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第十三章 ドイツ訪問(地上編)
総統命令
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イギリス北方でのこと。月虹を攻撃するなという総統命令が下されてすぐ、ドレッドノートは再び瑞鶴を訪れていた。
「――今度は何の用かしら? 宣戦布告でもしにきた?」
「話は、今回私が連れてきた客人から聞くといい」
「客人?」
「うむ。ドイツ海軍のビスマルク殿だ」
「へえ、そう。まあ話がしたいならこっちに来てもらうけど」
そういう訳で瑞鶴に上がってきたのは、ドイツの黒い軍服を着て、てっぺんに槍先のような飾りがついた軍帽を被った、灰色の髪と赤い目をした少女である。
少女は朗らかな笑みを浮かべながら話しかけてくるが、その表情から感情というものを読み取るのは困難であった。
「貴艦が瑞鶴殿でありますか?」
「ええ、そうよ」
「私はビスマルク。ビスマルク級戦艦一番艦のビスマルクであります。初めましてでありますね、瑞鶴殿」
「ええ、そうね。ティルピッツなら会ったことあるけど、あんたとは初めてだわ」
「そうなのでありますか。まあ、今日の話題には特に関係のないことでありますが」
「そう。まぁ取り敢えず座りましょうか」
瑞鶴は少し奥の応接間にビスマルクを案内して、瑞鶴とビスマルクは向かい合わせにソファに座った。
「で、ドイツ海軍で一番偉い戦艦が何しに来たの?」
「私の役目は貴艦に総統命令を伝えることであります」
「はあ」
「我が総統の命により、ヨーロッパにいる限り、貴艦ら月虹の安全は保証することになりました」
「あ、そう。それはありがたいわね。私達を無罪放免にしてくれるってことかしら?」
「貴艦らの罪が消えた訳ではないのであります」
「そう。分かった。要件は以上かしら?」
「はい、以上であります」
「え、本当に以上なの?」
そんなこと電報の一つで済ませればいいというのに、ビスマルクはわざわざ自ら足を運んできたのだ。
「はい。我が総統からの命とあらば、それを伝えるのに軽々しく済ませる訳にはいかないのであります」
「あ、そう」
「本当は私の艦に貴艦らを招いて酒宴でもしたいところではあるのですが……」
「行く訳ないでしょ」
流石に敵地で船魄だけで行動するのは危険過ぎる。
「で、ありますよね……」
ビスマルクは急に感情を露わにして溜息を吐いた。
「え、本当にただ飲み会をしたいだけなの?」
「他国の者への接待ということにすれば公費でパーティーを開き放題でありますから」
「そ、そう」
「ご心配なさらず。酒宴が開けなくともステーキくらいは自費で食べられるのであります」
「あ、そう……」
「では、私はこれにて失礼するのであります」
「私も失礼させてもらうぞ」
という訳で、ビスマルクとドレッドノートは颯爽と去っていった。瑞鶴はそれを確認すると、瑞鶴艦内にいた高雄と愛宕にビスマルクの言葉を伝えた。
「――なるほど。どう思う、お姉ちゃん?」
愛宕は高雄に問う。
「この国においてヒトラー総統の権威は絶対です。ビスマルクさんの言葉自体に嘘はないかと」
「へえ、そうなんだ」
「愛宕、少しは勉強してください……」
瑞鶴も愛宕も不勉強で高雄は頭を抱えた。
「お姉ちゃん以外に興味ないわ」
「じゃあ私達は普通にビスマルクを信じて、妙高とツェッペリンを待ってればいいの?」
「瑞鶴さん、ビスマルクさんは『ヨーロッパにいる限りは』と言っていたのですよね?」
「ええ」
「であれば、ヨーロッパを離れれば攻撃してくるということでしょう。恐らくはヨーロッパが万が一にも攻撃を受けることを恐れた政治的な判断かと」
「つまり帰り道を襲われるってこと?」
「はい。そういうことでしょう」
ドイツ海軍の意図はほとんど明白であった。周囲に被害が出ない大西洋の真ん中で月虹と交戦し、捕獲もしくは撃沈するつもりだろう。
「じゃあ瑞鶴とツェッペリンには囮になってもらって、私とお姉ちゃんで逃げましょう?」
「愛宕……そういうことは……」
「だって、ドイツ海軍が狙うとしたらその二人でしょう?」
「ま、まあ、それはそうかもしれないですけど……」
ドイツ海軍の目的は船魄研究に瑞鶴やツェッペリンを利用することだろう。基本的に瑞鶴のコピーである重巡洋艦達に大した興味はあるまい。
「別にいいわ、高雄」
「え、そ、その……」
「本当にいざって時は逃げてもらって構わないわ。無駄死にする必要はないもの」
「……そ、そういう時のことは考えないようにしましょう。愛宕も、不用意にそういうことは言わないでください」
「そう。お姉ちゃんが言うなら、まあ仕方ないわね」
「そうしてください。しかし、ドイツ海軍がそのつもりなのだとしたら、わたくし達に勝ち目があるとは思えません……」
「出してくる空母の数によるけど、私とツェッペリンに押し負ける程度の数で来るとは思えないわね」
「ですよね……」
「じゃあやっぱり一緒に逃げましょ、お姉ちゃん」
愛宕は高雄の腕を抱き寄せる。
「も、もっと真面目に考えてください……」
「だって、無理なものは無理なんだから仕方ないじゃない」
「そうねえ。愛宕の言うことはもっともだけど、だったら勝てる条件を整えればいいだけよ」
「私達に味方でもいるの?」
「味方ってのは作るものよ」
瑞鶴は諦めてなどいなかった。
「――今度は何の用かしら? 宣戦布告でもしにきた?」
「話は、今回私が連れてきた客人から聞くといい」
「客人?」
「うむ。ドイツ海軍のビスマルク殿だ」
「へえ、そう。まあ話がしたいならこっちに来てもらうけど」
そういう訳で瑞鶴に上がってきたのは、ドイツの黒い軍服を着て、てっぺんに槍先のような飾りがついた軍帽を被った、灰色の髪と赤い目をした少女である。
少女は朗らかな笑みを浮かべながら話しかけてくるが、その表情から感情というものを読み取るのは困難であった。
「貴艦が瑞鶴殿でありますか?」
「ええ、そうよ」
「私はビスマルク。ビスマルク級戦艦一番艦のビスマルクであります。初めましてでありますね、瑞鶴殿」
「ええ、そうね。ティルピッツなら会ったことあるけど、あんたとは初めてだわ」
「そうなのでありますか。まあ、今日の話題には特に関係のないことでありますが」
「そう。まぁ取り敢えず座りましょうか」
瑞鶴は少し奥の応接間にビスマルクを案内して、瑞鶴とビスマルクは向かい合わせにソファに座った。
「で、ドイツ海軍で一番偉い戦艦が何しに来たの?」
「私の役目は貴艦に総統命令を伝えることであります」
「はあ」
「我が総統の命により、ヨーロッパにいる限り、貴艦ら月虹の安全は保証することになりました」
「あ、そう。それはありがたいわね。私達を無罪放免にしてくれるってことかしら?」
「貴艦らの罪が消えた訳ではないのであります」
「そう。分かった。要件は以上かしら?」
「はい、以上であります」
「え、本当に以上なの?」
そんなこと電報の一つで済ませればいいというのに、ビスマルクはわざわざ自ら足を運んできたのだ。
「はい。我が総統からの命とあらば、それを伝えるのに軽々しく済ませる訳にはいかないのであります」
「あ、そう」
「本当は私の艦に貴艦らを招いて酒宴でもしたいところではあるのですが……」
「行く訳ないでしょ」
流石に敵地で船魄だけで行動するのは危険過ぎる。
「で、ありますよね……」
ビスマルクは急に感情を露わにして溜息を吐いた。
「え、本当にただ飲み会をしたいだけなの?」
「他国の者への接待ということにすれば公費でパーティーを開き放題でありますから」
「そ、そう」
「ご心配なさらず。酒宴が開けなくともステーキくらいは自費で食べられるのであります」
「あ、そう……」
「では、私はこれにて失礼するのであります」
「私も失礼させてもらうぞ」
という訳で、ビスマルクとドレッドノートは颯爽と去っていった。瑞鶴はそれを確認すると、瑞鶴艦内にいた高雄と愛宕にビスマルクの言葉を伝えた。
「――なるほど。どう思う、お姉ちゃん?」
愛宕は高雄に問う。
「この国においてヒトラー総統の権威は絶対です。ビスマルクさんの言葉自体に嘘はないかと」
「へえ、そうなんだ」
「愛宕、少しは勉強してください……」
瑞鶴も愛宕も不勉強で高雄は頭を抱えた。
「お姉ちゃん以外に興味ないわ」
「じゃあ私達は普通にビスマルクを信じて、妙高とツェッペリンを待ってればいいの?」
「瑞鶴さん、ビスマルクさんは『ヨーロッパにいる限りは』と言っていたのですよね?」
「ええ」
「であれば、ヨーロッパを離れれば攻撃してくるということでしょう。恐らくはヨーロッパが万が一にも攻撃を受けることを恐れた政治的な判断かと」
「つまり帰り道を襲われるってこと?」
「はい。そういうことでしょう」
ドイツ海軍の意図はほとんど明白であった。周囲に被害が出ない大西洋の真ん中で月虹と交戦し、捕獲もしくは撃沈するつもりだろう。
「じゃあ瑞鶴とツェッペリンには囮になってもらって、私とお姉ちゃんで逃げましょう?」
「愛宕……そういうことは……」
「だって、ドイツ海軍が狙うとしたらその二人でしょう?」
「ま、まあ、それはそうかもしれないですけど……」
ドイツ海軍の目的は船魄研究に瑞鶴やツェッペリンを利用することだろう。基本的に瑞鶴のコピーである重巡洋艦達に大した興味はあるまい。
「別にいいわ、高雄」
「え、そ、その……」
「本当にいざって時は逃げてもらって構わないわ。無駄死にする必要はないもの」
「……そ、そういう時のことは考えないようにしましょう。愛宕も、不用意にそういうことは言わないでください」
「そう。お姉ちゃんが言うなら、まあ仕方ないわね」
「そうしてください。しかし、ドイツ海軍がそのつもりなのだとしたら、わたくし達に勝ち目があるとは思えません……」
「出してくる空母の数によるけど、私とツェッペリンに押し負ける程度の数で来るとは思えないわね」
「ですよね……」
「じゃあやっぱり一緒に逃げましょ、お姉ちゃん」
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「も、もっと真面目に考えてください……」
「だって、無理なものは無理なんだから仕方ないじゃない」
「そうねえ。愛宕の言うことはもっともだけど、だったら勝てる条件を整えればいいだけよ」
「私達に味方でもいるの?」
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