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第十三章 ドイツ訪問(地上編)
朝
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翌朝。妙高に金の無駄遣いはするなと釘を刺されてツェッペリンが借りた、ベッド2つの他にほとんど足場のない部屋で、妙高は目覚めた。朝7時頃である。ツェッペリンはすやすや寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。背中の翼は意外と邪魔にならないようで、普通に仰向けに眠っていた。
「ツェッペリンさん、何だかんだ言って疲れてたのかな?」
リシュリューに狙われて余裕そうだったが、見栄を張っていただけで実際は死ぬほど緊張していたようだ。妙高はツェッペリンが自然に目覚めるまで放っておくことにしようとした――が、こんなところで寝ている時間的余裕などないとも思い出す。
「申し訳ないけど……ツェッペリンさん、起きてください」
妙高はツェッペリンの頬をつついた。ツェッペリンは目を開けたが、視線は虚空に向いて、気だるそうな表情を浮かべていた。
「ツェッペリンさん、朝ですよ」
「朝……? 我はまだ眠いのだ……寝かせてくれ……」
だらしない声でそう言って、ツェッペリンは目を閉じた。
「ちょ、ちょっと、ツェッペリンさん、あんまりゆっくりしてる時間はないと思うんですけど……」
「時間は、あるではないか……。我は寝る」
「い、いやいや、瑞鶴さん達がいつまでドイツ軍の気を引いていられるかも分からないですし……」
「今日はパリまでしか行けんのだ。急いだところで、仕方がない」
「そうなんですか?」
「後で説明するから、寝させて……」
「は、はあ。いつ頃起こせばいいですか?」
「正午くらい……」
ツェッペリンの計画としては、今日はパリまで行ってそこで泊まる予定なのだろう。早く起きればパリ観光ができるとも思いつつ、観光が目的で来た訳でもないので、ツェッペリンの疲労回復の方を優先することにした。
○
さて、妙高とツェッペリンが呑気に寝ている間にも、元気に活動している者達がいる。
「我が大統領、月虹からは何の申し出もないようです」
デーニッツ国家元帥はゲッベルス大統領にそのように報告した。
「ただイギリスの北にいるだけってことか」
「はい。甚だ不自然です。何か企んでいるのかもしれません。先制攻撃をされてはいかがでしょうか?」
「月虹はイギリスに近い公海に浮かんでいるだけだ。攻撃をする理由はないんじゃないか?」
「閣下、お忘れですか? 彼女らは既に我が軍の護送船団を攻撃しているのです。これは彼女らからの宣戦布告にも等しいのでは?」
「それはそうなんだが……いくらツェッペリンや瑞鶴と言っても、我が国と戦争をするつもりだとは思えないなあ」
護送船団が襲われるというのは、地域紛争などでよくあることだ。一々相手に宣戦布告してはいられない。今回も直ちに月虹と戦争になる訳ではないのだ。
「向こうに戦争をするつもりがなくても、我が国には受けた屈辱を返す権利があります」
「その権利は保留にしてくれ。彼女達が何を考えているのか知りたいんだ。それに、万一のことがあっても、備えは万全なんだろう?」
「それは当然ですが……」
「では放っておいて問題ないじゃないか。それと、月虹に話を聞いてみてくれ。何の為にここに来たのかと」
「我が大統領がそうお望みでしたら、すぐ手配しましょう。穏健に過ぎるのではと思いますが」
「頼むよ。僕はヨーロッパが再び戦火に焼かれるところは見たくないんだ」
「承知しました。先の大戦を思い出せば、イギリスが先に仕掛けないか心配ではありますが」
第二次世界大戦の発端はイギリスとフランスが唐突に宣戦を布告してきたことにある。
「イギリスにはちゃんと釘を刺しておいてくれ。余計なことはするなとね」
「はっ」
ドイツ海軍は瑞鶴に通信の呼びかけを行ったが、瑞鶴は時間稼ぎの為にこれを黙殺した。しかしゲッベルス大統領は月虹を攻撃することを許さず、結果的に瑞鶴の思い通りに事は運んでいた。
○
「ツェッペリンさん、昼ですよー」
妙高が呼び掛けると、ツェッペリンはむくりと起き上がった。
「……もうそんな時間か。よく寝た」
「よかったです。この後はどうするんですか?」
「タクシーにでも乗ってブレスト駅に向かい、そこからパリ=ブレスト線でパリまで行く。その後はパリからベルリンまで夜汽車で行く」
「夜行列車なんてあるんですね」
「ああ。ベルリンからヨーロッパの方々に伸びる高速鉄道の一つがパリに延びているのだ」
ヨーロッパの鉄道事情は非常にベルリン中心であり、ベルリンはまるで長距離輸送網の心臓のようである。
「なるほど……」
「ブレストからパリまで7時間ほど、パリからベルリンまでは8時間ほどであろうな」
「ブレストからパリも意外とすぐに着くんですね」
「ブレストはフランスにとって最も重要な都市の一つだからな」
ブレストはフランス最大の軍港であり、海軍工廠である。
「ツェッペリンさんって、ヨーロッパの地理に詳しいんですね」
「当たり前であろう。フランスは我が征服した土地なのだ。我の庭も同然である」
「征服したのは陸軍の人達だと思うんですけど――」
「細かいことは気にするな。では、この辺りで昼食でも取ってから、ブレストに向かうとしよう」
「わ、分かりました」
ツェッペリンと妙高は近場の(観光に来るドイツ人向けの)料理屋でシチューとライ麦パンなどドイツ人らしく質素な料理を食べて、ブレスト駅に向かった。
「ツェッペリンさん、何だかんだ言って疲れてたのかな?」
リシュリューに狙われて余裕そうだったが、見栄を張っていただけで実際は死ぬほど緊張していたようだ。妙高はツェッペリンが自然に目覚めるまで放っておくことにしようとした――が、こんなところで寝ている時間的余裕などないとも思い出す。
「申し訳ないけど……ツェッペリンさん、起きてください」
妙高はツェッペリンの頬をつついた。ツェッペリンは目を開けたが、視線は虚空に向いて、気だるそうな表情を浮かべていた。
「ツェッペリンさん、朝ですよ」
「朝……? 我はまだ眠いのだ……寝かせてくれ……」
だらしない声でそう言って、ツェッペリンは目を閉じた。
「ちょ、ちょっと、ツェッペリンさん、あんまりゆっくりしてる時間はないと思うんですけど……」
「時間は、あるではないか……。我は寝る」
「い、いやいや、瑞鶴さん達がいつまでドイツ軍の気を引いていられるかも分からないですし……」
「今日はパリまでしか行けんのだ。急いだところで、仕方がない」
「そうなんですか?」
「後で説明するから、寝させて……」
「は、はあ。いつ頃起こせばいいですか?」
「正午くらい……」
ツェッペリンの計画としては、今日はパリまで行ってそこで泊まる予定なのだろう。早く起きればパリ観光ができるとも思いつつ、観光が目的で来た訳でもないので、ツェッペリンの疲労回復の方を優先することにした。
○
さて、妙高とツェッペリンが呑気に寝ている間にも、元気に活動している者達がいる。
「我が大統領、月虹からは何の申し出もないようです」
デーニッツ国家元帥はゲッベルス大統領にそのように報告した。
「ただイギリスの北にいるだけってことか」
「はい。甚だ不自然です。何か企んでいるのかもしれません。先制攻撃をされてはいかがでしょうか?」
「月虹はイギリスに近い公海に浮かんでいるだけだ。攻撃をする理由はないんじゃないか?」
「閣下、お忘れですか? 彼女らは既に我が軍の護送船団を攻撃しているのです。これは彼女らからの宣戦布告にも等しいのでは?」
「それはそうなんだが……いくらツェッペリンや瑞鶴と言っても、我が国と戦争をするつもりだとは思えないなあ」
護送船団が襲われるというのは、地域紛争などでよくあることだ。一々相手に宣戦布告してはいられない。今回も直ちに月虹と戦争になる訳ではないのだ。
「向こうに戦争をするつもりがなくても、我が国には受けた屈辱を返す権利があります」
「その権利は保留にしてくれ。彼女達が何を考えているのか知りたいんだ。それに、万一のことがあっても、備えは万全なんだろう?」
「それは当然ですが……」
「では放っておいて問題ないじゃないか。それと、月虹に話を聞いてみてくれ。何の為にここに来たのかと」
「我が大統領がそうお望みでしたら、すぐ手配しましょう。穏健に過ぎるのではと思いますが」
「頼むよ。僕はヨーロッパが再び戦火に焼かれるところは見たくないんだ」
「承知しました。先の大戦を思い出せば、イギリスが先に仕掛けないか心配ではありますが」
第二次世界大戦の発端はイギリスとフランスが唐突に宣戦を布告してきたことにある。
「イギリスにはちゃんと釘を刺しておいてくれ。余計なことはするなとね」
「はっ」
ドイツ海軍は瑞鶴に通信の呼びかけを行ったが、瑞鶴は時間稼ぎの為にこれを黙殺した。しかしゲッベルス大統領は月虹を攻撃することを許さず、結果的に瑞鶴の思い通りに事は運んでいた。
○
「ツェッペリンさん、昼ですよー」
妙高が呼び掛けると、ツェッペリンはむくりと起き上がった。
「……もうそんな時間か。よく寝た」
「よかったです。この後はどうするんですか?」
「タクシーにでも乗ってブレスト駅に向かい、そこからパリ=ブレスト線でパリまで行く。その後はパリからベルリンまで夜汽車で行く」
「夜行列車なんてあるんですね」
「ああ。ベルリンからヨーロッパの方々に伸びる高速鉄道の一つがパリに延びているのだ」
ヨーロッパの鉄道事情は非常にベルリン中心であり、ベルリンはまるで長距離輸送網の心臓のようである。
「なるほど……」
「ブレストからパリまで7時間ほど、パリからベルリンまでは8時間ほどであろうな」
「ブレストからパリも意外とすぐに着くんですね」
「ブレストはフランスにとって最も重要な都市の一つだからな」
ブレストはフランス最大の軍港であり、海軍工廠である。
「ツェッペリンさんって、ヨーロッパの地理に詳しいんですね」
「当たり前であろう。フランスは我が征服した土地なのだ。我の庭も同然である」
「征服したのは陸軍の人達だと思うんですけど――」
「細かいことは気にするな。では、この辺りで昼食でも取ってから、ブレストに向かうとしよう」
「わ、分かりました」
ツェッペリンと妙高は近場の(観光に来るドイツ人向けの)料理屋でシチューとライ麦パンなどドイツ人らしく質素な料理を食べて、ブレスト駅に向かった。
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