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第一章 起承転結の「起」

新たな旅立ち

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「ん​───────?」

 目が覚めたら、俺は冷たい床の上に転がっていた。この肌触りは…石か?少しかび臭い匂いと潮風の匂い、一体何処なのだろうかと体を起こしてゆっくりと周りを見回す。
部屋の中にあったのは、壁に繋がれた鎖に金属の輪、足枷だ。つまりここは海外の昔監獄だったところなのだろうか。このような古い場所は今は使われてないはずだ。

 とまあ、ここに居ても仕方が無いので、手掛かりを探すことにしよう。
道すがら説明する。俺の名前は佐川彰さがわあきら、年齢は18歳。誕生日は今日だったはずだ。だって今日が通っていた高校の卒業式だったからね。このような奇跡、滅多にあるもんじゃないし。
ここで寝てる前は確か​───────俺は家で誕生日パーティーを家族とやってたら突然何者かが家に押し入ってきて、俺の事をぶっ刺した、記憶はそこまでしか無いな…
ん?ということはだ。ここは死後の世界なのか?ああ俺、地獄に落ちたのかな…。そんなに悪いことしてたっけ…もう少し行いに気を付けなきゃダメだったなあ…

 やり切れない気持ちのまま監獄の廊下を歩く。苔が生えているからジメジメしてるのかと思っていたが、その割にはかなり乾燥している。
すると、ふと光が差し込んでくる。石造りの窓から顔を覗かせると、水面に満月が反射していた。かなり位置も高く、まるで城塞のようなところだった。向こう岸には沢山建物の影があり、ここは恐らく、離れの孤島なのだろう。ああ、そうか。ここは孤島に建てられた罪人を幽霊する監獄なのか。…って、縁起悪いなあ……

「止まりなさい、若人よ。此方に来るのです。」

 女の人の呼ぶ声が聞こえた。もしかして、閻魔様の裁きの時間なのか。行きたくないけれども、ボイコットする訳にはいかないから……
重い足取りで尋ねる。

「どこにいらっしゃるのですか?」

 すると、声は返ってきた。

「ここを貴方から見て正面をそのまま進むと突き当たりに石段があります。そこを降りて右に進むと礼拝堂がありますので、そこでお待ちしております。」

「分かりました。暫しお待ちを。」

  一応その声に返答しておくと、てくてくと足を進ませる。月明かりのおかげでよく前が見える。いや、死後の世界だから当然と言えば当然なのか?
もしかして痛みも、そう考えて全力フルスイングで自分の頬を殴ってみる。すると……

ガツンッ!

 頬骨と顎に響く鈍痛と共に、赤い飛沫を吐き出した。痛い。

「痛ってえ…流石にそこまでサービスはしてくれないか……」

 なんか進行がグダグダしてきた気がするので、もう飛ばし飛ばしでいいか。待たせてるし。

 言われた通りに礼拝堂に入ると、そこには参列者の席らしい木で作られた沢山の長椅子、更には長椅子たちの中心に祭壇のようなものがあり、そこには椅子が2つ向かい合うように置かれていた。その内の一つに、女性が座っている。銀髪の長い髪にギリシアの彫刻のような美しく整った顔立ち、彼女は人間ではないとすぐに分かった。何故なら、彼女の顔は美しい。それ故に、美し過ぎて明らかに作り物なのだ。

「お待たせしてすみません。貴女が俺をここに呼んだ人ってことで良いんですかね?」

「ええ。間違いありませんわ?此方にお掛けになって?」

 すると彼女は、目の前の席を案内してくれた。恐らくは、向かい合って話すような内容なのだろうか。

「では、遠慮なく。初めまして、俺は」

「佐川彰、18歳。高等学校卒業及び誕生日をご両親とお祝いしていた際に何者かの襲撃を受け、全身裂傷及び多量の出血によるショックと全身の火傷により死亡。」

 やっぱり分かってたんだ…というか、やっぱり俺死んだのか……

「おっと、私としたことが申し遅れてしまいましたわ。私の名はジブリール、この世界で裁きと改心の女神をしていましてよ。」

 ジブリール様か。名前は覚えた。
銀髪に美しく整った顔立ち、更にはギリシャ神話の女神のような薄衣は、彼女の非常に良いプロポーションを強調していた。

「普通の死者は、天国か地獄かで別れますが、貴方は些か判別が出来ません。故に、貴方には此処で第二の生を歩んで貰います。」

 ということは、ここは地獄では無いということか。それならひとまずは安心かな。
だが、“一難去ってまた一難”という言葉がこの世界には存在する。故に、そう簡単に行かないのだろうと思っていたら、案の定だ。

「しかし、この世界は、神と悪魔が争いを繰り広げ、モンスターと人間が生存競争を繰り返しているとても危険な場所ですわ。そこで生きていくためには、ある程度の強さが必要になりますの。」

…うーん、にわかには信じ難い……

「…そんなゲームみたいな話、現実で起きてるんですか?」

「ええ、そういう事ですわ。この世界で生きるには、今からかなり厳しい修行を重ねなくてはいけません。師範は私ですが、手厳しくしか教えられませんわよ?」

 要するに、今から長い長いチュートリアル期間というわけか。だが、生きるためなら仕方が無い。教えて貰わねば。

「貴方にはきちんと教養を蓄えて力を身につけて、この世界でも生き残れるようになってもらいますわ。」

「…というか、拒否権が最初から無いんでしょう?」

「あらあら。言葉の割には随分と乗り気でしてよ?」

 まあいい。暇潰しなんて言うつもりは無い。しかし、生きるためだ。学業の延長線上と思えばしっくり来るだろう。
さて、始めようか。第二の人生を生きるためのお勉強を。

そして数日後​───────

「はあ…はあ…まだまだ……!」

 流石は女神様。俺は徒手空拳のレッスンで物の見事にコテンパンにされていた。予想はついていたけど。
 殴りかかっては関節を掴まれ、意図も容易く空中へと放り投げられる、右フックを防いだら瞬時に左のボディーブローが飛ぶ、隙がないし何より早い。

「ふふ、良いですわよ?その心意気、とても気に入りましたわ!」

 立ち向かっては倒され、倒されては立ち向かう。毎日毎日ボコられまくっている。
 だが、その時間も今日は終わりだ。

「格闘技のレッスンは終わりですわ。お昼の後は、新しく教えることがありますの。」
「は、はい!」

​───────昼過ぎ​───────

「この時のために作っておきました、教科書と言えばわかりやすいかしらね?」

すげえ……
分かりやすいし、何より新しい知識がどんどん頭に入り続ける。
内容は様々。植物や動物のこと、人体のこと、武器のことや軍隊の指揮のことまで書いてある。

なろう系小説、っていうのかな。
いきなりチート能力手に入れて、それで無双して。
あれが一番楽なんだろうけど、俺にそんな機会は無いらしい。

だから、勉学あるのみだ。
己の身体を動かし、鍛え、知識を得る。そんな日をどれ程繰り返しただろう。

───────数ヶ月後​───────

何ヶ月経ったか分からず、もう日時の感覚が薄れてきた今日この頃。
ふと、海に映った自分の姿を確認すると、俺の髪は肩まで伸びきっていた。更に白髪とも銀髪とも言い難い薄い色素の髪になっていた。

「髪が……」

「白くなりましたね。顔つきもそれなりに格好よくなりました。」

 女神様が優しく微笑んでいる。

「えー、唐突ですが、貴方は本日をもって、ジブリール学習塾を卒業です。」

え?卒業?
いきなり過ぎませんか?

「本当に唐突ですね…?」

「ええ。もう貴方に教えられる事が無くなりましたの。貴方はこれから、一から生活を始めないといけません。」

遂に卒業か。

「長かったなあ…」

「長い間本当にお疲れ様でした。卒業祝いの品々を地下の大部屋に置いてるので、忘れずにチェックしてください。」

え?卒業祝いとかあるんだ…

言われた通り、地下室に直行する。
黴と湿っぽい匂いが強くなるが、そんなのはもう気にならない。重い古びた木製の扉を軋むような音を立てながら開けると、絵に書いたような宝箱が置いてあった。

どれどれ…中身は…

ギィィ、と予想通りの音を立てながら開放されたその中身は…

「これって…」

服だ。いや、それだけじゃない。
フード付きの外套とインナー、2本の日本刀だ。
しかも、柄には宝石が嵌められていて、刀身は1本は青色、もう1本は黒色だ。

面白い。こんなのあるのか。
試しに弓を握ると、よく手に馴染む。まさか、オーダーメイドなのかな?

「この弓は今日から貴方の相棒です。名前は貴方が付けてください。」

へえ、それはすごい。
えっとね…名前は…名前は…

「…正宗と村正」

「ほう?生前のお知り合いの名前ですの?」 

「いや、僕が元いた世界の有名な刀の名前です」

「成程…名は体を表すとも言います、きっとそれは貴方を英雄へと導く双刃となるでしょう。」

「ジブリール様はどうするのですか?」

「私はここを離れる訳にはいきません。貴方のように転生してきた人を指導するのが仕事ですので。」

ここからは本当に単独行動なのか。

「では、己が信じる命運のために、私は全てを賭けましょう。必ず、必ず生きて戻ってきます。」

「…ご武運を、アキラ。」

ジブリール様が用意していてくれたのだろうか、停めてあったボートを漕ぎ出して街へと向かう。
こうして俺の異世界生活は、一人の女神に祝福されて始まったのだ。

(To be continued......)
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