤ嬢・・・どういう事かね?」

全く心当たりの無い私は、ハイネス公爵様の鋭い視線を受けて思わずたじろいでしまう。
咄嗟にエドマンドの方へと視線を向けてみると、エドマンドが書簡を読んでみなと言わんばかりに私に渡してきた。



〝カリム殿下の強い要望を受けて急ぎこれを認めた。

早急に嫡男であるエドマンド・ハイネスの想い人との婚約を推し進めよ。
必要で有れば私が後見人を請け負おう。

彼女は、カリム殿下の寵愛を得ている婚約者殿と懇意にしており、
今後、東の隣国との関係を築いていく上で非常に重要な人物である。〟



(エドマンドの想い人・・・。)



ーーーって、誰だ?



知らなかった・・・。
エドに好きな人が居ただなんて・・・。

(うわ・・・駄目、どうしよう・・・泣いちゃい・・・そう・・・。)

大事な書簡を私の涙で汚す訳にはいかないので、グッと堪えてエドマンドへ一先ず書簡を返した。

「申し訳ありませんが・・・私も・・・心当たりの無い事で・・・御座います。」

私が震える声でそう言うと・・・ハイネス公爵様と爺やは顔を見合わせていて、
エドマンドは凄く驚いた顔をしながら私を見ていた。

「フレイ・・・?そんな訳無いだろう・・・?」

冗談は良してくれと言わんばかりの狼狽えた様子で私に詰めよるエドマンドに、逆に私の方が問い詰めたい気持ちだ。

「そう申されましても・・・。私、エドマンド様の想い人など・・・存じ上げませんし。」

確かに・・・書簡に記されているカリム殿下の寵愛を得ている婚約者ーーーには心当たりが有るは有るが・・・
でもベルダは、確か非公認だって言っていたし・・・それだって確信を持って言えるレベルでは無い。

「いや・・・あの、フレイヤ嬢ーーーその、流石に気付いているよね?息子の・・・その・・・気持ち」

何故かハイネス公爵様に頭を抱えながらそう聞かれた私は・・・全く訳が分からなかったけれど、とりあえず答えた。

「いえ・・・?エドマンド様から、想い人について聞かされた記憶は御座いませんが・・・?」

と言うかーーー、それ以上、私にこの話を振らないで欲しい。
もう既にズタズタに傷付いてしまっていて、ボロボロなのだから・・・。

「あの失礼ながら・・・坊っちゃま。フレイヤ様にきちんと気持ちを伝えたのですか?」



「いや・・・きちんとは伝えてないかもしれないがーーー・・・この前、キスはした。」



「ーーーーーっ!!!!」

(ぎゃああああ!何て事を言うのだ!!それも公爵様の前で!!)

叫ばなかっただけ褒めて貰いたい。
私はそれ程に驚き、恥ずかしかったのだ。

「この・・・馬鹿息子がっ!!!」

エドマンドの言葉を聞いて、我慢ならないと怒り出したのは公爵様だ。

その怒りはご尤もである。

ハイネス公爵家を継ぐ大事な息子が・・・こんな没落令嬢である私と・・・なんて、許される事では無い。

(もうこれー・・・絶対に解雇・・・。いや、運が良くて解雇・・・かも。)

冷や汗が止まらない私は、息をする事すらも気付かれない様にと慎重になってしまい、恐怖の余り握った拳がカタカタと震え出してしまっていた。
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