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第十七章 大西洋海戦
膠着状態
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ゲッベルス大統領からの命を受けたビスマルクは戦闘の継続を各艦に命令した。ドイツ艦隊に全く撤退する気配がないことに、瑞鶴は自分の作戦が失敗したことを察しつつあった。
「ダメだったか……」
と思った矢先、瑞鶴の周囲に落着する砲弾があった。グラーフ・ローンのロケット砲弾である。この距離で命中など期待するものではないが、巨大な水飛沫は瑞鶴の艦橋の高さを優に超えており、直撃したらまず助からないだろう。
「クソッ。グラーフ・ローンは健在なりっていう挑発?」
『ドイツ艦隊はまだまだ交戦を続けるつもりのようですね』
鳳翔は当然のことのように言う。
「そうね。どうすればいいと思う?」
『依然として私達の目標は、ドイツに政治的に受け入れられない損害を与えて撤退に追い込むことです』
「ええ。グラーフ・ローンを攻撃してダメなら、本当に誰かを沈めるしかない、か」
『必ずしも沈める必要はないかと。グラーフ・ローンは恐らく、沈むことはないと判断されたと考えられます。であれば、誰かを沈める直前まで損傷させればいいのです』
「なるほどね。その方針で行くわ」
やはり軍艦が沈むかもしれないと思わせるのは重要だ。財政的には修理と新造とでかかる費用が桁違いであるし、宣伝的には損傷したと撃沈されたとでは印象がまるで違う。特に元宣伝大臣のゲッベルス大統領であれば、軍艦が撃沈されることの意味はよく分かっている筈だ。
「でも、もう攻撃機はロクに残ってないし、さっきと同じことをもう一度やるのは不可能ね……」
『そうですね。私はまだ少し予備機がありますが、あの防御を掻い潜るのは不可能です』
「分かった。はぁ。どうしたもんか……」
瑞鶴が困り果てていると、意見を具申してきたのは妙高であった。
『あ、あの、瑞鶴さん』
「何?」
『攻撃機を使い果たしたのはドイツも同じです。ですから、ドイツ軍はそのうち、戦艦を出してくるのでは?』
「砲撃戦で相手を大破させるってこと?」
『は、はい。それしかないかと……』
「まあ、それもそうね。ドイツは私を欲しがってるんだから、必ず仕掛けてくる。それまで待ってればいいわね。作戦は決まったわ」
『よ、よかったです』
「もちろん、あなたも戦うのよ。分かってるわね?」
『もちろんです!』
ドイツが攻め手である以上、ドイツから先に動かざるを得ない。日本艦隊はドイツが動き出すのを悠々と待ち構えていればいいのだ。そうしておよそ1時間、ビスマルクも同じ結論に達したようである。が、瑞鶴が予想していたより本腰を入れてきた。
『観測。敵艦隊は打って出た。空母の護衛は重巡2隻と駆逐艦3隻のみ』
信濃が報告する。
「え、つまりグラーフ・ローンも出てきたってこと?」
『然り』
「空母を裸にしとくなんて正気じゃないと思うんだけど……。まあいい。もっと詳しく」
『敵は艦隊を二手に分けている。グラーフ・ローン、ビスマルク、ティルピッツの主力艦隊と、それ以外』
「なるほど。よくある戦術だけど、キツいわね……。長門と陸奥にグラーフ・ローンの相手をしてもらわないと」
『いくら長門でも51cm砲に撃たれれば重大な損傷を被ること避けられず。我は反対する』
「そう言われてもねえ。他の艦は撃たれたらもっとヤバい訳だし」
『信濃、心配してくれるのは嬉しいが私は大丈夫だ。瑞鶴、作戦を実行しろ』
『えー、ちょっと、私を勝手に巻き込まないでよ』
普通に轟沈の危険がある作戦に、陸奥が抗議する。
『お前が来てくれないと困る。流石に私だけではどうにもならん』
『そう言われても、命の危険があるのはちょっとねえ』
『軍艦が何を言っているのだ』
『じゃあ上手くいったらご褒美をちょうだい』
『……何だ?』
『一日中あなたを好きにする権利ってことで手を打ちましょう?』
『なッ……』
「はいはい、そういうのは他所でやって。戦艦の方は任せたわ。よろしく」
ビスマルク級の相手なら長門型でも十分可能だが、グラーフ・ローンの相手は無茶としか言いようがない。それでも長門と陸奥は仕事を引き受けてくれた。対潜警戒に天津風・綾波・秋月を引き連れて、主力部隊の完成である。
「それはいいとして……反対側もなかなか問題よね……」
もう一方の艦隊も、戦艦シャルンホルストとグナイゼナウを中心とする立派な部隊である。
『え、もしかしてボクにシャルンホルストの相手をしろって?』
瑞鶴が言葉を発する前に、瑞牆は抗議した。
「ええ、その通りよ。それしかないじゃない」
『えー、相手は6門だけとは言え38cm砲を持ってるんだよ? それが2隻だし』
「あなたは囮になってくれればいいの。攻撃は重巡にやってもらうから」
『38cm砲に撃たれろって?』
「まあ、多少はね」
と言うと、瑞牆は通信機越しでもよく聞こえる溜息を吐いた。
『……分かったよ。君達に沈まれると困るしね』
「そうなの?」
『ああ、君には言ってなかったか。いや気にしなくていいよ』
「あっそう。まあそういう訳で、囮はよろしく」
『了解。安心して任せてね』
こちらは大型巡洋艦瑞牆、重巡洋艦妙高・高雄・愛宕に護衛の駆逐艦雪風・峯風・涼月を引き連れて、遊撃部隊の完成である。
「ダメだったか……」
と思った矢先、瑞鶴の周囲に落着する砲弾があった。グラーフ・ローンのロケット砲弾である。この距離で命中など期待するものではないが、巨大な水飛沫は瑞鶴の艦橋の高さを優に超えており、直撃したらまず助からないだろう。
「クソッ。グラーフ・ローンは健在なりっていう挑発?」
『ドイツ艦隊はまだまだ交戦を続けるつもりのようですね』
鳳翔は当然のことのように言う。
「そうね。どうすればいいと思う?」
『依然として私達の目標は、ドイツに政治的に受け入れられない損害を与えて撤退に追い込むことです』
「ええ。グラーフ・ローンを攻撃してダメなら、本当に誰かを沈めるしかない、か」
『必ずしも沈める必要はないかと。グラーフ・ローンは恐らく、沈むことはないと判断されたと考えられます。であれば、誰かを沈める直前まで損傷させればいいのです』
「なるほどね。その方針で行くわ」
やはり軍艦が沈むかもしれないと思わせるのは重要だ。財政的には修理と新造とでかかる費用が桁違いであるし、宣伝的には損傷したと撃沈されたとでは印象がまるで違う。特に元宣伝大臣のゲッベルス大統領であれば、軍艦が撃沈されることの意味はよく分かっている筈だ。
「でも、もう攻撃機はロクに残ってないし、さっきと同じことをもう一度やるのは不可能ね……」
『そうですね。私はまだ少し予備機がありますが、あの防御を掻い潜るのは不可能です』
「分かった。はぁ。どうしたもんか……」
瑞鶴が困り果てていると、意見を具申してきたのは妙高であった。
『あ、あの、瑞鶴さん』
「何?」
『攻撃機を使い果たしたのはドイツも同じです。ですから、ドイツ軍はそのうち、戦艦を出してくるのでは?』
「砲撃戦で相手を大破させるってこと?」
『は、はい。それしかないかと……』
「まあ、それもそうね。ドイツは私を欲しがってるんだから、必ず仕掛けてくる。それまで待ってればいいわね。作戦は決まったわ」
『よ、よかったです』
「もちろん、あなたも戦うのよ。分かってるわね?」
『もちろんです!』
ドイツが攻め手である以上、ドイツから先に動かざるを得ない。日本艦隊はドイツが動き出すのを悠々と待ち構えていればいいのだ。そうしておよそ1時間、ビスマルクも同じ結論に達したようである。が、瑞鶴が予想していたより本腰を入れてきた。
『観測。敵艦隊は打って出た。空母の護衛は重巡2隻と駆逐艦3隻のみ』
信濃が報告する。
「え、つまりグラーフ・ローンも出てきたってこと?」
『然り』
「空母を裸にしとくなんて正気じゃないと思うんだけど……。まあいい。もっと詳しく」
『敵は艦隊を二手に分けている。グラーフ・ローン、ビスマルク、ティルピッツの主力艦隊と、それ以外』
「なるほど。よくある戦術だけど、キツいわね……。長門と陸奥にグラーフ・ローンの相手をしてもらわないと」
『いくら長門でも51cm砲に撃たれれば重大な損傷を被ること避けられず。我は反対する』
「そう言われてもねえ。他の艦は撃たれたらもっとヤバい訳だし」
『信濃、心配してくれるのは嬉しいが私は大丈夫だ。瑞鶴、作戦を実行しろ』
『えー、ちょっと、私を勝手に巻き込まないでよ』
普通に轟沈の危険がある作戦に、陸奥が抗議する。
『お前が来てくれないと困る。流石に私だけではどうにもならん』
『そう言われても、命の危険があるのはちょっとねえ』
『軍艦が何を言っているのだ』
『じゃあ上手くいったらご褒美をちょうだい』
『……何だ?』
『一日中あなたを好きにする権利ってことで手を打ちましょう?』
『なッ……』
「はいはい、そういうのは他所でやって。戦艦の方は任せたわ。よろしく」
ビスマルク級の相手なら長門型でも十分可能だが、グラーフ・ローンの相手は無茶としか言いようがない。それでも長門と陸奥は仕事を引き受けてくれた。対潜警戒に天津風・綾波・秋月を引き連れて、主力部隊の完成である。
「それはいいとして……反対側もなかなか問題よね……」
もう一方の艦隊も、戦艦シャルンホルストとグナイゼナウを中心とする立派な部隊である。
『え、もしかしてボクにシャルンホルストの相手をしろって?』
瑞鶴が言葉を発する前に、瑞牆は抗議した。
「ええ、その通りよ。それしかないじゃない」
『えー、相手は6門だけとは言え38cm砲を持ってるんだよ? それが2隻だし』
「あなたは囮になってくれればいいの。攻撃は重巡にやってもらうから」
『38cm砲に撃たれろって?』
「まあ、多少はね」
と言うと、瑞牆は通信機越しでもよく聞こえる溜息を吐いた。
『……分かったよ。君達に沈まれると困るしね』
「そうなの?」
『ああ、君には言ってなかったか。いや気にしなくていいよ』
「あっそう。まあそういう訳で、囮はよろしく」
『了解。安心して任せてね』
こちらは大型巡洋艦瑞牆、重巡洋艦妙高・高雄・愛宕に護衛の駆逐艦雪風・峯風・涼月を引き連れて、遊撃部隊の完成である。
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