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第十章 大東亜戦記Ⅱ(戦後編)

奇襲

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「どうやら艦載機を引き上げた方がいいみたいね」
「ああ、頼むよ」

 連合艦隊を攻撃している場合ではないと瑞鶴は判断し、デーニッツ元帥も同じ判断を下した。だが、その判断は遅過ぎた。

「閣下! 北方200kmに多数の航空機を確認しました!」
「もう来たのか……。これでは、間に合わん」
「してやられたわね……。敵の数は?」
「およそ300機です!」
「私の高角砲でも流石に捌き切れないわね」
「ティルピッツでもどうにもなるまい。これは、我々の敗北か……」

 日本軍は30分もかからず襲来するだろう。対して瑞鶴の艦載機が戻ってくるのには2時間はかかる。とても間に合わない。

「あんたの言ってた基地航空隊とかを出せば?」
「そのつもりだよ。だが、こちらは100機程度だ」
「それしかいないの? 基地航空隊のクセに?」
「仕方ないだろう。我が国はソ連への対処の方が忙しいのだ」
「使えないわねえ」

 オーストラリアに配備されているのはあくまで日本軍を掣肘する為の軍隊であって、本当にやり合うことを想定してはいない。加えてジェット機はこのような防衛戦には向いていない。

「それでも、一方的にやられるよりはマシだ」
「それはそうだけど。取り敢えず全力でやりなさい」
「分かっている」

 こちらの戦力はドイツのジェット戦闘機Me262が100機と、瑞鶴とティルピッツの高角砲と機銃のみ。状況は甚だ芳しくない。

 ○

「奇襲だと?」
「ああ。連合艦隊は航空艦隊を大きく北回りに迂回させて、敵本隊を直接叩くつもりらしい」

 奇襲作戦が開始されて、長門と岡本大佐にようやく作戦の詳細が知らされた。オーストラリアの北方はほとんど日本の勢力圏であって、ドイツ軍はそこにいくら飛行機が飛んでいようと探知することはできない。オーストラリアに設置されているレーダーの探知距離まで気付かれることはないのだ。

「なるほど。瑞鶴もこの数に襲われれば無傷では済まないだろう。魚雷を一本でも叩き込むことができれば、我々の勝ちだな」

 瑞鶴は空母であり、痛みに弱い。本体を損傷すれば艦載機を操っているどころではないだろう。

「瑞鶴を傷付けるのは遺憾なのだがなあ……」
「奴は裏切り者なのだ。そんなことを気にしてやる義理はない」
「私にとって瑞鶴は、初の娘のようなものなのだよ。少しは私の気持ちを考えてくれ」
「それは……悪かったな」

 戦闘は続く。瑞鶴はどの道間に合わないと考えたのか、自らの直掩を放棄して連合艦隊を全力で攻撃することにしたようだ。しかし、事は長門の期待通りに運ばなかった。

「……何故だ。奴の動きが一向に鈍らないのだが」

 航空艦隊の奇襲から20分ほど経ったが、瑞鶴の動きに変化は見られない。未だに魚雷の一本も爆弾の一つも命中させられていないということだ。

「ふむ……ドイツ軍は案外たくさん高射砲を整備していたのか」
「高射砲で艦載機を押さえ切れるものか」
「数を揃えれば不可能ではないと思うが……それほどの数がここに配備されているとは思えんな」

 ドイツはソ連との国境線を固めるので手一杯だ。オーストラリアに抑止力以上の軍事力があるとは考えにくい。

「うーむ、分からんな」
「まったく、どうなっているのだ」

 長門は愚痴を呟きながら主砲斉射を続けた。

 ○

 何が起こっているのか一番最初に把握したのは、当然と言うべきか豊田大将であった。

「閣下! 航空戦隊が未知の敵の攻撃を受けています! 西方から現れた50機程度のドイツ軍機とのこと!」
「何? いや、50機程度が加わったところで、大した脅威ではないだろう」
「そ、それが、敵は我が方を圧倒する能力を持っているようでして……恐らく船魄とのことです」
「何……? まさか、そんな馬鹿な。グラーフ・ツェッペリンをわざわざここまで持って来たと言うのか?」

 ソ連には戦艦ソビエツキー・ソユーズがあり、ヨーロッパからグラーフ・ツェッペリンを離れさせる訳にはいかない筈だ。とは言え、全ての状況証拠はグラーフ・ツェッペリンがここにいることを示している。

「閣下! 航空戦隊は壊滅寸前です! 撤退のご命令を!」
「ば、馬鹿な、そんなことが……」
「閣下!」
「わ、分かった。全航空戦隊は撤退せよ……」

 まさか空母型の船魄が2隻もいるとは、連合艦隊司令部は全く想定外であった。同時に、ドイツがやけに強気に出た理由はこれかと、帝国は理解した。

 ○

「おお、グラーフ・ツェッペリンが来てくれたのか。本国の策とはこれのことだったのか……」

 日本の攻撃隊はグラーフ・ツェッペリンの艦載機に撃退され、ドイツ海軍と瑞鶴は当面の危機を脱することができた。

「グラーフ・ツェッペリン? 確かドイツ唯一の船魄だったわよね?」
「ああ、その通りだ。これで戦力は完全に逆転した。攻勢に出るぞ」
「私に命令しないで。まあ、最初からそのつもりだけど」
「それでいい。グラーフ・ツェッペリンと共に、日本軍を叩いてくれ」
「分かった」

 グラーフ・ツェッペリンの参戦で戦いの流れは完全に逆転した。日本最強の船魄とドイツ最強の船魄が相手では、連合艦隊も流石に耐えきれないだろう。豊田大将は連合艦隊全艦に撤退命令を下した。

 後世ダーウィン事件と呼ばれるこの戦闘はドイツ側の勝利に終わり、瑞鶴はドイツ軍の手に渡った。瑞鶴は結局ドイツ軍に協力することはほとんどなかったが、日本から瑞鶴を引き離せるだけでドイツ軍には十分であった。日本に伍する大艦隊を建設する時間が稼げたからである。

 ○

「――こういう訳で私はドイツに亡命したって訳。まあその後にドイツからも亡命するんだけどね」

 瑞鶴の思い出話は終わったようだ。

「大変だったんですね......。て言うか、そんな超能力みたいなの使えたんですか?」
「ええ。私が大体の交渉を上手く纏められるのはこれのお陰よ」
「今もいるんですか、その、翔鶴さんというのは?」
「今はいないわ。だってこの周囲に存在するのはあなただけだし。あくまで集団の考えを読み取るのが私の力だから」
「なるほど......。他の方でも、そういう能力を持っている方はいるんですか?」

 妙高はそんな話は全く聞いたことがない。極一部の船魄だけが特殊能力を持っていると予想される。

「さあね。他の船魄なんて興味ないし」
「そうですか……」

 妙高はもしかしたら何か使える能力があるかもしれないと思ったが、瑞鶴に頼るのは間違いであった。

 妙高、瑞鶴、大和はパナマ運河を越え、キューバに戻った。
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