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第十九章 メキシコ戦役
パナマ運河攻撃
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さて、辻中将が報告を受け取る僅かに30分ほど前のこと。テキサス州のランドルフ空軍基地にて、若い兵士達は僅かのズレもなく整列し、上官の命令を待っていた。
「このコメットⅢ型は、おおよそマッハ2を出せる超高速機である。日本軍のどんな戦闘機もコメットに追いつく事はできない。あらゆる障害はコメットの前に無力なのだ。諸君の任務はこの機体を使ってパナマ運河を破壊することである。もちろん、コメットは速度を落とす要因となる武器を一切搭載していないから、パナマ運河に体当たりをしてもらう。脱出装置も軽量化のために搭載されていない。諸君は必ず死ぬ。だが恐れるな! 諸君は合衆国を救った英雄として、未来永劫に語り継がれるであろう! 諸君は自由と民主主義に命を捧げた英霊となるのだ! 民主主義、万歳!!」
「「「民主主義、万歳!!!」」」
先の大戦から10年が経った。先の大戦の頃は、ここにいる者はまだ小学校に通い始めたくらいの年齢だったろう。先の大戦で使われたコメットのことなど知る由もない。民主主義という幻影に忠誠を誓う彼らは、喜んで命を捧げるのであった。
○
コメットⅢ型はジェットエンジンを搭載するよう改良された特攻専用機であり、かつ初代のコメットに比べて更に徹底的な軽量化がなされている。一度離陸すれば着陸することすら不可能なので、乗員が助かるには任務を放棄して上手く着水するくらいしかないだろう。
しかしそんな狂気的な構造をしているからこそ、その速度は時速2,300km、音速の倍を超えている。日本軍が彼らを発見してから対処するまでに残された時間は僅かに1時間なのである。
しかし、辻中将はこのとんでもない兵器を前にしても冷静であった。
「中米方面で今すぐ出せる重戦闘機は幾らか」
「中米で出せるのは、精々が百機ほどです。ほとんどがカリフォルニア方面に回していますから」
「敵はおよそ五百機……。しかもこの速度だ。とても落としきれないな」
「はい。会敵する一瞬で落とすしかありません」
「クッ……。海軍の空母はどうだ? 付近には何隻いる?」
「現在、信濃と大鳳がパナマ運河のすぐ西にあります。その他はとても間に合いませんかと」
「すぐに彼女らに迎撃を要請しろ。それと、パナマ運河の高射砲台は迎撃の用意をしておくように。目標はパナマ運河以外に考えられない。全戦力をここに集中しろ!」
「はっ……」
とは言っても、たったの一時間で用意できることなどたかが知れている。
○
「陸軍より、かような要請を受諾した。すぐに艦上戦闘機を上げる」
『い、いやー、マッハ2の航空機を落とすなんて、流石に無理じゃないですかあ……?』
辻中将から要請を受けた連合艦隊司令部は直ちに信濃と大鳳にパナマ運河防衛の命を下した。
「確かに、彼我の速度の差は余りにも大きい。しかれども、やれることはやるべき」
『まあ、言われた仕事はやりますけど……』
「すぐに発艦を」
『分かってますって』
信濃と大鳳は艦上戦闘機飄風を発艦させる。二艦合わせても僅かに60機。とてもコメットを迎撃するには足りないが、それでも二人は可能な限りのことをすると決めた。
「迎撃は、パナマ運河の目前がよいと思う」
『ど、どうしてです?』
「敵はパナマ運河に突入して、自爆するつもりと推察する。なれば、突入の目前には、速度が大きく落ちる筈。そこを狙う」
『だ、大丈夫なんですか? そこで失敗したら終わりだと思いますけど……』
「どの道、会敵できるのは一度きり」
『ま、まあそうですけども……』
精神的な負担が段違いではないかと大鳳は言いたかったが、そんな主観的な反論をする勇気はなく、信濃の言うことに従うことにした。そして二人は艦載機をパナマ運河のすぐ上に待機させ、その時を待った。
「敵が来た。距離200km、会敵までおよそ5分」
『い、嫌だなあ……』
「……失敗しても、お前自身に傷は及ぶまいし、艦載機が落ちることもない」
『そ、そうですね。そう考えたら気楽、かもしれないです……』
「敵が来る。逡巡している暇はない」
『わ、分かりましたあ!』
こちらも超音速機ではあるのだが、速度差は数百km毎時に及び、全く相手にならない。コメットの数はおよそ四百であり、空軍の攻撃で多少は減ったようだが、それでも圧倒的に多い。
「この一撃で、落とす」
『こ、この、落ちろお!!』
信濃と大鳳の飄風は、コメットの群れを横から殴りつけた。機銃が届くのは10秒にも満たないだろう。その僅かの間に一機でも多く敵を落とすことに、二人は全ての意識を集中した。
「敵機、射程から抜けた」
『は、はは、流石に無理だったんですよ……』
「……我も、成功するとは思ってはおらぬ」
全力の攻撃で二百は落とした。だがそれでも敵は二百残っている。パナマ運河を守る高射砲や機関砲も全力で迎え撃ったが、高射砲はとても旋回が間に合わず、機関砲も僅かな敵を落とすことしかできなかった。
『あっ……運河が……』
「やってくれる」
残存するコメットは全てパナマ運河の水門に特攻し、これを破壊した。頂上のガトゥン湖から大量の水が下層に流れ落ちて大洪水の様相を呈し、周囲の家々を巻き込んで大きな被害を出した。パナマ運河は破壊され、すぐそこのプエルト・リモン鎮守府に戻るには南アメリカ大陸を一周せざるを得なくなってしまった。
「このコメットⅢ型は、おおよそマッハ2を出せる超高速機である。日本軍のどんな戦闘機もコメットに追いつく事はできない。あらゆる障害はコメットの前に無力なのだ。諸君の任務はこの機体を使ってパナマ運河を破壊することである。もちろん、コメットは速度を落とす要因となる武器を一切搭載していないから、パナマ運河に体当たりをしてもらう。脱出装置も軽量化のために搭載されていない。諸君は必ず死ぬ。だが恐れるな! 諸君は合衆国を救った英雄として、未来永劫に語り継がれるであろう! 諸君は自由と民主主義に命を捧げた英霊となるのだ! 民主主義、万歳!!」
「「「民主主義、万歳!!!」」」
先の大戦から10年が経った。先の大戦の頃は、ここにいる者はまだ小学校に通い始めたくらいの年齢だったろう。先の大戦で使われたコメットのことなど知る由もない。民主主義という幻影に忠誠を誓う彼らは、喜んで命を捧げるのであった。
○
コメットⅢ型はジェットエンジンを搭載するよう改良された特攻専用機であり、かつ初代のコメットに比べて更に徹底的な軽量化がなされている。一度離陸すれば着陸することすら不可能なので、乗員が助かるには任務を放棄して上手く着水するくらいしかないだろう。
しかしそんな狂気的な構造をしているからこそ、その速度は時速2,300km、音速の倍を超えている。日本軍が彼らを発見してから対処するまでに残された時間は僅かに1時間なのである。
しかし、辻中将はこのとんでもない兵器を前にしても冷静であった。
「中米方面で今すぐ出せる重戦闘機は幾らか」
「中米で出せるのは、精々が百機ほどです。ほとんどがカリフォルニア方面に回していますから」
「敵はおよそ五百機……。しかもこの速度だ。とても落としきれないな」
「はい。会敵する一瞬で落とすしかありません」
「クッ……。海軍の空母はどうだ? 付近には何隻いる?」
「現在、信濃と大鳳がパナマ運河のすぐ西にあります。その他はとても間に合いませんかと」
「すぐに彼女らに迎撃を要請しろ。それと、パナマ運河の高射砲台は迎撃の用意をしておくように。目標はパナマ運河以外に考えられない。全戦力をここに集中しろ!」
「はっ……」
とは言っても、たったの一時間で用意できることなどたかが知れている。
○
「陸軍より、かような要請を受諾した。すぐに艦上戦闘機を上げる」
『い、いやー、マッハ2の航空機を落とすなんて、流石に無理じゃないですかあ……?』
辻中将から要請を受けた連合艦隊司令部は直ちに信濃と大鳳にパナマ運河防衛の命を下した。
「確かに、彼我の速度の差は余りにも大きい。しかれども、やれることはやるべき」
『まあ、言われた仕事はやりますけど……』
「すぐに発艦を」
『分かってますって』
信濃と大鳳は艦上戦闘機飄風を発艦させる。二艦合わせても僅かに60機。とてもコメットを迎撃するには足りないが、それでも二人は可能な限りのことをすると決めた。
「迎撃は、パナマ運河の目前がよいと思う」
『ど、どうしてです?』
「敵はパナマ運河に突入して、自爆するつもりと推察する。なれば、突入の目前には、速度が大きく落ちる筈。そこを狙う」
『だ、大丈夫なんですか? そこで失敗したら終わりだと思いますけど……』
「どの道、会敵できるのは一度きり」
『ま、まあそうですけども……』
精神的な負担が段違いではないかと大鳳は言いたかったが、そんな主観的な反論をする勇気はなく、信濃の言うことに従うことにした。そして二人は艦載機をパナマ運河のすぐ上に待機させ、その時を待った。
「敵が来た。距離200km、会敵までおよそ5分」
『い、嫌だなあ……』
「……失敗しても、お前自身に傷は及ぶまいし、艦載機が落ちることもない」
『そ、そうですね。そう考えたら気楽、かもしれないです……』
「敵が来る。逡巡している暇はない」
『わ、分かりましたあ!』
こちらも超音速機ではあるのだが、速度差は数百km毎時に及び、全く相手にならない。コメットの数はおよそ四百であり、空軍の攻撃で多少は減ったようだが、それでも圧倒的に多い。
「この一撃で、落とす」
『こ、この、落ちろお!!』
信濃と大鳳の飄風は、コメットの群れを横から殴りつけた。機銃が届くのは10秒にも満たないだろう。その僅かの間に一機でも多く敵を落とすことに、二人は全ての意識を集中した。
「敵機、射程から抜けた」
『は、はは、流石に無理だったんですよ……』
「……我も、成功するとは思ってはおらぬ」
全力の攻撃で二百は落とした。だがそれでも敵は二百残っている。パナマ運河を守る高射砲や機関砲も全力で迎え撃ったが、高射砲はとても旋回が間に合わず、機関砲も僅かな敵を落とすことしかできなかった。
『あっ……運河が……』
「やってくれる」
残存するコメットは全てパナマ運河の水門に特攻し、これを破壊した。頂上のガトゥン湖から大量の水が下層に流れ落ちて大洪水の様相を呈し、周囲の家々を巻き込んで大きな被害を出した。パナマ運河は破壊され、すぐそこのプエルト・リモン鎮守府に戻るには南アメリカ大陸を一周せざるを得なくなってしまった。
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