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第十三章 ドイツ訪問(地上編)

国防軍最高司令部

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「我が大統領、イギリス政府よりこのような通達がありました。ツェッペリンらの要求についてです」

 夜遅くまで執務室に籠っているゲッベルス大統領に、デーニッツ国家元帥が報告を持ってきた。普通ここで来るべきなのはアルトゥール・ザイス=インクヴァルト外務大臣だろうが、今回の件については外交も海軍が担当している。

「どういう要求なんだ?」
「詳しくは報告書を呼んでいただければと思いますが、一言で言えば我々がアメリカへの軍事制裁に協力することが、月虹の要求です」
「やっぱりそれか……」

 ゲッベルス大統領は軽く溜息を吐いた。概ね予想した通りであったが、それ故にその要求を受け入れることが不可能であることは、彼が一番良く分かっている。

「仮にそんなことをすれば、第三次世界大戦だ。また一億の人命を消し飛ばすつもりなのか?」
「別にアメリカと戦争をすると決まった訳ではないのでは? アメリカがキューバから撤退すれば、全て丸く収まります」
「アメリカは絶対に撤退しないだろうね。したくてもできない、というのがアイゼンハワー首相の本音だろうけど」
「左様ですか。まあ、軍人の私は閣下からのご命令のままに動くだけです」
「それが軍人としてのあるべき姿だ。だが、老獪な君からの意見も聞かせて欲しいものだ」
「そう歳は変わらないと思いますが……閣下が私に諮問されるのなら、何でもお答えします。もっとも、私に政治的な判断など求めるものではないと思いますが」

 デーニッツ国家元帥は政治とは無縁の生粋の軍人である。ヒトラー総統やゲッベルス大統領に媚びを売って出世する将軍が数多い中でも、彼はひたすら黙々と仕事をこなして出世してきた。そして最終的に大統領が信頼するのはそのような軍人なのである。

「分かっているよ。だが意見というのは何であれ尊重すべきものだ。我が国は野蛮な多数決などとは無縁だからね」
「はっ」

 報告はここまで。大統領が決定を下すのはここではなく、会議の場である。

 ○

 国防軍最高司令部(OKW)は、その名の通り陸海空軍を指揮下に収める国防軍の最高意思決定機関であり、国防軍最高司令官にはゲッベルス大統領自らが就任している。設立当初は地位がよく分からない組織だったが、ゲッベルス大統領の組織改革により、文民統制と陸海空軍の統合的な運用を同時に実現する優れた組織となった。

 OKWの本部は広大な新総統官邸に置かれており、その会合も官邸内の宮殿のような会議室で行われる。主要な参加者は国防軍最高司令官、OKW総長、陸海空軍それぞれの最高司令官と参謀総長(海軍では軍令部長)である。またその他に閣僚が呼ばれることもあり、特に外務大臣は大体椅子に座っている。

「今日の議題は言うまでもない。月虹にどう対処するかについてだ。忌憚なく意見を言ってくれ」
「では外務省から一言 、よろしいですか?」

 ザイス=インクヴァルト外務大臣が手を挙げた。先の大戦の最中にはその温厚な人柄を買われてオランダ国家弁務官に任命され、善良な統治を行ったことで知られている。もちろんオランダのユダヤ人は絶滅したが。

「月虹の要求が到底受け入れられないものだと分かった以上、これ以上野放しにしておく理由はありますまい。すぐさま攻撃を仕掛け、ツェッペリンを奪還すべきでしょう」
「まあ、そうなるよな。キューバとの外交問題にはならないのかな?」

 月虹が果たしてどういう立場で動いているのかは定かではないが、キューバと強い関係を持っていることは明らかだ。

「大統領閣下にはこの後ご報告しようと思っていましたが、キューバも今回の件には関わらないと、非公式に伝えてきました」
「キューバは月虹を見捨てたというのか?」
「チェ・ゲバラの性格からして、見捨てざるを得なかったというのが正直なところでしょうね。仮に我が国とキューバが戦争状態に陥れば、日本やソ連からの支援に影響が出かねませんから」
「弱い国は大国に付き従っていないと生き残れない、ということか」
「はい。古今東西、それはそういうものでしょう」
「つまりツェッペリンを奪還する絶好の機会ということか」
「はい。その通りです」

 諸列強の勢力圏が絡まり合うカリブ海では下手な行動は起こせなかったが、ここは完全にドイツの勢力圏内である。邪魔されることはあるまい。

「海軍としてはどう思う?」
「戦力ならば我が方が圧倒しています。しかし……あのツェッペリンや瑞鶴が負けるに決まっている勝負に挑むとは思えません」
「それもそうだよなあ」

 実際のところ瑞鶴には何の作戦もないのだが、デーニッツ国家元帥は乾坤一擲の策を持っているものだと勝手に思い込んでいた。

「それは、海軍が臆病なだけではありませんか?」

 陸軍最高司令官グデーリアン元帥は言った。デーニッツ国家元帥はその発言に少し苛立った。

「ほう。陸軍では地雷原に素足で突入するのをよしとするのかな?」
「海軍には機雷を除去する能力もないのですかな?」
「……機雷は深海に敷設されて探知できないことも多いのだ。警戒し過ぎることはない」
「そんなことを言ったら、第一次世界大戦の時のように港に引き籠っていることしかできないでしょうに」
「今は平時なのだ。戦時下でもないのに戦艦を沈める訳にはいかない」
「まあまあ落ち着いてくれ、国家元帥と元帥。僕としてはデーニッツ国家元帥の意見に賛成だ。今は戦争中じゃない。月虹に負けるとは思えないが、艦艇に被害を出す訳にはいかないんだ」

 ゲッベルス大統領が躊躇っているのは主に政治的な理由からであった。戦時中でもないのに軍艦を撃沈などされたら、国家の威信に関わるのだ。
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