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第十三章 ドイツ訪問(地上編)
線路Ⅱ
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アイヒマンが去って暫く。ツェッペリンは欠伸をかきながら目覚めた。
「よく寝た。列車でも案外寝られるものだな」
「あのー、ツェッペリンさん、さっきアイヒマンとかいう人に見つかっちゃったんですけど――」
「な、何と言った!?」
「ですから、アイヒマンという方が来て、こんなものを渡して来たんです。妙高には読めないので、見てもらえますか?」
「わ、分かった」
ツェッペリンは慌てた様子で妙高が差し出した便箋を手に取り、さっと目を通す。船魄はどんな言語の話者とでも会話ならできるのだが、知らない言語で書かれた文章は読めない。ツェッペリンはしっかりドイツ人なのだなと、妙高は思った。
「何て書いてあるんですか?」
「大方、我らに便宜を図れということが書いてあるな」
「アイヒマンさんが言っていたのと同じですね」
「そうか。何を考えておるのだ、奴は」
「お知り合いなんですか?」
「まあな。奴はあの時は親衛隊中佐だったが、ユダヤ人や障害者を強制収容所に移送するのが役目であった。仕事をこなすに有能な奴だが、人間的には大した奴ではない。我を建造する時にも奴がそれなりに関わっていたらしいが、詳しいことは知らん」
「なるほど。それで、その手紙は信用できるんでしょうか……?」
「もしも奴が我らを逮捕する気なら、姿を見せる必要すらあるまい。信用していだろうな」
ツェッペリンも妙高と同じ結論に達した。これが罠だったとしたら余りにも効率が悪く愚かな手段だからである。
「ところでツェッペリンさん」
「何だ?」
「ツェッペリンさんが、その、4時間くらい妙高の肩に寄りかかって来てたんですけども……」
別に怒っている訳ではないが、妙高は小言を言わずには済まなかった。
「え、そ、そうなのか……?」
ツェッペリンは裏返りそうな声で聞き返す。予想外の大きい反応に妙高も面食らってしまった。
「は、はい。まあ、寝ている間ですしどうしようもないですけど……」
「あ、ああ、そうだな。うむ。次からは気をつけよう」
「ありがとうございます。でもツェッペリンさん、顔が赤いですけど――」
「そ、そんなことはない! も、もうじきパリに着くぞ。もう暫しの辛抱だな」
「は、はい……」
ツェッペリンはそれからずっと窓の外を見つめていた。
○
7時間を超える旅程を経て、ついに列車はパリに到着した。列車はパリの夜景に突入していく。
「凄い、パリだあ!」
「何を驚いておるのだ」
「いやー、その、活動写真とかで見るパリそのままなんだなあと思いまして」
「パリを撮影したなら当たり前だろう」
「そ、それはそうですけど……やっぱりこの目で見ると感動します!」
第二次世界大戦で3度支配者が変わったパリであるが、ついぞパリ市内で戦闘が行われることも爆撃を受けることもなかった。パリはまるで戦火とは無縁の華美な街並みをそのまま留めているのである。
「ふん。こんな虚飾に塗れた街よりベルリンの方がよい都市だ」
「そんなこと言わないでくださいよお……」
「す、すまん。だがいずれにせよ、2時間後には夜汽車で出発する予定だから、観光している時間はないぞ」
「残念です……」
「急ぐのではなかったのか?」
「そ、そうですね。すっかり本懐を忘れていました」
列車はパリ=モンパルナス駅に到着した。パリには東京駅のようなターミナル駅が存在せず、ツェッペリンが乗りたい夜汽車は東駅なる駅から出発するらしい。そこまで移動するのと夕食を済ませるのとで、パリを見て回る時間などまるでなかった。
さて、パリ東駅で切符を買う前に、ツェッペリンはアイヒマンから渡されたよく分からない手紙を駅員に見せた。すると駅員は血相を変えて妙高とツェッペリンを個室に案内して、駅長らしい男が出迎えた。
「事情は問いません。アイヒマン閣下からの口添えとあれば、どこへでも一等客車でお連れしましょう」
「結構な心意気だ。それではベルリンまでの夜行列車の切符をもらおうか」
「承知しました。すぐに用意しましょう」
そういう訳でツェッペリンと妙高は無料で一等寝台の切符を2枚もらってしまった。
「アイヒマンさんって、何者なんですか……?」
「奴は戦後の線路網を整備するのにかなり貢献したらしいからな。国鉄に顔が利くのだろう」
「そういうことですか」
「もらえるものはもらっておこう。行くぞ」
切符には駅長からの但し書きが書かれており、それを見せれば駅員が特別に案内してくれた。案内されたのはまるで高級ホテルの一室のようなベッドが二つ並んだ寝室である。列車内ということで流石に狭いが、調度品は一流である。
「おお……これが一等寝台ですか……。しかもベッドが横に並んでいるなんて」
妙高はベッドが上下に並んでいるのを想像していた。
「なかなか高級な寝室だな。一編成で数部屋とあるまい」
「そ、そんなところをタダで使わせてもらえるなんて……」
「遠慮することはあるまい」
と言って、ツェッペリンはベッドに思いっきり横になった。これならよく眠れそうである。
「よく寝た。列車でも案外寝られるものだな」
「あのー、ツェッペリンさん、さっきアイヒマンとかいう人に見つかっちゃったんですけど――」
「な、何と言った!?」
「ですから、アイヒマンという方が来て、こんなものを渡して来たんです。妙高には読めないので、見てもらえますか?」
「わ、分かった」
ツェッペリンは慌てた様子で妙高が差し出した便箋を手に取り、さっと目を通す。船魄はどんな言語の話者とでも会話ならできるのだが、知らない言語で書かれた文章は読めない。ツェッペリンはしっかりドイツ人なのだなと、妙高は思った。
「何て書いてあるんですか?」
「大方、我らに便宜を図れということが書いてあるな」
「アイヒマンさんが言っていたのと同じですね」
「そうか。何を考えておるのだ、奴は」
「お知り合いなんですか?」
「まあな。奴はあの時は親衛隊中佐だったが、ユダヤ人や障害者を強制収容所に移送するのが役目であった。仕事をこなすに有能な奴だが、人間的には大した奴ではない。我を建造する時にも奴がそれなりに関わっていたらしいが、詳しいことは知らん」
「なるほど。それで、その手紙は信用できるんでしょうか……?」
「もしも奴が我らを逮捕する気なら、姿を見せる必要すらあるまい。信用していだろうな」
ツェッペリンも妙高と同じ結論に達した。これが罠だったとしたら余りにも効率が悪く愚かな手段だからである。
「ところでツェッペリンさん」
「何だ?」
「ツェッペリンさんが、その、4時間くらい妙高の肩に寄りかかって来てたんですけども……」
別に怒っている訳ではないが、妙高は小言を言わずには済まなかった。
「え、そ、そうなのか……?」
ツェッペリンは裏返りそうな声で聞き返す。予想外の大きい反応に妙高も面食らってしまった。
「は、はい。まあ、寝ている間ですしどうしようもないですけど……」
「あ、ああ、そうだな。うむ。次からは気をつけよう」
「ありがとうございます。でもツェッペリンさん、顔が赤いですけど――」
「そ、そんなことはない! も、もうじきパリに着くぞ。もう暫しの辛抱だな」
「は、はい……」
ツェッペリンはそれからずっと窓の外を見つめていた。
○
7時間を超える旅程を経て、ついに列車はパリに到着した。列車はパリの夜景に突入していく。
「凄い、パリだあ!」
「何を驚いておるのだ」
「いやー、その、活動写真とかで見るパリそのままなんだなあと思いまして」
「パリを撮影したなら当たり前だろう」
「そ、それはそうですけど……やっぱりこの目で見ると感動します!」
第二次世界大戦で3度支配者が変わったパリであるが、ついぞパリ市内で戦闘が行われることも爆撃を受けることもなかった。パリはまるで戦火とは無縁の華美な街並みをそのまま留めているのである。
「ふん。こんな虚飾に塗れた街よりベルリンの方がよい都市だ」
「そんなこと言わないでくださいよお……」
「す、すまん。だがいずれにせよ、2時間後には夜汽車で出発する予定だから、観光している時間はないぞ」
「残念です……」
「急ぐのではなかったのか?」
「そ、そうですね。すっかり本懐を忘れていました」
列車はパリ=モンパルナス駅に到着した。パリには東京駅のようなターミナル駅が存在せず、ツェッペリンが乗りたい夜汽車は東駅なる駅から出発するらしい。そこまで移動するのと夕食を済ませるのとで、パリを見て回る時間などまるでなかった。
さて、パリ東駅で切符を買う前に、ツェッペリンはアイヒマンから渡されたよく分からない手紙を駅員に見せた。すると駅員は血相を変えて妙高とツェッペリンを個室に案内して、駅長らしい男が出迎えた。
「事情は問いません。アイヒマン閣下からの口添えとあれば、どこへでも一等客車でお連れしましょう」
「結構な心意気だ。それではベルリンまでの夜行列車の切符をもらおうか」
「承知しました。すぐに用意しましょう」
そういう訳でツェッペリンと妙高は無料で一等寝台の切符を2枚もらってしまった。
「アイヒマンさんって、何者なんですか……?」
「奴は戦後の線路網を整備するのにかなり貢献したらしいからな。国鉄に顔が利くのだろう」
「そういうことですか」
「もらえるものはもらっておこう。行くぞ」
切符には駅長からの但し書きが書かれており、それを見せれば駅員が特別に案内してくれた。案内されたのはまるで高級ホテルの一室のようなベッドが二つ並んだ寝室である。列車内ということで流石に狭いが、調度品は一流である。
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「そ、そんなところをタダで使わせてもらえるなんて……」
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