上 下
320 / 341
第十七章 大西洋海戦

冷たい戦争

しおりを挟む
 さて、依然として数字の上ではドイツ・アメリカ軍の方が有利ではあるが、第五艦隊の到着で両軍の戦力差は大いに縮まってしまった。

 ティルピッツはこの状況を直ちにOKWに伝えた。OKWからは最終的な結論を待つようにという命令と、それまでは一切の戦闘行為を禁じるという命令が飛んできた。

「――OKWからの指示は以上だ」
「了解であります」
「しかし、これでもう月虹を脅迫するのは完全に不可能となってしまいました。グラーフ・ツェッペリンを手に入れたいのなら実力行使の他にありません」
「そうでありますなあ。実際のところ、戦ったとしたらどうなると思いますか?」
「随分と大雑把な質問ですね……。私から申し上げられることですと、敵の戦力は我が方の7割を上回っていますから、双方にそれなりの損害が出ることは確実な上に、そもそも勝てるか分からない、くらいでしょうか」
「負けるかもしれないのでありますか?」
「場合によっては」
「それは困ったものでありますな」

 エンタープライズという超強力な空母が味方ではあるが、エーギルとニョルズは訓練こそ十分だが実戦経験皆無である。日本側も鳳翔が実戦経験皆無ではあるが、それ以外の空母は歴戦の戦士と呼んでいい顔ぶれだ。

 結局、OKWはこの日本艦隊に仕掛けるという決断をくだすことができなかった。

 ○

 一方その頃。

 世界でも数隻しかない大型巡洋艦こと瑞牆に、雪風は通信を掛けていた。瑞牆は自らが皇道派に与していると隠す気がなく、雪風は憲兵隊の密命を受けていることを陸奥以外に隠し通している。

「瑞牆さん、余計なことをしたらタダでは置きませんからね」
『余計なこと? 何の話かボクには分からないなあ』
「ドイツ海軍かエンタープライズに攻撃することです」
『どうしてボクがそんなことをしないといけないのかな?』
「あなたみたいな皇道派にとっては、情勢が混迷することは望ましいでしょう」
『やだなあ、そんなこと言わないでくれよ。皇道派が世界情勢の混乱に乗じて叛乱しようとしているとでも思っているのかい?』
「その通りですが……。はぁ。いずれにせよ、あなたにその気がなかったとしても、雪風は監視を続けさせてもらいますので」
『構わないよ。でも君、どうしてそんなにボクのことを気にしてくるんだい? 陸奥のペットだからかい?』
「……どうでもいいことです」

 寧ろそう思われていた方が雪風にとっては都合がいい。いずれにせよ雪風は、帝国軍の秩序を乱す者や政府の意思に反する者を監視し、場合によっては粛清することが役目である。

 ○

 第五艦隊が到着してから6時間。エンタープライズは暇を持て余し、そろそろ我慢の限界が来ていた。

「元帥閣下、そろそろ我慢の限界です。うっかり日本軍を爆撃してしまいそうです」
「頼むからドイツと歩調を合わせてくれ。勝手なことをしたら、俺がお前を殺すからな」

 マッカーサー元帥はエンタープライズのこめかみに拳銃を突きつけた。だがエンタープライズは僅かな動揺も見せない。よくあることであるし、元帥がエンタープライズを殺す筈がないと分かっているのだ。

「その時は、本当に私を殺せるんですか? 私がいなくなったら、アメリカ海軍はお終いのようなものじゃないですか」
「まったく、無駄な知恵を付けやがって。その時はその時だ。だが、お前は自分が不利になることはしない奴だ。瑞鶴を手に入れる為に常に最善の手を選ぶ。そうだろう?」
「ふふふ。よく分かっておいでですね、元帥閣下」

 エンタープライズは決して非合理な選択をしない。どんな状況でも自分が有利に、瑞鶴が近くに寄ってくる選択肢を取るのだ。ここでドイツ海軍を戦闘に巻き込んで、アメリカとドイツの関係が冷え込み、ドイツからの援助が途絶えることがエンタープライズにどんな不利益をもたらすのか、彼女はよく分かっている。

 そういう訳で日本軍も月虹もドイツ軍もエンタープライズも、誰も積極的に戦闘を起こそうとはしなかった。日本軍はドイツ軍と戦闘状態に入ることは許容しているが、それはあくまでドイツ軍から仕掛けてきた場合に限られる。

 ○

「ティルピッツ、OKWは何と?」
「依然として待機の命令だ。何もするなと」
「うーむ……。ここで永遠に睨み合いをさせるつもりでありましょうか」
「ただゲッベルスに決断力がないだけだろう」
「それは残念でありますな」
「しかし、ずっとここにいては、いつまた敵に増援が来るか分かりません。我が方にこれ以上出せる戦力はありませんが、日本にはまだ2個艦隊が残っています」
「分かっているのであります。そうなればいよいよ諦めざるを得なくなる訳でありますが……」

 と、その瞬間であった。ティルピッツが叫んだ。

「姉さん! 魚雷だ!!」
「え、な、何を――」
「魚雷を回避しろ!! 全艦、回避行動を取れ!!」

 ティルピッツが即座に全艦に警告し、艦隊は回避行動を初めた。魚雷は各艦の間をすり抜けていくが、一本だけ命中したものがあった。

「ライプツィヒが被弾したぞ!」
「クッ……。被害状況はどうでありますか?」
「浸水が激しい。撤退する必要がある」
「そうでありますか……。ではZ20に曳航させましょう」
「了解だ」
「さて、どうしたものでありましょうか……」

 予想外の先制攻撃。黙って見過ごすことなど許されない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。 一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか? おすすめシチュエーション ・後輩に振り回される先輩 ・先輩が大好きな後輩 続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。 だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。 読んでやってくれると幸いです。 「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195 ※タイトル画像はAI生成です

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 風月学園女子寮。 私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…! R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。 おすすめする人 ・百合/GL/ガールズラブが好きな人 ・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人 ・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人 ※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。 ※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

Giftbiene【ギフトビーネ】

キャラ文芸
ドイツ、ベルリンはノイケルン区。 ケーニギンクローネ女学院に通うシシー・リーフェンシュタールは、才色兼備な全生徒の模範。 しかし、彼女にはもうひとつの裏の顔がある。 それは違法な「賭けチェス」に興じていること。 そして「リスクを負う」ことに生を感じること。 底の見えない彼女の欲望は、大金のみならず、自らの身体、そして命までも賭けの対象として、生を貪る。 その先に待ち受けるものは、喝采か、破滅か。 堕ちていく、ひとりの少女のカタストロフィ。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

処理中です...