上 下
309 / 341
第十六章 第二次世界大戦(後日編)

イタリア亡命

しおりを挟む
 ムッソリーニはトリポリ港までわざわざ迎えに来ていた。まあ艦から離れろ言われたらツェッペリンも瑞鶴も拒否するのだが。ヴィットリオ・ヴェネトに連れられ、総統の待ち構える部屋の扉を開けると、元気な老人が暇そうに歩き回っていたが、彼女らを見つけた途端に威勢よく声を掛けてきた。

「君がグラーフ・ツェッペリンか! 君が瑞鶴か!」
「うむ。我こそはグラーフ・ツェッペリンである」
「瑞鶴よ。ムッソリーニね?」
「いかにも! イタリア首相のベニート・ムッソリーニだ! 君達を歓迎するぞ! さあさあ、まずは座ってくれたまえ」
「総統、そこまでなさらなくても……」

 ヴィットリオ・ヴェネトが困惑している横で、ムッソリーニは自ら椅子を引いてツェッペリンと瑞鶴を座らせた。そしてムッソリーニ本人もドンと向かいに座り、ヴィットリオ・ヴェネトはその傍に綺麗な姿勢で立っている。

「私がここに来たのは、君達の真意を確かめたいからだ。君達は本当に、イタリアに味方してくれるのかね?」
「お前達が我の整備を請け負うのであれば無論、それなりの対価は血によって払おう」
「私も同意見ね」
「それはよかった! 君達がいればイタリア海軍は世界最強! ドイツにだって対抗できるぞ!」

 ムッソリーニはこの返答だけで満足したらしい。

「しかし、ドイツとイタリアは仲が悪いのか? ゲッベルスの演説の件は知っているが、それだけでこうも露骨に対立するものか?」

 ツェッペリンは依然としてイタリアを完全に信用し切れてはいなかった。瑞鶴の特殊能力とやらもどこまで信じられるのか分からない。

「あの演説の意味は結構大きいのだぞ。何せ、イタリアはバチカンと盟友だからな。カトリックを馬鹿にされては黙ってられんのだ」

 ローマにバチカン市国という独立国を建国するのを許したのはムッソリーニであり、カトリックはイタリアの国教である。もっとも、ムッソリーニ自身はカトリックに良い感情を持ってはいないと噂されているが。

「それに、私はユダヤ人とか北方人種とか、そういう概念に興味はないから、元からドイツと仲は悪いのだよ。ツェッペリン、君なら言いたいことは分かるだろう?」
「うむ……」

 ツェッペリンは何とも言えない表情で唸ることしかできなかった。瑞鶴はおおよそムッソリーニの言いたいことは察したようであった。

 白人国家の例に漏れずイタリアにも人種差別はあるが、人種を理由に強制収容所に収監したり虐殺したりするようなことは決してない。イギリスやフランスなどより遥かに開明的な国家なのである。それ故に戦前は公然とドイツと対立していたし、戦時中は大同小異として結束したものの、両国の対立は再び表面化している。

「それに、ゲッベルスの小僧を私は気に入らんのだ」
「おお、それについては同意見だぞ」
「そうなのか? 気が合うじゃないか!」
「けど、本当に大丈夫なの? ドイツとは陸続きだし」

 瑞鶴は問う。島国の日本ならともかく、イタリアにおいて海軍は抑止力としてあまり機能しないのではないかと。

「確かに陸続きだが、我が国は非常に細長く、かつ海に囲まれている。空母の君達なら、どこにでも援護を行うことができるだろう?」
「そういうことね。まあそのくらいは余裕よ」

 細長いイタリア半島であるが、その幅は最大でも300kmほどしかない。どんな艦載機でも軽々と横断することができるだろう。

「そういう訳だ。君達には期待しているぞ! 困ったことがあったら何でも言ってくれたまえ!」

 ヒトラーより一回りは歳上だと言うのに衰える気配が全くないムッソリーニは、陽気にその場を去った。

 ○

 そうして暫くはイタリアに居座ることにしたツェッペリンと瑞鶴であったが、ドイツは結局空母の増強に舵を取り、二人がいてもなお圧倒的な優勢を維持できるとは言えなくなってきた。

 1952年になると、ドイツはペーター・シュトラッサーの他に新型のリヒトホーフェン級を2隻揃え、大和に匹敵するモルトケ級戦艦を整備し、一方でイタリアは戦前の艦艇を船魄化することしかできず、差は縮まるどころか追い抜かれてしまった。

「すまない、君達。どうやらこの辺りが潮時のようだ」

 ムッソリーニはわざわざ謝罪しに来た。

「構わぬ。我も十分に休めた。大儀である」
「そう思ってくれると私も嬉しいぞ。君達の次の亡命先は手配してある。引き続き、私に任せてくれたまえ」
「そ、そうなのか? 用意がいいな……」

 そうしてツェッペリンと瑞鶴は、イタリアの密かな援助の下、南米に亡命して身を潜めることとなったのである。

 ○

 時間は現在、妙高とツェッペリンの乗る夜行列車に戻る。

「――というのが、我がお前達と会うまでの話だ。どうだ? 面白かったか?」

 ツェッペリンは妙高に尋ねる。

「面白かった、という言葉は適切じゃない気がしますが、お聞きできてよかったです!」
「そ、そうか」
「でもツェッペリンさん、シュトラッサーさんの為にドイツを離れたんですね」
「ま、まあな……」

 それを言われると、ツェッペリンは恥ずかしそうに顔を赤くした。

「シュトラッサーさんにそう言えばいいのに」
「は、恥ずかしいだろ、そんなこと……。今更そんなことは言えん。お、お前も、勝手な事はするなよ!」
「大丈夫です。勝手に告げ口したりはしません!」
「そ、それでよい」
「でも、ちゃんと仲直りしてくださいよ?」
「まあ、いずれな。さあもう夜も更けたし、とっとと寝るぞ!」

 という訳で、ツェッペリンと妙高はパリに到着するまで眠りについた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。 一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか? おすすめシチュエーション ・後輩に振り回される先輩 ・先輩が大好きな後輩 続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。 だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。 読んでやってくれると幸いです。 「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195 ※タイトル画像はAI生成です

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 風月学園女子寮。 私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…! R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。 おすすめする人 ・百合/GL/ガールズラブが好きな人 ・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人 ・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人 ※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。 ※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

午後の紅茶にくちづけを

TomonorI
キャラ文芸
"…こんな気持ち、間違ってるって分かってる…。…それでもね、私…あなたの事が好きみたい" 政界の重鎮や大御所芸能人、世界をまたにかける大手企業など各界トップクラスの娘が通う超お嬢様学校──聖白百合女学院。 そこには選ばれた生徒しか入部すら認められない秘密の部活が存在する。 昼休みや放課後、お気に入りの紅茶とお菓子を持ち寄り選ばれし7人の少女がガールズトークに花を咲かせることを目的とする──午後の紅茶部。 いつも通りガールズトークの前に紅茶とお菓子の用意をしている時、一人の少女が突然あるゲームを持ちかける。 『今年中に、自分の好きな人に想いを伝えて結ばれること』 恋愛の"れ"の字も知らない花も恥じらう少女達は遊び半分でのっかるも、徐々に真剣に本気の恋愛に取り組んでいく。 女子高生7人(+男子7人)による百合小説、になる予定。 極力全年齢対象を目標に頑張っていきたいけど、もしかしたら…もしかしたら…。 紅茶も恋愛もストレートでなくても美味しいものよ。

処理中です...