202 / 353
第十章 大東亜戦記Ⅱ(戦後編)
瑞鶴の反乱Ⅱ
しおりを挟む
瑞鶴は瀬戸内海を出た。その頃には駆逐艦数隻が彼女を取り囲んでいる。第二水雷戦隊所属の駆逐隊であり、少し後方に旗艦の矢矧がいる。
『瑞鶴に告ぐ。私は第二水雷戦隊司令官、原為一少将である。即刻艦を明け渡せ、さもなくば撃沈することも厭わない』
端的な最後通告が届く。しかし瑞鶴はまるで意に介さなかった。
「駆逐艦がちょっと集まったくらいで、私を殺せるとでも思ってるの?」
『この距離から魚雷を喰らえば、君とて無事では済まない筈だ』
「それはそっちも同じことでしょう? 私の爆撃機が一発爆弾を落とすだけで、艦橋を吹き飛ばすことができるわ。それでもやる?」
『…………』
「あら、もう諦めたのかしら?」
『はぁ。最初から我々に勝ち目はない。君が諦めてくれればよかったのだが、それは叶わなさそうだ。撤退する』
「あらそう。意外ね。こういう時は玉砕してでも食い止めるもんじゃないの?」
『そういうのは止めたのだ、我々は』
「そう。それならいいけど」
駆逐艦達は瑞鶴の包囲を解いた。しかし瑞鶴の後方30km程から追尾を続けた。できれば血を流したくない瑞鶴は、これを放置して南進を続行した。
○
同刻。日吉台連合艦隊司令部にて。
瑞鶴の反乱という予想だにしない事態を受けて、軍令部と連合艦隊司令部は大混乱であった。しかし連合艦隊司令長官豊田大将は、何としてでも瑞鶴を奪還せねばならなかった。
「瑞鶴は一直線に南に進んでいます。目指す先はオーストラリアかと」
「オーストラリアまでは……燃料満載なら確かに届くのか。そしてドイツに亡命すると」
オーストラリアは今でも名目上英連邦王国の一員であるが、実質的にはドイツの衛星国である。日本と対峙する最前線にして最大の拠点として、オーストラリアには二十万を超えるドイツ軍が駐屯しているのだ。ここに逃げ込まれれば手を出せなくなる。
豊田大将は大東亜の地図を机に置き、日本からオーストラリアまで三角定規で一直線に線を引いた。
「この辺りですぐに動ける主力艦は何がある?」
「トラックに金剛、榛名、信濃があります。後は昭南島に山城と扶桑がいますが……」
「間に合わんだろうな。使える手駒はそれだけか」
「内地の長門などは使わないのですか?」
内地には長門の他に伊勢や日向もいる。
「瑞鶴に追い付ける訳がない。瑞鶴相手には、進路の横から殴りかけるしかないんだ」
「も、申し訳ありません」
「直ちにトラックで動ける艦艇を出撃させるんだ。瑞鶴を食い止める」
「しかし、瑞鶴を相手に普通の軍艦で勝てるのでしょうか……」
瑞鶴の恐ろしさは帝国海軍が最もよく知っている。瑞鶴と戦ったアメリカ人は大抵が死んでいるからである。
「出撃しないと勝てないだろうが」
「た、確かに」
「しかし閣下、もしも足止めができれば、長門が追いつく事も可能なのでは? そうすれば勝てます」
「そうだな。よし。動ける艦艇は全部出撃させるんだ!」
「閣下、長門が裏切っているという可能性はないのですか?」
「た、確かに……その可能性はなくはないのか。だが長門がいなければ、瑞鶴を沈めるのは極めて困難だ」
「長門には多数の兵士が同乗しています。万が一裏切っても、船魄本人を制圧すればいいだけかと」
「それもそうか。では問題ないな。稼働可能な全艦艇は瑞鶴の捕獲に向かえ!」
かくして日本は総力を挙げて瑞鶴の捕獲に乗り出した。制限時間は瑞鶴がオーストラリアに到達するまでの5日間ほどである。
○
「本当に誰も味方がいないって、暇ね……」
瑞鶴は溜息を吐いた。瑞鶴単騎で行動する時は幾度もあったが、そういう時でも常に人間の話し相手いた。いけ好かない奴でも暇潰しには十分である。
「いっそ帝国海軍が全力で襲いかかって来てくれた方が嬉しいんだけど――って、噂をすれば」
瑞鶴の電探が大きな艦影を3つ捉えた。
「ふーん。大和くらいの大きさのが1つと、それよりかなり小型のが2つ。信濃と、他は誰だろう」
元大和型戦艦三番艦の信濃は依然として圧倒的な巨躯を誇る。他の2つはよく分からないが、重巡か金剛型戦艦くらいだと思われる。
「ま、いっか。どうせ私を止めるなんて不可能だし」
瑞鶴は特に気にせず進み続けることにした。が、そうしていると瑞鶴の針路上に艦隊が立ち塞がった。
『第二艦隊司令長官の伊藤整一海軍中将だ。瑞鶴、聞こえているか?』
「ええ、ばっちり聞こえてるわよ」
『そうか。どんな理由があるのかは知らないが、貴艦は陛下に弓引く逆賊である。連合艦隊司令長官は君を撃沈することを許可している』
と言うのはハッタリである。
「あ、そう。戦艦なんかじゃ私の相手にならないし、信濃の艦載機は私よりも少ない。相手になると思ってるの?」
『例え相手にならなくても、貴艦にここを通過させる訳にはいかない』
「面倒ねえ……。私は人を殺したくはないのよ。そこをどいて」
『アメリカ人を何十万と殺してきた貴艦が、それを言うのか?』
「アメリカ人なんて殺せば殺すほど世の為でしょ」
『まったく、悪いのはアメリカ政府であってアメリカ人ではなかろうに。いや、政治の問答など軍人がすべきではないか。降伏しないのならば、容赦はしない』
「あっそう。なら掛かって来なさい。返り討ちにしてあげるわ」
『承知した。全艦、作戦開始!』
勝とうと思えば一方的に殲滅できるが、それは望むところではない。瑞鶴はどうしたものかと悩みつつ、艦載機を発艦させた。
『瑞鶴に告ぐ。私は第二水雷戦隊司令官、原為一少将である。即刻艦を明け渡せ、さもなくば撃沈することも厭わない』
端的な最後通告が届く。しかし瑞鶴はまるで意に介さなかった。
「駆逐艦がちょっと集まったくらいで、私を殺せるとでも思ってるの?」
『この距離から魚雷を喰らえば、君とて無事では済まない筈だ』
「それはそっちも同じことでしょう? 私の爆撃機が一発爆弾を落とすだけで、艦橋を吹き飛ばすことができるわ。それでもやる?」
『…………』
「あら、もう諦めたのかしら?」
『はぁ。最初から我々に勝ち目はない。君が諦めてくれればよかったのだが、それは叶わなさそうだ。撤退する』
「あらそう。意外ね。こういう時は玉砕してでも食い止めるもんじゃないの?」
『そういうのは止めたのだ、我々は』
「そう。それならいいけど」
駆逐艦達は瑞鶴の包囲を解いた。しかし瑞鶴の後方30km程から追尾を続けた。できれば血を流したくない瑞鶴は、これを放置して南進を続行した。
○
同刻。日吉台連合艦隊司令部にて。
瑞鶴の反乱という予想だにしない事態を受けて、軍令部と連合艦隊司令部は大混乱であった。しかし連合艦隊司令長官豊田大将は、何としてでも瑞鶴を奪還せねばならなかった。
「瑞鶴は一直線に南に進んでいます。目指す先はオーストラリアかと」
「オーストラリアまでは……燃料満載なら確かに届くのか。そしてドイツに亡命すると」
オーストラリアは今でも名目上英連邦王国の一員であるが、実質的にはドイツの衛星国である。日本と対峙する最前線にして最大の拠点として、オーストラリアには二十万を超えるドイツ軍が駐屯しているのだ。ここに逃げ込まれれば手を出せなくなる。
豊田大将は大東亜の地図を机に置き、日本からオーストラリアまで三角定規で一直線に線を引いた。
「この辺りですぐに動ける主力艦は何がある?」
「トラックに金剛、榛名、信濃があります。後は昭南島に山城と扶桑がいますが……」
「間に合わんだろうな。使える手駒はそれだけか」
「内地の長門などは使わないのですか?」
内地には長門の他に伊勢や日向もいる。
「瑞鶴に追い付ける訳がない。瑞鶴相手には、進路の横から殴りかけるしかないんだ」
「も、申し訳ありません」
「直ちにトラックで動ける艦艇を出撃させるんだ。瑞鶴を食い止める」
「しかし、瑞鶴を相手に普通の軍艦で勝てるのでしょうか……」
瑞鶴の恐ろしさは帝国海軍が最もよく知っている。瑞鶴と戦ったアメリカ人は大抵が死んでいるからである。
「出撃しないと勝てないだろうが」
「た、確かに」
「しかし閣下、もしも足止めができれば、長門が追いつく事も可能なのでは? そうすれば勝てます」
「そうだな。よし。動ける艦艇は全部出撃させるんだ!」
「閣下、長門が裏切っているという可能性はないのですか?」
「た、確かに……その可能性はなくはないのか。だが長門がいなければ、瑞鶴を沈めるのは極めて困難だ」
「長門には多数の兵士が同乗しています。万が一裏切っても、船魄本人を制圧すればいいだけかと」
「それもそうか。では問題ないな。稼働可能な全艦艇は瑞鶴の捕獲に向かえ!」
かくして日本は総力を挙げて瑞鶴の捕獲に乗り出した。制限時間は瑞鶴がオーストラリアに到達するまでの5日間ほどである。
○
「本当に誰も味方がいないって、暇ね……」
瑞鶴は溜息を吐いた。瑞鶴単騎で行動する時は幾度もあったが、そういう時でも常に人間の話し相手いた。いけ好かない奴でも暇潰しには十分である。
「いっそ帝国海軍が全力で襲いかかって来てくれた方が嬉しいんだけど――って、噂をすれば」
瑞鶴の電探が大きな艦影を3つ捉えた。
「ふーん。大和くらいの大きさのが1つと、それよりかなり小型のが2つ。信濃と、他は誰だろう」
元大和型戦艦三番艦の信濃は依然として圧倒的な巨躯を誇る。他の2つはよく分からないが、重巡か金剛型戦艦くらいだと思われる。
「ま、いっか。どうせ私を止めるなんて不可能だし」
瑞鶴は特に気にせず進み続けることにした。が、そうしていると瑞鶴の針路上に艦隊が立ち塞がった。
『第二艦隊司令長官の伊藤整一海軍中将だ。瑞鶴、聞こえているか?』
「ええ、ばっちり聞こえてるわよ」
『そうか。どんな理由があるのかは知らないが、貴艦は陛下に弓引く逆賊である。連合艦隊司令長官は君を撃沈することを許可している』
と言うのはハッタリである。
「あ、そう。戦艦なんかじゃ私の相手にならないし、信濃の艦載機は私よりも少ない。相手になると思ってるの?」
『例え相手にならなくても、貴艦にここを通過させる訳にはいかない』
「面倒ねえ……。私は人を殺したくはないのよ。そこをどいて」
『アメリカ人を何十万と殺してきた貴艦が、それを言うのか?』
「アメリカ人なんて殺せば殺すほど世の為でしょ」
『まったく、悪いのはアメリカ政府であってアメリカ人ではなかろうに。いや、政治の問答など軍人がすべきではないか。降伏しないのならば、容赦はしない』
「あっそう。なら掛かって来なさい。返り討ちにしてあげるわ」
『承知した。全艦、作戦開始!』
勝とうと思えば一方的に殲滅できるが、それは望むところではない。瑞鶴はどうしたものかと悩みつつ、艦載機を発艦させた。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる