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第十七章 大西洋海戦

妙高の悲嘆

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 戦闘は終息し、月虹の勝利に終わった訳だが、月虹の空気は酷く暗く澱んでいた。直接顔を合わせなくても空気というのは伝染していくものである。

『あ、あの、妙高……』

 高雄は気まずそうにオドオドと呼び掛けた。

「高雄……」
『妙高……。その、何と言ったらいいか……』

 誰も殺さないことを第一に行動してきた妙高が気を落としているのは、言うまでもない。しかも沈没の直接の原因は自分が放った魚雷かもしれないのだ。妙高はすっかり意気消沈して、ロクな受け答えができないでいた。

 と、その時であった。瑞鶴が空気を読まず全艦に通達してきた。

『これから作戦会議するから、全員私に集まって。早くしてね』

 と、特に急ぎの用もないだろうに、急かすように言ってきた。月虹全艦は言われた通りに瑞鶴に集まった。

 全体的に重い空気が漂っているが、妙高はやはり上の空と言った様子。高雄もそれに釣られて暗い顔を浮かべているし、意外なことにツェッペリンも小言の一つも言えないほど気落ちしていた。瑞鶴と愛宕は少なくとも表面上は平然としている。

 全員が集まって無駄に豪華なソファに座ったのを見て、瑞鶴が早速話し出した。

「作戦会議ってのは嘘で、ここに皆を集めたのは、主に気持ちを整理してもらいたいからなんだけど、かと言って私も何言えばいいか分かんないのよね……」
「あ、あの、瑞鶴さん、それなら今は暫く時間を開けた方がよろしいのでは……」

 高雄はまだその話をするのは早いだろうと意見する。

「まあ、そう思わなくもないんだけど、そんな悲しんでる時間もないし、とっとと話をつけた方がいいと思うわ」
「は、はぁ」
「という訳で、まず妙高」
「はい……」
「あんたが船魄を殺したくないってのは知ってるんだけど、殺さないで済ませるってのは圧倒的な強者しかできないことよ。自分の安全も確保できない状況でそんなこと、高望みだわ」
「ちょっと、瑞鶴さん、それはあまりにも……!」

 高雄は瑞鶴を止めようとするが、瑞鶴にその気はなかった。それどころか瑞鶴に意外な人物が味方した。

「お姉ちゃん、これは瑞鶴の言う通りよ。相手を心配してお姉ちゃんに危害が及んだら、私は絶対妙高を許さないわ」
「愛宕も何てことを――」

 高雄は妙高を庇おうとするが、それを止めたのは当の妙高であった。

「いいよ、高雄。仕方ないことだって、分かってるから」
「それは、そうですが……」
「本人がそう言ってるんだからもういいじゃない。過ぎたことをそんなに悔やんでいても時間の無駄だわ」
「それにしても言い方というものが……」
「ちょっとそこ、暗い方向に行き過ぎよ。まあ私が集めたのが悪いかもしれないけど」

 瑞鶴が無理やり話の流れを切った。

「つまり私が言いたいのは、悲しんでも構わないけど、前を見なさいってことよ。この先でも人を殺さずに済むような方法を考えなさい。以上、解散!」

 瑞鶴は勝手に会議を初めて勝手に終わらせてしまった。妙高と高雄はトボトボと自らの艦に戻り、愛宕は妙高にベッタリの高雄を不満そうに見つめていた。そして残されたのは瑞鶴とツェッペリンである。

 重巡達が去った後、ツェッペリンは瑞鶴に恨めしそうに言う。

「瑞鶴……我のことには一言も触れなかったな、貴様」
「え? あんたが人の死くらいで悲しむの?」
「あ、当たり前だろうが! シャルンホルストは、まあ、それなりに話したことのある相手だからな……。もう二度と話せないと知ると、悲しい」

 ツェッペリンはボソボソと本音を吐露した。が、瑞鶴は真面目に聞く気もなさそうである。

「あ、そう。可愛いところあるじゃない」
「き、貴様! 妙高と対応が違い過ぎるだろ!」
「だって、私達は何十万って人間をこの手で殺してきたじゃない。今更一人殺したところで何よ」
「知り合いが死ぬのは、話が違うだろうが……」
「まあねえ。つまりあなたは、シャルンホルストを殺したことよりもシャルンホルストに会えなくなることに悲しんでるってことでいいかしら?」
「ま、まあ、そうなるな」

 瑞鶴もツェッペリンも、数え切れないほどの敵を殺してきた。大半はその姿形を見るまでもなく沈めたが、死んでいくところを直接見た者もまた数え切れない。人を殺すことそのものには慣れきってしまい、それ自体に罪悪感など覚えようがないのだ。

「それならよかった。一時は落ち込んでも、そのうち治るでしょ」
「お前なあ……」
「本質的にそんな深刻じゃないってことよ。でも、妙高は人を殺したことそのものを悔やんでる。あなたより遥かに深刻かもね」
「うむ……。我も何かしてやりたいところなのだが……」
「あんたが行っても悪化するだけよ」
「そうだな……」
「え? あ、そう」

 瑞鶴はツェッペリンの余りにも素直な反応に目を丸くした。

「何だ?」
「いや、何でもないわ。残念だけど私達は妙高にあんまり心を開いてもらってないから、高雄に任せた方がいいでしょうね」
「お、お前よりは我の方が、まだ心を開いてもらっている……筈だ」
「何を根拠に?」
「ま、まあ、先日は二人っきりで小旅行を楽しんだからな!」

 ツェッペリンは酒に酔っているかのように無駄に叫んだ。

「あのねえ、旅行ってのは置いといて……それで、高雄より信頼されたって言える?」
「そ、それは……言えない」
「そういうことよ。諦めて」
「はぁ。分かった」

 船魄としては最年長に属する二人だが、人の心の機微はよく分からないのであった。
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