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第十七章 大西洋海戦

作戦会議

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「ず、瑞鶴さん……どうします……?」

 妙高は死にそうな声で尋ねるが、瑞鶴は特に動揺している様子もない。しかし状況を笑い飛ばせるほどの余裕もなく、真剣な声で返事をする。

「まず、この状況はまだ私の想定内。焦る必要はないわ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。だって、大洋艦隊にはグラーフ・ローン級が2隻いるけど、1隻しか来てないでしょ」
「確かにその通りですが、流石にドイツ本国をガラ空きにする訳にはいかないからのでは?」

 高雄は言う。そう言われると、瑞鶴は言葉を詰まらせる。

「いやー、その、実はソ連にちょっと手助けしてくれるように頼んでたんだけど……効果があったのかは分からないわね」

 妙高とツェッペリンがドイツに行っている間、瑞鶴はこっそりとソ連のバルト海艦隊に根回しして、ドイツ海軍に圧力を掛けてもらっていたのである。果たしてそれが功を奏したのかは分からないが。

「は、はあ。しかし、理由は何であれ、51cm砲級戦艦が1隻減っているのは僥倖です」

 グラーフ・ローン級が一隻多いと少ないのでは、話がまるで違ってくる。ドイツが何を考えているのかは分からないが、仮にもう一隻まで襲ってきたら流石の瑞鶴でも降伏を選んでいただろう。

「まあそうね。結果が出てるんだしいいか」
「おい瑞鶴、何を勝ったような口ぶりをしておるのだ。戦力は依然として劣勢だぞ」
「あらそう? あんたにしては随分と弱気ね」
「相手はドイツ海軍であるからな。軟弱なアメリカ海軍とは格が違うというものであろう」
「はぁ。どうしてあんたが勝ち誇ってるのかしら」

 と、話が逸れたので、高雄が話の流れを作戦会議に戻した。

「――ごめん。話が逸れた。どうするかって話だけど、まあドイツが嫌がることをするしかないわね」
「ドイツが嫌がることって? どういうこと?」

 愛宕が尋ねる。

「まあ、私達のいつもの流儀よ。普通に戦って勝てる相手の方が少ないからね」
「つまり何?」
「軍艦ってのは基本的に、国家の威信に関わるものだからね。特に戦時でもないのに主力艦を沈められたら、どの国も威信がガタ落ちでしょう?」
「つまりは、最新鋭のグラーフ・ローン級を沈めるってこと?」
「多分、沈める必要もないでしょう。グラーフ・ローン級に傷が付くのも嫌がるでしょうね」
「なるほどね」

 未だ実戦経験がないからではあるが、グラーフ・ローン級戦艦は今のところ傷の一つもついたことがない。月虹という根無し草に傷を付けられれば、ドイツ海軍とドイツ国の威信に大きな傷が付くことだろう。

「まあそういう訳で、向こうが仕掛けて来たら、グラーフ・ローン級に魚雷をぶち込むか爆弾を叩き込むことを目標にしましょう。いいわね?」
「こちらから仕掛けないのか?」
「あくまで向こうから仕掛けてきたことにしないと立場が悪くなるでしょうが。分かった?」

 皆が頷く。そもそもドイツ海軍の油槽船を最初に襲ったのは月虹ではあるが、全面戦争に至った訳ではない。ここでドイツ海軍に先に仕掛けさせれば、向こうが先に仕掛けて来たという言い訳も立たないことはない。

 そういう訳で、月虹は追跡してくるドイツ海軍を無視してカリブ海に向かうことにした。

 ○

 一方その頃。

 月虹を追跡する大洋艦隊第一隊群の旗艦は今でもビスマルクである。今となっては旧式戦艦の部類に入る彼女であるが、依然として艦隊旗艦を拝命している。ビスマルク、ティルピッツ、そしてグラーフ・ローンの重鎮3名はビスマルクの作戦室に集まり、作戦会議を開いていた。

「姉さん、第二隊群のシャルンホルストより入電した。予定通りバミューダ諸島東部に布陣を終えたとのことだ」

 ティルピッツはビスマルクに報告する。シャルンホルスト率いるカリブ海艦隊も今回の作戦に参加しており、つまり月虹を挟み撃ちにしようとしているのだ。陸地の近くにいるのは、瑞鶴とツェッペリンが全力で攻撃してきた場合ペーター・シュトラッサーがほぼ確実に押し負けるので、陸上の高射砲を頼る為である。

「了解であります。プリンツ・ハインリヒを除いた大洋艦隊のほぼ全艦を動員したのですから、負ける筈もないのであります」
「確かに我が方の戦力は優勢ですが、圧倒的とは言いきれませんよ」

 ビスマルクが自信満々に言うと、それを冷静に否定する少女があった。ドイツ最強の戦艦の船魄、グラーフ・ローンである。短い灰色の髪と赤い目をしたグラーフ・ローンは、多くの者が近寄り難く感じる生真面目な少女である。

「そうでありますか。では全力で戦うまでであります」
「そうしてください」
「おい、姉さん、続いて報告だ。シャルンホルストが発見された」
「我々の作戦が露見してしまったったのでありますか」
「どうせ元より奇襲効果などほとんどありません。大きな問題ではないかと」
「グラーフ・ローンがそう言うのなら、本艦も信じましょう」
「いや、ちょっと待て。それだったら向こうから先に仕掛けて来るんじゃないのか?」
「その心配はないのでありますよ、ティルピッツ。もしも月虹の側から戦端を開けば、日本やソ連は月虹に支援を続けられなくなるでしょう」
「分かった。姉さんを信じる」

 ビスマルクの読み通り、瑞鶴は挟み撃ちにされるのを待っていることしかできなかった。いや正確には、わざと速度を落とすという時間稼ぎをして来たが、大した意味はあるまい。

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