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第十七章 大西洋海戦

歯切れの悪い結末

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「シャルンホルストが沈んだ、でありますか……。悲しいことであります」

 グナイゼナウから報告を受けたビスマルクは、それ以上の反応を示さなかった。艦隊旗艦として、そんなことに一々動揺してはいられないのだ。

『その、どうしますか、ビスマルク?』
「本艦はこれをOKWに報告するのであります。貴艦らは後退し、機動部隊本隊と合流してください」
『分かりました……』

 そういう訳でビスマルクは早速、ドイツ本国に電話を掛けた。危急の要件ということでゲッベルス大統領に直接の通信である。

『――何だって!? も、もう一度言ってくれ』
「シャルンホルストは本日15時19分、多数の雷撃を受け転覆し、轟沈しました」
『何てことだ……。戦艦が失われるとは……』

 無線機越しでもゲッベルス大統領が意気消沈としている様子が伝わって来た。

「はい、大統領閣下。そして閣下には、まだ日本軍と交戦するか、それとも引き下がるか、選んでいただかなければなりません。これは国家の威信に関わる選択ですから、閣下に選んでもらわなければならないのであります」
『そ、そうだな……。だが少しだけ待ってくれ。海軍と相談する』
「はい。可能な限りお早い返答を期待するのであります」
『あ、ああ、分かった』

 そういう訳でゲッベルス大統領はデーニッツ国家元帥らに諮問することにした。時間がないのでOKWの総意は問わず、大統領と海軍だけで決めるらしい。

 ○

「デーニッツ国家元帥、正直なところどう思う?」

 大統領は早速、国家元帥に意見を求めた。

「純軍事的な話をするのであれば、日本艦隊はこれで魚雷をほとんど使い切り、もう一度戦艦に打撃を与える能力は有していないものと推測されます。故に、この期を逃さず攻勢に出るべきかと」
「本当に日本艦隊の魚雷が尽きたと、断言できるのか?」
「駆逐艦や重巡洋艦の積載能力からして間違いはないと、私は確信しています」
「だがなあ……。こんな非正規戦でシャルンホルストを失っただけで、我が国の国威はガタ落ちなんだ。ここで万が一にもグナイゼナウを失う訳にはいかない」
「お言葉ですが、シャルンホルストの犠牲に見合う戦果を得ようとは思いませんか?」
「うーむ……。そう言われると迷うところだが、いや、これ以上一隻たりとも艦艇を失う訳にはいかない。撤退だ」
「……本当によろしいのですね?」

 デーニッツ国家元帥はやや不満そうに。

「ああ。ビスマルクにそう伝えてくれ。作戦は中止だ」

 という訳で、ビスマルクに撤退が命じられた。

 ○

「はっ。承知しました。今すぐ引き上げるのであります」
『姉さん、どうだったんだ?』
「大統領より撤退の命令であります。ティルピッツ、各艦に撤退を伝えてください」
『分かった』
「それと、皆も落ち込んでいるでありましょうから、今夜は明るく晩餐会とするのであります」
『姉さん……』

 ティルピッツは呆れたと言うように溜息を吐く。

「何か変なことを言ったでありますか?」
『普通は仲間が死んだ日に晩餐会なんてできないだろ』
「そうでありますか? 仲間の死を永遠に悼み続けなければいけない訳ではないでしょう。それよりも士気を上げることが旗艦の務めでありませんか?」
『永遠に云々の話は同意するが、当日くらいは悼んでおけ。まったく、姉さんは頭の中が政治家すぎるんだ。ビスマルクなんて名前をもらったからか……』
「そうでありますか……。ティルピッツがそう言うなら、今晩は一人でステーキにするのであります。いや、ティルピッツも来たければ歓迎するのでありますよ」
『そういうところだぞ……。まあ私は行くがな。ローンは来るか?』
『お邪魔でなければ、行かせてもらいます』

 大洋艦隊は撤退を決定した。大洋艦隊でビスマルクの決定に異を唱える者はなかったが、それに納得する気がない者が他にいた。エンタープライズである。エンタープライズは話を聞くとビスマルクに通信を掛けてきた。

『ビスマルクさん、何を考えているんですか? せっかく瑞鶴を手に入れるチャンスなのに』

 エンタープライズは冷ややかな声で言う。

「政府の判断であります。本艦にそれを覆す権限はないのであります」
『そうですか。だったらゲッベルス大統領と話させてください』
「いくら何でもそれは無理でありますよ。本艦達は撤退しますが、貴艦は戦闘を実行すればよろしいのでは?」
『ふざけてるんですか?』
「いいえ。別に本艦に貴艦に対する命令権はありませんから、好きにすればよろしいと申し上げているだけであります」
『この……。でしたら私がお仲間を殺してあげましょうか?』
「できるものなら、してみるのであります。貴艦には不可能でしょうが」

 エンタープライズにはお目付け役のマッカーサー元帥が乗っている。ドイツと直接交戦するなど絶対に不可能だ。

 ――もっとも、先の潜水艦の攻撃、あれは明らかにアメリカでしょうが。

 とは思いつつ、ビスマルクは余計なことは言わないことにした。

『クソッ……。ええ、その通り、あなたの言う通りですよ、ビスマルク。ナチ共なんて信用するものではありませんね』
「このような事態を招いたのは本艦の責任であります。それについてはお詫びします。では、いずれまたお会いしましょう」
『ふふ。あなたとは二度と会いたくありません』

 エンタープライズに自由はないのである。大人しく退く以外の選択肢はなかった。不満を山のように積もらせながら、彼女は本国に帰って行った。

 ○

 一方その頃。撤退の命令には従いつつも、大洋艦隊第二隊群の船魄達は不満を募らせていた。

「クソッ。私はまだ攻撃できるというのに……」

 ペーター・シュトラッサーは呟く。シュトラッサーは結局、この戦いで一度も艦載機を出さぬままに終わってしまった。

「だが……もしもツェッペリンを失ったら……。グナイゼナウはシャルンホルストの報復をしたがってるのか……」

 シュトラッサーの頭の中を色々な考えが駆け回る。通信の呼び掛けにも気付かないほど想像の世界に没頭してしまっていた。
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