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第十八章 日独交渉
アフリカへの旅路
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瑞鶴は今上帝を収容し奉ると、人目を避けるように横須賀を出発した。可能な限り早く出航してくれという下村大将からの要請に応じたものである。
「て言うか、陛下がここにおられるのって、もしかして内閣の連中にも秘密にしてるの?」
瑞鶴は下村大将に尋ねた。
「外務大臣にだけは伝えてある。流石に外交に関わることだからね。だが、それ以外の面々には、内閣総理大臣にすら秘密だ」
「随分と思い切ったことを考えるわねえ」
「この作戦は、我が国の内閣を驚かせることも目的に入っているのでね」
帝国政府は客観的に見て、キューバ戦争の勝利に全力で取り組んでいるとは言い難い。その背中を押すのも内大臣府の目的らしい。
「一番後ろから蹴るべきなのは外務大臣だと思うけど?」
「流石にそれは不可能だと判断されたよ」
「中途半端ねえ」
「まあ、その通りだね」
「あっそう。で、結局陛下は誰と会談されるつもりなの? ゲッベルス大統領とか言ったら釣り合いが取れなさ過ぎると思うけど」
「そこまで分かっているのなら、答えが分かっているようなものじゃないか」
「ヒトラーってこと?」
大統領というのは一般的に国家元首なのだが、ドイツにおいては総統が国家元首で大統領は政府首班に過ぎないと見なされている。また国際的にもそういう序列で扱われている。
「その通りだ。実のところ、これはドイツ側から内々に提案してきたことでもあるんだ」
「そうなの」
ヒトラー総統はツェッペリンに、キューバ戦争を何とかする秘策があると言った。どうやらこれがその作戦のようだ。わざわざヨーロッパまで行ったのが無駄ではなかったと知って、瑞鶴は安堵した。
「一先ずは陛下にヒトラー総統と会談して頂く。その後はイタリア国王陛下にも参加してもらう予定だ」
「イタリア国王? ムッソリーニじゃないの?」
「国家元首同士で会談するという段取りになっているからな。まあ、締まりがないというのは分かるんだが」
イタリアの国家元首はヴィットーリオ・エマヌエーレ3世であり、ムッソリーニ総統はあくまで政府首班である。しかし、かつて連合国に擦り寄ったイタリア国王の冠はすっかり形式だけのものとなっているし、権威もかなり失墜しているし、彼の顔を知らない者も多いだろう。
「まあそういう訳で、主となるのはやはり、陛下とヒトラー総統との会談だろう。イタリアについては場所を貸してくれる代わりに顔を立ててやるに過ぎない……と言うのは、くれぐれも内密にしておいてくれ」
「分かった。でも、陛下はヒトラーをあまり良くお思いになっていないと思うけど、そこのとこはどうなの?」
「確かにその通りなんだが、それも今や昔の話だし、陛下は日本の国益を第一にお考えになっておられる」
「それなら、いいんだけど……。あ、そうだ、一番大事なことを聞いてなかったわ。私は今からどこに行けばいいの?」
「言ってなかったか? 目的地はイタリア領東アフリカ、つまりエチオピアだ」
「イタリアが場所を貸すってそういうことね」
「こういう時はイタリアが一番頼りになるからね」
イタリアはドイツと付かず離れずの距離感を保っているし信用が置ける。日本とドイツが会合するなら最もよい仲介役なのである。
「では、アフリカまでの船旅は任せたよ」
「ええ。限界まで揺れを少なくしてみせるわ」
「それなりには急いでくれ」
エチオピアまでおよそ2週間の長旅である。しかし普段は気にしない船体の揺れを極限まで抑えることに集中していたから、瑞鶴は艦載機の一機も動かしていないのに3日ほどで酷く疲れてしまった。
「瑞鶴、顔色が悪いが大丈夫か?」
艦橋に上がってきた下村大将が問い掛ける。
「あんたに心配されるほど落ちぶれてはないわよ。操艦の邪魔だからあっち行ってて」
「陛下のお乗りになっている船なんだ。こんな体調の悪そうな操舵手に任せてはおけないな」
「…………」
そう言われると反論できない瑞鶴であった。
「まあまあ、そう気張らないでくれ。陛下も揺れがなさすぎて船らしくないからつまらないと仰せだ」
「えっ……そ、そう……」
褒められつつも心配される御言葉。瑞鶴は自分を気に掛けてくれることが嬉しかった。
「だから、もう少し普通にしてくれていいんだ」
「……分かった」
瑞鶴は普通に艦を進めることにした。艦は動揺を始めるが、疲れることは全くない。
「これでいつも通りかい?」
「ええ。何も考えずに進んでる状態よ」
「普通の客船と同じくらいのものじゃないか。十分に快適だよ」
「ま、まあね。正規空母なんだから当然よ!」
「じゃあ、その調子で頼む」
「ええ。陛下から何かご要望があったらいつでも伝えてよね」
「分かっている」
瑞鶴は普段なら寝たり本でも読んだりしながら片手間で操艦するのだが、流石にそこまでの手抜きはできず、それなりに集中して艦を進めた。
横須賀を出て一週間でスリランカのコロンボに到着して補給を受けると、更に一週間でエチオピアのアッサブに到着した。
「て言うか、陛下がここにおられるのって、もしかして内閣の連中にも秘密にしてるの?」
瑞鶴は下村大将に尋ねた。
「外務大臣にだけは伝えてある。流石に外交に関わることだからね。だが、それ以外の面々には、内閣総理大臣にすら秘密だ」
「随分と思い切ったことを考えるわねえ」
「この作戦は、我が国の内閣を驚かせることも目的に入っているのでね」
帝国政府は客観的に見て、キューバ戦争の勝利に全力で取り組んでいるとは言い難い。その背中を押すのも内大臣府の目的らしい。
「一番後ろから蹴るべきなのは外務大臣だと思うけど?」
「流石にそれは不可能だと判断されたよ」
「中途半端ねえ」
「まあ、その通りだね」
「あっそう。で、結局陛下は誰と会談されるつもりなの? ゲッベルス大統領とか言ったら釣り合いが取れなさ過ぎると思うけど」
「そこまで分かっているのなら、答えが分かっているようなものじゃないか」
「ヒトラーってこと?」
大統領というのは一般的に国家元首なのだが、ドイツにおいては総統が国家元首で大統領は政府首班に過ぎないと見なされている。また国際的にもそういう序列で扱われている。
「その通りだ。実のところ、これはドイツ側から内々に提案してきたことでもあるんだ」
「そうなの」
ヒトラー総統はツェッペリンに、キューバ戦争を何とかする秘策があると言った。どうやらこれがその作戦のようだ。わざわざヨーロッパまで行ったのが無駄ではなかったと知って、瑞鶴は安堵した。
「一先ずは陛下にヒトラー総統と会談して頂く。その後はイタリア国王陛下にも参加してもらう予定だ」
「イタリア国王? ムッソリーニじゃないの?」
「国家元首同士で会談するという段取りになっているからな。まあ、締まりがないというのは分かるんだが」
イタリアの国家元首はヴィットーリオ・エマヌエーレ3世であり、ムッソリーニ総統はあくまで政府首班である。しかし、かつて連合国に擦り寄ったイタリア国王の冠はすっかり形式だけのものとなっているし、権威もかなり失墜しているし、彼の顔を知らない者も多いだろう。
「まあそういう訳で、主となるのはやはり、陛下とヒトラー総統との会談だろう。イタリアについては場所を貸してくれる代わりに顔を立ててやるに過ぎない……と言うのは、くれぐれも内密にしておいてくれ」
「分かった。でも、陛下はヒトラーをあまり良くお思いになっていないと思うけど、そこのとこはどうなの?」
「確かにその通りなんだが、それも今や昔の話だし、陛下は日本の国益を第一にお考えになっておられる」
「それなら、いいんだけど……。あ、そうだ、一番大事なことを聞いてなかったわ。私は今からどこに行けばいいの?」
「言ってなかったか? 目的地はイタリア領東アフリカ、つまりエチオピアだ」
「イタリアが場所を貸すってそういうことね」
「こういう時はイタリアが一番頼りになるからね」
イタリアはドイツと付かず離れずの距離感を保っているし信用が置ける。日本とドイツが会合するなら最もよい仲介役なのである。
「では、アフリカまでの船旅は任せたよ」
「ええ。限界まで揺れを少なくしてみせるわ」
「それなりには急いでくれ」
エチオピアまでおよそ2週間の長旅である。しかし普段は気にしない船体の揺れを極限まで抑えることに集中していたから、瑞鶴は艦載機の一機も動かしていないのに3日ほどで酷く疲れてしまった。
「瑞鶴、顔色が悪いが大丈夫か?」
艦橋に上がってきた下村大将が問い掛ける。
「あんたに心配されるほど落ちぶれてはないわよ。操艦の邪魔だからあっち行ってて」
「陛下のお乗りになっている船なんだ。こんな体調の悪そうな操舵手に任せてはおけないな」
「…………」
そう言われると反論できない瑞鶴であった。
「まあまあ、そう気張らないでくれ。陛下も揺れがなさすぎて船らしくないからつまらないと仰せだ」
「えっ……そ、そう……」
褒められつつも心配される御言葉。瑞鶴は自分を気に掛けてくれることが嬉しかった。
「だから、もう少し普通にしてくれていいんだ」
「……分かった」
瑞鶴は普通に艦を進めることにした。艦は動揺を始めるが、疲れることは全くない。
「これでいつも通りかい?」
「ええ。何も考えずに進んでる状態よ」
「普通の客船と同じくらいのものじゃないか。十分に快適だよ」
「ま、まあね。正規空母なんだから当然よ!」
「じゃあ、その調子で頼む」
「ええ。陛下から何かご要望があったらいつでも伝えてよね」
「分かっている」
瑞鶴は普段なら寝たり本でも読んだりしながら片手間で操艦するのだが、流石にそこまでの手抜きはできず、それなりに集中して艦を進めた。
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