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第十一章 キューバ戦争

敵と味方

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 一九五五年十一月四日、大日本帝国、大阪府大阪市北区、国際連盟本部。

 先日のシエンフエーゴスの虐殺を受けて、国連はまたしても紛糾していた。真っ先に意見を述べたのはソビエト連邦のヴャチェスラフ・モロトフ外務大臣であった。

「えー、先日のキューバにおける民間人を対象にした無差別の爆撃は、どう考えましてもジェノサイドの要件を満たすものです。国連加盟各国には『集団殺害罪の防止および処罰に関する条約』つまりジェノサイド条約に基づきまして、利害関係の如何に拘わらず、正義を執行する為に、アメリカ合衆国に対し軍事的な制裁を課すことに賛成されますよう、要請いたします」

 ジェノサイドという言葉は第二次世界大戦中のドイツのユダヤ人虐殺を非難する意図でアメリカが作ったプロパガンダ用語であるが、戦後はアメリカ・イギリス・フランスなどの旧連合国が数百年に渡って行ってきた民族浄化・民族の殲滅を目的とした虐殺を指す言葉として専ら使用されている。

 そして1948年に締結されたジェノサイド条約は、ジェノサイドを行うあらゆる国家に対し国連による武力制裁を行うと定めた条約である。但しその実行には国連総会の議決を必要とする。

 アメリカのダレス国務長官はモロトフ外務大臣に真っ向から反発した。

「先日の攻撃は軍事的な必要性から生じたものであって、民間人が犠牲になったことは遺憾ではありますが、決して民間人を攻撃することを意図したものではありません。国連加盟各国には冷静で中立的な判断を求めます」
「軍事施設もない都市を爆撃して、どこに軍事的必要性があったと?」
「我が国の調査では、シエンフエーゴスはキューバ軍の補給拠点となるべく高度に要塞化された都市です。よって都市全体が軍事施設だと言えるでしょう」
「だからと言って民間人を殺していい理由にはなりません。あなた方は事前に警告をするべきでした」

 モロトフとダレスの言い争いは政治的なパフォーマンスであって、相手を説得する気など毛頭なかった。そして結局は、国連の行動は投票によって決まるのである。

 結果は、ドイツの拒否権行使による否決であった。ドイツのアルトゥル・ザイス=インクヴァルト外務大臣は何の理由も示さず、誰との論争にも乗ることはなかった。ドイツの後ろ盾がある限り、アメリカが国連から制裁を受けることはないのである。

 ○

 一九五五年十一月四日、コスタリカ、プエルト・リモン鎮守府。

「ねえねえ長門、アメリカ海軍が動き出したみたいよ」

 陸奥は執務室にノックもせずに入って来て、危機感がなさそうに言う。長門はもうそんなことには慣れているので、特に何も言わなかった。

「大和を沈める為にか?」
「多分ね」
「敵の数は?」
「最低でも戦艦4、空母3ってところかしら。直接偵察した訳じゃないから詳しくは分からないけど」

 この情報はアメリカ東海岸各所の諜報員からもたらされたものである。

「なるほど。なかなかの戦力だな」
「どうするの?」
「私達が出てもいいが……今は修理に集中したいところだ」
「あらそう? こういう時は無理をしてでも出撃するって言いそうなのに」
「私達が出るまでもないだろう。それに、扶桑と山城にも実戦経験を積んでもらった方がいい」
「そう」
「但し、信濃と大鳳は出す。二人は無傷だからな」
「ふーん。信濃はあなたと離れて嫌がりそうだけどね」
「そ、そんなことはないだろ。ともかく、まずは和泉に連絡してくれ」
「分かったわ。ふふ、信濃の居ぬ間にたくさんイイコトしましょうね」
「し、痴れ者がッ! とっとと仕事をしてこい!」

 長門の意見を連合艦隊司令部は何の文句も付けずに採用した。そして扶桑の第六艦隊と山城の第七艦隊が大和の防衛に差し向けられるということを、長門は瑞鶴に伝えた。

 ○

 瑞鶴は大和の艦内で長門からの通信を受けた。

「へえ、扶桑と山城ねえ」
『そうだ。扶桑も山城も艦隊旗艦として、お前の状況は正しく把握しているが、協力するかしないかはお前の勝手だ』

 艦隊旗艦は全て敵味方識別装置について把握している。

「大和を守るんだもの。協力しない訳がないわ」
『――そうか』

 瑞鶴が非常に素直で長門は少し驚いた。

『やはりお前は、大和が好きなのだな』
「当たり前じゃない。今更何を言ってるの?」
『愚問だったな。それとこちらからは信濃と大鳳を出す』
「そう。そんな大戦力が揃ってたら、アメリカ軍なんてどうってことないわね」
『油断はするな』
「そんなヘマはしないけど、誰が指揮するの? 指揮系統がごちゃ混ぜだけど」
『そう言われると……特に何も決まっていないな』

 第五、第六、第七艦隊に月虹を混ぜ合わせた混沌の艦隊である。一体誰がこれを率いるべきか。連合艦隊司令部も特に命令を下してはいなかった。

『順当に考えれば、年功序列で扶桑ということになるだろうが』

 1914年進水の扶桑は、物持ちの良い帝国海軍でも非常に古い部類の戦艦である。金剛に次いで古い戦艦で、金剛は元は巡洋戦艦だったから、純粋な戦艦としては(三笠などの船魄実験艦を除けば)一番古い。

「えー、飛行機がない時代の戦艦の指揮なんて当てにできないんだけど」
『そうは言ってもな……』
「じゃあ私が指揮を執るわ。月虹艦隊旗艦としてね」
『ま、まあ、他の者が納得するのなら構わんが……。扶桑と山城が納得するのなら、それでもいいと思うぞ』
「私が説得するの?」
『私にはお前を旗艦に推す動機がない』
「あっそう。分かったわ」

 瑞鶴は一先ず扶桑及び山城に会うことにした。軍艦としては何度も対面したが船魄には会ったことがなかった。
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