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第十六章 第二次世界大戦(後日編)
奇妙な戦争
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一九四五年四月二十七日、ソ連、ロシアСФСР、モスクワ、クレムリン、赤軍最高総司令部。
「――そうか。イギリスが降伏したか」
スターリン書記長はその報告を冷静に受け取った。そして暫し黙り込んで、考え事をしているようであった。
「書記長閣下、最早これ以上戦争を続ける理由はないのではありませんか?」
ジューコフ元帥は『ドイツと和平交渉を行うべきではないか』と大胆な発言を行った。
「戦争を続ける理由ならある。ドイツを排除し、連邦の安全を確保することだ」
「申し上げにくいことですが、現在の戦略的状況では、ドイツ本土に攻め込むことは不可能です」
「それは陸軍の総意かね?」
「はい。純粋に陸上戦力を比較すれば、赤軍はドイツ軍などとは比べ物にならないほど強力です。しかし、その広大な側面はガラ空きで、これ以上戦線を広げることはできません」
バルト海の制海権を回復する見込みなど全くない。ドイツ軍は依然としてバルト海のどこからでも上陸作戦を行うことができ、赤軍はいつでも補給線を切断される虞を抱えているのだ。
「同志クズネツォフ、ソビエツキー・ソユーズはまだ完成しないのか?」
海軍人民委員クズネツォフ元帥に、スターリンはやや苛立った声で尋ねた。クズネツォフ元帥は震えながら答える。
「も、申し訳ありません、同志。まだ竣工するには、数ヶ月を要するものかと思われます」
「どこまで完成しているのだ?」
「進水はしておりますから、船としては完成しています。今は大砲などを装備している段階でして、主砲は全て取り付けていますが、副砲などはまだです」
「何だ、主砲は用意できているのか。ではすぐさま出撃して、グラーフ・ツェッペリンを沈めに行けばいいではないか」
「お、お言葉ですが同志、相手は空母です。対空砲なくしては、敵に一方的に攻撃されるしかありません!」
クズネツォフ元帥は危機を察して全力で訴えたが、スターリンは彼をからかうように微笑んだ。
「冗談だ。そんなことくらいは分かっているとも」
「そ、そうでしたか……」
「で、完成までどれくらい掛かるのだ? 最早一刻の猶予もない。可能な限り早く完成させるのだ」
「も、最も急いだ場合ですと……2ヶ月はいただきたいかと……」
「いつグラーフ・ツェッペリンが黒海に襲いかかって来るか分からないのだ。もっと早められないのか?」
「こ、これが限界でして……」
「では強制収容所の労働力を幾らでも使わせてやろう。それなら早められるか?」
「ま、まあ、多少は……」
「30日以内に実戦投入できるようにするのだ。分かったか?」
「わ、分かりました。必ずや」
山ほどいる政治犯やら捕虜やらを使って、ソビエツキー・ソユーズの工事は全速力で進められた。
○
一方その頃。ソ連軍が反撃の計画を立てていることも知らず、ドイツはまるで戦争に勝ったかのように賑わいを取り戻していた。イギリスが降伏したことで少なくとも無差別爆撃に晒されることはないが、実際の情勢とは掛け離れた姿だと言えるだろう。
ユニコーンとの戦いで大破したグラーフ・ツェッペリンは修理を受ける為にキール軍港に停泊しており、なるべく人目に触れないよう艦内に引き籠っていた。
「いい加減ソ連に反撃はしないのか?」
ツェッペリンはシュニーヴィント上級大将に尋ねた。
「私は海軍の人間だから陸軍のことはよく分からないが、まあ戦力が足りていないことは明らかだろうね。アメリカやイギリスからの支援が途絶えたとは言え、ソ連の工業力は我が国とほぼ同等だ。戦力差はなかなか埋まらないのだよ」
「膠着状態ということか」
ツェッペリンは忌々しげに言った。
「その通りだな。どちらも決め手を欠いている。軍事的にこの戦争を終わらせるのは難しいだろう」
「ではソ連と講和でもするのか?」
「ああ。これは内密にお願いしたいのだが、我が総統はそのつもりのようだ」
「そうか。まあ、そろそろ戦争にも飽きてきたし、それでよかろう」
「飽きてきたってなあ……」
イギリスが降伏してすぐ、ドイツのリッベントロップ外務大臣とソ連のモロトフ外務大臣は交渉を開始したが、交渉は一向に進展しなかった。これは交渉を遅滞させるようスターリンが命令したからに他ならなかった。
そんな訳で、ドイツとソ連は戦争状態であるのにほとんど戦闘行為が行われず、第二次大戦の初期と並び『奇妙な戦争』と呼ばれる状態が訪れた。
さて、ドイツ海軍は北海やバルト海の制海権を確保することに尽力し、地中海や黒海についてはほとんど放置していた。まさかソ連海軍が黒海から出てくるとは思っていなかったし、仮にそうしてきたとしても簡単に殲滅できると考えていたからである。
そうしてドイツが赤色海軍の残存艦艇を放置している間に、ソ連はソビエツキー・ソユーズを完成させたのである。ソ連とはいずれ和平に至るであろうと考えていた国防軍は、ソ連軍の反撃など夢にも思っていなかった。
「――そうか。イギリスが降伏したか」
スターリン書記長はその報告を冷静に受け取った。そして暫し黙り込んで、考え事をしているようであった。
「書記長閣下、最早これ以上戦争を続ける理由はないのではありませんか?」
ジューコフ元帥は『ドイツと和平交渉を行うべきではないか』と大胆な発言を行った。
「戦争を続ける理由ならある。ドイツを排除し、連邦の安全を確保することだ」
「申し上げにくいことですが、現在の戦略的状況では、ドイツ本土に攻め込むことは不可能です」
「それは陸軍の総意かね?」
「はい。純粋に陸上戦力を比較すれば、赤軍はドイツ軍などとは比べ物にならないほど強力です。しかし、その広大な側面はガラ空きで、これ以上戦線を広げることはできません」
バルト海の制海権を回復する見込みなど全くない。ドイツ軍は依然としてバルト海のどこからでも上陸作戦を行うことができ、赤軍はいつでも補給線を切断される虞を抱えているのだ。
「同志クズネツォフ、ソビエツキー・ソユーズはまだ完成しないのか?」
海軍人民委員クズネツォフ元帥に、スターリンはやや苛立った声で尋ねた。クズネツォフ元帥は震えながら答える。
「も、申し訳ありません、同志。まだ竣工するには、数ヶ月を要するものかと思われます」
「どこまで完成しているのだ?」
「進水はしておりますから、船としては完成しています。今は大砲などを装備している段階でして、主砲は全て取り付けていますが、副砲などはまだです」
「何だ、主砲は用意できているのか。ではすぐさま出撃して、グラーフ・ツェッペリンを沈めに行けばいいではないか」
「お、お言葉ですが同志、相手は空母です。対空砲なくしては、敵に一方的に攻撃されるしかありません!」
クズネツォフ元帥は危機を察して全力で訴えたが、スターリンは彼をからかうように微笑んだ。
「冗談だ。そんなことくらいは分かっているとも」
「そ、そうでしたか……」
「で、完成までどれくらい掛かるのだ? 最早一刻の猶予もない。可能な限り早く完成させるのだ」
「も、最も急いだ場合ですと……2ヶ月はいただきたいかと……」
「いつグラーフ・ツェッペリンが黒海に襲いかかって来るか分からないのだ。もっと早められないのか?」
「こ、これが限界でして……」
「では強制収容所の労働力を幾らでも使わせてやろう。それなら早められるか?」
「ま、まあ、多少は……」
「30日以内に実戦投入できるようにするのだ。分かったか?」
「わ、分かりました。必ずや」
山ほどいる政治犯やら捕虜やらを使って、ソビエツキー・ソユーズの工事は全速力で進められた。
○
一方その頃。ソ連軍が反撃の計画を立てていることも知らず、ドイツはまるで戦争に勝ったかのように賑わいを取り戻していた。イギリスが降伏したことで少なくとも無差別爆撃に晒されることはないが、実際の情勢とは掛け離れた姿だと言えるだろう。
ユニコーンとの戦いで大破したグラーフ・ツェッペリンは修理を受ける為にキール軍港に停泊しており、なるべく人目に触れないよう艦内に引き籠っていた。
「いい加減ソ連に反撃はしないのか?」
ツェッペリンはシュニーヴィント上級大将に尋ねた。
「私は海軍の人間だから陸軍のことはよく分からないが、まあ戦力が足りていないことは明らかだろうね。アメリカやイギリスからの支援が途絶えたとは言え、ソ連の工業力は我が国とほぼ同等だ。戦力差はなかなか埋まらないのだよ」
「膠着状態ということか」
ツェッペリンは忌々しげに言った。
「その通りだな。どちらも決め手を欠いている。軍事的にこの戦争を終わらせるのは難しいだろう」
「ではソ連と講和でもするのか?」
「ああ。これは内密にお願いしたいのだが、我が総統はそのつもりのようだ」
「そうか。まあ、そろそろ戦争にも飽きてきたし、それでよかろう」
「飽きてきたってなあ……」
イギリスが降伏してすぐ、ドイツのリッベントロップ外務大臣とソ連のモロトフ外務大臣は交渉を開始したが、交渉は一向に進展しなかった。これは交渉を遅滞させるようスターリンが命令したからに他ならなかった。
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そうしてドイツが赤色海軍の残存艦艇を放置している間に、ソ連はソビエツキー・ソユーズを完成させたのである。ソ連とはいずれ和平に至るであろうと考えていた国防軍は、ソ連軍の反撃など夢にも思っていなかった。
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