上 下
243 / 407
第十二章 ドイツ訪問(上陸編)

ブレスト上陸

しおりを挟む
「う、撃ってきますよ? どど、どうするんですか!?」

 妙高は泣きそうな声でツェッペリンに訴える。

「そう慌てるな、妙高。回避すればいいだけのこと。直ちに左に30度回頭しろ!」
「それで何とかなるんだろうな……」
「我の言葉を信じよ」

 シエンフエゴスが舵を切って船が曲がり始めると、ちょうどその時リシュリューの8門の主砲が火を噴いた。

「う、撃ってきました!!」
「奴は我らが曲がり始める前の進路を狙っているのだ。当たる筈があるまい」

 これほどの速度で移動する艦艇を相手には、偏差射撃をするしかない。砲弾が落着した時に相手がいるであろう位置を狙って射撃するのである。それ故に、砲撃が行われてから急に針路を変えれば、砲弾を回避することは容易なのである。

 砲弾が降り注いできたのはリシュリューの砲撃から20秒ほどのことであった。砲弾は確かに、ツェッペリン達とは数百メートルは離れた地点に巨大な水柱を作った。

「ほら見ろ。全く見当違いの場所に落ち――ぐぬっ……」

 ツェッペリンは余裕綽々であったが、次の瞬間には着弾の衝撃による波が押し寄せてきて、船が大きく左右に揺られ、ツェッペリンは倒れそうになってしまった。

「あ、あの程度の波で、こんなに揺られるものか……?」
「あんたと比べられたら困るぜ。この船の基準排水量が何トンだと思ってるんだ?」
「クッ……脆弱に過ぎる……。しかし、この調子なら問題はないな」
「ツェッペリンさん、リシュリューさんは次を撃つつもりです!」
「シエンフエゴス、我の言った通りに動け!」
「ま、それだけは信用できるか」

 ツェッペリンの指示通りにジグザグ走行を行い、リシュリューの主砲は簡単に回避することができた。リシュリューが4回主砲斉射した頃には、船は既に主砲の射程から離脱していた。

「よし。これで奴は脅威にならん」
「よ、よかったです……」

 リシュリューには最早追いつくこともできない。

 ○

 さて、逃げ切られてしまったリシュリューだが、早々に思考を未来に向けていた。

「あの回避、とても密猟者のものではない。やはり敵国のスパイということでしょう。それにしては色々とお粗末とも思えますが……こうなった以上は陸上で何とかしてもらう他にないでしょうね」

 リシュリューは海軍司令部に、密入国者がフランス沿岸に接近していることを伝えた。しかしアンリ・ノミー海軍参謀長はイギリスの北にいる月虹のことばかり気にしていて、密入国者など放っておけという始末であった。

「――犯罪者を放置すると仰るのですか?」
『そんな数名の密入国者など、好きにさせておけ。我が国が攻撃に晒されるかもしれない緊急事態なんだ』
「しかし――」
『君の任務は月虹への警戒だった筈だが? まあ任務途中で取締を行うことは間違ってはいないがね』
「……承知しましたわ」

 リシュリューの訴えはほとんど無視されてしまった。そういう意味では月虹による陽動作戦は功を奏したと言えるだろう。

 ○

「よし、じゃあこれでお別れだ。達者にしろよ」
「大儀であった」
「あ、ありがとうございました……」

 深夜の暗がりに紛れ、妙高とツェッペリンは密かにブルターニュ半島に上陸を果たした。どんな国でも都市部から離れれば、真夜中は真っ暗闇そのものである。

 ツェッペリンも妙高も、翼や獣耳や尻尾が付いていて明らかに怪しいので厚いコートを着て、妙高はつばの広い帽子を被っている。幸いにして冬なので目立つこともない。そして最低でも数日に渡る旅程に備える為の生活必需品、及び現金の詰まった旅行鞄を携帯している。

「しかし……瑞鶴から五千円ももらってしまった……。これで豪遊し放題だぞ……」

 ツェッペリンは瑞鶴から百円札の束を見て声を震わせた。平均的な俸給労働者の半年分の給料くらいに相当する。

「確かにこの旅行だけで使い切るのは大変そうですね」
「だろう? と言うか、お前はこの現金を見ても何も思わんのか?」
「え? まあ、現金として持っておくには大金ですけど……額面だけを考えれば大した額ではないのでは?」
「そ、そうか?」

 ツェッペリンは素っ頓狂な声で聞き返した。

「はい、まあ。ああ、あれですか、ライヒスマルクとの為替をご存知ないとか?」

 妙高はツェッペリンの感覚が意外と庶民的なのを見て、少しからかいたくなってしまった。

「し、知っとるわ、それくらい! 確か今は1マルクが4円くらいだった筈だ」
「ちゃんと知ってるんですね」
「そ、それが何だ?」
「いえいえ、何でもないです」
「……ま、まあ、よかろう」

 ツェッペリンはこれ以上喋ると墓穴を掘ることにしかならないと感じて、この話題を打ち切った。

「ところでツェッペリンさん、これからどうするんですか?」
「そうだな、一先ずは近くで宿でも探すか。朝にならんと列車もバスは動かぬ」
「それで……妙高達はどこにいるんですか?」
「知らなかったのか?」
「細かい場所までは……」
「ここはブレストのすぐ西の、名前は忘れだが砂浜だ。観光地だし宿くらいあるだろう」
「今更なんですけど、女の子二人っていうのは、怪しまれないでしょうか……」
「フランス人はドイツ人には逆らえんからな。問題なかろう。観光地であるから宿も高かろうが、金はたんまりある」

 女二人だし片方は日本人という奇妙な二人である。怪しまれはしたが、夜まで海岸で散歩していたということにして宿に泊まることができた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

連合航空艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。 デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...