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第十一章 キューバ戦争
海戦前夜
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大和がキューバのアメリカ軍を攻撃したり、帝国空軍が実質的に参戦したりなどがあって、アメリカ軍はキューバ南方の制海権を握れていないことに強い危機感を持つようになっていた。
アイゼンハワー首相はスプルーアンス元帥にキューバ周辺海域の制海権を全面的に奪取するよう命じ、元帥は東海岸のありったけの戦力を率いて出撃した。
わざわざ『東海岸の戦力』と呼ぶのは、パナマ運河を失って、アメリカ西海岸と東海岸がほぼ分断され、東西それぞれに艦隊を配備しなければならなくなったからである。一昔前のアメリカならば難しいことではなかったが、今は国家予算の3割を費やして何とか維持している状況である。まあ曲がりなりにもそれが可能というだけでアメリカの国力が窺い知れる訳だが。
艦隊旗艦は例の通りに空母エンタープライズであり、その他に空母2隻、戦艦5隻が中核である。特に戦艦には、決戦兵器として秘蔵されていたモンタナ級戦艦ニューハンプシャーとルイジアナが加わっており、アイゼンハワー首相の本気を感じさせるものである。
「これで負けたら、本当に我が国は終わりだな」
スプルーアンス元帥は自嘲するように言った。将兵達にも絶望感が広がっているのか、誰も咎めはしなかった。
「元帥閣下、勝って下さらないと困りますよ? 私が瑞鶴を手に入れられなくなってしまうではありませんか」
エンタープライズは相変わらず瑞鶴にしか興味はなかった。
「努力させてもらうよ。勝てるか保証はしかねるがね」
「海軍であなたより有能な人間はいないのですから、あなたが負けたらどうすればいいんですか?」
「もっと有能な人間を探してくれ。まあ負けてやるつもりはないがな」
「閣下、偵察機からの報告です。ですが……敵艦隊はどうも、我々の予想以上の数です」
「どれ、見せてくれ」
元帥は報告書に目を通す。
「空母が10隻だって? どこからそんな空母が湧いてきたんだ」
「さ、さあ……」
「すまない。ただの愚痴だ。とは言え……太平洋で日本海軍に動きはない。蟠竜型のような主力艦が出ているとは考えられない。恐らく軽空母が複数出ているだけだろう」
一時はその数に衝撃を受けたが、よく考えてみれば見掛け倒しに過ぎないだろうと元帥は判断した。流石はアメリカ海軍で最古参の将軍である。日本が保有している軍艦くらい全て覚えているのだ。
「ですが、船魄の頭数が多いのは脅威なのでは? 同時に操れる艦載機の数は向こうの方が多いでしょう」
どれだけ本体が巨大でも、船魄一人当たりが操れる艦載機の数には限りがある。精々100機が限界だろう。それを考慮すると航空戦力においてアメリカ軍が不利な可能性がある。
「消耗戦となればこちらが有利な筈だ。いずれにせよ航空戦力はほとんど互角と考えていいだろう。まあ、ここで負けたらお終いの我々と違って、日本軍にはまだまだ予備戦力があるが……。それよりも注目すべきは、日本軍の砲戦戦力がかつてないほど貧弱ということだ」
「確かに戦艦は2隻だけのようですが……種類によるのでは?」
「馬鹿者め。報告書を読めば敵が扶桑型戦艦であることくらい分かるだろう。まったく、最近の士官教育はどうなっているんだ」
「も、申し訳ありません……」
「きちんと勉強したまえ」
日本の戦艦は艦級毎に見た目がかなり違い、主砲を12門も装備しているのは扶桑型だけである。艦の中央部に主砲が配置されているのも特徴的だ。
「扶桑型であれば、モンタナ級どころかアイオワ級の敵ですらない。戦艦で押し切れば我々の勝利だ」
「ふふふ。そう上手くいくといいですね」
今度の日本艦隊はバランスが悪い。それは実に正しい分析であったし、それについては妙高も悩んでいた。
○
少し前のこと。妙高艦内に主要な船魄達が集まって作戦会議を開いていた。帝国海軍からの情報提供があり、アメリカ東海岸を南下する艦隊の規模については概ね把握している。
「モンタナ級……こんなところで出してくるなんて……」
妙高は早々に旗艦を引き受けたことを後悔していた。長門と共に戦ったこともない新手、しかも強力な新手が今回の敵なのである。
「確かにわたくし達では足止めもできないでしょうね」
扶桑は軽々しく言い切った。
「ふえぇ……」
「はあ、私が戦場になんて立ったからこうなったのよ。不幸だわ……」
「そんなこと言わないでくださいよぉ……」
妙高は早速意気消沈してしまった。
「モンタナ級なんて恐れることないでしょ。大和より格下だし」
瑞鶴は言う。確かにモンタナ級の主砲は41cm砲であり、長門や土佐や天城と同列の艦である。但し主砲の数は3連装4基12門と破格だ。
「ですが、こっちには長門様も陸奥さんもいないですし……流石に不利かと……」
「であれば、大和を使えばよいのでは? 足止めにはなるでしょう」
扶桑がそう提案すると、瑞鶴と信濃が即座に彼女を睨みつけた。
「大和を傷つける気かしら?」
「姉様をそのように使うなど、あり得ぬ」
「あらあら。わたくしは合理的な作戦を申し上げただけなのですが」
「まあまあ、皆さん落ち着いてください……。作戦としては航空戦力で敵の戦艦を無力化する他にないでしょう」
大和を使うのは論外であった。よって作戦としては、航空戦力だけで決着をつけるということになる。
アイゼンハワー首相はスプルーアンス元帥にキューバ周辺海域の制海権を全面的に奪取するよう命じ、元帥は東海岸のありったけの戦力を率いて出撃した。
わざわざ『東海岸の戦力』と呼ぶのは、パナマ運河を失って、アメリカ西海岸と東海岸がほぼ分断され、東西それぞれに艦隊を配備しなければならなくなったからである。一昔前のアメリカならば難しいことではなかったが、今は国家予算の3割を費やして何とか維持している状況である。まあ曲がりなりにもそれが可能というだけでアメリカの国力が窺い知れる訳だが。
艦隊旗艦は例の通りに空母エンタープライズであり、その他に空母2隻、戦艦5隻が中核である。特に戦艦には、決戦兵器として秘蔵されていたモンタナ級戦艦ニューハンプシャーとルイジアナが加わっており、アイゼンハワー首相の本気を感じさせるものである。
「これで負けたら、本当に我が国は終わりだな」
スプルーアンス元帥は自嘲するように言った。将兵達にも絶望感が広がっているのか、誰も咎めはしなかった。
「元帥閣下、勝って下さらないと困りますよ? 私が瑞鶴を手に入れられなくなってしまうではありませんか」
エンタープライズは相変わらず瑞鶴にしか興味はなかった。
「努力させてもらうよ。勝てるか保証はしかねるがね」
「海軍であなたより有能な人間はいないのですから、あなたが負けたらどうすればいいんですか?」
「もっと有能な人間を探してくれ。まあ負けてやるつもりはないがな」
「閣下、偵察機からの報告です。ですが……敵艦隊はどうも、我々の予想以上の数です」
「どれ、見せてくれ」
元帥は報告書に目を通す。
「空母が10隻だって? どこからそんな空母が湧いてきたんだ」
「さ、さあ……」
「すまない。ただの愚痴だ。とは言え……太平洋で日本海軍に動きはない。蟠竜型のような主力艦が出ているとは考えられない。恐らく軽空母が複数出ているだけだろう」
一時はその数に衝撃を受けたが、よく考えてみれば見掛け倒しに過ぎないだろうと元帥は判断した。流石はアメリカ海軍で最古参の将軍である。日本が保有している軍艦くらい全て覚えているのだ。
「ですが、船魄の頭数が多いのは脅威なのでは? 同時に操れる艦載機の数は向こうの方が多いでしょう」
どれだけ本体が巨大でも、船魄一人当たりが操れる艦載機の数には限りがある。精々100機が限界だろう。それを考慮すると航空戦力においてアメリカ軍が不利な可能性がある。
「消耗戦となればこちらが有利な筈だ。いずれにせよ航空戦力はほとんど互角と考えていいだろう。まあ、ここで負けたらお終いの我々と違って、日本軍にはまだまだ予備戦力があるが……。それよりも注目すべきは、日本軍の砲戦戦力がかつてないほど貧弱ということだ」
「確かに戦艦は2隻だけのようですが……種類によるのでは?」
「馬鹿者め。報告書を読めば敵が扶桑型戦艦であることくらい分かるだろう。まったく、最近の士官教育はどうなっているんだ」
「も、申し訳ありません……」
「きちんと勉強したまえ」
日本の戦艦は艦級毎に見た目がかなり違い、主砲を12門も装備しているのは扶桑型だけである。艦の中央部に主砲が配置されているのも特徴的だ。
「扶桑型であれば、モンタナ級どころかアイオワ級の敵ですらない。戦艦で押し切れば我々の勝利だ」
「ふふふ。そう上手くいくといいですね」
今度の日本艦隊はバランスが悪い。それは実に正しい分析であったし、それについては妙高も悩んでいた。
○
少し前のこと。妙高艦内に主要な船魄達が集まって作戦会議を開いていた。帝国海軍からの情報提供があり、アメリカ東海岸を南下する艦隊の規模については概ね把握している。
「モンタナ級……こんなところで出してくるなんて……」
妙高は早々に旗艦を引き受けたことを後悔していた。長門と共に戦ったこともない新手、しかも強力な新手が今回の敵なのである。
「確かにわたくし達では足止めもできないでしょうね」
扶桑は軽々しく言い切った。
「ふえぇ……」
「はあ、私が戦場になんて立ったからこうなったのよ。不幸だわ……」
「そんなこと言わないでくださいよぉ……」
妙高は早速意気消沈してしまった。
「モンタナ級なんて恐れることないでしょ。大和より格下だし」
瑞鶴は言う。確かにモンタナ級の主砲は41cm砲であり、長門や土佐や天城と同列の艦である。但し主砲の数は3連装4基12門と破格だ。
「ですが、こっちには長門様も陸奥さんもいないですし……流石に不利かと……」
「であれば、大和を使えばよいのでは? 足止めにはなるでしょう」
扶桑がそう提案すると、瑞鶴と信濃が即座に彼女を睨みつけた。
「大和を傷つける気かしら?」
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