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第十二章 ドイツ訪問(上陸編)
ブレスト上陸
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「う、撃ってきますよ? どど、どうするんですか!?」
妙高は泣きそうな声でツェッペリンに訴える。
「そう慌てるな、妙高。回避すればいいだけのこと。直ちに左に30度回頭しろ!」
「それで何とかなるんだろうな……」
「我の言葉を信じよ」
シエンフエゴスが舵を切って船が曲がり始めると、ちょうどその時リシュリューの8門の主砲が火を噴いた。
「う、撃ってきました!!」
「奴は我らが曲がり始める前の進路を狙っているのだ。当たる筈があるまい」
これほどの速度で移動する艦艇を相手には、偏差射撃をするしかない。砲弾が落着した時に相手がいるであろう位置を狙って射撃するのである。それ故に、砲撃が行われてから急に針路を変えれば、砲弾を回避することは容易なのである。
砲弾が降り注いできたのはリシュリューの砲撃から20秒ほどのことであった。砲弾は確かに、ツェッペリン達とは数百メートルは離れた地点に巨大な水柱を作った。
「ほら見ろ。全く見当違いの場所に落ち――ぐぬっ……」
ツェッペリンは余裕綽々であったが、次の瞬間には着弾の衝撃による波が押し寄せてきて、船が大きく左右に揺られ、ツェッペリンは倒れそうになってしまった。
「あ、あの程度の波で、こんなに揺られるものか……?」
「あんたと比べられたら困るぜ。この船の基準排水量が何トンだと思ってるんだ?」
「クッ……脆弱に過ぎる……。しかし、この調子なら問題はないな」
「ツェッペリンさん、リシュリューさんは次を撃つつもりです!」
「シエンフエゴス、我の言った通りに動け!」
「ま、それだけは信用できるか」
ツェッペリンの指示通りにジグザグ走行を行い、リシュリューの主砲は簡単に回避することができた。リシュリューが4回主砲斉射した頃には、船は既に主砲の射程から離脱していた。
「よし。これで奴は脅威にならん」
「よ、よかったです……」
リシュリューには最早追いつくこともできない。
○
さて、逃げ切られてしまったリシュリューだが、早々に思考を未来に向けていた。
「あの回避、とても密猟者のものではない。やはり敵国のスパイということでしょう。それにしては色々とお粗末とも思えますが……こうなった以上は陸上で何とかしてもらう他にないでしょうね」
リシュリューは海軍司令部に、密入国者がフランス沿岸に接近していることを伝えた。しかしアンリ・ノミー海軍参謀長はイギリスの北にいる月虹のことばかり気にしていて、密入国者など放っておけという始末であった。
「――犯罪者を放置すると仰るのですか?」
『そんな数名の密入国者など、好きにさせておけ。我が国が攻撃に晒されるかもしれない緊急事態なんだ』
「しかし――」
『君の任務は月虹への警戒だった筈だが? まあ任務途中で取締を行うことは間違ってはいないがね』
「……承知しましたわ」
リシュリューの訴えはほとんど無視されてしまった。そういう意味では月虹による陽動作戦は功を奏したと言えるだろう。
○
「よし、じゃあこれでお別れだ。達者にしろよ」
「大儀であった」
「あ、ありがとうございました……」
深夜の暗がりに紛れ、妙高とツェッペリンは密かにブルターニュ半島に上陸を果たした。どんな国でも都市部から離れれば、真夜中は真っ暗闇そのものである。
ツェッペリンも妙高も、翼や獣耳や尻尾が付いていて明らかに怪しいので厚いコートを着て、妙高はつばの広い帽子を被っている。幸いにして冬なので目立つこともない。そして最低でも数日に渡る旅程に備える為の生活必需品、及び現金の詰まった旅行鞄を携帯している。
「しかし……瑞鶴から五千円ももらってしまった……。これで豪遊し放題だぞ……」
ツェッペリンは瑞鶴から百円札の束を見て声を震わせた。平均的な俸給労働者の半年分の給料くらいに相当する。
「確かにこの旅行だけで使い切るのは大変そうですね」
「だろう? と言うか、お前はこの現金を見ても何も思わんのか?」
「え? まあ、現金として持っておくには大金ですけど……額面だけを考えれば大した額ではないのでは?」
「そ、そうか?」
ツェッペリンは素っ頓狂な声で聞き返した。
「はい、まあ。ああ、あれですか、ライヒスマルクとの為替をご存知ないとか?」
妙高はツェッペリンの感覚が意外と庶民的なのを見て、少しからかいたくなってしまった。
「し、知っとるわ、それくらい! 確か今は1マルクが4円くらいだった筈だ」
「ちゃんと知ってるんですね」
「そ、それが何だ?」
「いえいえ、何でもないです」
「……ま、まあ、よかろう」
ツェッペリンはこれ以上喋ると墓穴を掘ることにしかならないと感じて、この話題を打ち切った。
「ところでツェッペリンさん、これからどうするんですか?」
「そうだな、一先ずは近くで宿でも探すか。朝にならんと列車もバスは動かぬ」
「それで……妙高達はどこにいるんですか?」
「知らなかったのか?」
「細かい場所までは……」
「ここはブレストのすぐ西の、名前は忘れだが砂浜だ。観光地だし宿くらいあるだろう」
「今更なんですけど、女の子二人っていうのは、怪しまれないでしょうか……」
「フランス人はドイツ人には逆らえんからな。問題なかろう。観光地であるから宿も高かろうが、金はたんまりある」
女二人だし片方は日本人という奇妙な二人である。怪しまれはしたが、夜まで海岸で散歩していたということにして宿に泊まることができた。
妙高は泣きそうな声でツェッペリンに訴える。
「そう慌てるな、妙高。回避すればいいだけのこと。直ちに左に30度回頭しろ!」
「それで何とかなるんだろうな……」
「我の言葉を信じよ」
シエンフエゴスが舵を切って船が曲がり始めると、ちょうどその時リシュリューの8門の主砲が火を噴いた。
「う、撃ってきました!!」
「奴は我らが曲がり始める前の進路を狙っているのだ。当たる筈があるまい」
これほどの速度で移動する艦艇を相手には、偏差射撃をするしかない。砲弾が落着した時に相手がいるであろう位置を狙って射撃するのである。それ故に、砲撃が行われてから急に針路を変えれば、砲弾を回避することは容易なのである。
砲弾が降り注いできたのはリシュリューの砲撃から20秒ほどのことであった。砲弾は確かに、ツェッペリン達とは数百メートルは離れた地点に巨大な水柱を作った。
「ほら見ろ。全く見当違いの場所に落ち――ぐぬっ……」
ツェッペリンは余裕綽々であったが、次の瞬間には着弾の衝撃による波が押し寄せてきて、船が大きく左右に揺られ、ツェッペリンは倒れそうになってしまった。
「あ、あの程度の波で、こんなに揺られるものか……?」
「あんたと比べられたら困るぜ。この船の基準排水量が何トンだと思ってるんだ?」
「クッ……脆弱に過ぎる……。しかし、この調子なら問題はないな」
「ツェッペリンさん、リシュリューさんは次を撃つつもりです!」
「シエンフエゴス、我の言った通りに動け!」
「ま、それだけは信用できるか」
ツェッペリンの指示通りにジグザグ走行を行い、リシュリューの主砲は簡単に回避することができた。リシュリューが4回主砲斉射した頃には、船は既に主砲の射程から離脱していた。
「よし。これで奴は脅威にならん」
「よ、よかったです……」
リシュリューには最早追いつくこともできない。
○
さて、逃げ切られてしまったリシュリューだが、早々に思考を未来に向けていた。
「あの回避、とても密猟者のものではない。やはり敵国のスパイということでしょう。それにしては色々とお粗末とも思えますが……こうなった以上は陸上で何とかしてもらう他にないでしょうね」
リシュリューは海軍司令部に、密入国者がフランス沿岸に接近していることを伝えた。しかしアンリ・ノミー海軍参謀長はイギリスの北にいる月虹のことばかり気にしていて、密入国者など放っておけという始末であった。
「――犯罪者を放置すると仰るのですか?」
『そんな数名の密入国者など、好きにさせておけ。我が国が攻撃に晒されるかもしれない緊急事態なんだ』
「しかし――」
『君の任務は月虹への警戒だった筈だが? まあ任務途中で取締を行うことは間違ってはいないがね』
「……承知しましたわ」
リシュリューの訴えはほとんど無視されてしまった。そういう意味では月虹による陽動作戦は功を奏したと言えるだろう。
○
「よし、じゃあこれでお別れだ。達者にしろよ」
「大儀であった」
「あ、ありがとうございました……」
深夜の暗がりに紛れ、妙高とツェッペリンは密かにブルターニュ半島に上陸を果たした。どんな国でも都市部から離れれば、真夜中は真っ暗闇そのものである。
ツェッペリンも妙高も、翼や獣耳や尻尾が付いていて明らかに怪しいので厚いコートを着て、妙高はつばの広い帽子を被っている。幸いにして冬なので目立つこともない。そして最低でも数日に渡る旅程に備える為の生活必需品、及び現金の詰まった旅行鞄を携帯している。
「しかし……瑞鶴から五千円ももらってしまった……。これで豪遊し放題だぞ……」
ツェッペリンは瑞鶴から百円札の束を見て声を震わせた。平均的な俸給労働者の半年分の給料くらいに相当する。
「確かにこの旅行だけで使い切るのは大変そうですね」
「だろう? と言うか、お前はこの現金を見ても何も思わんのか?」
「え? まあ、現金として持っておくには大金ですけど……額面だけを考えれば大した額ではないのでは?」
「そ、そうか?」
ツェッペリンは素っ頓狂な声で聞き返した。
「はい、まあ。ああ、あれですか、ライヒスマルクとの為替をご存知ないとか?」
妙高はツェッペリンの感覚が意外と庶民的なのを見て、少しからかいたくなってしまった。
「し、知っとるわ、それくらい! 確か今は1マルクが4円くらいだった筈だ」
「ちゃんと知ってるんですね」
「そ、それが何だ?」
「いえいえ、何でもないです」
「……ま、まあ、よかろう」
ツェッペリンはこれ以上喋ると墓穴を掘ることにしかならないと感じて、この話題を打ち切った。
「ところでツェッペリンさん、これからどうするんですか?」
「そうだな、一先ずは近くで宿でも探すか。朝にならんと列車もバスは動かぬ」
「それで……妙高達はどこにいるんですか?」
「知らなかったのか?」
「細かい場所までは……」
「ここはブレストのすぐ西の、名前は忘れだが砂浜だ。観光地だし宿くらいあるだろう」
「今更なんですけど、女の子二人っていうのは、怪しまれないでしょうか……」
「フランス人はドイツ人には逆らえんからな。問題なかろう。観光地であるから宿も高かろうが、金はたんまりある」
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