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第十三章 ドイツ訪問(地上編)
混迷のツェッペリン
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ツェッペリンはいつもの尊大な態度はどこへやら、総統の向かいできっちり背筋を伸ばして大人しく座っていた。シュペーがすぐに戻ってきて、ツェッペリンと総統に赤ワインを給仕した。
「ツェッペリン、君は赤ワインが好きだったね」
「え、ええ、ワインは好きです。まさか、私の下らない好みなど、覚えてくださっていたのですか……?」
「当たり前じゃないか。君のことは何一つとして忘れはしないよ」
「う、嬉しい、です……! そこまで、私のことを……」
ツェッペリンは思わず涙を零していた。
「おいおい、そんなに驚くことか?」
「あ、当たり前、です……。私のような裏切り者のことを、気にかけてくださるなんて……」
「君はドイツの、ひいてはヨーロッパの救世主なのだ。ドイツはいつでも君を歓迎するよ」
「はっ……!」
「しかし、君にはやるべきことがあるんじゃないか? まさか私と思い出話をする為だけに来た訳ではあるまい」
「あ、そ、そうでした」
ツェッペリンは涙を拭いて、総統に改めて向かい合う。
「我が総統、現在アメリカは、キューバに不当な侵略を行い、無辜の民を虐殺し、キューバを自らの傀儡とすることを試みています」
「そのくらいは知っている」
「し、失礼しました。しかし、奴らには反省するつもりなど毛頭なく、喜び勇んで大量虐殺を行っています。アメリカを止める方法は一つしかありません」
「国際連盟による武力制裁、かな?」
「はい。しかしそれを、ゲッベルスの馬鹿が妨げています。我が総統にはゲッベルスの馬鹿を諭して、アメリカへの武力制裁に賛成するよう言ってやって欲しいのです! 我が総統のお言葉ならば必ずや、ゲッベルスも態度を改めるでしょう」
予定通りの進言だ。言うことは言い切った。
「なるほど。話は分かった」
「では――」
「いや、すまない、ツェッペリン。私はもう政治には関わらないと決めたのだ。私が政治に口出しするのは、混乱を招くだけだろうからね」
「そ、それは分かります。しかし今は、そんなことを言っている場合ではありません! ゲッベルスが明らかに誤った方向に国を動かしている以上、我が総統がそれを正すべきです!」
とツェッペリンは必死に訴えるが、総統の耳にはあまり届いていないようであった。グラーフ・ツェッペリンへの個人的な愛情と政治的な判断は全く別なのである。
「――私はもう引退したのだ。政治に関わらないというのは、私自身に対する命令なのだ」
「そ、それは……」
総統の命令は絶対である。こう言われては、ツェッペリンには何も言い返すことはできなかった。
「そもそも、君はどうして戦争を終わらせたいと思ったんだ?」
「そ、それは無論、アメリカを今度こそ地上から消し去って世界に平和をもたらす為です!」
「本当か? そんな高尚なことの為に行動できる人間など私は見たことがないが――ああ、いや、別に君のことを貶めたい訳じゃないんだが……」
「我が総統の仰りたいことは、よく分かります」
人は理想の為などで動かないということだ。ほとんど全ての人間は自らが少しでも豊かな生活を送ることを目的にしか動かないし、利他主義の化身のような人間――例えばヒトラー総統やチェ・ゲバラ――ですら、自らの祖国を豊かに平和にすること以上の動機を持たない。
「私は……」
「キューバの人々に恩返しでもしたいのかな?」
「もちろん、それはあります。ですが……恐らく私が戦争を終わらせたいのは、自分の安全を確保する為でしょう」
「平和になれば我が軍も日本軍も好きには動けないだろう、という期待か」
「はい、その通りです……」
ツェッペリンは罪を告白するかのように言った。自分のやっていることがただの利己主義に過ぎないと宣言したようなものだからである。だが、総統は優しく返す。
「恥じることはないんだ。いや、寧ろよかった。もし本当に世界平和が目的なんだとしたら、君がとんでもない愚物に成り下がったということだからね」
「は、はあ」
「と、こんな話をさせてしまった手前すまないが、私の意思は変わらない。私は動くつもりはないよ」
「そう、ですか……」
ツェッペリンはがっかりと項垂れた。
「すまない、本当に。だが、少しくらいなら手を貸してあげてもいいぞ」
「な、何でしょうか……?」
「イギリスを北から脅かしている艦隊は、君の仲間なのだろう?」
「は、はい!」
「さしづめ、軍の目を逸らす囮といったところか」
「そ、その通りです」
総統は概ね月虹の意図を言い当て、ツェッペリンは多少の補足をした。
「――彼女達については見逃すよう、ゲッベルスに言いつけておこう。ゲッベルスもきっと、ヨーロッパが再び戦火に包まれることは望んでいまい。私が言えば、君達を見逃すいい口実になるだろうからね」
「わ、分かりました。ありがとうございます……!」
「こんなところまで来てくれた君への、せめてものお礼だ」
「はっ……!」
総統はシュペーに命じて新総統官邸に電文を送らせた。しかし総統にそれ以上の何かをするつもりはなかった。
「ツェッペリン、君は赤ワインが好きだったね」
「え、ええ、ワインは好きです。まさか、私の下らない好みなど、覚えてくださっていたのですか……?」
「当たり前じゃないか。君のことは何一つとして忘れはしないよ」
「う、嬉しい、です……! そこまで、私のことを……」
ツェッペリンは思わず涙を零していた。
「おいおい、そんなに驚くことか?」
「あ、当たり前、です……。私のような裏切り者のことを、気にかけてくださるなんて……」
「君はドイツの、ひいてはヨーロッパの救世主なのだ。ドイツはいつでも君を歓迎するよ」
「はっ……!」
「しかし、君にはやるべきことがあるんじゃないか? まさか私と思い出話をする為だけに来た訳ではあるまい」
「あ、そ、そうでした」
ツェッペリンは涙を拭いて、総統に改めて向かい合う。
「我が総統、現在アメリカは、キューバに不当な侵略を行い、無辜の民を虐殺し、キューバを自らの傀儡とすることを試みています」
「そのくらいは知っている」
「し、失礼しました。しかし、奴らには反省するつもりなど毛頭なく、喜び勇んで大量虐殺を行っています。アメリカを止める方法は一つしかありません」
「国際連盟による武力制裁、かな?」
「はい。しかしそれを、ゲッベルスの馬鹿が妨げています。我が総統にはゲッベルスの馬鹿を諭して、アメリカへの武力制裁に賛成するよう言ってやって欲しいのです! 我が総統のお言葉ならば必ずや、ゲッベルスも態度を改めるでしょう」
予定通りの進言だ。言うことは言い切った。
「なるほど。話は分かった」
「では――」
「いや、すまない、ツェッペリン。私はもう政治には関わらないと決めたのだ。私が政治に口出しするのは、混乱を招くだけだろうからね」
「そ、それは分かります。しかし今は、そんなことを言っている場合ではありません! ゲッベルスが明らかに誤った方向に国を動かしている以上、我が総統がそれを正すべきです!」
とツェッペリンは必死に訴えるが、総統の耳にはあまり届いていないようであった。グラーフ・ツェッペリンへの個人的な愛情と政治的な判断は全く別なのである。
「――私はもう引退したのだ。政治に関わらないというのは、私自身に対する命令なのだ」
「そ、それは……」
総統の命令は絶対である。こう言われては、ツェッペリンには何も言い返すことはできなかった。
「そもそも、君はどうして戦争を終わらせたいと思ったんだ?」
「そ、それは無論、アメリカを今度こそ地上から消し去って世界に平和をもたらす為です!」
「本当か? そんな高尚なことの為に行動できる人間など私は見たことがないが――ああ、いや、別に君のことを貶めたい訳じゃないんだが……」
「我が総統の仰りたいことは、よく分かります」
人は理想の為などで動かないということだ。ほとんど全ての人間は自らが少しでも豊かな生活を送ることを目的にしか動かないし、利他主義の化身のような人間――例えばヒトラー総統やチェ・ゲバラ――ですら、自らの祖国を豊かに平和にすること以上の動機を持たない。
「私は……」
「キューバの人々に恩返しでもしたいのかな?」
「もちろん、それはあります。ですが……恐らく私が戦争を終わらせたいのは、自分の安全を確保する為でしょう」
「平和になれば我が軍も日本軍も好きには動けないだろう、という期待か」
「はい、その通りです……」
ツェッペリンは罪を告白するかのように言った。自分のやっていることがただの利己主義に過ぎないと宣言したようなものだからである。だが、総統は優しく返す。
「恥じることはないんだ。いや、寧ろよかった。もし本当に世界平和が目的なんだとしたら、君がとんでもない愚物に成り下がったということだからね」
「は、はあ」
「と、こんな話をさせてしまった手前すまないが、私の意思は変わらない。私は動くつもりはないよ」
「そう、ですか……」
ツェッペリンはがっかりと項垂れた。
「すまない、本当に。だが、少しくらいなら手を貸してあげてもいいぞ」
「な、何でしょうか……?」
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「は、はい!」
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