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第十章 大東亜戦記Ⅱ(戦後編)
緊張
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「ほう……これはまた、非常に状態が良い。日本の医療技術を限界まで投じて生命維持に努めていたのだろう」
「あっそう。で、どう? 大和を目覚めさせられるの?」
「一目見て分かるようなものではない。少し待っていてくれるかな?」
「分かった。くれぐれも勝手なことはしないでよね?」
「無論だ。本当は貴重な検体として解剖したいところだが――」
「はあ!?」
「冗談だ、冗談。私は愚か者ではない。殺していい人間しか殺さんよ」
「殺していい人間ねえ」
ともかく、メンゲレ博士は大和の診察を始めた。目を開いたり首や腕を触ったり、何をやっているのか全く分からなかったが、メンゲレ博士が本気で取り組んでいることだけは伝わってきた。やはり彼は研究馬鹿なのだ。
「――どう?」
「見たところ、実に不思議な状態だ」
「どういうこと?」
「普通なら目覚めてもおかしくない状態なのに、目覚める気配が全くない。まるで強力な催眠術で死んだように思い込まされているかのようだ」
「何言ってるのか分かんないんだけど」
「要するに、私の知識では彼女を目覚めさせられる見込みはないということだ。船魄のサンプルは我が軍のグラーフ・ツェッペリンしかなくてね。まだまだ知識が不足しているのだ」
「そう。じゃあ、大和をこのまま生かし続けるのは?」
「それについては心配しないでくれ。植物状態の人間のサンプルはいくらでもあるから、研究が進んでいてね。彼女の状態ならば、全く問題なく生命を維持することが可能だ」
研究サンプルというのはどうせ、アウシュビッツで人為的に植物状態とか脳死にされたユダヤ人だろう。瑞鶴にとってそんなことはどうでもいいことだったが。
「そう……。ならよかった。何かしないといけないことはあるの?」
「これまで通りの処置を続ければ問題ないだろう。後は、定期的に筋肉をマッサージしておかないと、目覚めた時に身体が全く動かなくなるから気を付けてくれ。具体的な方法については、後で文書に纏めて渡してあげよう」
「ありがとう。でも何でそんなに本気で取り合ってくれるの?」
「私は医者なのだ。目の前で困っている者を救わずして何とする」
「その手で何十万人を殺してるクセに」
「社会にとっての害を排除しただけだ。より多くの人間を幸福にする為にね」
「あっそう」
という訳で、大和を目覚めさせる何らかの手段が見つかるまで大和を延命させる算段がついた。だが帝国海軍にそれを許すつもりはなかった。
○
「上級大将閣下、日本からの通告です。即刻瑞鶴を引き渡すべし。また瑞鶴をダーウィン港から動かせば宣戦不可と見なす、とのこと」
「そう来るとは分かっていたが、どうしたものか……」
日本海軍はその戦力のほとんど、長門を含む戦艦5隻に空母4隻などの主力艦隊をポートモレスビーに送り込んでいた。ここダーウィンから1,800kmほどである。
「戦力は向こうが圧倒的だ。まさか日本と戦争するなど論外だし……いずれにせよ本国からの指示を待つことになるだろう」
瑞鶴を味方に数えても、デーニッツ上級大将の手元にある主力艦は空母と戦艦が1隻ずつだけである。とても日本に対抗することはできない。日本が強硬策に出れば大人しく瑞鶴を差し出すしかないだろう。
「一先ずは時間稼ぎだ。適当な返事をして時間を稼げ」
「はっ!」
交渉するポーズさえ見せていれば日本軍が即座に攻撃してくることはない。デーニッツ上級大将はそう踏んで、とにかく交渉を遅滞させることにした。
○
さて、デーニッツ上級大将の時間稼ぎ工作が始まっておよそ1週間。
「もう我慢ならん! 私だけでも瑞鶴を討伐しに行かせてもらう!!」
長門は我慢の限界であった。今すぐに瑞鶴を沈めに行く気満々である。
「第三次世界大戦を起こすつもりか? 一体どれだけの人間が死ぬと思っている」
岡本大佐はそう窘める。
「クソッ! そんなことは分かっている! だが奴め、陛下を裏切った挙句のうのうと敵国に居座って……!」
「落ち着いてくれ。政府から何か通達がなければ動けないんだ」
これは高度に政治的な問題である。軍人の一存で決められる話ではない。
「クソッ。海軍は行儀が良過ぎる。関東軍のように独自の判断で動いたらどうなのだ?」
「支那事変はロクでもない戦争だった。誰も何も得をせず、ただただ何百万という命が失われたのだ。そんなものを参考にするな」
「クソッ……!」
下手な手を打てば再び一億の人名が失われかねない。日本もドイツも極度に慎重になっていた。だが手をこまねいている訳でもない。
○
一九四六年七月一日、オーストラリア連邦、首都特別地域キャンベラ、ドイツ臨時大使館。
「初めまして。ドイツ国外務大臣、ヨアヒム・フォン・リッベントロップです」
「大日本帝国が外務大臣、重光葵です」
ドイツの領土拡大を積極的に推し進めて来た(但しフランスやソ連との戦争には反対であった)リッベントロップ外務大臣と重光葵外務大臣は、オーストラリアの首都で面会していた。両国の外交の指導者同士で決着を図ろうというのである。
「あっそう。で、どう? 大和を目覚めさせられるの?」
「一目見て分かるようなものではない。少し待っていてくれるかな?」
「分かった。くれぐれも勝手なことはしないでよね?」
「無論だ。本当は貴重な検体として解剖したいところだが――」
「はあ!?」
「冗談だ、冗談。私は愚か者ではない。殺していい人間しか殺さんよ」
「殺していい人間ねえ」
ともかく、メンゲレ博士は大和の診察を始めた。目を開いたり首や腕を触ったり、何をやっているのか全く分からなかったが、メンゲレ博士が本気で取り組んでいることだけは伝わってきた。やはり彼は研究馬鹿なのだ。
「――どう?」
「見たところ、実に不思議な状態だ」
「どういうこと?」
「普通なら目覚めてもおかしくない状態なのに、目覚める気配が全くない。まるで強力な催眠術で死んだように思い込まされているかのようだ」
「何言ってるのか分かんないんだけど」
「要するに、私の知識では彼女を目覚めさせられる見込みはないということだ。船魄のサンプルは我が軍のグラーフ・ツェッペリンしかなくてね。まだまだ知識が不足しているのだ」
「そう。じゃあ、大和をこのまま生かし続けるのは?」
「それについては心配しないでくれ。植物状態の人間のサンプルはいくらでもあるから、研究が進んでいてね。彼女の状態ならば、全く問題なく生命を維持することが可能だ」
研究サンプルというのはどうせ、アウシュビッツで人為的に植物状態とか脳死にされたユダヤ人だろう。瑞鶴にとってそんなことはどうでもいいことだったが。
「そう……。ならよかった。何かしないといけないことはあるの?」
「これまで通りの処置を続ければ問題ないだろう。後は、定期的に筋肉をマッサージしておかないと、目覚めた時に身体が全く動かなくなるから気を付けてくれ。具体的な方法については、後で文書に纏めて渡してあげよう」
「ありがとう。でも何でそんなに本気で取り合ってくれるの?」
「私は医者なのだ。目の前で困っている者を救わずして何とする」
「その手で何十万人を殺してるクセに」
「社会にとっての害を排除しただけだ。より多くの人間を幸福にする為にね」
「あっそう」
という訳で、大和を目覚めさせる何らかの手段が見つかるまで大和を延命させる算段がついた。だが帝国海軍にそれを許すつもりはなかった。
○
「上級大将閣下、日本からの通告です。即刻瑞鶴を引き渡すべし。また瑞鶴をダーウィン港から動かせば宣戦不可と見なす、とのこと」
「そう来るとは分かっていたが、どうしたものか……」
日本海軍はその戦力のほとんど、長門を含む戦艦5隻に空母4隻などの主力艦隊をポートモレスビーに送り込んでいた。ここダーウィンから1,800kmほどである。
「戦力は向こうが圧倒的だ。まさか日本と戦争するなど論外だし……いずれにせよ本国からの指示を待つことになるだろう」
瑞鶴を味方に数えても、デーニッツ上級大将の手元にある主力艦は空母と戦艦が1隻ずつだけである。とても日本に対抗することはできない。日本が強硬策に出れば大人しく瑞鶴を差し出すしかないだろう。
「一先ずは時間稼ぎだ。適当な返事をして時間を稼げ」
「はっ!」
交渉するポーズさえ見せていれば日本軍が即座に攻撃してくることはない。デーニッツ上級大将はそう踏んで、とにかく交渉を遅滞させることにした。
○
さて、デーニッツ上級大将の時間稼ぎ工作が始まっておよそ1週間。
「もう我慢ならん! 私だけでも瑞鶴を討伐しに行かせてもらう!!」
長門は我慢の限界であった。今すぐに瑞鶴を沈めに行く気満々である。
「第三次世界大戦を起こすつもりか? 一体どれだけの人間が死ぬと思っている」
岡本大佐はそう窘める。
「クソッ! そんなことは分かっている! だが奴め、陛下を裏切った挙句のうのうと敵国に居座って……!」
「落ち着いてくれ。政府から何か通達がなければ動けないんだ」
これは高度に政治的な問題である。軍人の一存で決められる話ではない。
「クソッ。海軍は行儀が良過ぎる。関東軍のように独自の判断で動いたらどうなのだ?」
「支那事変はロクでもない戦争だった。誰も何も得をせず、ただただ何百万という命が失われたのだ。そんなものを参考にするな」
「クソッ……!」
下手な手を打てば再び一億の人名が失われかねない。日本もドイツも極度に慎重になっていた。だが手をこまねいている訳でもない。
○
一九四六年七月一日、オーストラリア連邦、首都特別地域キャンベラ、ドイツ臨時大使館。
「初めまして。ドイツ国外務大臣、ヨアヒム・フォン・リッベントロップです」
「大日本帝国が外務大臣、重光葵です」
ドイツの領土拡大を積極的に推し進めて来た(但しフランスやソ連との戦争には反対であった)リッベントロップ外務大臣と重光葵外務大臣は、オーストラリアの首都で面会していた。両国の外交の指導者同士で決着を図ろうというのである。
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