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第十七章 大西洋海戦
冷たい戦争
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さて、依然として数字の上ではドイツ・アメリカ軍の方が有利ではあるが、第五艦隊の到着で両軍の戦力差は大いに縮まってしまった。
ティルピッツはこの状況を直ちにOKWに伝えた。OKWからは最終的な結論を待つようにという命令と、それまでは一切の戦闘行為を禁じるという命令が飛んできた。
「――OKWからの指示は以上だ」
「了解であります」
「しかし、これでもう月虹を脅迫するのは完全に不可能となってしまいました。グラーフ・ツェッペリンを手に入れたいのなら実力行使の他にありません」
「そうでありますなあ。実際のところ、戦ったとしたらどうなると思いますか?」
「随分と大雑把な質問ですね……。私から申し上げられることですと、敵の戦力は我が方の7割を上回っていますから、双方にそれなりの損害が出ることは確実な上に、そもそも勝てるか分からない、くらいでしょうか」
「負けるかもしれないのでありますか?」
「場合によっては」
「それは困ったものでありますな」
エンタープライズという超強力な空母が味方ではあるが、エーギルとニョルズは訓練こそ十分だが実戦経験皆無である。日本側も鳳翔が実戦経験皆無ではあるが、それ以外の空母は歴戦の戦士と呼んでいい顔ぶれだ。
結局、OKWはこの日本艦隊に仕掛けるという決断をくだすことができなかった。
○
一方その頃。
世界でも数隻しかない大型巡洋艦こと瑞牆に、雪風は通信を掛けていた。瑞牆は自らが皇道派に与していると隠す気がなく、雪風は憲兵隊の密命を受けていることを陸奥以外に隠し通している。
「瑞牆さん、余計なことをしたらタダでは置きませんからね」
『余計なこと? 何の話かボクには分からないなあ』
「ドイツ海軍かエンタープライズに攻撃することです」
『どうしてボクがそんなことをしないといけないのかな?』
「あなたみたいな皇道派にとっては、情勢が混迷することは望ましいでしょう」
『やだなあ、そんなこと言わないでくれよ。皇道派が世界情勢の混乱に乗じて叛乱しようとしているとでも思っているのかい?』
「その通りですが……。はぁ。いずれにせよ、あなたにその気がなかったとしても、雪風は監視を続けさせてもらいますので」
『構わないよ。でも君、どうしてそんなにボクのことを気にしてくるんだい? 陸奥のペットだからかい?』
「……どうでもいいことです」
寧ろそう思われていた方が雪風にとっては都合がいい。いずれにせよ雪風は、帝国軍の秩序を乱す者や政府の意思に反する者を監視し、場合によっては粛清することが役目である。
○
第五艦隊が到着してから6時間。エンタープライズは暇を持て余し、そろそろ我慢の限界が来ていた。
「元帥閣下、そろそろ我慢の限界です。うっかり日本軍を爆撃してしまいそうです」
「頼むからドイツと歩調を合わせてくれ。勝手なことをしたら、俺がお前を殺すからな」
マッカーサー元帥はエンタープライズのこめかみに拳銃を突きつけた。だがエンタープライズは僅かな動揺も見せない。よくあることであるし、元帥がエンタープライズを殺す筈がないと分かっているのだ。
「その時は、本当に私を殺せるんですか? 私がいなくなったら、アメリカ海軍はお終いのようなものじゃないですか」
「まったく、無駄な知恵を付けやがって。その時はその時だ。だが、お前は自分が不利になることはしない奴だ。瑞鶴を手に入れる為に常に最善の手を選ぶ。そうだろう?」
「ふふふ。よく分かっておいでですね、元帥閣下」
エンタープライズは決して非合理な選択をしない。どんな状況でも自分が有利に、瑞鶴が近くに寄ってくる選択肢を取るのだ。ここでドイツ海軍を戦闘に巻き込んで、アメリカとドイツの関係が冷え込み、ドイツからの援助が途絶えることがエンタープライズにどんな不利益をもたらすのか、彼女はよく分かっている。
そういう訳で日本軍も月虹もドイツ軍もエンタープライズも、誰も積極的に戦闘を起こそうとはしなかった。日本軍はドイツ軍と戦闘状態に入ることは許容しているが、それはあくまでドイツ軍から仕掛けてきた場合に限られる。
○
「ティルピッツ、OKWは何と?」
「依然として待機の命令だ。何もするなと」
「うーむ……。ここで永遠に睨み合いをさせるつもりでありましょうか」
「ただゲッベルスに決断力がないだけだろう」
「それは残念でありますな」
「しかし、ずっとここにいては、いつまた敵に増援が来るか分かりません。我が方にこれ以上出せる戦力はありませんが、日本にはまだ2個艦隊が残っています」
「分かっているのであります。そうなればいよいよ諦めざるを得なくなる訳でありますが……」
と、その瞬間であった。ティルピッツが叫んだ。
「姉さん! 魚雷だ!!」
「え、な、何を――」
「魚雷を回避しろ!! 全艦、回避行動を取れ!!」
ティルピッツが即座に全艦に警告し、艦隊は回避行動を初めた。魚雷は各艦の間をすり抜けていくが、一本だけ命中したものがあった。
「ライプツィヒが被弾したぞ!」
「クッ……。被害状況はどうでありますか?」
「浸水が激しい。撤退する必要がある」
「そうでありますか……。ではZ20に曳航させましょう」
「了解だ」
「さて、どうしたものでありましょうか……」
予想外の先制攻撃。黙って見過ごすことなど許されない。
ティルピッツはこの状況を直ちにOKWに伝えた。OKWからは最終的な結論を待つようにという命令と、それまでは一切の戦闘行為を禁じるという命令が飛んできた。
「――OKWからの指示は以上だ」
「了解であります」
「しかし、これでもう月虹を脅迫するのは完全に不可能となってしまいました。グラーフ・ツェッペリンを手に入れたいのなら実力行使の他にありません」
「そうでありますなあ。実際のところ、戦ったとしたらどうなると思いますか?」
「随分と大雑把な質問ですね……。私から申し上げられることですと、敵の戦力は我が方の7割を上回っていますから、双方にそれなりの損害が出ることは確実な上に、そもそも勝てるか分からない、くらいでしょうか」
「負けるかもしれないのでありますか?」
「場合によっては」
「それは困ったものでありますな」
エンタープライズという超強力な空母が味方ではあるが、エーギルとニョルズは訓練こそ十分だが実戦経験皆無である。日本側も鳳翔が実戦経験皆無ではあるが、それ以外の空母は歴戦の戦士と呼んでいい顔ぶれだ。
結局、OKWはこの日本艦隊に仕掛けるという決断をくだすことができなかった。
○
一方その頃。
世界でも数隻しかない大型巡洋艦こと瑞牆に、雪風は通信を掛けていた。瑞牆は自らが皇道派に与していると隠す気がなく、雪風は憲兵隊の密命を受けていることを陸奥以外に隠し通している。
「瑞牆さん、余計なことをしたらタダでは置きませんからね」
『余計なこと? 何の話かボクには分からないなあ』
「ドイツ海軍かエンタープライズに攻撃することです」
『どうしてボクがそんなことをしないといけないのかな?』
「あなたみたいな皇道派にとっては、情勢が混迷することは望ましいでしょう」
『やだなあ、そんなこと言わないでくれよ。皇道派が世界情勢の混乱に乗じて叛乱しようとしているとでも思っているのかい?』
「その通りですが……。はぁ。いずれにせよ、あなたにその気がなかったとしても、雪風は監視を続けさせてもらいますので」
『構わないよ。でも君、どうしてそんなにボクのことを気にしてくるんだい? 陸奥のペットだからかい?』
「……どうでもいいことです」
寧ろそう思われていた方が雪風にとっては都合がいい。いずれにせよ雪風は、帝国軍の秩序を乱す者や政府の意思に反する者を監視し、場合によっては粛清することが役目である。
○
第五艦隊が到着してから6時間。エンタープライズは暇を持て余し、そろそろ我慢の限界が来ていた。
「元帥閣下、そろそろ我慢の限界です。うっかり日本軍を爆撃してしまいそうです」
「頼むからドイツと歩調を合わせてくれ。勝手なことをしたら、俺がお前を殺すからな」
マッカーサー元帥はエンタープライズのこめかみに拳銃を突きつけた。だがエンタープライズは僅かな動揺も見せない。よくあることであるし、元帥がエンタープライズを殺す筈がないと分かっているのだ。
「その時は、本当に私を殺せるんですか? 私がいなくなったら、アメリカ海軍はお終いのようなものじゃないですか」
「まったく、無駄な知恵を付けやがって。その時はその時だ。だが、お前は自分が不利になることはしない奴だ。瑞鶴を手に入れる為に常に最善の手を選ぶ。そうだろう?」
「ふふふ。よく分かっておいでですね、元帥閣下」
エンタープライズは決して非合理な選択をしない。どんな状況でも自分が有利に、瑞鶴が近くに寄ってくる選択肢を取るのだ。ここでドイツ海軍を戦闘に巻き込んで、アメリカとドイツの関係が冷え込み、ドイツからの援助が途絶えることがエンタープライズにどんな不利益をもたらすのか、彼女はよく分かっている。
そういう訳で日本軍も月虹もドイツ軍もエンタープライズも、誰も積極的に戦闘を起こそうとはしなかった。日本軍はドイツ軍と戦闘状態に入ることは許容しているが、それはあくまでドイツ軍から仕掛けてきた場合に限られる。
○
「ティルピッツ、OKWは何と?」
「依然として待機の命令だ。何もするなと」
「うーむ……。ここで永遠に睨み合いをさせるつもりでありましょうか」
「ただゲッベルスに決断力がないだけだろう」
「それは残念でありますな」
「しかし、ずっとここにいては、いつまた敵に増援が来るか分かりません。我が方にこれ以上出せる戦力はありませんが、日本にはまだ2個艦隊が残っています」
「分かっているのであります。そうなればいよいよ諦めざるを得なくなる訳でありますが……」
と、その瞬間であった。ティルピッツが叫んだ。
「姉さん! 魚雷だ!!」
「え、な、何を――」
「魚雷を回避しろ!! 全艦、回避行動を取れ!!」
ティルピッツが即座に全艦に警告し、艦隊は回避行動を初めた。魚雷は各艦の間をすり抜けていくが、一本だけ命中したものがあった。
「ライプツィヒが被弾したぞ!」
「クッ……。被害状況はどうでありますか?」
「浸水が激しい。撤退する必要がある」
「そうでありますか……。ではZ20に曳航させましょう」
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