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第十章 大東亜戦記Ⅱ(戦後編)
重光・リッベントロップ協定
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「リッベントロップ閣下、ここは腹を割って話し合いましょう。現下、大東亜戦争以前と比べれば壊滅的な打撃を受けているとは言え、我が海軍の戦力はドイツ海軍とは比較にもならない。ドイツ本国から完全に孤立したこの場所で、我が軍と事を構えようというのは、とても現実的とは思えませんな」
「それは我が国を恫喝しているということですか?」
「ただご忠告を申し上げているだけです。帝国は平和的解決の道があるのであれば無論迷いなくそれを選びますが、それは妥協を意味しません」
言葉を繕っても恐喝が恐喝であることに違いはない。とは言え、リッベントロップ外務大臣も他国の公使や大臣に平然と恐喝を繰り返して来た男だ。帝国に文句を言える筋合いはないのである。
「なるほどなるほど。貴国の立場はよく分かりました」
「流石はリッベントロップ閣下。無用な説明が省けて助かります」
「では、我が国の立場もお伝えするとしましょう。我が国に瑞鶴を明け渡すつもりは毛頭ありません」
「……それはいかなる条件を付けても、ですかな?」
「はい。まあ貴国がアジアの全てをドイツに下さるくらいの条件があれば受け入れてもよいですが」
「受け入れるつもりはない、と。お言葉ですが、瑞鶴は我が軍の軍艦であって、貴国はそれを強盗したようなものです。国際的な立場が悪くなるとは思わないのですかな?」
重光大臣はドイツの交渉をする気がないと察しつつも、その意図を探ろうと考えた。
「瑞鶴は我が国を頼って亡命してきたのです。我が国を頼って来てくれた者をむざむざ送り返しては、寧ろ我が国の信用に関わります」
「亡命、ですか。なるほど。大臣閣下は船魄に自由意思があるとでもお思いなのですか?」
「それは誰の目にも明らかでは?」
「はぐらかさないで頂きたい。船魄は法的な主体になり得るのかという話です。そんなことを認めれば、軍艦に人権を保障しなければならなくなりますぞ。白人に人権という概念があるのかは定かではありませんが」
瑞鶴にそもそも亡命する権利はないのだと、重光大臣は主張する。それは日本の公式見解でもあった。
「これはこれは。ヨーロッパは最大多数の人権を実現する為に一部の人権を犠牲にしているに過ぎません。アメリカは極一部の資本家の利潤の為に大多数の無産階級の人権を踏みにじっているようですが。まあ、そんな下らない話は置いておいて、船魄の権利については今のところ、それを定めた条約も国内法も、この地球上のどこにも存在しません。よって我が国は暫定的に、船魄も法的主体になり得るものとして遇しています」
「本気で仰っているのですか? 船魄に自由権を認めるとでも?」
「ええ。彼女達は自由人なのです。ですから彼女達には、あくまで我が軍と対等な立場として契約を結び、戦ってもらうのです。彼女達が命を賭けて戦ってくれる代償に、我々は必要な物資、修理の支援を行うという契約です」
気に食わなかったら軍から離脱してもよいということだ。そんな契約がある筈がない。これは明らかに、瑞鶴を何としてでも確保する為の屁理屈であろう。
「どうやら閣下は、外交で事態を解決するつもりがないようですな」
「我が国も貴国と同じように、妥協はできないのです」
「現実的な妥協案すらないと?」
「最低でもインドネシアの割譲くらいには応じて頂かなければ、瑞鶴は渡せません」
交渉というには最初は過大な要求を突きつけるものであるが、幾ら何でも過大である。京都平和条約で策定された勢力圏を今更動かすなど、到底受け入れられるものではない。
「では、交渉は決裂ですな?」
「よろしいのですか? 瑞鶴はインドネシアなどより余程価値があるのでは?」
「我が国の船魄が瑞鶴だけとでもお思いですか?」
「長門のことですか?」
「それもありますが、帝国は今後10年程度を掛け、海軍を再建する予定です。それも全ての軍艦を船魄化した大艦隊を整備します」
瑞鶴を手にしたところで日本の海軍力の優位は覆らないだろうという脅しである。つまり瑞鶴の為だけに日本と関係を悪化させるのは悪手だというメッセージだ。
「なるほど。時に、閣下は複合発展の法則という言葉をご存知ですか?」
「レーニン主義の用語に興味はありませんな」
「要するに、後発国は先進国の知識を取り入れ急速に発展することができるという理論です。社会主義は人類にとって災厄ですが、その理論には参考にすべき点も多い」
「つまり、ドイツ海軍は帝国海軍に追い付くとでも?」
「はい。必ずや、我が国は世界一の大艦隊を造り上げるでしょう」
「左様ですか……」
これはドイツからの、交渉に応じるつもりは無いという宣告であった。
「ではリッベントロップ閣下、元より閣下はそのつもりで来たのかもしれませんが……これだけは約束しましょう。戦闘行為をオーストラリア以外に広げないと」
「ええ、もちろん、お約束します」
つまりは世界大戦を回避しつつも決着は武力によって着けようという協定である。交渉は決裂したのである。
「それは我が国を恫喝しているということですか?」
「ただご忠告を申し上げているだけです。帝国は平和的解決の道があるのであれば無論迷いなくそれを選びますが、それは妥協を意味しません」
言葉を繕っても恐喝が恐喝であることに違いはない。とは言え、リッベントロップ外務大臣も他国の公使や大臣に平然と恐喝を繰り返して来た男だ。帝国に文句を言える筋合いはないのである。
「なるほどなるほど。貴国の立場はよく分かりました」
「流石はリッベントロップ閣下。無用な説明が省けて助かります」
「では、我が国の立場もお伝えするとしましょう。我が国に瑞鶴を明け渡すつもりは毛頭ありません」
「……それはいかなる条件を付けても、ですかな?」
「はい。まあ貴国がアジアの全てをドイツに下さるくらいの条件があれば受け入れてもよいですが」
「受け入れるつもりはない、と。お言葉ですが、瑞鶴は我が軍の軍艦であって、貴国はそれを強盗したようなものです。国際的な立場が悪くなるとは思わないのですかな?」
重光大臣はドイツの交渉をする気がないと察しつつも、その意図を探ろうと考えた。
「瑞鶴は我が国を頼って亡命してきたのです。我が国を頼って来てくれた者をむざむざ送り返しては、寧ろ我が国の信用に関わります」
「亡命、ですか。なるほど。大臣閣下は船魄に自由意思があるとでもお思いなのですか?」
「それは誰の目にも明らかでは?」
「はぐらかさないで頂きたい。船魄は法的な主体になり得るのかという話です。そんなことを認めれば、軍艦に人権を保障しなければならなくなりますぞ。白人に人権という概念があるのかは定かではありませんが」
瑞鶴にそもそも亡命する権利はないのだと、重光大臣は主張する。それは日本の公式見解でもあった。
「これはこれは。ヨーロッパは最大多数の人権を実現する為に一部の人権を犠牲にしているに過ぎません。アメリカは極一部の資本家の利潤の為に大多数の無産階級の人権を踏みにじっているようですが。まあ、そんな下らない話は置いておいて、船魄の権利については今のところ、それを定めた条約も国内法も、この地球上のどこにも存在しません。よって我が国は暫定的に、船魄も法的主体になり得るものとして遇しています」
「本気で仰っているのですか? 船魄に自由権を認めるとでも?」
「ええ。彼女達は自由人なのです。ですから彼女達には、あくまで我が軍と対等な立場として契約を結び、戦ってもらうのです。彼女達が命を賭けて戦ってくれる代償に、我々は必要な物資、修理の支援を行うという契約です」
気に食わなかったら軍から離脱してもよいということだ。そんな契約がある筈がない。これは明らかに、瑞鶴を何としてでも確保する為の屁理屈であろう。
「どうやら閣下は、外交で事態を解決するつもりがないようですな」
「我が国も貴国と同じように、妥協はできないのです」
「現実的な妥協案すらないと?」
「最低でもインドネシアの割譲くらいには応じて頂かなければ、瑞鶴は渡せません」
交渉というには最初は過大な要求を突きつけるものであるが、幾ら何でも過大である。京都平和条約で策定された勢力圏を今更動かすなど、到底受け入れられるものではない。
「では、交渉は決裂ですな?」
「よろしいのですか? 瑞鶴はインドネシアなどより余程価値があるのでは?」
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「長門のことですか?」
「それもありますが、帝国は今後10年程度を掛け、海軍を再建する予定です。それも全ての軍艦を船魄化した大艦隊を整備します」
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