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第十章 大東亜戦記Ⅱ(戦後編)
改⑦計画
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一九四六年五月四日、大日本帝国、広島県呉市、呉海軍工廠。
時は少し遡る。
岡本大佐や瑞鶴や長門は船魄研究の拠点たる呉海軍工廠に帰投していた。瑞鶴も長門も損傷していたのでまずは修理ということになったが、岡本大佐は自分の研究の続きに取り掛かった。
「春月の様子はどうだ?」
秋月型駆逐艦の春月は、ほぼ実戦経験のない艦を船魄化するという実験の対象である。
「はい。それなりに自我を確立させることには成功したのですが……その、なかなか一筋縄ではいかない子になってしまったと言いますか……」
「何だそれは?」
「会ってみれば分かるかと」
「では会わせてくれ」
大佐は早速春月と面会することにした。いても立ってもいられない大佐は自ら春月に乗り込んで、その船魄に会いに行った。春月は艦長公室だった部屋のソファに足を組んで座っていた。
「春月、久しぶりだな」
と言った瞬間、春月は大佐を睨みつけた。
「あんた誰だ? 会ったことあったか?」
「私は岡本大佐だ。君が生まれてすぐの頃に顔を合わせたことがある」
「ああ、そうか。あんたが岡本大佐なのか。会ったことは覚えていないが、あんたのことは知ってるよ」
「それはよかった。で、君はどうしてそんな不機嫌そうなんだ?」
「不機嫌ねえ。だってそうだろう? ロクに本来の仕事をさせてもらえず、日本の近海の警備なんかさせられて、艦艇が喜ぶと思ってるのか?」
「なるほど……。君は戦いたいのか」
「当たり前だ。帝国海軍の艦艇として建造されたからには、それが私の存在意義の筈だ」
「確かに、その通りだ。とは言え戦争は終わってしまったのだ。暫くはどの艦艇にも、活躍する機会は訪れないだろう」
「あっそ。まあ、どうせ私なんか働かせてもらえないと思うけど」
「秋月型は時代の要請にあった駆逐艦だ。そう悲観するな」
「そう。まあ、どうでもいいけど」
「そうか……」
春月は瑞鶴や大和な長門並みの自我を獲得することに成功したようだ。何を間違ったのかかなり卑屈な性格に仕上がってしまったが、実戦となれば活躍してくれる筈だ。
岡本大佐は続いて、新規建造を頼んでいた照月に向かった。既に轟沈した艦であるが、同型艦として建造されていた艦体を流用し、新たな照月として生み出されたのである。照月の性能次第で、船魄が今後とも使われ続けるのか否かが決まるだろう。
「さて……どんな感じになっているのか」
「こちらです、大佐殿」
照月は呉港の端っこの一室で大佐を待っていた。部屋に入るや早々、またしてもそこにいた少女は岡本大佐を睨みつけた。
「……君が照月だね?」
と問うと、照月は面倒くさそうに応えた。
「あー、はい、照月です。岡本大佐、とかいう人ですかー?」
春月と同様に態度が終わっているが、少なくとも照月という自我を持たせることに成功したようだ。これは極めて大きな発見である。既に沈んだ艦艇の記憶を船魄に再利用できることが証明されたのだから。
「うむ。私が岡本大佐だ」
「そうですか」
と言って、照月はわざとらしく溜息を吐いた。
「……君は私に恨みでもあるのか?」
「恨みですかー。まあ恨みと言ったら恨みですかねえ」
「と言うと?」
「何で私なんか蘇らせたんですかあ? 秋月型の中で一番最初に沈んだ私を目覚めさせるなんて、嫌がらせじゃないですか」
「蘇らさた理由は、沈んだ秋月型の中では一番早くに建造された艦だからだ。嫌がらせのつもりなど毛頭ないぞ」
一番艦の秋月は今でも健在である。よってこの実験には二番艦の照月が使われることになったのである。
「そうですかあ? 私みたいな恥晒しはずっと眠らせておいて欲しかったんですけどねえ」
「恥さらし、か。いや、最初に沈んだ艦が恥晒しなどというのは、間違っている。必ず誰かが最初に沈むのだ。それがたまたま君になっただけなのだから、恥じることなどない」
「そうですかあ?」
「そうだ。そう自分を卑下するのはやめてくれ」
「はあ……」
「君を責める者などどこにもいない。気にするな」
「はあ。でも今後は私の姉妹も船魄にするのでしょう?」
「まあ、その予定だが」
「姉妹とは会いたくないです」
「そんなことを言うな。君は立派に戦ったのだ」
「気休めですよ、そんなの」
「どこまでも卑屈だな……。まあいい。アメリカが消えて、世界は暫くは平和になるだろう。この時間を大切にすることだ」
さて、岡本大佐は実験の成功を受け、直ちに東海道本線で海軍省に向かった。海軍省では米内海軍大臣が待ち受けていた。
「どうだった、実験の成果というのは?」
「成功です。まあたったの二例しかありませんから、科学的に証明されたとは言い難いですが、船魄だけの艦隊を整備することは可能かと思います」
春月と照月の例から、新造艦でも訓練すれば実用的な戦闘能力を得られること、かつて沈んだ艦を再建造して船魄として蘇らせれば即戦力として使えることが分かった。
「つまり、この戦争で失われた艦隊を造り直せということか?」
「はい、その通りです。教育を行ってもなお春月の能力には些か不安がありましたが、生まれたての照月は何の問題もありません」
「なるほど。新設計の軍艦を造るよりは、遥かに安上がりだろうね」
「ええ。一先ずはその方針で艦隊を充実させるべきかと」
かくして帝国海軍は軍艦の再建造を大々的に開始した。岡本大佐の助言を大きく取り入れたこの計画は改⑦計画と呼ばれる。そしてまもなく列強海軍も同様の結論に達し、既に沈んだ艦艇を大量に建造し始めたのである。
時は少し遡る。
岡本大佐や瑞鶴や長門は船魄研究の拠点たる呉海軍工廠に帰投していた。瑞鶴も長門も損傷していたのでまずは修理ということになったが、岡本大佐は自分の研究の続きに取り掛かった。
「春月の様子はどうだ?」
秋月型駆逐艦の春月は、ほぼ実戦経験のない艦を船魄化するという実験の対象である。
「はい。それなりに自我を確立させることには成功したのですが……その、なかなか一筋縄ではいかない子になってしまったと言いますか……」
「何だそれは?」
「会ってみれば分かるかと」
「では会わせてくれ」
大佐は早速春月と面会することにした。いても立ってもいられない大佐は自ら春月に乗り込んで、その船魄に会いに行った。春月は艦長公室だった部屋のソファに足を組んで座っていた。
「春月、久しぶりだな」
と言った瞬間、春月は大佐を睨みつけた。
「あんた誰だ? 会ったことあったか?」
「私は岡本大佐だ。君が生まれてすぐの頃に顔を合わせたことがある」
「ああ、そうか。あんたが岡本大佐なのか。会ったことは覚えていないが、あんたのことは知ってるよ」
「それはよかった。で、君はどうしてそんな不機嫌そうなんだ?」
「不機嫌ねえ。だってそうだろう? ロクに本来の仕事をさせてもらえず、日本の近海の警備なんかさせられて、艦艇が喜ぶと思ってるのか?」
「なるほど……。君は戦いたいのか」
「当たり前だ。帝国海軍の艦艇として建造されたからには、それが私の存在意義の筈だ」
「確かに、その通りだ。とは言え戦争は終わってしまったのだ。暫くはどの艦艇にも、活躍する機会は訪れないだろう」
「あっそ。まあ、どうせ私なんか働かせてもらえないと思うけど」
「秋月型は時代の要請にあった駆逐艦だ。そう悲観するな」
「そう。まあ、どうでもいいけど」
「そうか……」
春月は瑞鶴や大和な長門並みの自我を獲得することに成功したようだ。何を間違ったのかかなり卑屈な性格に仕上がってしまったが、実戦となれば活躍してくれる筈だ。
岡本大佐は続いて、新規建造を頼んでいた照月に向かった。既に轟沈した艦であるが、同型艦として建造されていた艦体を流用し、新たな照月として生み出されたのである。照月の性能次第で、船魄が今後とも使われ続けるのか否かが決まるだろう。
「さて……どんな感じになっているのか」
「こちらです、大佐殿」
照月は呉港の端っこの一室で大佐を待っていた。部屋に入るや早々、またしてもそこにいた少女は岡本大佐を睨みつけた。
「……君が照月だね?」
と問うと、照月は面倒くさそうに応えた。
「あー、はい、照月です。岡本大佐、とかいう人ですかー?」
春月と同様に態度が終わっているが、少なくとも照月という自我を持たせることに成功したようだ。これは極めて大きな発見である。既に沈んだ艦艇の記憶を船魄に再利用できることが証明されたのだから。
「うむ。私が岡本大佐だ」
「そうですか」
と言って、照月はわざとらしく溜息を吐いた。
「……君は私に恨みでもあるのか?」
「恨みですかー。まあ恨みと言ったら恨みですかねえ」
「と言うと?」
「何で私なんか蘇らせたんですかあ? 秋月型の中で一番最初に沈んだ私を目覚めさせるなんて、嫌がらせじゃないですか」
「蘇らさた理由は、沈んだ秋月型の中では一番早くに建造された艦だからだ。嫌がらせのつもりなど毛頭ないぞ」
一番艦の秋月は今でも健在である。よってこの実験には二番艦の照月が使われることになったのである。
「そうですかあ? 私みたいな恥晒しはずっと眠らせておいて欲しかったんですけどねえ」
「恥さらし、か。いや、最初に沈んだ艦が恥晒しなどというのは、間違っている。必ず誰かが最初に沈むのだ。それがたまたま君になっただけなのだから、恥じることなどない」
「そうですかあ?」
「そうだ。そう自分を卑下するのはやめてくれ」
「はあ……」
「君を責める者などどこにもいない。気にするな」
「はあ。でも今後は私の姉妹も船魄にするのでしょう?」
「まあ、その予定だが」
「姉妹とは会いたくないです」
「そんなことを言うな。君は立派に戦ったのだ」
「気休めですよ、そんなの」
「どこまでも卑屈だな……。まあいい。アメリカが消えて、世界は暫くは平和になるだろう。この時間を大切にすることだ」
さて、岡本大佐は実験の成功を受け、直ちに東海道本線で海軍省に向かった。海軍省では米内海軍大臣が待ち受けていた。
「どうだった、実験の成果というのは?」
「成功です。まあたったの二例しかありませんから、科学的に証明されたとは言い難いですが、船魄だけの艦隊を整備することは可能かと思います」
春月と照月の例から、新造艦でも訓練すれば実用的な戦闘能力を得られること、かつて沈んだ艦を再建造して船魄として蘇らせれば即戦力として使えることが分かった。
「つまり、この戦争で失われた艦隊を造り直せということか?」
「はい、その通りです。教育を行ってもなお春月の能力には些か不安がありましたが、生まれたての照月は何の問題もありません」
「なるほど。新設計の軍艦を造るよりは、遥かに安上がりだろうね」
「ええ。一先ずはその方針で艦隊を充実させるべきかと」
かくして帝国海軍は軍艦の再建造を大々的に開始した。岡本大佐の助言を大きく取り入れたこの計画は改⑦計画と呼ばれる。そしてまもなく列強海軍も同様の結論に達し、既に沈んだ艦艇を大量に建造し始めたのである。
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